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第29話 氷と炎

 少し前まで真っ赤な花が咲き乱れる庭園が、今は青く燃えている。その炎は勢いを衰えるどころか、さらに勢いを増している。

 中庭は完全に炎に支配され、常人なら入るだけで炭となってしまうだろう。

 そこに、2人の影がある。

 1人は燃えるような赤い髪と豪華に輝く赤い服を着る貴婦人。

 もう1人は白いドレスを着た花嫁。だが、花嫁のドレスの左肩は炭となり、肌が露出している。


「くくく……。どうだ小娘。私を怒らせるからこうなるのだ」


 赤いベリル女王代理は歯を見せ口角が上がっている。だが、口を大きく開くことはなく、静かに笑っていた。

 瑠璃は平静なまま肩に乗ったドレスの燃えカスを払う。


「ドレスを焦がしたことがそんなに嬉しいのかしら? 本当に凄い怒りだわ」


 ベリルの眉がピクリと動く。

 両目を見開き、瑠璃を睨みつける。左手で顔を押さえ、衝動的に叫ぼうとするのを制した。

 右手を瑠璃に向けると、手のひらから先ほど撃ったものと同等のレーザーを打ち出す。通り過ぎた後は空気が震え、渦巻き、衝撃が辺りを駆け抜けた。


「……」


 そんな中、瑠璃は無言で立っていた。

 まるで動じない瑠璃にベリルの怒りは高鳴っていく。瑠璃へ向けた手はそのままに、何度もレーザーを打ち込む。そのせいで、城を構成する石のレンガは溶け、ドロドロのガラス状になりメープルシロップをかけたようになっていた。

 そこには、ベリル以外の全てが存在を許されない。瑠璃がいた場所も溶けてなくなっていた。

 それを確認したベリルは再び歓喜の顔を浮かべた。


「最初に言ったわよね、私には勝てないって」


 瑠璃はベリルの真後ろから冷ややかにそう言う。

 そして、炎の世界が一変する。揺れる炎は凍り付き、ドロドロだった地面はガラス細工のように固まってしまった。

 炎に焼かれていた空から降ってきた雪の結晶は、瑠璃が差し出した手の上に乗った。


「いつからッ!」


 ベリルが振り返ろうとするが、下半身は氷によって固められて動かすことができない。そんな様子を瑠璃は見守っていた。


「さぁ? いつからだと思う?」


 上半身だけで振り向いたベリルの顔は、激怒と畏怖に歪んでいた。

 いくら炎を出そうにも、その瞬間から凍りつき、無効化されてしまう。


「こんな小娘に負けた……? この私が……? 私が築き上げてきた国が……こんな小娘ごときに奪われる……?」


 ベリルの瞳に溜まった涙までが凍り付き、氷が落ちていくだけだった。


「……こんな小娘に力を貸す気はない?」


 その言葉は白い息と共に瑠璃の口から出ていた。


「は? 何だと……?」


 一瞬ベリルの顔から歪みが消えた。

 そんなベリルの顔に、瑠璃は真摯な目で受け止める。


「貴方を雇いたい。こんな政治のせの字も知らない小娘には、貴方のように優秀な大臣が必要なの。もちろん、今と同じ待遇を約束するわ」

「何を言い出すのか……」


 瑠璃が指を鳴らすと、ベリルの下半身を覆っていた氷が砕けて散った。

 自由を取り戻したベリルは改めて瑠璃を正面に捉える。警戒を解こうとしない態度に瑠璃は少し息を吐く。


「馬鹿か貴様は! 私は敵だったんだぞ。貴様の親族を皆殺しにしたんだぞ! 私にはまだ……」

「それでもよ。寝首をかきたのなら、いつでも来なさい。まあ、私の剣聖ライトニングがそれを許すとは思わないけど……」


 瑠璃の言葉と同時に溶けてしまった入り口から恭平が顔を出す。

 最後の希望を断たれたかのように、ベリルはその場で崩れ落ちた。


「よくわからないが、いいタイミングだったようだな。それにしても随分と派手にやったじゃないか」


 何事もなかったように恭平は平然と辺りを見回す。その様子は剣聖シャドウとの戦いなんてなかったかのようだった。

 瑠璃はゆっくりとした足取りで恭平へと近づく。そして、首だけ振り返ってベリルを見た。


「色よい返事を期待してるわ」


 それだけ言うと、瑠璃は率先して城の中へと戻っていく。

 恭平もその後に続いて城の中に入る。



 城内を少し歩いて人気のない場所へと行くと、瑠璃は恭平に倒れかかった。

 そんな瑠璃を恭平が受け止める。


「はぁはぁ……」


 体を恭平に預けた瑠璃は呼吸を乱し始める。それは肩を上下させるほど激しい呼吸、足もがくがくと震え、尋常ではない状態になっていた。


「今になって……怖くなってきた……よくもこんな状態で助かったものね……」


 瑠璃は震える身体でぎゅっと恭平に抱きついた。


「女王代理が少しでも冷静だったら……私は消し炭になってた……そんな紙一重だったくせに、偉そうなこと言って……」


 恭平に軽く頭を撫でられると、我慢していた涙が流れ始めた。

 いくら魔力があったとはいえ、ベリルが言ったように、18歳の小娘には変わりない。そんな自分が今まで重圧に耐えられたのが、不思議なくらいだった。


「俺も吉田との戦いで満身創痍なんだけどな。体のあちこちが痛くて倒れそうだ……」


 魔剣を杖替わりにして恭平は自分の体を支える。恭平は恭平で限界を迎えていたが、泣きじゃくる瑠璃を抱きかかえてじっと耐えていた。


「おめでとう、瑠璃。これで晴れて女王だ」


 瑠璃が落ち着いてきた時、恭平が祝いの言葉を口にした。

 今まで実感がなかったが、ベリルを破ったということは、女王になる資格を得たということ。後は即位すれば名実ともにサンステイの女王になる。


「そうね。ただの学生が一国の女王なんて、本当に馬鹿げた話……。それでも、現実になった」


 体の震えは止まったが、瑠璃は恭平に身体を任せたまま、言葉を続ける。


「私が女王になったからには、恭平にも頑張ってもらわないと。私の傍でずっと守ってくれるんでしょ?」

「ああ、守ってやるよ。剣聖ライトニングとしてずっとな」


 恭平に起こされて、瑠璃は自分の足で大理石の床に立った。

 そして、顔を2発程度叩く。


「これからが大変よ。女王になるには色々とやるべきことがあるわ」

「はいはい。力の限り手伝ってやる」


 立ち上がった瑠璃は廊下を歩き、先へと進む。

 控えていた剣聖ゲイル達に対して、女王即位の宣言をした。

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