第14話 力ずくネゴシエーション
呼吸が乱れたまま、恭平は光を失い鈍色になった魔剣を地面に突き立ててかろうじて立ち上がる。
邪魔とばかりに兜を脱ぐと、そのまま投げ捨てた。
「――はぁっ、はぁっ、はぁっ、ちょっと待てって。呼吸が整うまで待ってくれ……」
どちらが勝者かわからない状況で、剣聖ゲイルはずっと恭平が回復するのを待ち続けた。
「はぁ……はぁ……あんたに聞きたいことがある」
(いったい何を聞くつもりなのですか?)
「すぐ分かる」
右手でエクレールを制しながら、恭平は言葉を続ける。
「――さて、ここ最近、そっちの世界で何が起きたのか教えて欲しい。特にどうして今になって瑠璃に刺客を送るようになったかを教えてもらえると嬉しい」
恭平が今まで疑問に思っていたことを口にする。エクレールから聞いたことがないことだ。
それを察して、エクレールも無言で剣聖ゲイルの言葉を待った。
「拙者が仕える国、サンステイの王制については知っているか?」
「いや、知らん」
恭平の言葉にエクレールは実体化し、剣聖ゲイルの前に姿を現した。
「剣の精霊か……初めてお目にかかる」
「いえいえ、こちらこそ。王制については私から説明いたします」
剣聖ゲイルとエクレールは互いに軽いお辞儀を交わす。
そして、エクレールは説明を始めた。
「私たちの国、サンステイは王ではなく、女王が治めているのです。それは女性しか魔法が使えないためです。魔法は血筋によって受け継がれ、歴史が長い家系ほど強い魔力を行使することができるのです。ですので、血縁を最も尊ばれるため、女王の交代は女王の血縁しか認められていません。血のつながりは絶対なのです」
恭平はわかったのか、わからないのか、微妙な笑みを浮かべながら説明を受ける。
「ですが、もう1つ女王の交代ができる場合があります。それは女王の血縁が途絶えた場合です。魔力の強い王家を殺せるほどの魔力を持つ人物なら、新しい女王になるにふさわしいという考えになります」
「つまり、1番強い奴が女王ってことか」
エクレールの説明に、恭平はうんうんと頷き理解を示す。そんな恭平にエクレールは疑惑の視線を送った。
「でも、おかしくないか? 瑠璃は王族だから女王になっているはずだろ」
「そのため、今は女王代理という形で、クーデターを起こした元大臣が女王の座についている」
エクレールも知らなかったのが、驚いた表情をする。
恭平は納得ができたように、手を叩いてみせた。
「だから、瑠璃を殺して女王になろうって魂胆か……って、どうして今頃なんだ?」
「政治不安だ。今更になって女王代理に不満の声が強くなった。そして、今になってベリル女王代理ではなく、正当な王家の血を継ぐラピスラズリ皇女殿下を女王にしようという声が抑えきれなくなった」
エクレールはその説明を受けながら、得心がいったと頷く。
それに対して、恭平は声を荒げた。
「だったらさ、死体を捏造すればいいじゃないか。わざわざ本物の死体を見せる必要はないだろ? 瑠璃の事はほっといてやってくれよ」
「お前もラピス姫を知っているだろう。宝石色の髪と瞳、そして高い魔力。それこそが、王家の血を引く者の証。全ての条件を満たす死体を捏造できないからこそ、こうして本物の死体を必要としているのだ」
恭平は奥歯を強く噛み締め、視線を剣聖ゲイルへ向ける。剣聖ゲイルもそれに応じた。
「あんたは! 剣聖ゲイルはどう思っているんだ! 瑠璃を殺して、今の女王様を正式なものにして、国民を押さえつけることが正しい事だと思ってるのか!」
剣聖ゲイルは目を細め、鋭い眼光でこちらを威圧するようにこちらを見つめてくる。
どうやら、痛いところを突かれたらしい。
「拙者はこちら側から逃げ出した、何も知らぬ小娘が国の政を司るくらいなら、その方が我が国の為と思ったまでだ。正しい、間違っているということではない」
そうかよ、と言い、恭平はそれ以上追及することを止めた。
すぐに恭平は剣聖ゲイルに人差し指を突きつける。その行為に剣聖ゲイルは眉を顰めた。
「じゃあ、次はやってもらいことだ」
恭平の言葉に、エクレールと剣聖ゲイルは唖然として動きを止めた。
「それは欲張り過ぎです」
「いや、拙者は敗者ゆえ、勝者に従うのが道理だろう」
エクレールは納得いかないと腕を組んで態度で見せるが、剣聖ゲイルは恭平を真正面にとらえる。
「あんたには今から魔法界に帰ってもらう。そして、ベリル女王代理様にこう伝えろ
『向こうにいた剣聖ライトニングにボコボコにされちゃいました。てへへ。どうやっても勝てませんから、諦めて別の方法を考えましょーよ』
ってな。それと、もう二度とこっちに来るな。まあ、また来ても必ず追い返してやるからな覚悟しておけ」
剣聖ゲイルは苦笑いを浮かべながらも「承知した」と言い背を向ける。
アスファルトに突き刺さったままだった魔剣ゲイルを引き抜くと、何もない場所に向けて一振りした。
すると、その空間がガラスのように割れて穴が開いた。
その穴は真っ黒で、一切の光が存在しない。
「待てよ。もう1つ話がある」
その穴に剣聖ゲイルが入ろうとしていたが、もう一度振り返り恭平に視線を戻した。
「あんたの魔剣、一度も光らなかったな。手加減してたのか?」
恭平の抱いた疑問。戦いの中で輝いた魔剣ライトニングとは違い、魔剣ゲイルは一切光ることはなかった。恭平と戦うあいだは常に鉄のような鉛色だった。
「魔剣のことか……拙者には魔剣の魔力を引き出すことはできぬ。今までの研鑽により魔剣ゲイルの所有者という地位を獲得したに過ぎない」
その答えは、恭平の心に刺さった。
「そうかよ……」
自分の技量を考えて、つい俯いてしまう。
「胸を張れ。お前は自分の力で拙者を破ったのだ。その様子は敗者に対する侮辱になる」
「そうだな」
恭平は顔を上げると両頬を両手で叩いた。
そして、胸を張り尊大な態度をとる。
「やり過ぎにも気をつけろ」
剣聖ゲイルはそれだけ言うと、再び背を向けて宙に空いた穴へと入っていく。そして、間もなくその穴は消え、空気に溶けた。
「あれで魔法界ってところに帰ったのか?」
「そうです。そして、これこそが剣聖を送り込んできた理由でもあります……」
エクレールが何を言い出したのかわからないと、眉根を寄せた。
「魔剣は魔法界と物質界、別々の世界を隔てる壁を一時的に壊す事ができるのです。なので、魔法生物では手に負えないと判断した女王代理が、剣聖を送り込んできたというところでしょう」
「うん? どういう事だ? 魔法生物って今までの刺客だろ……あいつらが強いからこっちに来たんじゃないのか?」
「世界の壁を越えるということは恭平が思っているよりずっと難しいのです。何人もの魔法使いを使っても送れる数は少ない。人間のような高度な生命体の場合、人体に様々な影響が出ることが確認されています」
だから、魔剣をもつ剣聖がこちらに来たのだと、エクレールは説明した。
恭平は首を傾げた。
「理解できなければいいです……それより、戦闘中にラピス姫が狙われていましたが、大丈夫だったのでしょうか。少し心配です」
「あ……」
エクレールの言葉で瑠璃を追い返したことを思い出す。
その行為に、頭の痛い恭平は額に手を当てた。
「何より兜をかぶっていましたから、鎧を纏った騎士の正体が恭平だとは思わないでしょう」
「いや、そんな事より、瑠璃をほったらかしにしちまったな。明日、また機嫌が悪くなるんじゃないか?」
エクレールは手を上げながら、息を吐いて首を左右に振った。
「この有り様をどうしますか?」
エクレールの言葉に、恭平は首を振り、周囲を見回す。
爆撃されたのではないかと思うほどに、アスファルトは砕け、穴になり、壁も大半が崩れ落ちている。竜巻が通過してもここまで大惨事にはならないだろう。
「パパッと直す魔法とかない?」
「そんな魔法は存在しません」
もう一度周囲を見回して頭を抱える。そして、ちらちらと破壊された地面を見やった。
「ごめんなさい、ご近所の皆さん」
それだけ言うと、恭平は逃げるように空へ飛び立つ。同時にエクレールも霊体化して、恭平の後に続いた。そして、その周囲を見るためにぐるっと回ってみる。
少し離れた場所に目標の女性を発見する。
特徴的な青い髪をした女生徒は両膝に手を肩を上下させていた。
「よし、無事だったな」
(あまり大丈夫には見えませんが)
急に恭平の体が降下したが、すぐに体制を立て直す。
(今日は大変でしたね。早く帰って休みましょう)
恭平はグロッキー状態で、手足をぶらぶらさせたまま、自宅を目指そうと動き出す。
「あ……カバンがまだ教室だ……」
恭平は上下にふらつきながら、学校へと向かっていった。




