第4話 「カリッと、もちっと、異世界の味?」
「すまねえな、カエデ。畑仕事まで手伝ってもらってよ」
「いいって、リラドさん。土いじりなんざ、なかなか体験できねえことだからな」
「そうか?お前さんはほんと、変わった旅人だよ」
朝日はすっかり昇りきり、大地を明るく照らしていた。
貸してもらった麦わら帽子を被り、俺は畑仕事に精を出していた。
昨日手伝ったのは収穫物の荷運びだったが、今日は土を掘り返して作物を収穫する作業だ。
「お、こいつかな?リラドさん、これで合ってるかい?」
「ああ、そいつで間違いねえ。うちで育ててるイワイモだ。立派なもんだろ?」
「イワイモか?」
鉄製の農具で土を掘り返し、姿を現した芋を手に取る。
見た目は、ごく普通の芋だった。地球の野菜で例えるなら、ジャガイモに近いだろうか。
ただし、大きさは一回り以上。表皮も、まるで炭を塗りつけたように真っ黒だった。
「こいつは美味いのか?」
「ああ、うめえぞ。茹でたり蒸したりして食うんだ」
「へえ……他には?」
「他ぁ?イワイモはそうやって食うもんだ。ほかの食い方なんざ、聞いたことねえな」
「なん……だと?」
思わず、手元のイワイモを見つめた。
話を聞く限り、イワイモは茹でるか蒸すかして食べるのが一般的らしい。茹でれば柔らかくなり、ほかの料理の材料にも使える。皮付きのまま蒸せば、中はしっとりとして美味いのだとか。
なるほど。どちらも芋の味を生かした、手堅い食べ方だ。だが――。
(揚げるって手もあるんだがな)
頭に浮かんだのは、油の中でじっくり火を通した芋の姿。ファーストフード店でもお馴染みの。
外側はカリッと香ばしく、中はねっとり。切り方や揚げ方を工夫すれば、同じ芋でもずいぶん違った味わいになるはずだ。
もちろん、イワイモが地球のジャガイモと同じ性質を持っているとは限らない。実際に試してみなければ分からないが……。
未知の食材を前にして、俺の料理人の好奇心がうずき始めていた。
*
それからしばらく農作業を手伝った俺は、手頃な大きさのイワイモをひとつ手に取り、旦那に尋ねた。
「なぁ、リラドさん。こいつで料理してみてえんだが、いいか?」
「ん?ああ、別に構わねえよ。作業もほとんど終わりだしな。せっかくだ、手伝ってくれた礼にそいつを持っていきな」
「ありがとよ!」
許可をもらった俺は、意気揚々とイワイモを片手に宿の厨房へ向かった。
まずは下ごしらえだ。ベルさんに頼んで、手ほどきを受けながら、イワイモの処理に取りかかる。
表皮を水で軽く洗い、土汚れを落とす。水気を拭き取ったら、鉄の串で表皮にいくつか穴を開け、火にかざして炙った。
これはイワイモ特有の下処理らしい。硬い表皮は、こうして炙ることで身から浮き、剥がしやすくなるのだという。
しばらくすると、表皮がするりと剥がれるようになった。あとは表皮を取り除き、中の身を取り出せばいい。
「そういえば、聞いてなかったけど……なんの料理にするんだい?茹でるのかい?」
「いや、揚げようと思ってな」
「揚げる?この芋をかい?」
「ああ。度々で悪いんだが、油を貸してもらってもいい?」
ベルさんは少し不思議そうな顔をしたものの、快く油を用意してくれた。
借りたのは植物性の油。
さて、こいつがどう仕上がるか。料理人として、試さずにはいられない。
*
下処理を終えたイワイモをまな板に置き、俺はその身をじっくりと観察した。
表皮に近い部分は硬く、中心部はまた違った性質を持っているらしい。
今回は素材そのものの味を確かめたい。余計な味付けは後回しだ。
俺はイワイモを食べやすい大きさに切り分けた。厚すぎれば火が通るまでに時間がかかるし、薄すぎれば中の食感を楽しめない。まずはほどよい厚みを残しておく。
「それで、本当に揚げるのかい?」
隣で見ていたベルさんが、まだ半信半疑といった様子で尋ねてきた。
「ああ。茹でるのも蒸すのも悪くねえけど、せっかくなら違う食べ方も試したいだろ?」
「まあ、そうだけどねえ……」
俺は鍋に油を注ぎ、火にかけた。
料理は段取りが大事だ。油が温まるのを待つ間に、切り分けたイワイモの状態を確かめる。
やがて、頃合いを見計らってひと切れを油へ落とした。
――じゅわっ。
小気味いい音とともに、油の表面が細かく揺れた。
(よし。見た感じ、悪くない)
俺は残りのイワイモも少しずつ鍋へ入れ、色づき具合を見ながら火加減を調整していった。
やがて、揚げたイワイモを油から引き上げ、余分な油を切る。
味付けは、厨房にあった塩だけでいい。
俺は揚げたてのイワイモに塩を振り、全体に馴染ませた。
「よし、出来上がりだ!」
試食用に揚げた分を二枚の小皿に取り分け、戻ってきたリラドとベルの前へ差し出す。
「ほい、お待ちどうさま。揚げイワイモだ」
「揚げイワイモ……?」
ベルさんは皿の上を覗き込み、少しばかり眉を寄せた。
無理もない。二人にとってイワイモは、茹でるか蒸すかして食べるものなのだ。わざわざ油を使って調理するなんて、考えたこともなかったんだろう。
「まあ、食ってみてくれよ。口に合うかどうかは、それからだ」
「んじゃ、いただくとするか」
迷いなしにリラドが、一切れをつまんだ。
表面はこんがりと色づき、ところどころに細かな泡の跡が残っている。リラドはそれをしばらく眺めてから、口へ運んだ。
「……ん?」
ひと噛みした旦那の手が止まった。
「どう?」
「いや、こいつは……いや、まさかな」
リラドはもう一度、今度は確かめるようにイワイモを噛んだ。
「外側は歯ごたえがあるのに、中は妙にねっとりしてやがるな」
「だろう?」
俺は思わず口元を緩め、ひと切れ口に運ぶ。
――うん、悪くない。
外側はカリッと香ばしく、内側はねっとりとしている。塩気は穏やかで、イワイモそのものの味を邪魔していない。
茹でたり蒸したりしたときとは、明らかに食感が違う。
揚げることで、外側の香ばしさと中心部の独特な粘りが際立ったのだろうか。理屈はまだ分からないが、少なくとも、この食べ方は当たりだった。
「……これ、いつものイワイモだよね?」
ベルさんもひと切れ食べ終え、皿の上を見つめていた。
「ああ。畑で採れたやつを、そのまま使ったぜ」
「でも、茹でたときとは全然違うねえ。外側は歯ごたえがあるのに、中はこんなにねっとりするなんて」
「俺も驚いたよ。揚げると、こいつの持ち味がずいぶん変わるらしい」
ベルさんは感心したように呟き、もう一切れに手を伸ばした。
その様子を見て、俺は満足げに頷く。
知らない食材を見つけるのも楽しい。だが、知っている食材でも、調理法が変われば新しい顔を見せてくれる。
――やっぱり、料理ってのは面白い。
「なあ、リラドさん。普段は茹でるか蒸すかって言ってたよな。揚げて食べようって考えたことはなかったのか?」
「ねえなあ。こういう食い方は、思いつきもしなかったよ」
リラドは、残っていた一切れをつまんだ。
「だが、こうして食ってみると悪くねえ。こいつは酒にも合いそうだな」
「おや、もうそんなことを考えてるのかい?」
「美味いもんを食ったら、酒が欲しくなるのは当然だろ」
リラドの言葉に、ベルが呆れたように笑う。それに俺もつられて笑った。
料理は、食べる人がいて初めて完成する。
自分ではうまくいったと思っても、誰かが食べたときにどんな顔をするかは、実際に見てみなければ分からない。
こうして誰かと食卓を囲み、自分が作った料理を食べてもらう。それもまた、料理人としての楽しみのひとつだった。
「ごちそうさん、カエデさん。面白い食い方を教えてもらったよ」
「いや、こっちこそ。いい食材を試させてもらったからな」
俺は二人に礼を言い、1人で厨房を片づけた。
それから荷物から飯事典を取り出す。
新しい食材を見つけたら、特徴と食べ方を記録する。せっかく異世界に来たんだ。見つけたものをそのままにしておくのは、もったいない。
俺はイワイモの項目に、見た目や味、一般的な調理法を書き込んだ。さらに、揚げたときの食感と、塩だけで十分に美味しく食べられたことも記しておく。
最後に、ひとこと。
――揚げ調理により、外側は香ばしく、中心部は強い粘りを持つ。
「よし、こんなもんか」
ページを閉じ、俺は満足げに頷いた。
この世界には、まだ知らない食材がいくらでもある。
どんな味がするのか。どんな調理法が合うのか。今まで誰も試していない食べ方だって、きっとあるはずだ。
そう考えると、明日の畑仕事も楽しみになってくる。
さて、次はどんな食材に出会えるだろうか。




