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第33話 好きの順序

「私、樋山 瑠璃は児玉 恭平に結婚を申し込みます」


 瑠璃からの突然の告白に、恭平は目を丸くして口を開けたまま硬直してしまった。

 告白を済ませた瑠璃はすがすがしく微笑んで見せた。


「いいい、いきなりなんだ。その、こういうことには順序というものがあってな、そんな軽々しくするものではなく、だからと言ってあまり重々しい雰囲気になるのも駄目なのだが、そんな安いものではない筈で、もっと、こう、色々とあるものだろう? だから、あれだ……あれ……」


 恭平が混乱していると、それが可笑しいのか瑠璃がニヤニヤと嫌味な顔をしてくる。それを見て恭平は顔を引き締め、正気に戻った。


「ラピスラズリ陛下よりそのようなお言葉をいただけるとは、恐悦至極でございます」

「そういうのはいいわ。さっき言ったようにこれは樋山 瑠璃という人間の告白よ」


 姿勢を正した恭平は瑠璃をじっと見つめた。


「嬉しい申し出だが、断らせてもらう」

「え……」


 瑠璃はありえない物を見たかのように視線を恭平に向けた。

 その視線が恭平のものと合う。


「……そっか、そうよね……。今まで迷惑をかけっぱなしで、思い返せば私っていいところが1つもないし、ちんちくりんで子供みたいで恭平が好きになる要素が全くないよね……」

「まって、重い、重い! 違う、そう言うことじゃないんだ」


 瞳に涙をため始めた瑠璃の肩に手を置くと、顔を近づけた。

 瑠璃にとっても一世一代の想いを込めた告白だった。だからこそ、悲しい。


「お前は可愛いし、器量もいい。案外素直なところもあって、たまに隙を見せるところが破壊力が凄い。女王であることを差し引いても、この世界で最もいい女だ。そんなお前から求婚される奴は世界一幸福だ。ただ……」


 恭平は瑠璃の顔から少し視線を外し、肩に置いた手をぎゅっと握ってしまう。少し痛かったのか、瑠璃は目を瞑った。


「だた……お前はダメなんだ。お前からの告白だから応えたい。一緒にいようと言いたい。でも、お前ではダメなんだよ……」

「ねぇ……どうして、私じゃダメなの?」

「お前が女王だからだ」


 瑠璃は悲しみにに顔を歪めて、ついに涙を流し始めた。

 恭平はいつかこうなることを予期して、色々と考えてはいた。だから、慎重に言葉を選びながら、瑠璃に語りかける。


「瑠璃はさ、随分と変わったよな。でもさ、俺を見てくれよ。変わったか? あの日、1学期の中間テストの発表の日から、何か変わったか?」

「どういう……?」

「俺は何も変わっていない。髪は伸びないし、身長も変わっていないし、髭も生えない。あの時から時間が止まったように、何も変わってはいないんだ。あの日、俺の胸を魔剣が貫いたあの日から――」


 あの日のことは忘れられない。恭平はあそこで死ぬはずだった。だけど、生き返った。

 恭平はおもむろに篭の中にあった果物ナイフを手に取り、大きく振りかぶって、自分の腕に突き立てる。


「何をッ!?」


 だが、ナイフの方が耐えきれず、刃が折れてしまった。

 そして、力を込めると柄まで粉々になってしまった。


「時間が経って傷が完全に修復されれば、魔剣と俺は分離できたらしい。だけど、随分と魔力を使ってしまった。もう、2度と分離できないほど融合して……今は人の形をしてはいるが、俺は魔剣そのものになってしまった。人から外れた俺はもう同じ時間を生きることはできない」


 瑠璃は肩に置かれた恭平の手を握り、しがみついてきた。

 湧き上がる想いを押さえきれないように、瑠璃は必死になってしがみついた。


「だから何だって言うのよ! 別に私はそれでも構わない!」

「俺が構うんだよ。お前は女王だろ、跡継ぎが必要だ。人じゃない俺に子はできない。お前がいなくなった後、この国はどうなる? また跡継ぎをめぐって争いが起こるんじゃないのか?」

「そんな事……じゃあ、私が女王じゃなければ……」

「たらればの話だから意味はないが、そうなる未来はあったかもしれない」


 ついに瑠璃は声を上げて泣き始める。ここで瑠璃を抱くことはできたが、恭平は必死にこらえて、突き放す。


「俺は、お前の夫、王として隣に立つことはできない。だが、剣聖ライトニングとして、常に隣に立つことはできる。お前が生きてる間、死んだ後も、ずっと隣にいて、このサンステイを守り続けてやるよ」


 瑠璃は答えることができないほどに嗚咽して、恭平に縋り付いてくる。

 恭平は再び瑠璃の肩を握ると、正面を向かせた。


「いいか。ここからの話は俺のわがままだ」


 恭平は軽く息をすった。


「お前はブルステイの王子と結婚して、跡継ぎを産め。そして、この国を盤石なものにしてくれ。王位を退いても、子に王位を渡せ。この国を存続させろ。ただ存続させるだじゃない。いずれはこの大陸を治めて、お前の作った国が1番だと国民に思わせろ。俺がずっとついててやる」


 一方的な物言い。それは、幸せになって欲しい、瑠璃の為だからなど、そんな言い訳は一切言わない。恭平は女王として、女王らしく、一国の主として死ねと言っていた。

 ついに抱きついてきた瑠璃を受け止める。だが、抱き返さない。瑠璃が満足するまで、じっと耐えた。



 泣き疲れるまで、恭平は抱きつかれていた。

 その時間は長かったかもしれないし、短かったかもしれない。恭平にはそれが分からなかった。


「女王として生きろ」

「うん……」

「女王として幸せになれ」

「うん……」

「俺がずっと隣にいてやる」

「うん……」

「俺がずっと守ってやる」

「うん……」

「約束だ」

「うん……」


 恭平から離れた瑠璃は元気なく落ち込んだ様子で、返事を返していく。

 消沈した様子でベッドの上で座る瑠璃を残して、恭平はその部屋から去った。




 恭平は扉を閉めると、扉にもたれかかって崩れ落ちる。

 その場に座り込んだ恭平は俯いたまま動かない。


「よく耐えましたね」


 金髪碧眼の女性が恭平を見下ろしている。


「情に流されるんじゃないかと、心配していました」


 レッドカーペットの上に何粒も水滴が落ちていく。

 それは少しずつ多くなり、床を濡らしていた。


「くそっ! なんでこうなったんだよ。俺が! 俺の方が、先に好きになったんだぞ」


 恭平は力の限り握った手を床に叩きつけた。

 奥歯が欠けてしまうほど、強く噛み締めてていた。

 悔しくて、悲しくて、情けなくて、恭平の想いが胸を締め付ける。


「関心のない奴が、勝手にちょっかい出してくるわけないだろ」


 恭平は中学の頃を思い出す。

 自分の席で暗く俯いていた彼女。

 せっかくの瑠璃色の髪が台無しになっていた。

 それでも十分に綺麗だったから、今よりも綺麗になる筈だ。

 今よりもっと輝く筈だ。

 だから、その女の子の――


「笑顔が見たかったんだよ! 泣き顔なんて見たくなかったんだよ!」


 叫んでいた。

 室内の本人に聞かれる心配などすることなく、外聞もなく、自分の気持ちをぶちまけていた。


「いつから覚悟していました?」

「随分と後だよ。髭が生えないのに気付いて、持っただけで箸が折れた辺りでようやく確信できた」


 落ち着いた頃を見計らって、エクレールが声をかけてきた。

 俯いたままの、恭平は答えていく。


「後悔してますか?」

「後悔してるよ! 自分の気持ちに素直になれず、自分勝手に行動した、小賢しさをな! なんで俺は気付いてしまったんだろうな……」

「恭平は他人の事が分からないくせに、人に肩入れしたがる悪い癖がありますからね」


 項垂れる恭平の顔をエクレールが覗き込んでくる。

 だが、恭平は俯いたまま表情を変えない。


「私が慰めてあげましょうか?」

「絶対に断る」


 断られたエクレールはいずれ姿を消した。

 恭平はずっと座り込んだまま、立ち上がろうとしなかった。




 翌日、女王がブルステイの王子と婚約したという発表が、国中に知らされた。

 新しい王の誕生に、女王の婚姻に、国民すべてが諸手を上げて喜んだ。

 この国の未来にさらなる光が差した。それを祝わない者など、この国にはいなかった。


 後日、女王の結婚パレードが行われた。

 国力の上がったサンステイでは、女王即位よりも豪勢なものだった。結婚した女王は夫と笑い合い、世界の誰よりも幸せそうであったという。


 威光を示した女王は同盟で主導権を握るほどに上り詰め、ついに帝国と並び立つ存在となった。

 その勢力と戦を続けることは不利益になると判断した帝国は、国境から兵を引き上げた。

 帝国は同盟と対等に和平を結ぶ運びとなった。


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