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3

女神と過ごす毎日は、男にとって驚きの日々でした。


女神が迎え入れる子らは、なんと美しくも(おそ)ろしく、姿を変えることでしょう。


龍たちが引き連れ泳ぐ雲海は、なんと広大で白く輝いていることでしょう。


そして天から見た地上は、なんと遠く小さいことでしょう。




男は、かつて女神が怒った意味を理解しました。


水の子らは、女神にささやくのと同じように、男にも語ります。




ある者は行く手を阻む岩の大きさを語り。


ある者は降り注いだ先の花の美しさを語り。




――そしてある者は。


すくわれ呑のまれ巡ったその先の、"命"の繊細で複雑な様さまを語りました。




男は、女神がすべては巡るものだという言葉を理解しました。


しかし一方で、かつて遥か彼方の地上に住まう小さな命として、自分が感じた怒りが間違っていたとは思いません。



だから、男は竪琴を爪弾きます。


いつか女神に、伝わればいいと願って。




……水の子らに似た音色は、かつてのように女神を怒らせることはありませんでした。


かといって、男の祈りにも似た想いを、女神はやはり理解できません。




――お前は、神としての役割を得てもなお、生に執着し、死を恐れるのね。


――それが人間というものだ。



男は悲しみを音色ににじませました。


女神も、理解はできずとも、男が悲しんでいるのは理解しました。


……なればこそ。



――もし、お前が望むなら。




女神は、知らず口にしていました。




――もしも、お前が望むなら。

  大地の姉さまと義兄さまに願い、理の神に願い、永久(とわ)にその死を遠ざけることもできる。




男の奏でる音色に、いっそうの悲しみがにじみます。


そんなことを、望んでいるわけではないのです。


……しかし女神には、きっと理解できないでしょう。



――死があるからこそ、人間は、水の子らに優るとも劣らず美しくなれる。

  ……同時に、醜くもなるわけだが。

  今は理解できずとも、あなたがそう言ってくれるなら、いつか理解できるはずだ。




それ以上、男も女神も、言葉を交わしません。


竪琴の音色と、水の子らのはしゃぐ声だけが、二人の間に響きました。





その日も、竪琴弾きは水の子らにあわせて、伝わらない想いを音色にのせて、竪琴を爪弾いていました。


女神が男の嘆きを理解できず、それでも二人、一緒にいるのもいつものこと。


しかしいつもと違ったのは、より地上に近い場所で、そこに人間がいたことでした。


やがて水の子らは、風の子らと共に、地上へと向かいます。


ポツリ、ポツリと、やがてそれは土砂降り、そして嵐へと――。



男は、いつもより近い地上に、目をこらしました。


そこには、今にも崩れんばかりの崖の下を、急ぐ人の姿がありました。



「――危ないっ!!」



一瞬のことでした。


水の子らが削った崖が崩れたのは。


土の子らが人の上に襲いかかったのは。


――そして男が、望んで手に入れた力を捨て、地上へ降り立ち、人間として同じ人間を庇ったのは。




すべて、一瞬のことでした。








男が地上に降り立ったところで、所詮は人の身、崩れ落ちる土の子らをとめることはできません。


そしてなすすべもなく、男と通りすがりの人間は、大地の姉神の(ふところ)へとかえっていきました。




「――お姉さま、あの人間は、どこでしょう?」


「あぁ、お前が求める男は確かに還ってきたけれど、お前が求めているのはちがうでしょう?」


いずれまた地上を巡ると知りながら、水の女神は大地の姉神を訪ねずにはいられませんでした。




そして、やっと、理解しました。




確かに命は巡るけれども、二度と同じ命にはならないことを。


だからこそ命は死を恐れ、生が輝くのだということを。






水の女神は、今日も水の子らを天で迎え、送り出します。


水の子らの声によく似た美しい音色はもう聞こえません。



けれども、しかし。


今日もまた、人間と同じように、二度と同じ姿形を取らぬ雲が、女神の心を慰めるのでした。

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