第16話 近年の恋愛模様
テスト結果が発表されてから数日後の放課後。
もうすぐ夏休みということもあって、グラウンドには部活にいそしむ生徒の姿があった。普段より練習量が多いようで、掛け声が遠くまで聞こえていた。
そんな中、恭平はカバンを持って校門へ向かっていた。
特に用事はなく、まっすぐ帰ろうとする恭平は、体育館へと向かう瑠璃を見つけた。
いつもの帰宅ルートは、本屋に直行して、漫画を読んで、家に帰るというそのルーチンの繰り返しのはずである。
「こんな場所に何の用だ?」
恭平は首を傾げながら、その後を追って体育館へと向かう。
部活に向かう生徒達に紛れて、歩いていく瑠璃と距離が離れすぎないように部員の隙間を縫って後をつける。
瑠璃は体育館に用事があると思っていたが、入り口には入らずにそのわき道へと向かっていく。
そのわき道の先は体育館の裏手。体育館の影となっており、日が当たらないので、薄暗くひんやりとしている。あまり手入れが行き届いていないようで、そこかしこに雑草が生えていた。
あれだけうるさい部活動の掛け声も微かに聞こえるだけで、人気はない。目的もなく来るような場所ではない。
「先生から呼び出されたのか?」
この生い茂る雑草をむしり取るように言われたのだろうか。
だが、瑠璃の生活態度からそんな罰則のようなことをさせられる可能性は低い。
恭平は姿勢を低くして様子をうかがっていると、男子生徒らしき人物が瑠璃を待っていることに気づいた。
その男子生徒は絞られたいい体幹をしている。髪は茶髪で高身長、顔も整っていてイケメンに属する部類だ。
そんな男子生徒に対して、瑠璃はでいつもと同じペースで近づいていく。背中からはその表情をうかがい知れない。
テスト結果の時みたいに絡まれるのかと、前かがみに姿勢を取り、いつでも飛び出せるようにする。
「あー、でも、またちょっかいかけると、怒られるな……」
渋い顔をしながら、2人の様子をうかがう。
だが、こんな薄暗い場所で男女が2人きり、何も起こらないはずもなく……。
「手紙で私を呼び出したのはあなた?」
「そうです。俺、2年の賀川 大吾って言います」
そう言うと、賀川は自己紹介をした後に、礼儀正しくお辞儀をした。微かに聞こえてくる声も美しく、カラオケに行ったら人気者間違いなしだ。
賀川の友好的な態度は瑠璃に敵意を持っていない様子で、恭平は胸をなでおろす。
「それで、賀川君は私に何の用があるのかしら」
「あ、先輩。俺のことは呼び捨てで呼んでもらっていいですよ」
賀川は人懐っこい笑顔を浮かべて、そんな事を言う。少し馴れ馴れしいところもあるが、それが彼のキャラクターなのだろう。
「そう。賀川君は私に何の用かしら?」
「ははは、ガードが堅いなぁ。でも、そこがいいところなんだけど」
少し苛ついて語気が強まった瑠璃に対して、賀川は少しおどけた様子だった。
「何の用かしら?」
「じゃあ、単刀直入に言います。実は俺、先輩のことをが好きなんです。付き合ってくれませんか?」
微かに聞こえてくる言葉に、恭平は身体をビックとして反応してしまう。まさか、他人の告白現場を覗き見をしてしまうとは思っていなかったので、バツが悪く苦い笑いを浮かべた。
ここにいる必要はないと、体制を解除して立ち上げろうとした。だが、体は動くことなくそのまま耳を傾けてしまった。
「悪いけど、付き合えないわ」
冷静な瑠璃の声が恭平に届く。
その表情はわからないが、きっと平静なままであることは想像できた。
そして、恭平は大きく息を吐いてしまった。
「冗談きついなぁ。何が気に入らないのかな」
「あなたは私を知っているみたいだけど、私はあなたを知らないわ。それに今は受験勉強があるから、恋愛ゴッコをしている余裕はないわ」
そんな拒絶の言葉を受けながら賀川はおどける態度を改めない。
「付き合えば俺のこともわかりますよ。受験勉強なんて、先輩にはもう要らないでしょ」
その言葉が瑠璃の神経を逆なでしているのか、ぎゅっと拳を握るのが分かった。
「それに、俺、結構人気あるんですよ。恋人になれば、すぐに人気者になれるって」
「人の話を聞いていないのかしら?」
瑠璃の言葉に賀川はさらに態度を悪くしていく。それは、瑠璃を挑発しているように見えた。
「結構優良物件ですよ、俺。今ならただなんですからお買い得じゃないかなぁ」
賀川の態度は完全に挑発していた。そんな様子に瑠璃は握る手にさらに力を入れた。
「先輩は可愛いですよねぇ。ちっちゃくて、青い髪なんかして、お人形みたいじゃないですか」
賀川の挑発でついに瑠璃は手を上げた――が、恭平がとっさに飛び出てその手を取る。
「おい、落ち着け。挑発に乗るな」
びっくりした様子で、瑠璃の賀川も恭平に視線を向けてくる。
恭平は不味いことをしたと、バツの悪い顔をした。
「きょ、恭平――?」
「おっと、あんた、誰です?」
恭平は覚悟を決めて口を開いた。
「いや、ただの友達ですよ」
「へぇ、先輩に友達なんていたんですね。てっきりボッチかと思ってました」
賀川は平然とした様子でさらに瑠璃を煽ってくる。それに乗せられるように瑠璃は握られた腕に力を込めた。
「俺は唯一の友達なんだよ。悪いが、瑠璃はあんたが嫌いらしいぜ」
「んー、そうみたいですね。まあ、手に入らないなら、いらないかな」
賀川は必要のない物を捨てるかの如く当然という顔をする。
それに、恭平も頭に血が上るが、それ以上に暴れようとする瑠璃を抑えることで、意識を保つことができた。
「あ、俺、この後、予定入ってるんで」
賀川は2人に背中を向けて、スマホを取り出した。
「あー、マジ最悪だったわー、これからカラオケいかね? 女を適当にひっかけていくから」
瑠璃の耳に入るようになのか、ただ興味を失っただけなのか、賀川は大声で会話しながら去っていった。
恭平は大きく息を吐く。
賀川にとっては瑠璃は遊び相手くらいなものだった。激昂して攻撃してくるより気分が悪い。
「放しなさいよ」
そう言って、瑠璃は拘束していた恭平の手を振り払った。
「……それで、どうして恭平がここにいるのかしら」
恭平は頭をかきながら、どう答えようか迷っていたが、黙っている訳にはいかない雰囲気だった。
「ただの通り過ぎだ。偶然、ここを……って無理があるな」
背の低い瑠璃を見下ろすように視線を向ける。
その様子が気に入らないのか、瑠璃は恭平に向けて睨みつけてきた。どうしようもなくなり、両手を上げた。
「そうね。わざわざこんな体育館の裏を通りすがるなんて、私をつけてきたんでしょ」
こちらを睨み続ける瑠璃から、恭平はばつの悪そうな顔をして視線を逸らした。
「悪かったよ。お前が言う通り後ろをつけて来たんだよ。体育館に行くみたいだったから、また誰かに絡まれてるんじゃないかって心配だったんだ」
こちらを睨む視線が冷ややかなものになっていく、怒りだけではなく、軽蔑が含まれている。
「それで、私をストーキングしていたというわけね……余計なお世話よ。これからはそんなことしないでちょうだい!」
「確かに俺が悪かったよ。だけど、今のはしょうがないだろ。俺が乱入しなければ殴ってたじゃないか。お前は教師からも期待されてる優等生なんだから、そんなことをしたらダメだ」
次に瑠璃は露骨に不快な表示を浮かべる。
「そうね、恭平にとっては、ただの優等生。だったら、私のことは放っておいてもらえないかしら。私が私の悪評を広めたとして、関係ないことでしょ」
瑠璃の言葉に恭平は顔をしかめた。
何故、そこまで自分を傷つけるようなことを言うのか理解できなかった。
「今回は後をつけて、告白されるのを覗き見て悪かった。でも、あの状況は不味いって思った。あのままじゃ、何を言われるかわからなかったじゃないか。俺は友達を助けたいと思っただけだ。それがそんなに悪いことなのか?」
「前にも言ったでしょ、2度とこんな事はしないで。恭平に助けられなくても平気よ。私は自分の面倒くらいは自分でみれるのよ」
「答えになってないだろ。友達を助けたいと思うのはいけないのか」
「私は恭平には助けられたくない。いつも勝手にやってきて迷惑なのよ。私は恭平に助けを頼んだ覚えはないわ」
瑠璃はいい加減にうんざりした様子で、恭平を突き放すように言う。
恭平には瑠璃の態度がやはり理解できなかった。
「瑠璃、お前は確かに成績優秀で非の打ち所がない。だけどな自分が思っているほど、お前は強くない。俺だって何でも自分1人できるとは思っていない。何をそんなにこだわっているか知らないけど、自覚しろよ」
つい熱くなって、恭平は無神経で逆なでするような言葉を口にしてしまう。
その言葉が頭にきたのか、瑠璃は烈火のごとく怒り始めた。
「五月蝿いわね! 私だって全てを一人でどうにかできるなんて思っていないわ。ただ、恭平にこれ以上みっともない姿は見せたくないのよ!」
瑠璃がここまで感情に任せて叫んでいる姿を初めて見た。恭平はいつも冷静で、表情を表に出す事のない彼女の本当の顔を見た気がした。
「何だよそれは! 意味がわかんねーよ。助けるのが俺以外だったらよかったのかよ!」
「そうよ! あなただけには助けられたくない……」
「そうかよ! だったら、もう助けねーから安心しろ!」
売り言葉に買い言葉、恭平はつい心にもない事をいってしまう。
瑠璃は走って体育館の裏手から去っていく。すれ違った時に見た瑠璃の顔は、涙に濡れていたように見えた。
「はぁ……俺、何やってるんだろ……」
体育館の壁に背をもたれ、力なく下がっていく。
冷静になってくると、自分がとんでもないことを言っていたことを思い出す。だが、瑠璃を助けたいと思ったことに間違いはない。
「別に喧嘩したいわけじゃなかったのにな……」
一言呟くと、姿を消していたエクレールが霊体で現れる。そして、うなだれている恭平の隣に腰を下ろした。
(ダメダメです。恭平には姫をお守りする剣聖としての心構えがなっていません。最初のストーキングに始まって、最後の言い合いは見ていられませんでした)
脳に響く言葉が恭平心をえぐる。
恭平にしても、無様であることは重々承知していた。
「瑠璃を……守りたかった。あいつが、人に手を上げるなんて、して欲しくないってさ、心の底からそう思った」
(それくらいは私でもわかります。ですが、その後の対応は最悪でした。あんな上から目線なこと言われたら、誰でも腹が立ちます。)
恭平はエクレールの言葉に頭を掻きむしる。
今、何をするべきかが全く思いつかない様子だ。
「とにかく、このままじゃ最悪だよな……明日、謝っておくよ」
(ダメです。ダメダメです。ラピス姫があんなに怒ったのは恭平に対しての強い想いがあってこそです。明日、いきなり謝ったら教室の中で、今回並みの口喧嘩になるでしょう。助けてもらった相手に謝られたら、ラピス姫だって立場がありません)
何をどうすればいいのか、本格的にわからなくなってくる。
恭平にとって、起こる相手には謝ることしか知らない。だが、そもそも、瑠璃が怒った理由が理解できていなかった。
(拒絶しているのはラピス姫です。少し時間を置いてみたらどうですか? 冷戦状態が長引くのはいやかもしれませんが、時間が解決してくれることもあります)
恭平は驚いたようにエクレールの顔を見る。意外と美しい顔立ちがよく見えた。
いつも、いい加減な事ばかり言っているようには思えない。
(今、失礼なことを考えましたね。それは今は保留にします。先程も言っていましたが、1人ではどうにもならないことはあります。そういう時は他人に甘えるのも悪くないですよ)
エクレールの言葉に励まされる。恭平は俯きながら、少し笑みをこぼした。
「本当に、お前がいてよかったよ。俺、1人だったら、きっと瑠璃に愛想を尽かされるだろうな。俺が守っているって調子に乗って、本人のことを蔑ろにしてた」
反省する恭平を見ながら、エクレールも笑顔になる。
(こうして、私を出会えたのも悪いことばかりではなかったでしょう?)
「ああ、そうだな。今は感謝してる」
(ようやくわたしの良さに気付のですね。私を好きになってしまってもいいのですよ)
「いや、傷ついた俺でもそれはないわ」
霊体のエクレールがポカポカ叩いてくるが、まるで痛くない。
むしろじゃれ合うことができて、心が安らいでいった。




