第24話 児玉家の海水浴
眩く輝く太陽が砂浜をじりじりと焦がす。
あまりの暑さに人々は日の光を避け、日陰に避難している。涼し気な海のさざ波は人の喧騒でかき消されていた。
そんな暑い砂浜で恭平は帽子にパーカー、サーフパンツといういで立ちで、皆が出てくるのをじっと待っている。
焼けた砂は裸足では耐えられないため、ビーチサンダルも完備していた。
「まだか……」
着替えのため、男女別にならざるを得なかったが、所有時間は圧倒的に異なる。
そのため、恭平は待ちぼうけを食らっていた。
「お待たせしました」
抑揚のない声と共に現れたのは、ビキニタイプの水着を身につけたエクレールだった。
緑を基調としており、腰にはパレオも巻いている。
髪が金色ということも加わって、砂浜に現れたビーナスと言える。
「さあ、恭平。私の美しさを見ることができたことに感動して涙を流してもいいのですよ」
恭平はエクレールを無視して次に出てきた姉に向き直る。
「はいはい、注目! 青春からは少し離れたけど、まだまだ現役なOLの水着姿よ!」
少々自虐の入った説明台詞を言いながら恥ずかしいポージングをしてきた。
姉は濃いめの青をしたワンピースタイプの水着を身につけている。
エクレールほどではないが、そこそこスタイルがいいので、様になっている。
「ふふふ、元気がよくていいわね」
母は普段着の上にパーカー、つば広帽子という海にはあまりそそぐわない恰好だった。
「私はそこらへんでビールでも飲んで待ってるから。若人の邪魔になることはしないわ」
母はそう言いながら、恭平の脇腹を肘でついてくる。恭平は苛つきながら、その肘を払う。
それだけして、母は海の家に向けて歩き出した。
「さて、最後はお待ちかね、瑠璃ちゃんよ!」
姉が退くように体を動かすと、そこからぶかぶかの上着を纏った瑠璃が出てきた。
上着が瑠璃の体をすっぽりと覆っており、水着を見ることはできない。
「ほれほれ、そんなの脱いで、脱いで」
姉が瑠璃の上着を上向きに引っ張ると、簡単に脱げてしまった。
「な、何するんですか!」
その下には黒色のワンピースが顔をのぞかせる。身長の低さと胸のスレンダーさから、学校指定の水着にしか見えない。
瑠璃は姉から上着を奪い取ると、また被ってしまう。
「……何よ。何か言いたい事でもあるの?」
瑠璃は恭平の視線から、自分の身を守るような姿勢を取る。
「ん? 可愛いんじゃないか?」
その言葉に瑠璃は顔を真っ赤にしながら、恭平の胸をポカポカと叩く。全く痛くない恭平は平然とそれを受け入れていた。
「やはりロリコンでしたか」
「ロリコンだったわね」
恭平は特に反論することもなく、流れに身を任せた。
さほど時間が経たない間に話題も海に変わっていった。
「それじゃあ、早速泳ぎましょうか」
「そうしましょう」
猛然と海に向かっていく姉をエクレールを見送りながら恭平もその後に続く。それに続くように瑠璃も場所を移動した。
「これが海ですか。思った以上に塩辛いですね」
「初海水浴の感想がそれでいいの?」
無邪気にじゃれ合う2人を追い越し、恭平は深いところに移動し泳ごうとした。
だが、まったく浮かない身体は鉛のように水底に沈んだ。再度立ち上がり、体を海水に浮かべようとするが、やはり底に沈んでしまう。
諦めた恭平はエクレールのそばまで行くと、手招きして呼び寄せた。
「海水に浮かいんだが?」
「これですね」
エクレールは恭平の胸に刻まれた傷跡を指さす。それを見た恭平はつられる様に自分の胸を撫でた。
「あー……鉄は浮かないよな」
「浮きませんね」
そんな恭平を見捨てるようにエクレールは反転して背中を向ける。
「私はお姉さまと一緒にビーチボールで遊んできます」
それだけ言い残すとエクレールは去っていった。
金づちの理由に納得した恭平は諦めて砂浜へと戻っていく。その先にはパラソルの下でうずくまっている瑠璃がいた。
麦わら帽子にぶかぶかな上着を羽織っている。光が消えた瞳でじっと海を眺めていた。この世の全てを恨んでいるかのように見える。
「何しに来たのよ。エクレールさんと泳いでいれば?」
「いや、なんか金づちになっていてさ、海水に浮かなかった」
「は? 何それ」
瑠璃は怪訝そうに眉を寄せた。
とにかく、泳げなくなった恭平は瑠璃の隣に腰を下ろす。
場所を作るためか、嫌がったのかわからないが、瑠璃が少し横に移動した。
「瑠璃は泳がないのか?」
「本当は泳ぎたんだけどね……」
瑠璃は虚ろな目をして海を眺める。
「そんなに水着が気に入らないか?」
「気に入らないに決まってるじゃない」
瑠璃は体育座りになり、ぎゅっと膝を抱えた。
そんな瑠璃から恭平は視線を逸らす。
「これは言っていいのか判断に困るんだが、水着、似合ってるよ。あ、いや、いい意味でな」
その言葉は幼く見える水着が似合っているということで、相手も幼く見えると言っているのと同じだ。
「そうね。普段ならぶん殴るほど怒るところだけど、水着を褒められるのは初めてだから、好意的に受け取っておくわ。ありがとう」
素直ではない瑠璃に恭平は苦笑いを浮かべる。そんな恭平に瑠璃はそっぽを向いた。
「なあ、これが終わったらすぐに魔法界に乗り込む訳だが、本当にいいのか?」
「そうね……。でも、私が決めたことだから、曲げるつもりはないわ。そっちこそ、本当に大丈夫なのかしら?」
瑠璃はそっぽ向いたまま答えた。
「あー、ちょっと修行に不安が残るかな。相手には1度負けてるしな」
「そいう意味じゃなくて、私と魔法界に行くことよ。後悔してない?」
瑠璃を見ていた恭平は海に視線を向けた。遠くを眺めながら口を開く。
「そうだな……。後悔はない。俺が魔剣を持ってお前を守ると決めた時に、覚悟は決まっていたんだと思う」
「私を守るのは友達だから……よね?」
「それがどうかしたのか?」
「質問を質問で返されるとか少し不満だけど、まあ、いいわ。そんなただの友達の為に、一生にかかわることを決めるのがわからないってこと」
そっぽを向いていた瑠璃は恭平へ体を向けていた。
それは、真摯であり、決してふざけられる空気ではない。
「そうだな。自分の一生をかけてもいいと思えるただの友達ってことだよ」
「そう、私はどこまで行っても友達ってことね」
瑠璃はそう言うと、立ち上がり伸びをして体をほぐした。
「あー、ひと泳ぎしようかしら」
「泳ぐのか?」
「さっきも言ったけど、本当は泳ぎたいのよ」
体操を始めた瑠璃を見上げる。やる気が満ちている様子を見て、恭平も気力が充実してきた。
「それより、妙に人気がないと思わない?」
「それはきっと、エクレールの奴が人払いの魔法を使ったからだろ」
「ふーん、恭平ってエクレールさんのことを信頼しているわよね。こんなことに魔法を使うなんて! とか言わないし」
瑠璃は唐突に両手を上げて見せた。瑠璃にとってはそれが怒っているというジェスチャーだった。
「ああ、あいつな。信頼してるわけじゃない。だが、冗談は言っても嘘は吐かない。信頼とは違うが、勝手にやらせている」
「そうなんだ。嘘を吐かないってどうしてわかるの?」
「あいつとはまだ3か月程度の付き合いだけど、何となくわかるんだよ。きっと、こいつで繋がっているからじゃないか」
恭平は何もないところから鈍く光る剣を出現させる。それを少し振ってみせた。
「それ、手品みていで、何度見てもびっくりするわ」
「俺も最初はビビったよ。でも、瑠璃を守る力だと分かってからはそんな風に感じることはなくなった」
「へぇ、そうなんだ」
そう言って、瑠璃は少し口角を上げる。恭平からは見えない絶妙な仕草をして隠していた。
「じゃあ、エクレールさんが人払いしてるなら、それにあやからないとね」
ぶかぶかな上着と麦わら帽子を投げ捨てると、瑠璃は海に向かって走り出す。
そんな様子を見て、恭平は瑠璃が残したものを綺麗にたたんでから後に続いた。
「あー気持ちいいー。ほら、恭平もこっちに来なさいよ」
瑠璃は海に入ると恭平に向けて水しぶきを浴びせる。それを鬱陶しく思いながら顔にかからないよう手でガードした。
その後、少し深い場所に移動すると、瑠璃は華麗に泳ぎを披露した。
「さっきも言っただろ、俺は金づちになったってな」
「なら、私が泳ぎ方を教えてあげる」
恭平は瑠璃に泳ぎを教えてもらう姿を想像して首を振った。
「いや、それはさすがに恥ずかしい」
「ちょっ! 何を想像したのかしら? 絶対に失礼なこと考えたでしょ!」
瑠璃は遠くから全力で水しぶきを上げるが、恭平に届くことはない。
恭平は意を決して瑠璃の場所まで歩いて移動する。そして、泳ごうと海水に身をゆだねると、底に向かって沈んしまった。
「うわぁ……これは、私では教えるのは無理だわ」
海底に沈んでいる恭平はそんな言葉を聞きながら、来てよかったを心からそう思えた。
日は傾き、太陽は海に沈もうとしている。空は赤く焼けて、夕刻を告げていた。
「ああー、遊んだ!」
着替え終わった姉が太陽に向かって大声を上げる。
恭平は関係ありませんと言わんばかりに視線を逸らした。
「エクレールちゃんと瑠璃ちゃんはどうだった?」
「楽しかったです」
「私も凄く楽しかったです」
着替えを終えたエクレールと瑠璃は2人そろって返事をした。
白かった肌は日に焼け、浅黒くなっている。だが、それを夕焼けの赤が隠している。
「それじゃあ、帰りましょうね。家に着くまでが海水浴です」
「「「はーい」」」
母の声に3人は返事をする。
ずっと姿を見せなかった母が白い肌のまま現れる。少し酒臭いところから、ビールはしっかり飲んでいた。
そんな様子を眺めていると、エクレールが近寄ってきた。
「恭平は楽しめましたか? 金づちになったようですが」
「海底も慣れればいいもんだぞ」
笑ってエクレールに言い返す。
「後は魔法界に攻め込み、ラピス姫を即位させるだけです。思い残しはありませんか?」
「無いな。むしろ、今日という日があったから、悔いはなくなったくらいだ」
恭平の答えを聞いたエクレールはいつもの平静な顔に戻した。
今日という日を思い出にして、恭平は赤い空を見上げた。




