またいつか逢おう
この街は鍛冶屋街だが、もう一つの顔がある。この一面に広がる小麦畑。
国中の小麦粉の需要を満たす程、毎年二回、大量に産出される。
その採れたての小麦粉から生み出される……このパン。
一晩明けて清々しい朝。
「ギュスバレン製鉄都市?あそこは空気が悪いだろ。寿命が縮むじゃないか。」
まあ、悪魔に寿命は無いけど、とフォルエーダは笑う。
「今から職人モードになるからさ、パンを二つ買ってきてよ。」
と銀貨を渡される。
はい、パシられてきます。
フォルエーダの家から……あのいかにもパン屋みたいな建物が見える。
店の中に入ると、様々な種類のパンが。
銀貨を一枚渡されて……パンを二つ買ってこい、か。
となるとこの銅貨四枚の食パン一斤。これのことだろうか?
しかし食パンを二斤買うのはちょっと変だろ。
あのメッセージだけで意図を汲み取らないと。
よし……食パン一斤と、このアップルパイだ。
小さなケーキくらいのサイズのアップルパイ。銅貨三枚。
銅貨三枚の釣り銭を受け取り、フォルエーダの家に戻る。
カン、カン、カン、カン。
さっそく鉄を打っている。
寡黙な職人は俺のことなどお構いなしだ。
「買ってきたよ、パン。」
フォルエーダは何も言わない。
「ここに置いとくから。」
フォルエーダは沈黙で返す。
邪魔しては悪い。遠巻きで見ていよう。
なるほど、あの鉄がこうやって武器になっていくのか。
作業の進行と共に、減っていくアップルパイ。
結局、夕方まで作業は続いた。
「………………。」
ポンッとフォルエーダは変身した。
会話用の、少年の姿だ。
「ちょっとヴィオス。食パンは流石に無い。」
あ、ああ。悪かった。
「でもアップルパイはセンスあるよ。大好物さ。」
俺もアップルパイは大好物だ。
「とりあえずそうだね、晩御飯はこの食パンでいっか。」
二人して二階に上がり、食パンを頂く。
なんだこれ、凄い美味いぞ。マーガリンもジャムも必要ないじゃないか。
そんな美味しいパンをもぐもぐ食べる。
その流れで、何で鍛冶屋になったのかと聞いてみる。
「お金が必要なんだよ。それも大量の。」
そんなに集めてどうするつもりなんだろうか。
「どこかの国に、悪魔たちの居住区を創ろうと思ってね。」
それは壮大な夢だ。
「悪魔にも色々いるんだよ。頭の固いヤツも多いけどね。」
フォルエーダ、君は頭が柔らかい。
人間とうまくやっていきたいと思っている悪魔は実はかなりの数が居るのだと。
もちろん、人間を下に見て食料にする悪魔も多いらしいが。
フォルエーダは、悪魔と人間を繋ぐ存在になりたいのだと。
少年の夢は止まらない。
「ああ、でも深淵の地にいる悪魔はダメだ。貴族ぶりやがって。」
悪魔にも色々いるらしい。
「ヴィオス。深淵の地には、行かないほうがいいよ。」
中央都市から更に東に行くと、深淵の地との狭間があるらしく……
例外なく人間は食い物にされる、とのこと。
フォルエーダ自身も、彼らのことは大嫌いだと。
「ヴィオス。君の世界の事も聞きたいけど……」
ごめんな、口止めされているんだ。
「ま、いっか。友達でも隠し事くらいある。」
いつの間にか友達になっていた。
悪い気はしない。むしろ良い。最高だ。
友達なんて、何十年ぶりだろうか。
高校を卒業するまでは、友達は居た。数は非常に少なかったが。
しかしそれ以降。
二十年くらいは引きこもった。
そして今、俺は十三歳の体だ。
誇張抜きで、何十年ぶり、なのである。
実に三十年ぶりの友達。思えば友達とどんな話をしていたっけ。
対戦モノのゲームをやったり、自転車で隣町までゲームを買いに行ったり。
……ゲームだらけだな。今この世界には存在しない。
「散歩でも、してみようか。」
と、そんな言葉がポロリと出る。
「散歩?いいよいいよ。この街を案内しよう。」
ノリノリで立ち上がるフォルエーダ。
よし、頼んだ。
「って、もう夜じゃーん。明日ね。」
夜の散歩も悪くないと思うのだが。
「夜に散歩?ヴィオスの元の世界がどんなのか、ちょっとだけ解った気がする。」
そうか、この世界では「ありえない事」なのか。
二日目の夜、おやすみ。
翌日。家の外に出るとフォルエーダが準備体操をしていた。
それなりに歩く事になるから体操は大事だよ、とフォルエーダ。
それなら、同じ時間に体操出来るように同時に起こしてほしかった。
「ここがパン屋、知ってると思うけど。」
「金物屋。鍛冶屋にとっては生命線だね。」
「ここは公園。この先には学校があるんだ。」
街をぐるりと一周した。なるほど、それなりに歩く。
案内は以上、とフォルエーダは横にくるりと一回転して謎のポーズを決める。
一秒後にはポーズを解除して腰に手を当てる。
「あっはっは、歩き慣れた道も、ずいぶん新鮮だね。」
フォルエーダも楽しめたなら良かった。
……心地の良い時間はあっという間で、別れの時間がやってきた。
観光用の馬車無料利用券が使えるようになったのだ。
「名残惜しいけど、お別れだね。」
馬屋の前で別れを惜しむ。
主人に利用券を見せると、すぐにでも出発する、と馬をいななかせる。
俺はそれに乗り込んだ。
「ヴィオス、友達だよ?ずっと、何年経っても。」
ああ、何年経っても友達だ。
馬車は出発する。
「また会おう!いつか!いつでも!」
お互いが見えなくなるまで、手を振り続けた。
三十年ぶりの友達は、人間じゃなかった。それでも。
「ありがとう。」
そう一人呟く。
国境都市へと向かう馬車。
車輪は延々と、廻り続ける……




