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雲上の竪琴弾き 作者:あんぐ
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女神と過ごす毎日は、男にとって驚きの日々でした。

女神が迎え入れる子らは、なんと美しくも(おそ)ろしく、姿を変えることでしょう。

龍たちが引き連れ泳ぐ雲海は、なんと広大で白く輝いていることでしょう。

そして天から見た地上は、なんと遠く小さいことでしょう。



男は、かつて女神が怒った意味を理解しました。

水の子らは、女神にささやくのと同じように、男にも語ります。



ある者は行く手を阻む岩の大きさを語り。

ある者は降り注いだ先の花の美しさを語り。



――そしてある者は。

すくわれ呑のまれ巡ったその先の、"命"の繊細で複雑な様さまを語りました。



男は、女神がすべては巡るものだという言葉を理解しました。

しかし一方で、かつて遥か彼方の地上に住まう小さな命として、自分が感じた怒りが間違っていたとは思いません。


だから、男は竪琴を爪弾きます。

いつか女神に、伝わればいいと願って。



……水の子らに似た音色は、かつてのように女神を怒らせることはありませんでした。

かといって、男の祈りにも似た想いを、女神はやはり理解できません。



――お前は、神としての役割を得てもなお、生に執着し、死を恐れるのね。

――それが人間というものだ。


男は悲しみを音色ににじませました。

女神も、理解はできずとも、男が悲しんでいるのは理解しました。

……なればこそ。


――もし、お前が望むなら。



女神は、知らず口にしていました。



――もしも、お前が望むなら。
  大地の姉さまと義兄さまに願い、理の神に願い、永久(とわ)にその死を遠ざけることもできる。



男の奏でる音色に、いっそうの悲しみがにじみます。

そんなことを、望んでいるわけではないのです。

……しかし女神には、きっと理解できないでしょう。


――死があるからこそ、人間は、水の子らに優るとも劣らず美しくなれる。
  ……同時に、醜くもなるわけだが。
  今は理解できずとも、あなたがそう言ってくれるなら、いつか理解できるはずだ。



それ以上、男も女神も、言葉を交わしません。

竪琴の音色と、水の子らのはしゃぐ声だけが、二人の間に響きました。




その日も、竪琴弾きは水の子らにあわせて、伝わらない想いを音色にのせて、竪琴を爪弾いていました。

女神が男の嘆きを理解できず、それでも二人、一緒にいるのもいつものこと。

しかしいつもと違ったのは、より地上に近い場所で、そこに人間がいたことでした。

やがて水の子らは、風の子らと共に、地上へと向かいます。

ポツリ、ポツリと、やがてそれは土砂降り、そして嵐へと――。


男は、いつもより近い地上に、目をこらしました。

そこには、今にも崩れんばかりの崖の下を、急ぐ人の姿がありました。


「――危ないっ!!」


一瞬のことでした。

水の子らが削った崖が崩れたのは。

土の子らが人の上に襲いかかったのは。

――そして男が、望んで手に入れた力を捨て、地上へ降り立ち、人間として同じ人間を庇ったのは。



すべて、一瞬のことでした。







男が地上に降り立ったところで、所詮は人の身、崩れ落ちる土の子らをとめることはできません。

そしてなすすべもなく、男と通りすがりの人間は、大地の姉神の(ふところ)へとかえっていきました。



「――お姉さま、あの人間は、どこでしょう?」

「あぁ、お前が求める男は確かに還ってきたけれど、お前が求めているのはちがうでしょう?」

いずれまた地上を巡ると知りながら、水の女神は大地の姉神を訪ねずにはいられませんでした。



そして、やっと、理解しました。



確かに命は巡るけれども、二度と同じ命にはならないことを。

だからこそ命は死を恐れ、生が輝くのだということを。





水の女神は、今日も水の子らを天で迎え、送り出します。

水の子らの声によく似た美しい音色はもう聞こえません。


けれども、しかし。

今日もまた、人間と同じように、二度と同じ姿形を取らぬ雲が、女神の心を慰めるのでした。

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