チート吟遊詩人
この立派な建物は?お父さんはどんな職業?
聞けば、この都市の製鉄所で働いている、とのこと。
なるほど、この国で製鉄所勤めなら、エリートだな。
家に入ると、恐らく彼女の母親だろうか、上品な婦人が。
両親がいないからと俺を誘ったわけではなさそうだ。
「オトコかい?」
「違うよ、お母さん。」
おじゃまします、と一言添えて、家に上がる。
夕飯は出来ているから早くお食べ、と促される。
連れられて食卓に向かうと……いかついおじさんが。お父さんですか。
「オトコか?」
「違うよ、お父さん。」
はい、なんか、恐縮です。
ん?このパン、焼きたて。美味しい。
「名前は?どこから来たんだ?中央都市?」
ウィンクスノウ鉱場村出身のヴィオス、そう答える。
いつも鉄鉱石がお世話になっております、と彼女の父親は頭を下げる。
こちらも、なんか、恐縮です、と頭を下げる。
「狙いは中央都市かな?」
はい、その通りでございます。
そうか……と彼女の父親は一拍置く。
「演奏は出来るのかね?良ければ弾いてみてくれ。実力を知りたい。」
あ、はいと背中に担いだリュートを腹の側へ。
歌うのは……そうだな、ス○ッツの一番売れたあの曲がいいだろう。
……
…………
………………。
演奏が終わると、彼女の父親は大きく頷く。
「これは、君が作詞作曲したのか?」
「はい、一応。」
はい、一応異世界に実在するアーティストのパクリです。
「お母さん、チケットは後何回使える?」
はーい、ちょっと待って。と彼女の母親。棚をあさり一枚の羊皮紙を取り出す。
「後二回。」
そうか、後二回か……と彼女の父親。
「この旅人に、あげてもいいかな?」
彼女の母親は、羊皮紙を俺に渡してくる。
これは……馬車無料利用券!?
「あと二回しか使えないから、国境都市までしか行けないが。」
それで十分です。
一つ注意事項がある、と彼女の父親は前置きをする。
「観光用だから、一回使うと十日経つまで使えない。」
なるほど、観光用か。
元は製鉄所の従業員に毎年渡される観光用馬車無料利用券。
家族も使えるし、譲渡も出来るらしい。
福利厚生……というやつか。国策で守られた製鉄都市。
「ウィンクスノウ鉱場村には行けるんですか?」
と発言すると全員大爆笑。
戻ってどうするんだよ!と入念な突っ込みをいれられた。
普通に考えてダメだよな、一ヶ月間ひたすら北に向かうのが無料になるなんて。
ええと、おさらいしよう。
まず、俺の目的。魔女騎士ジェニーを殺害するのが目的だ。
騎士と謂われるのなら、配備先は恐らく国境都市か中央都市。
鉱場村からスタートした俺は、現在製鉄都市にいる。そこから鍛冶屋街を経由して……
まず、国境都市を入念に調査する。
そこに居なかったなら、中央都市だ。
そして今、馬車無料利用券を入手した。これで国境都市まではクリアだ。
怖いくらい順調だ。魅力Sの恐ろしさよ。
「他の歌も聴かせておくれ。」
広場で歌った曲をいくつか披露する。
「うむ、やはり……君の夢に賭けてみようと思う。」
それは、どうも。
「でも娘に手は出すなよ?結婚させるなら堅い職業じゃないとな。」
それは、どうも。
今日はもう遅い、ふかふかの布団でおやすみ。
翌朝。
「それじゃあ、お世話になりました。」
そう言って向かうのは昨日歌った中央広場だ。
今日は、おひねりを入れてもらう為のカゴを用意した。
一心不乱に歌い続ける。歌うたびに客が増える、飛んでくるおひねりが増える。
あっという間に小さなカゴは満載だ。
このカゴを持って……向かうのは両替所。
この国の金の価値は、まず銅貨。これが最小単位の通貨だ。
銅貨十枚で銀貨一枚、その銀貨が十枚で金貨一枚だ。
大体この世界の物価を考えると、銅貨一枚が百円から二百円くらいだろうか。
つまり銀貨一枚は千円札、金貨一枚は一万円札、といった具合だ。
流石に旅の吟遊詩人相手に、銀貨を入れるような酔狂な奴は……
ううっそ。三枚ほど入ってる。
結局、両替の結果は、八枚の銀貨と六枚の銅貨。日本円で八千六百円か。
歌った時間は三時間だから、時給約三千円。凄いぞ。
衆目の前で演奏しながら一人カラオケするだけでお金がもらえるってだけでも十分凄いが。
それが時給三千円か。とんでもないな。
ちなみに、製鉄都市から鍛冶屋街までの馬車の運賃は金貨五枚。
なんでこんなに高いのか?定住を善しとする国の方針なのだから仕方が無い。
商人を儲けさせる為に、馬車の運賃はとんでもなく高い。
自前で馬車を調達するなら、もっとかかるだろうし。
「カタギは楽じゃないな。」
ついぼやいてしまう。
そう考えると、この馬車無料利用券って凄いんだな。
そうこうしている内に……
ブオーブオーと笛が都市中に鳴り響く。
鉄鉱石だ、鉄鉱石がやってきたぞ、と都市は大いに活気付く。
今年も……この季節か。思えば一年。
商人たちの大行列とは反対方向にひたすら表通りを直進する。
感謝祭が都市が埋め尽くす前に、ここを出よう。
「馬車、いつ出ますか?」
「んん?南中には出発するよ。使うかい?運賃は金貨五枚だよ。」
俺は観光用馬車無料利用券を取り出す。
「む!それは!」
馬屋の主人は驚いた表情。
「是非ご利用ください。鍛冶屋街まで?」
「もちろん、鍛冶屋街まで。」
程なくして馬車は出発する。
さようなら、製鉄都市。
軽快に走り出す四人乗りの馬車。乗客は、俺一人だけ。




