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第25話 王座奪還へ

 鳴く蝉の声が少なくなり、夏休みの終わりが近いことを知らせる。暑さは衰えることはなく、最高気温の更新があるほどだ。

 剣聖シャドウと戦ってから約1か月、刺客が現れることはなかった。


「準備はいいか? 一度向こうに行ったら勝つまで帰ってこれないぞ」


 恭平たちは瑠璃の実家に集まっていた。

 凍りついていた家屋は解凍されたが、まだところどころが湿っており、住居には至っていない。

 塀に囲まれた庭では全身鎧を身につけた恭平が鎧の着心地を確認している。壊れた兜は修復したとはいえ、以前ほどの強度はない。


「準備はできているわ。それに、負けるなんてことありえないし」


 瑠璃は軽く返事をする。まるで近所に買い物へ行くかのように、いつも通りだった。

 瑠璃は純白のドレスに身を包んでいる。その右手には母親の形見である大きな青い宝石の付いた指輪がはめられていた。

 その姿は本物の女王のようだった。

 だが、そのドレスの後ろは大きく露出しており、戦いにおもむく姿には見えない。女王として魔法界に赴くのだから、それは当然のことだろう。


「義父さんにも困ったものだわ。こんな豪華なドレスを用意しなくても……」


 スカートの裾、首回りにはレースが飾り付けられ、可愛さも強調されている。ウェディングドレスともとれるものだった。


「瑠璃、文句を言ってはいけません。女王となるのですから、相応の恰好が必要です」


 そう言うエクレールは洋服のままだ。

 以前身につけていた布切れと比べたら、今の方がよっぽどいい。だが、女王の付き人としては不釣り合いのように見えた。


「付け加えますと、その生地は魔法抵抗の強い特別品です。もし戦いになっても安心という訳です」


 少し胸を張るエクレールをよそに、恭平はドレスの生地をじっと見つめる。見た目はシルクのようだが、特別な物には見えなかった。


「ちょっと、どこ見てるのよ。恭平もそういう事に興味があるのはわかるけど、今はそんな場合じゃないでしょ」


 瑠璃は溜息を吐くと恭平を押し退けた。


「わかってる。それじゃあ、行くぞ」


 恭平は手に意識を集中して、魔剣を召喚する。黄色に淡く光る魔剣を構えた。


「……どうすれば魔法界に行けるんだ?」


 世界を移動したことのない恭平にとっては至極当然のことだ。


「意識を魔剣ライトニングに集中させてください。チューニングは私が行いますので、空を叩き斬れば世界に穴が開きます。魔法界の座標も私が調整しますので、直接王城に着けなくとも近くに行けるはずです」


 身構えていたが、至れり尽くせりな状況に肩透かしを食らう。

 エクレールはその姿を消して、魔剣へと戻っていく。


 恭平はエクレールの言う通り、魔剣に意識を集中する。淡く光っていた剣は輝きを増し、眩く輝きだした。

 十分な魔力を引き出した魔剣を思い切り振りぬく。何もない空間がガラスのように砕け散り、暗い穴が開いた。


「本当に割れるんだな。びっくりだ」

「何を言ってるのよ。世界の壁を壊せないと困るじゃない」


 あっけにとられている恭平に対して、瑠璃は当然と腕を組む。

 恭平は振り返り、瑠璃の顔を見た。


「いいか、もう1度確認するぞ。今回の目的は瑠璃を女王にすることだ。その為に、女王代理を女王の座から引きずり下ろす。手段は問わない、ただそれを実現させるだけだ」

「当然ね」


 瑠璃は首肯する。

 そんな瑠璃を見て、恭平も頷いて返した。


「ちょっと失礼するぜ」


 そう言って恭平は瑠璃を抱き上げる。俗にお姫様抱っこと呼ばれる格好だ。


「ちょっと! いきなり何するのよ」

「世界を超える時の影響を受けない為だ。魔剣を持つ剣聖が影響を受けないのは、魔剣のおかげらしい。魔剣に近いほど影響を受けないと聞いた。だから、こうしていけば大丈夫だろ」


 エクレールが言っていたことの受け売りだった。


 恭平は嫌がる瑠璃を抱いたまま暗い穴へと飛び込んだ。


 暗い穴だけあって、目の前は真っ暗だった。

 前方から小さな光が見える。それが魔法界へとつながる出口なのだと、すぐに理解できた。


 暗い穴を進むだけで、空間がぐにゃりと曲がったような感覚がして、波が高い時に乗る船のように揺れる。意識をごっそりと持っていかれそうになるが、奥歯を噛み締めて耐える。

 瑠璃も苦しいのか、両目をぎゅっとつむっていた。


 1歩1歩光へと近づいていく。早く到着したいが、早く歩こうとすると脳が揺さぶられる。

 ゆっくりとした足取りで光へ向かい、暗い穴を抜けた。



 光の先にあったのは、レンガ造りの家が並ぶ街中だった。


 商店街なのか露店の店が多くあり、人々も土の道路を行き来している。荷を運ぶ馬車も通っており、その先には城門らしきものが見える。

 遠くから燻った臭いがしている。それは住宅についている煙突から出る煙なのだとわかる。空を見上げると電線など一切なく、青い空が広がっている。異世界に来たのだと理解させられた。


「抱き上げたと思ったら、いきなり世界を超えるなんて、まだ心の準備ができてないじゃない。一言ぐらい何か言いなさいよ」

「準備できてたんだろ? いきなり叩くなよ」


 周りが見えていないのか、瑠璃は恭平の顔を叩く。恭平もそれをよける為に顔を横に向けた。


「まあいいわ。それより早く下ろしなさい。いつまで抱いているつもりよ。後でセクハラで訴えるわよ」


 理不尽な扱いに不満だったが、瑠璃を地面に下ろす。


 瑠璃はドレスに皺がないか確認しながら、軽く払った。


 そんな様子を道を行く人がちらちら見てくる。だが、視線を向ける程度で人が集まるということもない。

 この世界では突如人が現れることを不思議に感じていない。ただ、瑠璃のドレスを見ているというだけだった。


「それにしても、見事なまでにファンタジー世界ね。まあ、姫と騎士って関係から想像できなかったわけじゃないけど」


 瑠璃が辺りを見回していると、エクレールが姿を現した。


「魔法界が珍しいのはわかりますが、今は王城を目指しましょう。幸い城門が見えていますので、そちらへ向かえば大丈夫でしょう」


 城門へと向かう途中、人の声が聞こえてくる。それの多くは瑠璃のドレスと青い髪に反応していた。

 ここの住民はもう王女が来たことをかぎつけたようだった。

 複数の視線を集めながら、恭平たちは城門へとやって来た。


「何者だ」


 城門を警備していた槍を持つ兵士風の屈強な人がこちらへ寄ってくる。

 これは恭平が鎧で身を固めているからだろう。不審者をそのまま放置することはできないからだ。


「ラピスラズリ・レノ・サンステイ殿下が王位をつぎに来ました。門を開けなさい」


 エクレールは先頭に立ち、兵士に向かう。

 だが、兵士は槍で行く手を遮ってこちらを不審そうに見てきた。


「俺は剣聖ライトニングだ。剣聖ゲイルに話をすればわかるだろ」


 恭平が魔剣をかざし、黄色く輝かせた。


「そ、それは! まさか!」


 行く手を阻む兵士は別の兵士を呼ぶ。少しの間話をすると、話を聞いた兵士は駆け足で城の中に入っていった。


「今しばらくお待ちください。剣聖ゲイルに確認を取っております」


 兵士は緊張した面持ちで槍を構えている。

 恭平たちも現状では強行するつもりもないので、返事が返ってくるのを待った。


「城下町に大きな城壁……本当に異世界なのね」

「おいおい、これからはお前がここを治めるんだぞ。大丈夫か?」

「そうね。この程度で気後れしてる場合じゃないわ」


 そう言いながらも瑠璃は落ち着かない様子で辺りを見回す。恭平も自分で気づいていないが、辺りに視線を向けていた。


「お待たせした。剣聖ライトニング」


 兵士が退くと、剣聖ゲイル本人が直接やって来た。

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