第5話 「旅立ちの時、それは出会いの時でもある」
「寂しくなるな、カエデ。身体には気をつけろよ?」
「そうよ。カエデちゃんなら、いつでも泊まりに来ていいからね?」
「ははっ。お二人さんも、元気でな」
昨日、ポテト料理を披露したあと、その日の晩はリラドが腕を振るい、イワイモを使った創作料理の宴が開かれた。おかげで、俺もついつい夜遅くまで楽しんでしまった。
リラドもなかなかの料理好きらしいのか、テーブルを覆い尽くすほどの料理の数であった。
中でも俺が教えたフライドポテトを参考に、次々と工夫を凝らした料理を作ってくれた。ベルも交えた三人で、できあがった料理をあれこれ味わいながら、賑やかな夜を過ごしたのだった。
俺はその宴の礼も兼ねて、フライドポテトを宿で出してみないかと、リラドに持ちかけた。
「カエデに教えてもらった料理、うちで出してもいいのか?」
「構わねえよ。俺が一から考えた料理ってわけでもねえし」
「……わかった。今度遊びに来たら、うまいフライドポテトを作れるように特訓しておくぜ」
「そいつは、楽しみだな」
俺とリラドは、がっちりと握手を交わした。リラドの手は、巌のように逞しかった。けれど、その手には太陽のような温かみがあった。
「カエデちゃんは、確かアーボンへ行くんだったね?あそこは市場がすごいわよ」
「ほー。そいつはいいこと聞いたな」
この先にある大都市アーボン。沿岸部に近いこともあって、さまざまな船や商人が集まるらしい。
「じゃ、そろそろ行くよ」
俺は荷物を背負い、夫妻に手を振って歩き出した。
夫妻もまた、お互い寄り添って優しい笑顔で俺を見送り、手を振ってくれている。
「旅人亭」あそこはとても居心地のいい場所だった。
見ず知らずの旅人である俺を、温かく迎え入れてくれた場所。短い滞在だったが、ここで過ごした時間は悪くなかった。
出来たばかりの思い出を胸にしばらく歩き、ふと振り返る。もう宿の姿は見えなくなっていた。
「……さて、いっちょ気合い入れますか!」
俺は籠を持ち直し、手に持った地図でアーボンへ続く道を見据えた。
アーボンまでは徒歩で向かうつもりだ。沿岸部に近い大都市なら、きっと見たこともない食材に出会えるだろう。そう考えると、自然と足取りも軽くなる。
とはいえ、歩いていればいつか着くというわけでもない。日が暮れるまでに、今夜の寝床を確保しておかなければ。
道中に宿があれば泊まるつもりだったが、見当たらなければ野宿もやむなし。幸い、旅に必要な道具は一通り揃っている。
「今日はどこまで行けるか」
そう呟き、俺は再び歩き出した。
♢
「久しぶりの徒歩の旅すぎて、もう歩けねえや」
旅をしていた頃からずいぶんとブランクが空いていたせいか、日が傾き始めた頃には、俺はすっかり疲れ果ててしまった。足が棒になったみたいだ。
なので、俺は早々に野営にちょうどよさそうな場所を見つけ、そこで足を止める。
荷物を下ろし、周囲に危険がないか確かめる。今夜はここで一晩過ごすことにしよう。
「さて、と……飯か」
野宿だろうと、飯だけは手を抜きたくない。俺は荷物を開き、夕食の準備に取りかかった。
「とはいえ、ガッツリってわけにもいかねえし。麦とイモのお粥ぐらいでいいか?」
飯に手を抜くつもりはないが、今はガッツリ食いたい気分でもない。
リラド夫妻から麦を譲ってもらったし、これとイモを使ってお粥でも作ろう。
「ふふん。こういう時は素朴なもんもいいもんだ」
海外で修業していた頃は、各地でいろんな粥を作ったものだ。米だけでなく、麦や豆、芋なんかを使ったものもあった。土地が変われば材料も味付けも変わるが、こういう料理はどこにでもある。
そんな経験もあって、粥作りには慣れたものだ。手際よく調理を進め、あっという間に完成させた。
「じゃ、いただきま……」
鍋から出来上がった粥をすくい、リラド夫妻から買い取った木の器によそう。さあ食べようとした、その矢先だった。
目の前の茂みが、がさりと揺れ動いた。
「うぇ?」
まだ粥を食べる前でよかった。食べている最中だったら、驚いて喉に詰まらせていたかもしれない。
目の前の茂みが大きく揺れている。今もその中で、何か大きな動物が動き回っているようだった。
「……?」
器を置き、いつでも逃げられるように立ち上がる。
獣と遭遇した経験はない。だが、茂みの揺れ方からか、何か危険なものがいると本能的に感じ取っていた。
固唾を呑んで見守ることしかできない俺の前に、茂みをかき分けて現れたのは――大きな獣……いや、猫だった。
「なっ……ね、猫?」
てっきり大きな狼やクマが出てくるものと思っていたが、まさかの猫だった。
特徴的な形の耳に、こちらを見据える朧げな瞳。だが、どこか様子がおかしい。
「お、おい。大丈夫かって……人!?」
大きな猫は全身血まみれで、ひどい怪我を負っていた。
そして、驚くべきことに、猫は口に人を咥え、背中にももう一人を背負っていた。
「えっと、まずは手当てが先だよな!」
大きな猫は口に咥えていた人を地面に下ろすと、そのまま力尽きたように倒れ込んだ。
慌てた俺は、急いで鞄を漁り、応急処置に取りかかった。
♢
「な、なんとか……ひとまず処置は済んだな」
消毒液を二瓶、浴びせるように使い切り、負傷した箇所を包帯でぐるぐる巻きにして、どうにか応急処置を終えた。
猫が連れてきた二人には、目立った外傷はなさそうだった。念のため、傷がないか確かめながら、最低限の消毒をして絆創膏を貼っておく。
「ったく、驚かせやがって。なんなんだ、この状況は……」
冷めてしまった粥を匙ですくい、鍋に戻す。
幸い、大きな猫も連れていた二人の子供も、今は寝息を立てている。ひとまず、落ち着いたらしい。
「ひとまず、見守るしかねえか」
俺は冷めてしまった粥を温め直し、改めて器によそうと、そのまま口へ運んだ。
「うん、うまい」
鍋を温める火が、ぱちぱちと音を立てる。
俺は粥を食べながら、二人と一匹の様子を見守ることにした。




