第12話 剣聖ゲイル・上
エクレールと共に刺客と戦うことになってから、1か月と半月が過ぎようとしていた。
「これで今日の分は終わりかな」
霧のように消えていく刺客を眺めながら、人心地つく。
毎日のように繰り返される刺客との戦いで恭平も力をつけてきて、魔法生物との戦いなら負けることがない程は成長していた。
「しっかし、暑いな」
6月も終わりを迎え、7月へ突入する前となり、雨の日は減り、日が暑く照り付けるようになった。
そんな中でも、身を守るための鎧を纏っているため、中は汗でベタベタになっている。
成長した恭平なら、鎧を纏う必要もないのだが、素顔を隠すという意味でどうしても必要だった。
「学校の授業は終わってるし、さっさと帰るか」
(お疲れ様です。早く帰りましょ――)
エクレールが突然に声を止めた。
その様子に恭平は首を傾げる。だが、その反応がすぐに理解できた。
(――もう1つ、刺客の反応があります。それに、この強力な魔力は今まで刺客とは比べ物になりません)
「ああ、さすがの俺でもわかる」
今まで刺客を察知できるのはエクレールだけで、恭平は言うがままに駆け回っていただけだった。
だが、今回はいつもと様子が違う。
「急ぐぞ」
恭平はそれだけ言うと、その場から飛び去る。
飛行もお手の物で、着地した状態から車のスピードに負けない速度で飛び上がると魔力を感じる方へと向かった。
魔力の反応は住宅街からだった。
道路は家々の塀に囲まれており、車が2台すれ違うことができる程度の幅しかない。
取り立てて目立つところはなく、網目のように走る道路にターゲットが歩ていた。
年の頃は40代後半、江戸時代の侍を連想させるような袴を身に着けた男性で、袴を着ているにもかかわらず、靴は皮製のブーツを履いているアンバランス感が只者ではない雰囲気をかもし出していた。
(あ、あの方は……。非常に不味いことになりました)
彼を見たエクレールはうろたえ、少し体が震えている。
黒い髪に白髪が目立つ初老の男は、こちらを見て口角を少し上げて見せる。
袴の男は右手に刀のように反った刀身をした剣を持っていた。その剣は魔剣ライトニングと比べると若干短い。
この男が刺客なのは間違いないようだが、今まで戦ってきた魔法生物ではないようだった。
「剣聖ライトニング、やはり貴方でしたか。拙者は貴方に憧れて、剣聖を目指していました。手合わせできる事を光栄に思います」
突然話しかけられて、恭平も動揺してしまう。何を言っているのかその意味も分からない。
それでも、誰かと勘違いしていることは間違いない。
「鎧を纏う姿は初めて拝見しました。こちらの世界に来て何か変わられたのですかな?」
こちらを指した言葉で間違いないようだった。
しっかりとした意志を持ち、言葉を放った刺客はこれが初めてのことで、魔法生物でないことはすぐに理解できた。
恭平は手に魔剣を呼び出すと構えもろくに取らず刺客の男に向かって突進する。
だが、男はその強襲を身体を少しひねるだけで回避したため、恭平は空を斬っただけで地面を滑って停止した。
「奇襲をかけておいてその程度とは……お前は一体何者だ。顔を見せろ……」
男が言うと、恭平が身につけている右手の籠手が裂ける。回避した一瞬に反撃を行っていたのだ。
男は振り向きざまに鬼のような形相で恭平を睨む。
今までに感じたことのない気迫に、恭平の体が恐怖に震えた。
(恭平、ここは――)
エクレールの言うことを察し、自らの顔を隠す兜を脱いだ。
無視して自ら死ぬような選択は取らない。
「誰だお前は!」
素顔を見るなり、男は怒鳴ってきた。
恭平にとっては勝手に間違われているだけなのでどうすることもできず黙るしかなかった。
「何故お前のような輩が魔剣ライトニングを持っているのだ。剣聖殿はどうなされたのだ! 答えろ!」
男はこちらに剣の切っ先を突きつけて怒鳴ってくる。
身に覚えのない謂れに恭平は魔剣へ視線を向けて、エクレールに説明を求めた。
(恭平が魔剣を持つ前の所有者、剣聖ライトニング様の事です。彼は8年前、病に倒れそのまま帰らぬ人になりました)
「剣聖……?」
(魔剣を所有する称号です。恭平は魔剣ライトニングの所有者、剣聖ライトニングです)
唐突な展開に恭平がうろたえていると、男は再び口を大きく開けた。
「お前、剣聖すら知らないというのか……ふざけているのなら今すぐ斬り伏せようぞ」
「待ってくれ! あんたの言う剣聖ライトニングはもう死んだよ。俺は色々あってこの魔剣を持つ羽目になっちまっただけだ」
男は剣をおろすと、神妙な面持ちとなり睨むのを止めた。
「そうだったのか、剣聖殿は既に亡くなっておられたか……。ちなみに、死因を教えてはいただけぬか?」
「病死だったと聞いた」
「残念だ。手合わせできると思い楽しみにしていたのだがな……」
男は少し俯いて瞼を閉じた。
少しの時間の後、瞼を開き、再び恭平に視線を戻す。
「拙者の名は剣聖ゲイル。サンステイに伝わる魔剣ゲイルを所有させていただいている」
剣聖ゲイルは軽く頭を下げた。
サンステイにおいて剣聖と呼ばれる3人の中の1人。恭平相手には荷が勝ちすぎている。
「俺は児玉――いや、剣聖ライトニング。成り行き上だが、剣聖を名乗らせてもらう」
自己紹介されたのなら返すのが常識と、恭平も自己紹介する。
恭平の場合は紹介できるほども何かあるわけではない。
「なるほど。己を剣聖と名乗るか……だが、その名はお前にふさわしくない。剣を引けば命は救ってやろう」
剣聖ゲイルは余裕を見せながら降伏を告げてきた。
その実力は天と地ほど開き、まともに戦うことすらできないだろう。それを理解しそう言うのだ。
(ここは剣聖ゲイルの言う通りにするべきです。ここで恭平が無駄死にしては誰がラピス姫を守るのですか?)
エクレールに応えることはなく、恭平はぐっと魔剣を握ると、意を決して剣聖ゲイルの目に視線を向けた。
「1つ教えてくれよ……俺が剣を引いたとして、その後はどうするんだよ」
「無論、ラピスラズリ殿下には死んでいただく」
剣聖ゲイルは当たり前の回答をする。
わざわざこちらの世界に来たのだから、それは当然のことだった。
「温情は感謝するけど、剣は引けない」
「剣を引けばそなたの命を助けると言っているのだ。屍の数は少ない方がよいと思うが、どうしてそこまでして殿下を守ろうとするのだ」
その問いに躊躇することなく、恭平は言葉を続ける。
「あんたには友達はいるのか?」
「友人なら数名いるな。それがどうした」
「友達が死ぬと分かったうえで剣を引くのか?」
「……」
剣聖ゲイルは恭平に対して黙ったまま答えることはしない。
「俺は嫌だね。たとえ勝てる確立がどんなに少なくても、力の差が歴然でも、俺は引かねぇ! 絶対にだ!」
「たかが1人のために命を懸けるというのか? お前にとって友人とはそこまでの意味があると?」
剣聖ゲイルの重い声に、恭平は息を飲む。その重圧に押しつぶされそうになっても、恭平は啖呵を切られずにはいられなかった。
「知りもしない人間のために、そこまではしない。今だって、俺の知らない場所で誰かが死んでいるだろうさ。そんなことは知ったことじゃない。だけど、友達を殺されるのを黙って見逃すわけにはいかない」
「なるほど、覚悟はあるようだな」
恭平は魔剣を強く握りしめた。
「あんたこそ、どうして瑠璃を殺そうとするんだよ!」
「ラピスラズリ殿下を殺して、女王代理が女王となられたほうが、サンステイの為だ」
「そんな事、止めちまえよ。人を殺さずに国の一つぐらい良くしてみせやがれ!」
恭平は手に持っていた兜を被りなおすと、剣を構えていつでも戦えるようにする。
それを見て、剣聖ゲイルも同様に剣を下段に構える。
「ならばお前はここで死ぬといい」




