第17話 お節介クソ教師
瑠璃と喧嘩してから数日、恭平は未だに仲直りができていなかった。
恭平はここまで喧嘩の影響が長引くと思いもしていなかった。
何故、こんなことになったのか、その回答は出ていない。
「おう、児玉じゃないか、どうした? 最近は調子が悪いようだが?」
気がつけば、恭平は化学準備室の前を歩いていた。
顔を上げたその眼前には、化学の吉田が眉を顰めて立っている。
恭平は吉田教諭のぼさぼさ頭と無精ひげを少し見たが、すぐに視線を逸らした。
「おいおい、冷たいじゃあないか。元気のない生徒を放っておくわけにはいかんだろ」
吉田教諭はそう言うと、恭平の手を取って、化学準備室の中へ引きずり込む。
気落ちしている恭平は抵抗もそぞろで、準備室へ入っていった。
「今日は特別、教師公認のコーヒーだ」
吉田教諭はビーカーに注がれた黒い液体を恭平に手渡す。
恭平もそれを両手で受け取った。
「なんだ、嬉しくないのか。それは残念だな」
吉田教諭は全く残念そうな顔をせずに笑って見せる。
恭平の心境をおもんばかっての行動だったが、その効果は薄かった。
「児玉、お前って樋山とよくつるんでいたよな」
樋山――瑠璃のことが話に出てきて、恭平の体がびくっと揺れた。
「まあ、中学が同じってだけです」
「ふーん……お前ら結婚するつもりはないか?」
吉田教諭の唐突な言葉に、空気が凍り付いた。
完全に固まっている恭平をよそに、吉田教諭は目を細めいやらしい視線を送ってくる。
「はぁ? 突然、何言ってんですか!?」
「何って、教え子の色恋沙汰に助言してやってるんだよ」
現状を全く理解していない吉田教諭に、恭平は額に手を当て俯いてしまう。
そんな様子を吉田教諭は楽しそうに眺めていた。
「なんだかんだで、樋山にちょっかい出してるのを知ってるぞ。あいつは他の生徒とは全くかかわろうとしないから、心配してるんだよ。あいつが結婚して幸せになって欲しいってな」
「話が飛躍しすぎて意味が分かりません」
吉田教諭は身を乗り出して、背中をバシバシ叩いてくる。
「俺はただ、教え子の幸せを願っているだけだ」
そんなことを言う吉田教諭は外見に似合わず、慈愛に満ちた顔をしていた。
そんな姿を見て、恭平は顔を上げた。
「見てわからないんですか? 今、俺たち喧嘩してるんですよ」
「いや、そこまで見てるわけじゃないから、流石にわからん。だが、たかが喧嘩、夫婦になった後に振り返ったらいい思い出で済むかもしれんぞ」
次に吉田教諭は大きく笑ってみせる。
意外と攻めてくる教諭に、恭平はうんざりとした苦い顔をした。
「でも、その喧嘩で絶交とかもあり得ますよね」
「ははは、お前らならそんなことはないから安心しろ」
笑ったまま吉田教諭はビーカーのコーヒーを一口飲むと、一息ついた。それを見て、恭平もコーヒーを口に含む。だが、その苦さに少し舌を出してしまう。
「お前には苦過ぎたか? まあ、人生も同じように苦いもんだ。だから、少しの甘みが際立つんだ」
そう言うと、吉田教諭は手に持っていたビーカーを机の上に置く。
そして、再び恭平に視線を戻した。
「結婚、考えてみないか?」
「いきなり結婚とか、考えが飛躍し過ぎです。こういうときはまず、恋人じゃないんですか?」
「いや、結婚がいいな」
まるで妹に見合う男を見つけたかのように、吉田教諭は腕を組んで胸を張った。
そんな吉田教諭に、恭平は唖然としてしまう。
教諭は真剣な眼差しを恭平へ向けた。
「お前が結婚することが樋山の幸せだ。彼女を幸せにしたいと思うのならなおさらだ。結婚しなければ、きっと不幸になる」
「どうして、そこまで?」
恭平の問いに吉田教諭は答えなかった。
教諭はビーカーに残ったコーヒーを一気に飲み干す。
「俺からのアドバイスは以上だ。児玉もコーヒーを飲んでさっさと帰れよ」
今までの態度とは打って変わって、恭平を突き放すようにそう言った。
恭平はビーカーを机に置くと、教諭に背中を見せる。
「すみません、俺、コーヒー苦手なんですよ」
コーヒーと吉田教諭を残して、化学準備室を出ると、背中越しにサムズアップされた。
そして、廊下を歩きつつ、少し離れた場所に移動して、エクレールに声をかける。
姿を消していたエクレールが霊体で恭平の前に姿を現した。
「さっきの、どう思う?」
(いえ、あれはないです。流石に早すぎると思います)
「時間が経てばいいと思うか?」
恭平の言葉に熟考したのか、エクレールの返事に数舜間があった。
(お互いが、お互いを認め合うのなら、いいと思います)
若干歯切れの悪い回答に恭平は眉を顰めた。
「そんなのは、当然だろ」
(そうですね。当然というのは、とても難しいことなのです)
エクレールの言葉がいまいち理解できず、首を傾げる。
いつもはズバズバ言う彼女からしたら、珍しいことだった。
(今は目先のことを考えましょう。まだラピス姫が怒っている理由はわかっていないはずです)
恭平は額に手を当て悩むように目を瞑った。
怒った理由にたどり着くには、まだ時間がかかりそうだった。




