第13話 剣聖ゲイル・下
静かな殺気が恭平を襲う。
それだけで、命の危険と脳が信号を出し始める。それを強引にねじ伏せると奥歯を噛み締め、剣聖ゲイルと相対した。
(……勝ち目は薄いですが、魔剣としての格はこちらが上です)
根拠のないエクレールの言葉を受け、恭平は魔剣に意識を向ける。
この魔剣の力さえ引き出せるのならばあるいは、と恭平は足を一歩踏み出す。その一歩は今までにはありえないほどに力強く一瞬で2人の距離を狭めた。
風より速い動きに合わせて魔剣を振りかざすと、そのまま剣聖ゲイルへ向けて振り下ろす。完全に捉えていたのにも関わらず、魔剣は受け流され大きく逸れてしまった。
同時に鎧の胴が深く切り裂かれていた。
さらに、恭平は魔剣を水平に構えると、そのままに横に薙ぐ。その剣戟は相手の魔剣を滑ると、刃は剣聖ゲイルに当たることはなく地面に突き刺さる。さらに、身に纏う鎧の肩に斬撃の跡が刻まれた。
「その無様な剣術では拙者に触れることすら叶わぬ。諦めて降伏するがいい」
無様に魔剣をアスファルトに刺した状況でも、恭平の瞳から決意は消えない。
(恭平……)
エクレールの呟きに恭平の口の端が上がる。
「悪いな。俺は昔から諦めが悪いってよく言われてたんだよ。この程度で諦められるわけがない。それに無駄かどうかはこれから確かめたらどうだ?」
技量は圧倒的に剣聖ゲイルが勝っている。魔剣を握って2か月足らずでは、その差は歴然だ。
だが、恭平は諦めていない。まだ勝算はある。
「エクレール。俺に力をよこせ」
恭平はまだ魔剣ライトニングの力を引き出せていない。なら、引き出しさえすれば可能性は見えてくる。
すぐにバックステップで剣聖ゲイルから距離を取る。そして、魔剣に意識を集中させた。
鈍色の刀身から黄色い光が放たれ始める。その輝きはまだ小さく、心もとない。
「小賢しくも魔力を引き出すか。お前が引かない理由がようやく知れた」
恭平の一閃が剣聖ゲイルに襲い掛かる。が、それさえ受け流され、勢いがついた恭平は地面を滑るようにしてスピードを殺した。
先ほどと結果は同じかと思われたが、先ほどの攻撃は鎧に傷がつくことはなかった。
確実に力が発揮されていることを確認した恭平は、再び剣聖ゲイルへ向かい突進する。鈍かった魔剣の輝きが少しずつ強くなっていき、地面を蹴るたびに地面が抉れてゆく。
尋常ではない恭平の突進を剣聖ゲイルは剣で受け流す。恭平はさらに突進を続け、そのたびに魔剣は輝きを増していく。
足の踏み込みでアスファルトは砕け、魔剣は真空を斬る。いつしかそれは、竜巻のごとく激しくなり四方八方から剣聖ゲイルへ襲い掛かる。
ついに、剣聖ゲイルは大きく飛び退き、恭平から距離を取った。
「――どうしたんだよ? 形勢が逆転したんじゃないか? これでもまだ俺が戦う事は無駄だと言うつもりか」
今まで一歩として動かなかった剣聖ゲイルを動かしたことで、恭平は気を大きくする。
少し息は切れ全身に痛みがあるが、恭平は態度を大きくすることで、それをごまかしていた。
「魔剣を手にし、剣聖になるという事がどういう意味かお前は知っているか?」
「知らん。魔剣を使えるんだろ」
剣聖ゲイルはこちらからすぐに動けないことを察して、構えを解いた。
そして、鋭い目つきで視線を向けてくる
「剣聖とは騎士の最上位である名誉ある称号。サンステイの中で最も強い者が手にする事ができる。拙者は剣聖ライトニング殿に憧れて、剣聖を目指して様々な修練を積んだ。そうしてようやく剣聖の称号を手に入れたのだ」
そして、剣聖ゲイルは再び構えを取る。
今までとは違う魔剣ゲイルを水平に構え、刃をこちらに向けてきた。
「つまり、剣聖にとって負けるということは絶対に許されぬ。上位である魔剣ライトニングを使う者を相手にしたとしてもだ」
剣聖ゲイルが足を一歩踏み込むと、すぐに恭平との距離を詰めてきた。
その速度は恭平に劣る。だが、達人の域に達した足の運びは、恭平の虚を突き簡単に懐へ入ることを許してしまう。
完全に面食らってしまったが、とにかく魔剣を前に押し出す。偶然、魔剣ライトニングが魔剣ゲイルとぶつかり、恭平は後方へと押しやられた。
バランスを崩されて隙だらけの恭平へ剣聖ゲイルの刃が襲う。
「ぬ……」
その一撃は纏った鎧の胴に切れ目を入れただけだった。
魔力を帯びた足で空を蹴り飛ばした恭平は間一髪で回避を行い、剣聖ゲイルと距離を取ることに成功した。
相手に攻撃を許せば勝ち目がないと悟った恭平はすぐに一歩踏み出す。その一歩はアスファルトを破裂させ、音より速く剣聖ゲイルへ切りつけた。
だが、そこは剣聖、常人では考えられない速度で避けるが、袖を少し斬られてしまう。
一撃当てたと、恭平は再び地を蹴り追い打ちをかけようとした。同時に剣聖ゲイルも魔剣を構えなおし、恭平へ向かい地を蹴った。
2人が交差する一瞬、身を低くした剣聖ゲイルのすぐ上を恭平の一閃が通り過ぎる。こちらに刃を向けず通り過ぎた剣聖ゲイルを見ながら急ブレーキをかける。
(向こうにラピス姫が――)
エクレールの言葉にすぐ振り返ると、遠くに人影が見えた。
その人影の髪は瑠璃のように青い。こんな綺麗な髪をした人物を恭平は1人しか知らない。
そこでようやく気が付いた。
ここは以前瑠璃を尾行して住んでいる家を特定した住宅街であった。ならば、ここを目指して瑠璃が現れるのは至極真っ当なことだ。
剣聖ゲイルは最初からここで瑠璃を待っていた。刺客としての目的を果たすために。
直前に恭平と戦っていた刺客はただの囮、時間稼ぎ程度のものであった。
「瑠璃――」
理解してすぐに、恭平は剣聖ゲイルを追う。
しかし、剣聖ゲイルの一撃が瑠璃に当たるのは自明の理、今のままでは間に合わない。
「もっとだ! もっと力を寄越せ! ライトニングッ!!」
恭平の手に握られた魔剣が眩く黄色の光を放ち続ける。そして、その光はどんどん大きくなり、恭平の体を飲み込んだ。それはまるで光そのものだった。
追い越すことは不可能と思われた剣聖ゲイルに追いつき、すぐに追い越しその前に立ちふさがった。
歯を食いしばり、剣聖ゲイルの渾身の一撃を受け止める。必殺の一撃を防がれ、剣聖ゲイルは目を大きく開いた。
「瑠璃! ここから早く逃げるんだ! ここは危険だ!」
そう恭平は叫ぶが、背後の瑠璃が動き出す気配はない。瑠璃は動揺し、今何が起こっているか理解できていない。
剣聖ゲイルが少し隙を作ったその時を逃さんと構えなおす。
「今すぐ逃げろ!」
「え? あ? は、はい」
瑠璃の気配が動き出したのを察知した恭平はすぐさま次の攻撃に移る。剣聖ゲイルも姿勢を立て直し、次の一撃を放つ。
宙で2本の魔剣がぶつかり合い、甲高い金属が空気を響かせた。
「ここから先は通行止めだ! 瑠璃を狙うのは諦めろ!」
「承知した。ならば、少年の屍を越えさせてもらおう」
交差した魔剣はお互いを弾き合い、両者を後退させた。
その一瞬、右足に魔力を帯びさせ、今まで以上の力でアスファルトを蹴り飛ばした。
弾丸より速い恭平を見切り、剣聖ゲイルはカウンターの一撃を繰り出す。その刃は恭平を捉えたはずだった。だが、左足に魔力を込めた蹴りが空中を蹴り滅茶苦茶な軌道で必中の攻撃を避けた。
「まだだ! まだ力が要る! もっと魔力をよこせぇぇッ!」
それから恭平の動きは常識を逸脱し、空を蹴り、塀を蹴り、地面を蹴り、全方位、全空間を使い剣聖ゲイルへ攻撃を加え続けた。その猛攻に剣聖ゲイルは防戦一方となり、反撃の隙を与えない。
血が沸騰し、肺は酸素を求め悲鳴を上げ、全身は針を刺されているように痛い。まだ魔力が足りないと、恭平は魔剣に力を入れ続ける。
眩く輝きを放っていた魔剣はいつしか光を収束し、刀身が光りそのものになる。
重さが無くなった魔剣は恭平の連続攻撃を可能とした。
何度も、何度も、何度も繰り返し繰り出す斬撃を受け流してした剣聖ゲイルであったが、一瞬、ほんの一瞬、剣をもつ手が伸び切ってしまう。
「とらえたぁぁぁ!」
それを逃さず恭平は魔剣で切り上げた。
鉄を弾く耳障りな音が住宅街一帯に響き、魔剣ゲイルは主人の手を離れアスファルトに突き刺さった。
魔剣を強引に弾き飛ばされた剣聖ゲイルは手がしびれて動かない。手を伸ばしたままの恰好で立ち続けていた。
「――はぁっ、はぁっ、はぁっ……。俺の勝ちだッ。はぁっ、はぁっ、はぁっ」
剣を弾き飛ばした恭平は力尽きたように地面に倒れてしまう。
呼吸一つ乱していない剣聖ゲイルはすぐに佇まいをなおす。剣を再び握れば恭平を殺すのは簡単な作業だったが、剣聖ゲイルはそれをしなかった。
「――はぁっ、はぁっ、はぁっ……うげぼぉ、がはっ! ゼヒ、はぁっ……ゲボ……」
「拙者の負けか……」
呼吸をするどころか過呼吸でそのまま死にそうな恭平を見下ろしながら剣聖ゲイルはそう呟いた。




