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第19話 他愛もない話

 恭平が重い瞼を開くと、見慣れない木製の天井が視界に入ってくる。体の感触から布団に寝かせられているようだった。まだ覚醒していないのか、頭の中が霞がかかったように考えがまとまらない。


 体を動かそうとすると鈍い痛みを感じたので、首だけを横に倒した。

 畳が敷かれ、部屋を仕切っているのは障子と松が描かれた襖。それ以外は特に気になるとことはない。

 和風に統一された部屋は旅館くらいしでか利用したことがない。


 現状がわからないまま、少し声を出してみた。体を動かすと痛みを感じるが、動かないわけではない。

 痛む身体を起こすと、身体が正常かどうか腕を軽く動かしてみる。腕はかろうじて思い通りに動いた。


 徐々に覚醒して意識は、剣聖シャドウとの戦いをようやく思い出した。

 恭平はとっさに胸の切り傷を確認する。痛みはあるが、巻かれた包帯は血で濡れておらず、清潔な白のままだ。

 ここがどこなのか確認する必要があると、立ち上がる。だが、痛みのせいで呻いてしまった。


「気が付いた?」


 木の擦れる音と同時に、部屋を仕切る襖が開かれた。

 その声に恭平は聞き覚えがある。幼さが残るが、とても澄んだ声。


「瑠璃か……?」


 恭平は安堵から少し息を吐く。

 瑠璃のように青い髪をした幼い女性が、立っている恭平をの体を抱くと、そのまま布団の上に座らせた。


「そうよ。恭平には聞きたいことがいっぱいあるから、死ぬ事は許さないわ」


 この不愛想で平静な物言いは、瑠璃に違いなかった。

 何故、ここに瑠璃がいるか恭平にはわからなかったが、つい衝動的に抱きついてしまう。

 瑠璃は珍しく慌てた顔をしながら、恭平を引っぺがそうとする。


「まって、意味が分からないから、放してくれない?」

「あ……」


 剣聖シャドウとの戦いで気を失っていた恭平には瑠璃の無事を知る手段がなく、こうして面と向かって初めて生存を実感できた。

 やり過ぎたのと理解し、瑠璃から離れた。


「そうだ、ここは? 奴はどうした?」


 辺りを見回しても、障子と襖だけなことは変わりない。もしかしたら、ここに捕らわれているのかもしれないと、恭平は身構えた。


「ここは私の家よ。本当は病院に連れて行くべきなのだけれど、色々聞きたいことがあったから、家に運ばせてもらったわ。ちなみに、奴って誰のことかしら?」


 瑠璃の表情が少し怖く変化した。そんな瑠璃に対して恭平は苦笑いを浮かべる。


「病院に連れていかなかったのはいい判断だ。全身鎧を着た――って、鎧はどこよ!?」

「脱がせてもらったわ。あんなの着ていたら手当てができないでしょ」


 瑠璃は大変だったんだから、と付け足した。

 恭平は今になって、自分の正体を瑠璃に気づかれたことを理解できた。

 ばつの悪そうな顔をすると、恭平はそれを隠そうと俯いた。


「よく、お前の小さな体で俺を運べたな。重かっただろ……」

「そうね。全身鎧を着込んでいたからね、本当に苦労したわ」


 恭平は瑠璃が今までの経緯を知りたいと思っているだろうと、予想できたが、向こうから話してくれることをじっと待った。


「今日ね、偶然にも空で戦う2人の騎士を目撃したの。黒い剣を持った人は全く知らなかったけど、もうひとりは以前私を助けてくれた黄色く輝く剣を持つ騎士だったわ」


 恭平は俯いたままだったが、瑠璃はそちらを何度もちらちらと見ていた。何かを期待されていることを感じてはいたが、流れに任せて特に反応はしなかった。


「その騎士のことが気になって地上から彼らを追ったの。目にも留まらぬスピードで戦う2人の騎士。そのうち、片方が地上に落ちてきたわ。その場所に向かったら、そこにいたのは全身に鎧を纏った恭平だった」


 そこまで言うと、瑠璃は一旦声を止め、2人の間に沈黙が訪れた。

 瑠璃は恭平からの言葉を待っていたが、待ちきれず訊ねる。


「どういうことなの? 説明しなさい」


 瑠璃は命令口調で問い詰める。


 だが、恭平は答えるわけにはいかない。言ってしまったら、刺客のことが瑠璃に伝わり、この戦いに巻き込んでしまう。彼女のことだから、積極的にかかわってこようとするだろう。


 恭平は瑠璃が何も知らないで、平和に暮らしてほしいと願っている。

 吉田教諭の言葉ではないが、好きな人と結婚して幸せになって欲しい。


「黙ってないで何とかいいなさいよ。以前、あのサムライが私の命を狙っていたことにも繋がっているんでしょ」


 剣聖ゲイルに襲われたことも覚えている。

 先ほどの剣聖シャドウとの戦いで、素顔も知れた。


(もう本当の事を言うしかありません。女王様との約束を反故にしてしまいますが、このまま黙り続けるのはラピス姫の為になりません)


 エクレールの言葉が頭の中に響く。

 言っていることは正しい。このままごまかすことはできない。それでも、巻き込みたくはない。


「あなたのことだから大体の予想は付くわ。どうせ私の命が狙われているから、それを影から守ってたんでしょ。いつもの事じゃない……」


 瑠璃も薄々気が付いていたようだ。恭平がしょっちゅう教室を抜け出して何かをしていることを。

 教室でずぶ濡れになっていたのも、校舎から抜け出していたためだと、理解している。


 恭平は一度目を閉じる。

 本当にこれでいいのか。他にごまかすことはできないか。彼女を幸せにできないか。

 恭平は再び目を開いた。


「そうだ。瑠璃の命を狙う奴等がいたから、そいつらを退治していたんだ」


 抽象的に、詳細を知られないように、気を付けて言葉を選ぶ。

 魔法界とか、王女だとか、そういったごたごたには巻き込みたくない。


「何よそれ……。私はそんな事も知らずにのうのうと暮らしていたって事? 自分の命が常に危険に晒されていたのに、何も知らずに恭平に守ってもらっていたっていうの? どうして、あなたなの? 何故なの?」


 瑠璃の声は悲鳴のように聞こえる。心が裂けて耐えられないような悲鳴。

 いつしか、その目には涙が溜まっていた。


「前にも言っただろ。友達を守るのは当然の事だ」


 恭平はできるだけ穏やかな笑顔を作る。

 その顔に温かい雫が落ちてきた。


「そんな下らない理由で、どうしてそんな事が平気でできるのよ……」


 静かな部屋には瑠璃の嗚咽だけが響いていた。

 しばらくして、部屋には再び静寂が戻った。




「ねぇ、中学時代の頃の私を憶えてる?」


 静寂を破ったのは瑠璃の問いだった。

 恭平は中学時代を思い返す。


「よく覚えてるよ。今みたいに成績優秀でもなければ、高飛車でもなかった。青い髪と紫の瞳で色々と言われてたな。そのせいなのか、伏し目がちで暗かったのを覚えている」


 瑠璃はばつの悪そうな顔をして、少し視線を外した。

 そんな瑠璃の心境を考えると、気まずいのも理解できる。


「大概ねその通りよ。そんな暗い少女と3年間同じクラスだったのよ。知ってた?」


 恭平は驚いたように目を開くと、すぐさま首を横に振った。

 そんな恭平に瑠璃は溜息を吐く。


「それと、今だから言うけど、その頃まともに話をしたのは恭平だけだったのよ」


 恭平は昔を思い出す。

 瑠璃とは挨拶程度の会話をしたことしかなかった。それでも自分しかまともに話していないとは、相当に寂しい中学時代を過ごしてきたのだろう。


「だからね、私は恭平と同じ高校に行きたかった。そうすればひとりぼっちになることはないって思っていたの」


 瑠璃は少し自嘲気味に少し笑った。


「それなのに恭平はここら辺で最難関と呼ばれていた高校を受験するって言い出して、とても困ったわ。今まで勉強なんて全然やってこなかったのに、必死に頑張って、夜もほとんど寝ずに勉強して、今の高校に合格したの」


 瑠璃は秘めていたことを口にしながら、胸をぎゅっと握った。

 それは、今まで言いたくても言えなかったこと。


「それなのに恭平はいともあっさりと合格しちゃうんだから凄いわよね。私とは正反対」


 そんな言葉に恭平は軽く頬をかいた。

 恭平はそこまで必死になって勉強をした覚えはない。


「いとも簡単にって、俺だって結構勉強したんだぜ?」

「具体的には?」

「そうだな……1日7時間しか眠らないほど頑張ったとか……」

「いつもはどれだけ寝てるのよ」

「授業中、真面目にノート取ったり……」

「それは当たり前」


 恭平の作り笑いに、瑠璃は大きく溜息を吐いた。


「その程度で合格できる辺り、かなり余裕があったのよ。恭平がそんなんだから、大学受験の時にどこの大学を受験すると言い出しても合格できるように、ずっと1位をキープしてたの」


 そんなことの為に瑠璃は必死に勉強していたのだ。

 時間があれば教科書を読んで、誰と遊ぶでもなく、楽しみはきっと漫画の立ち読みぐらいなものだったのだろう。


「だけど、1位をキープするのって本当に大変だった。気が付いたら自分のことで精一杯。他人の事を思いやる余裕なんてまるでなかった」


 瑠璃が他者を寄せ付けず、高飛車だったことにはこのような背景があった。恭平は瑠璃の行動の数々が納得できた。


「私が必死になっているのにも関わらず、恭平は成績は上位を保ったままで私を助けたりして余裕を見せ付けてくれた。それが悔しくて、妬ましくて、羨ましくて、つい心にもない事を口にしてた。だから、恭平に守られるってことが、どうしても受け入れられなったの」


 いつも感情を表に出さない瑠璃がそんな事を思っていたことに、恭平の胸は締め付けられるような痛みを感じた。

 その言葉の後、瑠璃は口を閉ざす。そして、2人は言葉を交わさなくなった。




「実はさ……」


 次に言葉を口にしたのは恭平だった。

 思いのたけを伝えてくれた瑠璃に対して、恭平もそれに応えるべきだと口を開いた。


「俺乗り物が苦手なんだ。バスとか、電車とか、自転車さえ駄目なんだよ。だからさ、家から歩いていける今の高校にどうしても通いたかったんだ」


 恭平は居心地悪そうにそんなことを言っていた。

 その後、部屋中に妙な空気が流れる。

 先ほどまでの静寂とは全く違う、とても嫌な気配が瑠璃から漂ってきた。


「そ、そんな理由だったの? 今の高校に行く理由はそんな事だったの? あんなに頑張った私は何だったのよ……」


 瑠璃の肩が小刻みに震えているのがわかった。よほど頭にきたのだろうと、恭平は次の言葉に備えた。


「あはははは……。これまで肩肘を張ってきたのが馬鹿みたい。誰にだって苦手なものはあるものね」


 予想していたのと違う反応に恭平は拍子抜けしたように肩を傾けた。

 瑠璃は口元を押さえて笑いを堪えているように見えたが、ほとんどが漏れ出しており、普通に笑うのと大差ない。


 こんな瑠璃の表所を見るとは思っていなかった恭平も釣られて少し笑ってしまう。

 いつもすまして表情を表に出さない瑠璃が、こんな表情を見せてくれることが、恭平にとってはとても嬉しいことだった。


「修学旅行とかどうしていたのよ。苦手そうなところなんて見たことなかったけど?」

「それは前日から酔い止め飲んだり、乗り物克服マニュアルを読んだりして十分に対策をしてたからだよ。それでも辛くてほとんど無口だったから、目立たなかったんだろ」


 瑠璃は目に溜まっていた涙を手で拭いながら口を開いた。


「今までごめんなさい。私が勝手に対抗意識を燃やして……。もっと早く話せていたらよかったのに」

「今話せたからいいじゃないか。手遅れじゃないしな」


 恭平はこんなお互いのことを腹を割って話せることができたことが本当に良かったと思えた。

 くだらない、本当にくだらない話は長く続いた。


 ふと、『たかが喧嘩、後に振り返ったらいい思い出で済むかもしれんぞ』という吉田教諭の言葉が何となしに脳裏に浮かんだ。

 確かに、笑い話程度で済んだようだと恭平は思った。

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