第32話 一世一代の……
サンステイ王国と、隣国シュバルツラント帝国の国境に、恭平は騎士団を引き連れ陣取っていた。
戦争をするのではなく、相手である帝国に牽制をかけるためだ。
今、サンステイは数多くの国と同盟を結び、大きな力を有していた。だが、相手である帝国は大陸最大の勢力であり、まだ対等になるまで国力がない。
この牽制は帝国と事を構えるためで、侵略を防ぐものでもある。
国内最大の戦力である剣聖ライトイングを配置すればことは成る。帝国はおいそれと軍を動かすことはできない。
無数に張られたテントの中でもひと際大きなテントで、恭平は鎧も着ずに洋服のまま椅子に座っていた。
そこにいることが仕事であるため、何もすることがない。あまりにすることがないので、天井のシミを眺めていた。
「いるか? 剣聖ライトニング」
そのテントに黒い鎧に黒い魔剣を帯びた騎士が入ってきた。
「なんだよ、吉田。用があるなら手短に頼む」
「剣聖シャドウだ。卒業して4年も経ってるんだ、その呼び方は止めてくれ」
「俺にとっては、どこまで行っても化学の吉田なんだよ」
剣聖シャドウが差し出した封書を受け取り、内容を確認する。受け取った封書は懐に入れて、恭平は立ち上がった。
「……ちょっと用事ができた。あんたにここを任せたいが、大丈夫か? 帝国に舐められるんじゃないのか?」
「五月蠅い。城塞を単騎で突破したやつの代わりなんてできるか。だが、時間稼ぎ程度はしてみせよう」
鎧を召喚し、身に纏った恭平はテントから出ようとすると、剣聖シャドウが声をかけてきた。
「何日空ける?」
「2日ってところだ。まあ、王城に戻る程度だしな」
「百里も一瞬だからな。お前の足ならどこも変わらないか」
剣聖シャドウに背を向けたまま、軽く手を振ってみせた。
テントを出ると、すぐに王城へ向けて駆け出した。
※
駐屯地から早馬を使っても3日はかかる日程を、1時間程度で駆け抜け、王都に到着する。
恭平は王城に戻ると、レッドカーペットを歩き、瑠璃の部屋の前までやって来た。
扉は飾りは少ないものの木製で鈍い光沢があり決して貧相なものではない。
ノックをして、返事を待と、少しの間の後、扉の向こうから返事があった。恭平は扉を開くと部屋の中へ入っていった。
「ラピスラズリ女王陛下の命により、ただいま参上いたしました」
恭平は仰々しく頭を下げた。
部屋の中は個室とは思えない広さで、豪華な調度品が飾られている。瑠璃の趣味らしからぬ内装は、ベリルが噛んでいることが恭平にも想像できた。
白いドレスを着た瑠璃が出迎えてくれる。式典や謁見の際に着ているドレスには劣るものの、十分立派なドレスだった。
瑠璃は白いテーブルに着いて優雅に座っている。テーブルの上には果物が詰まった篭が置かれ、来客に備えていることが分かる。
「よく来てくれたわね。私の我侭を聞いてくれてありがとう。それと、他に人がいないときはいつも通りでいいわ。気味が悪くて仕方がないもの」
「気味が悪いは言い過ぎだろ。それにしても、身長が伸びたな。これなら、小学生を卒業して、中学生でも通じそうだな」
瑠璃は優しい口調で恭平へ視線を向ける。落ち着いた様子の瑠璃は、とても大人びて見えた。身長が伸びたということもあったが、人間として成長した部分が大きいのだろう。
「五月蝿いわね。立ち話もなんだから、こっちに来て座りなさい」
瑠璃は2人掛けの白いテーブルの反対側を差す。その椅子は細かい細工が施された立派な椅子で、この部屋にとても似合っている。恭平は瑠璃と向き合うように椅子に腰かけた。
「それで、こんな所に呼び出して、一体何の用なんだ?」
恭平は懐にしまっておいた手紙をテーブルの上に置いた。
剣聖シャドウを使って、なおかつ封書として送られたものだ。重要な要件であることは間違いない。
「こっちで暮らすようになって随分経つわね。サンステイでの生活はどう?」
始まったのは得意に意味のない会話。いきなり始めるような要件ではないようだった。
「あ、あのな、ただの世間話のために俺を呼んだのかよ。お前だって、そんなに暇じゃないだろ? こんな事に時間を割くくらいなら、休んだ方がいいんじゃないのか?」
「久しぶりに会ったんだもの、それぐらいいいじゃない」
恭平の呆れ顔に、瑠璃は微笑む。それは、学生であったころと同じようなやり取り。女王と騎士という立場ではなく、対等な相手同士のものだった。
「そうだな。まあ、気楽に暮らしているよ。ただ、出向先で食べるレーションは最悪だ。1度お前に食べてもらいたいほどだ」
「肌に合っているなら何よりね。私は毎日それなりの食事をしてるから、味が気になったことはないわ。でも、そのレーションはどんなものなのか、1度食べてみたいわ」
「あー……。さっきの発言は取り消してくれ、やっぱり食べるな。お前には一生縁のないものだからな。あんな体験は俺だけで十分だ」
恭平の大袈裟なリアクションに、瑠璃は口元を押さえて笑っている。そんな上品な仕草も女王になってから変わったとこだった。
「なら、リンゴでも食べる? 私が皮をむいたリンゴは絶品よ」
「それは、リンゴが絶品なだけなのでは?」
瑠璃の軽快な冗談に、昔から変わっていないことが嬉しくてつられて笑ってしまう。
ただの何気ない会話が恭平には楽しくて仕方がなかった。
「ふふふ。他には?」
「そうだなぁ。最初は乗り物のない世界だと思って、嬉しかったんだけどな。ところが、こっちには馬があるんだよなぁ。あれはないな。あれに比べれば自転車や電車が、まだましに思えるよ」
初めて馬に乗った時の気持ち悪さは忘れられないだろう。恭平にとって苦い思い出の1つだ。
「そういえば、乗り物が苦手だったわね。すっかり忘れてたわ」
瑠璃がころころと笑う姿が見られたことに、恭平は悪い思い出も悪くないと思えた。
「まあ、俺はあんなのに乗らなくても、もっと早く走れるから。問題なんて何もないさ。他の剣聖が乗っていたって羨ましくなんかないぜ」
自分で言ったことなのに、なんだか惨めに思えてきて、恭平の目に涙が溜まってきた。
「あははは、そうなんだ……。そうだ! 恭平は誰か好きな人とか出来た? こっちの世界の人達って美人が多いよね。気に入った人とかいる?」
「お前……。そんなことが聞きたいのか?」
恭平は強引に話を変更されたように感じたが、瑠璃が話したい事ならそれでよかった。
「そんなに引かなくったていいでしょ。私だって女の子だから、そういった話には興味があるのよ。それで、どうなのよ」
瑠璃はわくわくした様子で、期待に満ち溢れた瞳を恭平に向けてくる。
瑠璃の口から色恋沙汰の話が出てくるのが意外に感じたが、大人の女性になったのだから変化があってもおかしくない。
「へぇ、お前ももうそんな歳になったか。いつまでも子供じゃないんだな」
「余計なお世話よ」
「はぁ、俺の生活を知らないのかよ。いつも自分より年上の屈強な兵士達に囲まれて暮らしてるんだぜ? 周りには女のおの字もないよって……あ、でもな告白されたことならあるな」
「え? 誰に? どうなったのよ」
恭平の発言に瑠璃は異常な喰いつきを見せて、テーブルを乗り出してきた。その様子に、さすがの恭平もたじたじになってしまう。
「いや、俺の騎士団の団員に……。さすがに断ったけどな……」
「そ、そう。ごめんなさい、変なこと聞いて……」
部屋中に重苦しい空気が流れる。恭平はやはり言うべきではなかったと、かなり後悔したが、言ってしまったことは取り消せない。
「お前はどうなんだ? 女王だからな、男なんて選びたい放題じゃないのか?」
「実はね、結婚の申し込みが来ているのよ」
触れてはいけない話題に恭平は口を噤んだ。藪をつついて蛇を出すという言葉がぴったりくることはないだろう。
平静によそってはいるが、少し落ち着きがなくなってきたように恭平は感じた。
「ねえ、恭平。私達の暮らしてきた世界では、人を好きになって、恋して、愛し合って結婚をするわよね。それが普通だった」
「そうだな。少なくても日本ではそうだった」
恭平は頷いて肯定する。
「私もそうやって、恋をして、好きな人と結婚するんだって思ってた。だけどね。この世界ではそうやって結婚をしないんだって」
恭平は何も言えずにただ、瑠璃の話を聞くことしか出来なかった。
「この世界ではね、家柄や親同士の決め事で結婚相手が決まるらしいの。そこには本人同士の意思は関係ない……」
瑠璃の声が先程より真剣になってくる。これからの話が、部屋に呼び出された本当の理由なのだろうと、恭平は察した。
「この前ね、大国のブルステイから手紙が届いたの。私が未婚と言う事を知って、王子と結婚をしないかという内容だった。それによって、同盟を組もうという意図らしいわ。確かに、ブルステイと同盟を組めば大陸最大の勢力になる。そうなれば、シュバルツラントもうかつに手を出す事は出来なくなるでしょうね」
それは政略結婚の申し出である。日本でもそれは少なからずあったことだが、戦乱の世であれば至極当然なことだ。
「――悪い話じゃないな」
「そうね。同盟さえ組めばシュバルツラントだって、国境から軍を引くでしょうしね。ベリルからも結婚する事を薦められたわ。シュバルツラントとの戦争を避けるには一番いい手だと言われた。私もその通りだと思う」
恭平は瑠璃の言いたいことが分かってきた。
彼女さえ我慢すれば、同盟国は増え帝国と対等以上になれる。断るという選択肢はない。それを理解してはいるのだろうが、結婚という一生にかかわる問題を簡単に割り切れないのだろう。
「好きな人と結婚するのが当然の世界で育ってきた私は、それが当然だと今でも思っている。知らない人といきなり結婚するなんて、とてもじゃないけどできないわ……」
瑠璃の語尾は消え入りそうなほど、小さくなっていた。
国のこと、国民のことを思えば、その言葉を口にしにくかったのだろう。
「そうか、それで結婚したい相手はいるのか?」
「え? 気が付いていないの?」
非難の視線を受けて恭平は視線を逸らすと、テーブルに肘を突き、悪ぶって見えせた。
そんな恭平を見て、瑠璃は1つ咳をした。
「私、樋山 瑠璃は児玉 恭平に結婚を申し込みます」




