第7話 放課後、毒キノコと買い出しへ
文化祭の準備が始まって間もない、ある日の放課後。装飾班で使うテープと色画用紙が足りなくなった。
「誰か、買い出し行ける?」
班長の声に、教室のあちこちから「今日は無理」「部活ある」という返事が飛ぶ。
私は特に予定もなかったので、小さく手を挙げた。
「私、行けます」
「助かる。じゃあ――」
「俺も行く」
間髪入れずに声を上げたのは、颯真だった。
私は思わずそちらを見る。
「一ノ瀬くん、装飾班じゃないですよね」
「知ってる。でも人手いるでしょ」
「一人で持てます」
「穂乃果、一人で行くつもり?」
「その予定でした」
「じゃあ俺も行く」
「今の会話のどこに同行を許可する要素がありました?」
「なかった?」
「一つもありません」
「じゃあ今から作る」
「作らなくていいです」
結局、押し切られる形で、私たちは二人で駅前の商店街へ向かうことになった。
☆
学校から駅までは、歩いて十五分ほどだった。
制服姿の生徒が何人も行き交う中、颯真は私の隣を当然のように歩いている。
「文化祭の買い出しって、なんかいいね」
「何がですか」
「放課後っぽい」
「実際、放課後ですから」
「そういう意味じゃなくて」
颯真は笑った。
「高校生っぽいっていうか」
「高校生ですよ、私たち」
「穂乃果って、たまに会話終わらせるの上手いよね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてない」
駅前の商店街に入ると、学校の近くとは空気が変わった。
パン屋から甘い匂いが漂い、八百屋では店員が威勢のいい声を上げている。夕方の買い物客に混じって歩くと、制服姿の私たちは少しだけ浮いて見えた。
「ここ」
私は目的の文具店の前で足を止めた。
店内に入り、メモを確認しながら必要なものをカゴへ入れていく。
「布テープ、黒二つ。両面テープ三つ。画用紙は赤と黒と……」
「穂乃果、こういうのちゃんとしてるね」
「普通です」
「俺だったら絶対、一個くらい忘れる」
「だから一ノ瀬くん一人で来なくて正解でしたね」
「俺、付き添いなのに」
「荷物持ちです」
「扱い雑だなあ」
そう言いながらも、颯真は私がカゴに入れたものを一つずつ確認していた。
意外と真面目だ。
「これも必要じゃない?」
颯真が棚から蛍光テープを手に取った。
「それ、何に使うんですか」
「お化け屋敷の非常口っぽく」
「本物の非常口と紛らわしくなるので却下です」
「即却下」
「安全第一です」
「穂乃果、文化祭でも現実的だね」
「一ノ瀬くんが適当すぎるんです」
必要なものを買い終える頃には、紙袋が二つに増えていた。
「持つよ」
「一つでいいです」
「両方持てる」
「私も持てます」
「知ってる」
颯真はそう言いながら、私が持っていた紙袋まで取った。
「でも俺が持ちたいから」
「またそれですか」
「またって?」
「自分がやりたいから、って理由で押し切るところ」
「嫌?」
「……べつに」
答えてから、少しだけ後悔した。
嫌ではない。
そのことを認めたくなかっただけなのかもしれない。
☆
店を出たところで、甘い匂いが鼻をくすぐった。
すぐ近くに、小さなクレープ屋がある。
颯真が足を止めた。
「食べていかない?」
「買い出しの途中ですよ」
「もう終わったじゃん」
「学校に戻らないと」
「五分くらい平気でしょ」
「五分で食べられるんですか?」
「穂乃果、食べるの遅そう」
「偏見です」
「じゃあ十分快速で食べる?」
「食事に快速という概念を持ち込まないでください」
「じゃあ勝負する?」
「しません」
結局、颯真は一人でクレープを買った。
「本当に食べない?」
「いりません」
「一口いる?」
「いりません」
「おいしいよ」
「だからいりませんって」
颯真は楽しそうに笑いながらクレープを食べている。その姿が、学校で見る一ノ瀬颯真とは少し違って見えた。教室では、いつも誰かに囲まれている。誰かの話を聞いて、誰かに笑いかけて、誰かに頼られている。
でも今は、ただクレープを食べている普通の高校生だった。
「……甘いもの好きなんですね」
「好きだよ」
「意外」
「なんで?」
「もっと、ブラックコーヒーとか飲んでそうなので」
「それ完全にイメージでしょ」
「人気者はブラックコーヒー飲んでそうです」
「どういう偏見?」
颯真が笑う。
「穂乃果は?」
「何がですか」
「甘いもの」
「普通です」
「普通って一番わかんない」
「じゃあ、プリン」
「好きなんだ」
「まあ」
「覚えとこ」
さらりと言われて、私は一瞬だけ黙った。
「……なんで覚えるんですか」
「なんでって」
颯真は少し考えてから、当たり前のように答えた。
「穂乃果の好きなものだから」
心臓が、変な跳ね方をした。
「そういうこと、簡単に言わない方がいいですよ」
「またそれ?」
「またです」
「何が駄目なのかわかんないんだけど」
「わからなくていいです」
本当に、この男は厄介だ。
☆
学校へ戻る道。夕方の商店街は、さっきより人が増えていた。
横断歩道の信号が変わりかけて、私は足を止める。
颯真は一歩先へ出てから、こちらを振り返った。
「穂乃果」
「はい」
「こういうの、ちょっとデートっぽくない?」
「買い出しです」
即答した。
「即否定された」
「事実なので」
「でも学校の外で二人で歩いて、買い物して、甘いもの食べてるよ」
「私は食べてません」
「そこ?」
「大事です」
颯真はおかしそうに笑った。
信号が青になる。
私は先に歩き出した。
――デート。
そんなわけがない。これはただの文化祭の買い出しだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「穂乃果、置いてくよ」
「荷物持ってる人が先に行かないでください」
「じゃあ隣来て」
仕方なく歩幅を速める。
颯真の隣に並ぶ。
それだけのことなのに。
さっき聞いた「デート」という言葉が、なぜかいつまでも頭から離れてくれなかった。




