野獣の牙
お昼は冷蔵庫の残り物で済ませようと、単眼ウサギの肉を野菜と一緒にざっと炒めた。
オイスターソースを使った手抜き料理だったけれど、この肉を使うとそれだけで十分なご馳走になる。
「……はぁ、おいしかった。こんなのばっかり食べてたら今までのお肉が食べれなくなっちゃうね」
もりもり食べてお腹を満たすと、私は立ち上がる。
「よし。いよいよか」
テーブルの上に置いた魔装を手に取る。
鑑定から戻ってきたこの子と、いよいよ一緒に潜ることになるんだ。
早速両手にはめてみる。
すんなりとはまり、まるで私の手に合わせて作られたみたいによく馴染んでいた。
すると、急にふっと体が軽くなった気がした。
「……あれ?」
試しに軽く動いてみる。
「おお。なんだか、羽根が生えたみたいに体が軽い」
鑑定にあった「身体能力の強化」というのは、こんなにもはっきり体感できるものなのかと驚いた。
これは想像していたよりずっとすごい。
そういえば別のスレに、魔石を吸わせるだけでも能力が少しずつでも強くなっていくと書いてあった。
つまり雷の魔石を集めていけば、進化しなくても、少しずつ成長できるということだ。
「育て甲斐があるわね」
とはいえ、手元に黄色い魔石は一つだけある。
きっとそれを使ったところで大して変わらないだろうけど、どうなるのか楽しみだった。
今日はこのままで試して、明日にでも吸わせてみて、違いを確認して見るのがいいかもしれない。
「とにかく、今日のターゲットは、ペンギンドッグ。……いっぱい狩ってやるから待ってなさいよ!」
身支度を整えた私は、早速ゲートへ足を踏み入れた。
ゲートを抜けると、いつもの赤い空と草原が広がっていた。
「さて。ペンギンドッグはどこにいるかなぁ」
背の高い草をかき分けて歩きはじめると、さっそく前方の草むらから、見慣れた二本の耳がぴょこんと突き出した。
「うーん、うさぎかぁ」
お目当てとは違うけれど、せっかく出てきたのなら、狩らない手はない。
単眼ウサギはこちらに気づくなり、例のごとく牙をむき出しにして、まっすぐ私の脚めがけて跳びかかってくる。
以前はこの子たちが空中でひらりと軌道を変えるせいで、さんざん翻弄させられたものだ。
それなのに今回は――。
「なんだか遅くなってる?」
宙を舞うウサギの動きが、その細かな軌道の変化まで含め、笑ってしまうくらいゆっくりに見えるた。
これなら躱すまでもないと思い、思いきり拳を叩き込んだ。
ぐしゃり、と鈍い手応えが返ってくる。
「ギュィィィッ!」
ウサギは短い悲鳴をあげて、草の上を数メートルも吹っ飛んでいった。
自分の一撃とは思えないその威力に、殴った私のほうが呆気にとられてしまう。
なんだか、殴る動作もいつもよりもスムーズにできた気がするが、これほどの威力になるとは思わなかった。
「……うそでしょ。今の、私が殴ったの?」
ウサギは思ったよりずっと遠くへ飛んでいってしまったので、私は慌ててとどめを刺しに駆けだした。
すると、地面を蹴った瞬間に、体はまるで風になったみたいに軽く前へ飛び出し、あっという間にウサギのもとへたどり着いてしまう。
自分の脚とは思えないその速さに、また驚かされる。
倒れたウサギはまだぴくぴくと痙攣していたけれど、少しすると完全に動かなくなった。
拍子抜けするほどあっけない勝利。
今まで包丁を握りしめて必死に立ち回っていたのが、まるで嘘みたいだ。
「これは……ちょっと、癖になりそうかも」
口元が緩んでしまうほど、快感のような物を感じてしまっていた。
他人からしたら、完全にサイコパスだとドン引きされているだろう。
一匹目をあっさり片づけてしまったので、物足りなさもあり、すぐに別の魔物を探すことにした。
すると、単眼ウサギは次から次へと草むらから顔を出すので、そのたびに一撃で沈めていく。
二匹、三匹と数を重ねるうちに体のほうが動きを覚えて、危なげのなさに拍車がかかっていった。
「ギュィィィッ!」
こう何度も魔物を倒していると、動物を殺しているという罪悪感もだんだん感じなくなってきていた。
感覚が麻痺してきているのか、狩れば狩るほど喜びの感情が大きくなる。
そうして夢中で狩り歩いているうちに、私は妙な感覚に気がついた。
先ほどから、ウサギがどこにいるのか、なんとなくわかるのだ。
目に見えているわけでも、物音が聞こえているわけでもない。
それなのに、なんとなくどこに潜んでいるのかわかる。
近くにウサギがいると自然と意識が引っぱられて、まるで「ここにいるよ」と教えられているみたいに、次の獲物の居場所を認識できてしまっていた。
最初はあまり考えずにいたが、何度もその感覚に従うことで魔物と遭遇できていることに気が付いた。
「……やっぱり、気のせいじゃないよね」
試しに、もう一度その気配をたどって草を分けてみれば、案の定、丸まった単眼ウサギがこちらに気付いて威嚇する。
こんな感覚は以前になかったから、これも魔装のおかげなんだろうか。
仕組みまではさっぱりわからないけれど、近くの獲物を先に見つけられるなら、狩りにはこれ以上ないくらい心強い力だった。
「まあ、考えたところで意味がないし。魔装のおかげってことにしておこう」
そう気持ちを切り替えて、目の前のウサギを狩り取った。
この短時間で、五匹も単眼ウサギを狩れてしまった。
ウサギを狩る度にゲートに運んだりしていたが、このままではゲート前が袋だらけになってしまいそうだ。
短時間にこれだけ狩れたらもう十分だろう。
――それにしても、これだけ狩ってなお、肝心のものが見つからない。
どれだけ草原を歩きまわっても、気配に引っかかるのは単眼ウサギばかりで、お目当てのペンギンドッグはいっこうに姿を見せてくれなかった。魔物の気配がわかるようにはなったが、ペンギンドッグだけを探すなんてことはできないし。
地道に探すしかないのだろうか。
「この前は、あんなにあっさり会えたのになぁ」
足元に並べた戦利品を数えてみれば、狩りそのものは笑ってしまうくらいの大漁だ。
でも、私がほしいのは、これじゃない。
この子たちを何匹倒したところで、雷の魔石は一つも手に入らないのだから。
そういえば、掲示板でも雷の魔石は集めるのが大変だと、みんな口をそろえて言っていた。
つまりペンギンドッグ自体が、単眼ウサギよりずっと数が少ないということか。
「……道理で、見つからないわけだ」
考えてみれば当たり前の話だった。
あっさり手に入るような魔石なら、掲示板であんなに貴重がられるはずがない。
「はぁ……。でも、ここで諦めるのも嫌なんだよね」
弱音を吐きかけた自分に活を入れて、私はまた、ペンギンドッグの気配を探して歩きだした。
どれくらい歩いただろうか。
もうウサギはお腹いっぱいなので、見つけても狩らずに放置していた。
すると、半ば意地になって草原をさまよっていた私の意識に、ふと今までとは違う気配が引っかかった。
「……もしかして」
はやる気持ちを抑えて音を立てないように近づくと、背の高い草の向こうの開けた場所にそれはいた。
白と黒の丸い体に、黄色いくちばし。犬のような垂れ耳と、ふさふさした尻尾。
間違いなく、ペンギンドッグだった。
「……やっと見つけた!」
思わず声が出てしまい、ペンギンドッグがぴくりとこちらを向く。
「ワンッ!」と一声吠えるなり、そいつは短い脚を必死に動かして、あの錐みたいなくちばしを突き出しながらまっすぐ突進してきた。
今の私には、単眼ウサギでも遅く見えるのだ。それ以上にのろまなコイツには、何の脅威も感じない。
「もらった!」
私はゆっくりと横へ体をかわし、ペンギンドッグの横っ腹に、渾身の一撃を叩き込んだ。
ぐしゃっ、と重い手応えを感じる。
ペンギンドッグは「ギャンッ」と鳴いて二、三度バウンドしながら地面を転がり動かなくなった。
「はぁ……やった。これでやっと一個目」
一匹しか狩れなかったが、とりあえず目的も果たしたことだし、今日はもう引き上げよう。
そう決めてペンギンドッグを担ぎ、私はゲートのほうへと戻っていった。
――そして、ゲートの前までたどり着いたところで、私は思わず足を止めた。
狩るたびに土嚢袋へ詰め、ゲートの前まで運んでおいた単眼ウサギたちが乱雑に置かれていた。
冷静に考えてみると、こんなに倒しても食べきれない。
「……ちょっと。倒しすぎちゃったかな?」
思わず苦笑いが漏れる。
魔装のおかげで面白いように狩れるものだから、つい夢中になってしまった。
けれど、とても一人で食べきれる量ではなかった。それに、これだけの数をぜんぶ解体しなければいけないかと思うと、少しだけ気が重くなる。
狩るのはあっという間でも、そのあとの解体は、地道で骨の折れる作業なのだ。
そこで私は、ふと思いついた。
どうせ持ち帰ってもゴミにしかならない部分なら、この場で落として捨てていけばいい。
図鑑にもあったとおり、単眼ウサギの毛皮や牙に値打ちはないし、いらない部位はダンジョンに放っておけば、翌日にはきれいに消えてなくなる。
せめて、ごみにしかならない首から上や手足だけでもここで落としていけば、あとで出るゴミが減るというものだ。
私はいったん魔装を外し、リュックから使い慣れた包丁を取り出した。
魔装には悪いけれど、こういう細かい作業は、やっぱり刃物じゃなきゃできない。
一匹ずつ袋から出しては首の付け根に刃を当て、すっぱりと頭を落としていく。
この手の作業にすっかり抵抗がなくなってきた自分に、少しだけ複雑な気分になった。
落とした頭はゲートから離れた場所へまとめて放っておけば、明日にはきれいに消えているはずだ。
「よし。これで全部かな。……さ、帰ろ」
両手にはめ直した魔装で袋を軽々と担ぎ上げ、私はゲートへと足を踏み入れた。
◇
家に戻ると、さっそく獲物を台所へ運び込んで解体に取りかかった。
ペンギンドッグからお腹を開いて、黄色い魔石を取り出す。
手のひらに転がった雷の魔石を見つめていると、今日一日さんざん歩きまわった苦労が、ようやく報われた気がした。
「頑張った甲斐はあったかな」
単眼ウサギのほうも、一匹ずつ順番に捌いていく。
一匹だけならまだしも、五匹分ともなると、やはり重労働だった。
台所も広いわけではないので、一匹捌くスペースを作るのも大変だった。
さらに残骸を集めてダンジョンまで毎回運んで捨てにいくのもかなりの負担になる。
「……やっぱり、ゲートの部屋で解体ができた方がいいよね」
とりあえずゲートの部屋を、大きなビニールシートでも買ってきて敷いておき、作業はぜんぶあの部屋で済ませてしまえれば、残骸も楽に捨てることができる。
「今後のことを考えたら、ゲートの部屋をもっと使いやすくしておく必要があるかぁ」
今度ホームセンターへ行ったら、大きめのビニールシートを買っておこう。
解体を終えて、切り分けた肉をラップで包み、冷蔵庫へ詰めていく。
冷蔵庫の中はもう、単眼ウサギとペンギンドッグの肉でいっぱいだった。
テーブルの上に残ったのは、青い魔石が五つと、黄色い魔石が一つ。
「今日の成果は……こんなものかな」
黄色い魔石はもう少し取れるかと思っていたが、育成はやはり大変そうだ。
それでも、魔装の実力もわかったし、私でも十分ダンジョンでやっていけそうだとわかっただけでも良かったとしよう。
「あとは、これを吸収させるだけかぁ」
魔石を吸わせたら、この子はどんなふうに変わるんだろう。
想像するだけで胸の奥がわくわくと騒ぎだしてくる。
どうせなら、明日ダンジョンに行く前に吸収させようと思い、今日は疲れたので、もう休むことにした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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