第23話 ひと夏のアバンチュール
夏休みも前半を終え、夏は真っ盛りになった。
窓の外は真っ暗になっており、日は完全に落ちているというのに、気温は下がることを知らない。
エアコンが全力で稼働しており、リビングの温度は快適に保たれている。
その中、児玉家の食卓は夕食が終わったばかりで、落ち着いた空気が流れていた。
「3日後、みんなで海に行くことが決定しました」
その静寂を破ったのは、先ほど帰ってきたばかりのスーツを纏った姉であった。
唐突に何を言い出すのかと、全員の視線が突き刺さった。そんな気まずい空気でも気にせず、姉は言葉を続ける。
「こんな青春ど真ん中に、何もせずに終わるのは勿体ないわ! 勉学も大事だけど、もっとやるべきことがあります。ひと夏のアバンチュールはかけがえのない思い出……それは、一生の間で最も輝くものなのです」
姉は踊りながら、そんなことをのたまう。
相手にしていられないといった様子で恭平はめんどくさそうに1つ欠伸をする。だが、周囲はそんなことなく、目を輝かせていた。
「と、いう訳で日帰りだけど、海に遊びに行くから各々準備するように。特に水着選びは重要だから、ここで妥協すると後々後悔するから! 気合入れなさいよね」
姉は言いたい事だけ言って、冷蔵庫から缶ビールを取り出して一気に飲み込んだ。
少し落ちつたが、周囲の視線は恭平に集まっていた。
「ふふふ、恭平はどちらが好みなのかしら?」
興味津々といった様子で母がころころと笑う。
その言葉に、恭平は気まずそうに視線を外に向けた。そして、湯飲みにあったお茶を口に含む。
「そうですね。ここははっきりさせておく必要があります」
椅子にだらけて座っていたエクレールが佇まいを直してそんなことを言いだす。
「何をはっきりさせるのかしら?」
瑠璃は要領を得ない様子で首を傾げる。それを見て、エクレールは両手を上げてやれやれと肩をすくめた。
「恭平がロリコンかどうかです」
ブフーッと、恭平は口に含んだお茶を霧状に吹き出す。
「ちょっと、恭平、汚いわよ」
瑠璃は手で防ぎながら恭平から距離を取った。
涼しいはずのリビングで、恭平はだらだらを汗を流す。
「なんでそんな話になるんだよ。俺が何だっていいだろうが」
「いいえ、これは重要な事です」
「そうね、確かめる必要があるわね!」
エクレールの強い意志に同調して、姉がビールの入った缶をドンと机に置いた。
馬鹿馬鹿しいと、恭平は椅子から立ち上がりリビングから去ろうとする。
「待ちなさい。これは由々しき事柄よ。ホームステイに来た外来美人と、突如転がり込んできたロリっ子のどちらを選ぶのか、非常に興味があります」
恭平は姉のおもちゃになることを嫌ってリビングから脱出した。
「それで、エクレールちゃんと瑠璃ちゃんはどんな水着で行くのかしら?」
「私はセクシー路線で行きます」
「エクレールちゃんは大胆ねぇ。それに対して、瑠璃選手はどんな対抗策を?」
「私はそんなつもりはないわ」
「興味がない振りをしてるけど、頭の中では勝利の方程式を構築しているのね、わかります」
だが、リビングに残された女性4人はやかましく盛り上がっている。3人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
恭平は頭を抱えた。
※
なんてことがあって、なんやかんやあって、軽い振動を受けながら恭平は車のシートに座っていた。
ワンボックスタイプの車の中は存外広く、5人くらいなら快適に過ごせる空間である。
そのはずなのが、恭平は謎の狭苦しさを感じていた。
運転席には姉、その隣の助手席には母。後ろの座席には残った恭平、エクレール、瑠璃が座っている。ただ、配置が問題で、恭平は右からエクレール、左から瑠璃に挟まれていた。
車に乗る前に、助手席に乗ることを訴えていた恭平だったが、姉の「却下」の一言で斬り伏せられた。
座席の広さを考えれば3人ならそれなりに余裕があるはずなのに、両側から挟まれて窮屈になってしまっている。
「恭平、海が楽しみですね」
「ソウデスネ」
「海に行くなんて思いもよらなかったわ」
「ソウナンデスネ」
2人の言葉を無心で躱しながら、恭平は早く海に着くことを願っていた。
触れ合う体からワクワクしていることが直接伝わってくる。こんな状況でどうすればいいのかわからない恭平は固まったまま身動きができないでいる。
「あら、海が見えてきたわね」
助手席に座る母が窓を見ながら言ってくる。
左を見ると、青い水たまりが見える。言う通り海はもうすぐらしい。
「恭平、海ですよ」
そう言いながら、エクレールは恭平へとのしかかってくる。それに押されるようにして、瑠璃に寄り添ってしまう。
「何をやっているのかしら?」
瑠璃の冷たい言葉が恭平に突き刺さる。
もう、どうにでもなれと恭平は開き直った。
「瑠璃、お前もみろよ。海がすぐ近くに見えるぞ! 水平線もばっちりだ!」
「嘘つかないで、山が邪魔でまだ水平線なんて見えないわ」
瑠璃の言葉はいちいち棘があったが、不屈の心でそれを耐える。
「エクレール知ってるか? 海が塩辛いのは、塩が無限に出る碾き臼が沈んでいるからなんだぞ」
「……そんな嘘が私に通じると思っているのですか?」
「そいえば、そんなおとぎ話もあったわね」
「それくらい存じておりますよ?」
仕返しとばかりにエクレールの知らなさそうなことを口にする。
今まで押されてばかりの瑠璃が反撃を開始した。
恭平は自分への矛先を逸らすように、2人が衝突するように誘っている。
「ははは、いいねぇ。恭平、両手に花の気分はどう? そんな羨ましい状況なんて、もう2度と訪れないから! 絶対に訪れないから!」
姉の実感がこもった話は妙な迫力があった。
両方に挟まれて窮屈になった恭平はそんな話を聞いている余裕はない。
「何故海が青いのか知っているますか?」
「光の吸収量の違いによって青く見えているのよ」
「違います。海が青いのは過去に行われた大規模魔法によるものです」
会話にある世界のズレに2人はお互いに首を傾げた。
「ふふふ。2人とも仲がよさそうでよかったわ」
会話を聞くだけで母が嬉しそうに口元を隠す。いがみ合っている2人を見ることなく。
「さて、無駄で無意味なおしゃべりは終わり。もうすぐ着くから準備はじめてね」
全員で「はーい」と返事してから、各々が座りなおし姿勢を正した。
この状況から解放されるのだと、恭平は胸をなでおろした。




