第15話 守ったもの、変わらないもの
剣聖ゲイルとの戦いの翌日、恭平は筋肉痛で悲鳴を上げる体に鞭打って登校する。
「あいたたた……」
痛む身体に力を入れて、教室のドアを開ける。
教室に入ると、いつものようにすました顔で教科書を読んでいる瑠璃が視界に入ってきた。
目立った怪我はないように見えたので、恭平はほっと胸をなでおろす。
そして、そのまま瑠璃の机の前まで来た。
「おう、おはよう」
恭平は普段を装いつつ挨拶をする。
「おはよう」
恭平を見ることなく、簡素な挨拶を返してきた。
そんな彼女の頭にタオルを乗せてみる。
「何してるのよ」
瑠璃は強い語調でタオルを頭から叩き落とすと、手に取った。
彼女の頭に乗せたタオルは、以前雨の日に手渡されたタオルである。
「で? このタオルは?」
「前にさ、瑠璃がタオルくれただろ。あれだよ」
手にしたタオルが教科書を邪魔したので、瑠璃はこちらを向いて話し始めた。
「ああ、あれね。あげたんだからわざわざ持ってこなくても良かったのに」
「ご丁寧にサイン入りだからな。直筆サイン入りのタオルを記念にもらっておいても良かったが、飾るのに抵抗があったから返そうと思ったわけだ」
平仮名で『ひやま るり』と書かれているところを見せる。それを見て、彼女の顔が赤くなっていく。
「――こ、これは瑠璃って文字の画数が多すぎるから、平仮名で書いただけであって、昔から使っているわけじゃないわ」
「物に名前を書いて大切にする事は、とてもいいことだと思うぞ。ちなみにきちんと洗ってあるから気にしないで使ってくれ」
瑠璃は妙に慌てながら、勝手に弁解を始めた。
そんな様子に、恭平の頬が緩んでしまう。
「何がそんなに可笑しいのよ。ま、まぁ、確かに名前が書いてあるものは使いにくいわよね。このタオルはこちらで引き取るわ」
「ああ、そうしてくれ」
瑠璃はひったくるように差し出したタオルを受け取った。
恭平が笑ったのが気に障ったのか、じっと見つめて来る。そして、すぐに顔をしかめた。
「どうしたの? 何か疲れているように見えるのだけど、大丈夫?」
疲れが残っているので、恭平の空元気もあっさりと見抜かれてしまう。
恭平は自分が無事だとアピールするように、両腕を上げて力こぶを見せつけた。
「昨日、筋トレし過ぎたんだ。見ろ、この上腕二頭筋」
瑠璃は恭平の言葉に眉毛を上げた。
「昨日ね……」
瑠璃は恭平から視線を外し、顎に手を当てる。そして、すぐに恭平へ視線を戻した。
「何を言っているんだと、馬鹿にされるかもしれないけど、実際にあったことだから。先に言っておくからね。本当にあったことだからね」
瑠璃は2回も釘を打ちながら、言葉を続けた。
「実はね、昨日、全身鎧を着込んだ騎士のような男の人に助けられたの。これもよくわからないけど、袴姿のサムライっぽい人が何故か私を襲ってきて、そこを助けてくれたのよ」
恭平の頬が少し引きつる。
文面だけ見ると、意味が分からないことだらけなのだが、恭平にとっては心当たりがあり過ぎた。ここまで鮮明に覚えられていることに戦慄を覚えた。
陸に上げられた魚が、虫眼鏡をによってジリジリと焼かれているように追い詰められていく。
「な、なんて顔するのよ。まぁ、信じられないのも無理ないと思うけど……」
彼女自身はまだ現実として受けれていない。
それを知った恭平は平然とした顔を作った。
「ははは、信じるよ。そんな荒唐無稽な話はしないもんな」
「からかわないで。でも、テレビ撮影の一環だったのかしら。全身鎧は逃げろとか言ってたし、邪魔をしたかしら? 道路や塀が壊れていたのもセットだったのかも……」
瑠璃は何かを思い出すように、顎に手をやり、斜め受けを見始めた。
「段々思い出してきた。騎士は私に逃げろとか叫んだ時に、私の名前を叫んでいたような気が……」
さらに追い詰められていく恭平は冷や汗をかきながら、目を泳がせる。
「あ、あれだ。シーンの台詞だったんじゃないか? 助けられる女性役の名前も偶然同じ名前だったんじゃないか? きっとそうだな、間違いない」
「何で恭平が慌ててるのよ。それより思い出せば思い出すほど不自然なのよね。騎士とサムライの2人しかいなかったし、カメラも、音響も、照明もいなかったわ。やっぱりあれをテレビの撮影と考えるのは無理があるわね。やっぱり、私が狙われて……」
もうダメだと、恭平は顔を青ざめながら言葉を口にする。
「おいおい、大丈夫かよ。常識的に考えてみろよ。テレビの撮影以外でサムライと鎧が戦うなんて、この日本でありえると思うか? 本当に狙われるなんて、どんなファンタジーなんだよ」
恭平はファンタジーと自分から言ったが、その渦中にいることを思い出し、自爆したように追い詰めてしまう。
ははは、と恭平は笑ってごまかしてみた。
「……そうよね。私がどうかしていたみたいだわ。今の事は忘れてちょうだい」
「ああ、忘れる、絶対忘れる。今すぐ忘れる」
つい、恭平は早口になってしまう。
彼女はそう言うと、眉間に手をあてながら前の方を向くと、教科書に目を落とした。
恭平は謝罪をするように瑠璃を拝むと、自分の席に向かう。
席に着くとどっと疲れが出てくる。机の上に突っ伏して動かなくなった。
「なあ、剣聖を追い返したんだ。もう刺客とか来ないんじゃないか?」
体に限界を覚えた恭平はつい、そんなことを口にした。
(それはありません)
恭平の背中に座るように霊体のエクレールが現れると、そんなことを言う。
(サンステイには3本の魔剣があります。雷光の魔剣、疾風の魔剣、影の魔剣。剣聖ゲイルを追い払っても、今度はきっと剣聖シャドウが来ます。それもそんなに遠くない未来に、です)
「まだ剣聖がいるのかよ……」
突っ伏したまま、さらに顔を机にくっつける。
(友達が殺されるのを知って、大見得を切った時の恭平は格好よかったですよ)
「そんなこと言ったかなぁ……」
突如、恭平は身体を起こすと、前の黒板に視線を向けた。
「でも、瑠璃を守ってやんねーとな!」
(それでこそ恭平です)
そんな会話をしている間にチャイムが鳴り、ホームルームが始まる。視線を瑠璃に向けてから、手をぐっと握った。
※
夏休みも近くなり、学期末のテスト結果がいつもの掲示板に張られている。
1位には当然のごとく、『樋山 瑠璃』という名前が書かれていた。
恭平が自分の名前を探すと、存外近い位置に名前がある。
「お、順位が上がってるな」
前回のテストからずっと刺客と戦い続けてきた恭平にとっては意外な結果であった。
テストが難しくて、相対的に順位が上がったわけではなく、点数自体も上がっており、これも意外であった。
皆がそんな掲示板を見て一喜一憂している。
得点が上がったことに、他者の声が怨嗟に聞こえる。
そんな中、また掲示板を一瞥するだけで通り過ぎていく人物がある。周囲とは隔絶さてた様子で歩いていってしまった。
「はあ……またかよ」
恭平はその人物の後を追うように歩いていく。
いつもの人気のない階段付近まで差し掛かると、これまたいつもの2人の女子生徒が行く手を阻む。
「ちょっと、あなた達そこに立っていられると邪魔なんだけど?」
小さい彼女は女子生徒を見上げる。
その瞳は強い意志を秘め、自分は退く気はない。
「さすがお姫様、いい度胸してるよねぇ」
「わたし達の言う事を無視してくれちゃってさぁ」
因縁のつけ方が、小悪党のそれだった。
イラついたように、2人は彼女を見下してくる。
「どちら様でしたか?」
本当に知らないとばかりに、彼女は言い放った。
その煽りに、2人は顔を赤くする。
「あんたさぁ! わたし達を馬鹿にしてんのぉ?」
「何こいつ? 超ムカつく」
2人組みの1人が、彼女の胸倉をつかみ上げる。背の低い瑠璃は足が地面から離れた。
これはもう、ただの嫌がらせでは無くなっている。
「すみません。この辺に生徒手帳落ちてませんでしたか? 落としちゃったみたいで困ってるんですよ」
2人組の視線が恭平に集まる。
「何? あんた? こっちは取り込み中なの。見てわからない?」
「見てわかるに決まってるじゃないですか。随分と穏やかじゃないですね。何があったんですか?」
邪魔な恭平に対して、悪意を隠そうとしない言葉を浴びせる。
2人組みは舌打ちをして、彼女を放すとどこかへ行ってしまった。
解放された瑠璃は床に這いつくばり、咳き込んでいる。
「げほ、げほ……。恭平、何しに来たのよ」
咳き込みながらも、鋭い視線でこちらを見つめてくる。
「生徒手帳を落として困ってるだけだけど?」
「もっと上手な嘘を吐きなさい」
彼女は恭平の胸ポケットから生徒手帳を取り出した。
「私を助けて満足? でもね、こっちは迷惑なのよ。誰も助けなんて呼んでないでしょ。余計な事しないでくれる?」
彼女が恭平を見る視線は冷たい。
「誰でも首を締め上げられてたら助けようとするだろ。それに、締め上げられてたら声なんか出せないと思うぞ」
「テストの結果がよかったから、余裕って事? 他人に構っていられる暇があるのね」
何を言っても敵意を向けてくる彼女に、大きく溜息を吐いた。
そんな態度に、彼女は目を吊り上げてくる。
「おいおい、テストの結果とは関係ないだろ」
「最近、体育の方も評判いいみたいだし、テストの結果も上々。しかも、他人に構っている余裕まである。さすがよね。でもね、そんなところ見せ付けられるこっちは迷惑なの」
いつしか、彼女は下唇を噛み締めていた。
恭平はそんな彼女の様子に瞳を閉じる。
「私は自分のことで精一杯。他人の事を思いやるなんて、そんな余裕は微塵もないわ」
「瑠璃……」
「私は自分の身ぐらい守れるわ。恭平には関係ないから、もう2度とこんな事しないで」
彼女は言いたい事を言い終わったら、どこかへ行ってしまった。
恭平は目を開けると、頭を乱暴に掻いた。
「自分の身ぐらい守れる……か」
遠ざかっていく彼女眺めつつ、呟いた。




