自衛隊壊滅の報せ
久しぶりに東京へやってきていた。
以前同盟会議が行われてから数か月ぶりといった所か。
新幹線を降りた瞬間、人の多さに嫌気がさしてくる。発展しているのに騒がしくない福岡が恋しくなってくるな。
タクシーを拾って市ヶ谷まで向かい、指定された会議棟の前に立つと、オレは思わず足を止めた。
会場前にたむろする集団がいたからだ。
「ちっ」
同盟のリーダーしか呼ばれてねぇんだから、他の奴が来んじゃねーよ。
そう思いながら、建物の中に入ろうとすると、周囲から黄色い悲鳴が聞こえてきた。
「あ、あれはワルキューレのリーダー、獅子堂茜さんが来た模様です。女性のみの構成でありながら同盟上位に君臨している同盟のリーダーです。御覧の通り、獅子堂さんを一目見ようとファンが押しかけてきているようです!」
「獅子堂さまー!」
「お姉さま!今日も美しいですー!」
どうやら、マスコミもいるようだ。
同盟会議では、普段見られない同盟のリーダーが集結するということもあり、ファンやマスコミがこぞって入口に大挙して押し寄せてくるのはいつものことだった。
ただ、オレたちが見世物にされてるようで、正直気に食わないと思っている。
まぁ、ここでオレが問題を起こせば、同盟に迷惑が掛かるから大人しくはしているが。
「それにしても、今回は随分と多いな」
この手の会合に呼ばれるのは、いつもならせいぜいトップ十位、多くてもトップ三十位までとなっていた。それが今回は、招集された同盟は百位までが呼ばれたようだった。
「……こりゃ、嫌な予感がするねぇ」
周りを見渡せば、他の同盟のリーダー連中も続々と到着しているようだが、見ない顔が多いのはそのせいだろう。
同盟会議に出席するのは、一つのステータスでもあるし、初めて呼ばれたリーダーたちは内心は舞い上がっているに違いない。
そいつらだけは、周りのうるさい悲鳴に意気揚々と手を振ってこたえている。
オレたちの代わりに目立ってくれて助かりはするがな。
目的のホールに着くと、だだっ広いスペースに広く間隔をあけて置かれた席が並んでいる。
席には、同盟それぞれのエンブレムが張られており、オレはワルキューレのエンブレムの張られた席を見つけて腰を下ろした。
見渡す限り、女はオレ一人だった。相変わらず、探索者にはむさ苦しい男ばかりが揃っている。
こういう場では、普段から同盟同士の情報交換が盛んに行われる。裏を返せば、探り合いと駆け引きの場でもあるってことだ。トラブルの種になることも珍しくない。
周りがざわつくなか、オレは黙って座って待つことにした。
「あら、誰かと思ったら単細胞で有名な茜ちゃんじゃない。珍しく着飾っちゃって、普段会わない素敵な男性がたくさん来るからって気合でも入っちゃったのかしら?」
後ろから、会いたくないと思っていた奴の声が聞こえてきた。
オレをちゃん付けで呼ぶ奴なんて一人しかいなかった。
ここは、いちいち反応せずに無視をすることにした。
「なによぉ、耳までゴリラ並みに悪くなったのかしら。熊本でのゲート争奪戦も負けたらしいじゃない。噂になってたわよ。福岡の獅子が子猫のように泣いて逃げ帰ったってね。うふふ」
「おい、てめぇ。喧嘩売ってんだったら買うぞコラッ!」
「あら怖い。言葉遣いも野蛮人そのものね」
オレは耐えきれずに後ろを振り向いてそいつをにらみつけた。
コイツは、同盟三十位イザナミの誘いのリーダー、八条麻衣。
トップ三十の同盟の中で、オレ以外で女リーダーはコイツだけだ。
コイツはオレをライバルだと思っているのか、毎回同盟会議になると突っかかってくるから鬱陶しくてしょうがない。
「麻衣。てめぇの声は頭に響くから喋りかけてくんじゃねぇよ。オレに相手してほしかったら、同盟順位で抜かしてみろ。万年三十位さんよぉ」
「ふん、いい気になっているようだけれど、いつまでも上で居られると思わないことよ。今年中には抜いてあげますからね」
「はいはい、楽しみにしておくよ。わかったらどっか行ってろ」
オレは、あっちいけと手を振ってジェスチャーした。
「まぁ、待ちなさいよ。あなた最近愛知に来ていたらしいじゃない。冬木まで連れていろいろ動いてるようだけど、ゲートまで使って何を急いでいたのかしら?大阪から情報が上がってきていたわよ」
やはりコイツには情報が行っていたか。
まぁ、それくらいは想定内ではあった。ダンジョン内のゲートを使った移動手段を使うと、他の同盟探索者に見られるのが困り物だった。それでも普通の手段よりも早く移動できるから緊急時にはよく使うのだが。
こいつの同盟は人数が多いから情報戦に強く、何度それで煮え湯を飲まされたことか。
思い出しただけでも腹が立ってくる。
ただ、今回はまだ内容まではバレてはいないだろう。
ゲートを独占できたことが知られたら、こいつなら邪魔をしてくるか、一枚噛ませろとうるさくしそうだしな。
元々涼子には別件で動いてもらっていたこともあり、それが隠れ蓑にできると小春とも打ち合わせができている。
「大したことじゃない。愛知にできたっていうダンジョンの店を視察しに行かせてたんだよ。それが思ったよりも良さそうだったから、うちも愛知に支部を作ろうと思って動いてただけだ。てめぇみたいにこそこそ動くのはオレは苦手でね。有名人は目立って困っちまうよ」
「ああ、あの店ね。あなた達があの店に注目できるほどの知能を持っていたなんて意外だったわ。それだけの同盟になっていながら、事業の一つもやらないのだから、お猿さんの集まりだと思っていたんですけどねぇ」
「ふん、てめぇらが順位を上げられない理由がそこに出てんだよ。まともにダンジョンの攻略もやらねぇで何が同盟だよ。その辺の企業との違いがわからんね。そもそも、オレはてめぇらを探索者だとは思ってねぇから」
麻衣の率いるイザナミの誘いは、所属人数だけでいうと、実はトップクラスの規模を誇っている。
しかし、その中身はどうにもならない探索者を集め、ダンジョン関連の事業を手広く行っているだけの商売を優先させた同盟だった。上級の探索者の人数が少ないにも関わらず、トップ三十位を守り続けている同盟としても有名だ。
「あら、ビジネスができない同盟は今後大変よ?すでにダンジョン産の素材の需要が高くなってきているのに、ただ獲ってきて売るだけなんて商売とは言わないわ。このビジネスチャンスでわたくしは一気に駆け上りますの。あなたが頭を下げて教えを請いに来る様子が目に浮かぶようですわ。では、わたくしは忙しいのでこれで失礼しますね。おーほっほっほ」
麻衣は勝手に好きなことを好きなだけ言うと、高笑いしながら遠ざかっていった。
べらべらとよく口が回るやつだ。
やっと静かになった所で、また声をかけられた。
「よぉ、茜。随分と元気そうじゃないか。また八条に絡まれてたようだが、お前らは本当に仲がいいな」
突然話しかけてきたのは、同盟順位二十八位の宵闇テーラーの鷹野誠治だった。
オレは声のした方を見て、小さく鼻を鳴らした。
「なんだ、やっと静かになったかと思ったら、次は鷹野のじいさんか。まだくたばってなかったのかよ」
「俺はまだ五十前だっつの。爺扱いするのはお前くらいだよ」
こいつは、ジョージ・ブライアン・ブランメルの生まれ変わりとか巷では言われているおじさんだ。正直誰か知らないがダンディズムの始祖だって話だ。自他ともに認めるスーツの似合うおじさん、だそうだ。
鷹野は笑いながら、隣の席にどっかりと腰を下ろした。
こいつとは初めて会ったときに口説かれ、一蹴してやってからの付き合いだ。それ以来、なぜかこうやってちょっかいを出してくるようになった。何度か一緒にダンジョンに潜り、背中を預けた戦友でもある。
「今回の招集は随分と人数が多いが、いつもと違ってにぎやかでいいな」
「そうか?正直うるさくてイライラするんだが」
「相変わらずだな。しっかし、今回は事がことだけに長引くと思うぞ」
鷹野は今回の招集について、何か知っている感じを匂わせてきた。
「なんだよ。あんた何か聞かされてるのか?」
「少しだけな。昨夜八条から今回の議題について聞いていたんだよ」
確かに、麻衣なら今回の招集の内容を把握していても不思議じゃなかった。
だが、それを鷹野に話を持って行くのが気になる。
「なんであいつがあんたにそんな話を持って行くんだ?どうせろくでもない提案でもされたんだろ」
「まあな。今回自衛隊がそうとうなダメージを負ったって情報は知らせてあっただろ。その件で呼ばれたのはお前でもわかるよな?」
「ああ」
あんなニュースの後の招集なら誰だってわかるだろ。そう文句を言いたかったが、話の続きを聞くことを優先した。
「実際、自衛隊は今回のことで想像以上の被害を被っているらしくてな。同盟と手を組んで例の魔物の討伐に乗り出す考えなんだとよ」
「おいおい、自衛隊でどうにもならないことに民間を巻き込むのかよ。そんなのオレたちにどんなメリットがあるんだ?」
「八条曰く、今回防衛相がかなり奮発してくれるらしいぞ。八条がやる気になっていたからな。報酬も期待できそうなんだよ」
なるほどな。だからか。
「道理で麻衣の奴がご機嫌だったわけだ。あいつは機嫌がいいとよくしゃべるようになるからな」
「まぁ、そういうこったな」
「で、あんたは参加するのかい?」
「まだ決めていない。今回の報告の内容次第って所だ。うちのメンバーは平均年齢が高いし、お前らみたいに無茶できる歳じゃないからな」
確か鷹野の同盟は、探索者の中ではかなり年齢層が高いメンバーが所属している。探索者の最高齢は現在七十歳だが、こいつが所属しているのも鷹野の同盟である宵闇テーラーだったはずだ。
「爺が無理すんじゃねーよ。今回の魔物は魔装を使うって話だろ。どんな魔物なのか楽しみだな」
「本当にお前は戦闘狂だな。もう少し女らしくお淑やかにしていればいいんだが。美人が台無しだな」
「ほっとけ」
鷹野はやれやれと言って肩をすくめた。
そんな軽口を交わしていると、正面の壇上に人影が現れ、会場がすっと静まり返る。
鷹野も自分の席に移動していった。
どうやら、やっと始まるらしい。
周囲を見渡すと、ぽつぽつと空席が目立つ。
何組かの同盟は欠席しているようだな。
壇上に現れたのは、いかにも堅そうなスーツ姿の男と、制服に身を包んだ屈強な男だった。
司会らしき人間が、二人を防衛大臣と陸上幕僚長だと紹介する。
なるほど、こりゃ只事じゃなさそうだ。
防衛大臣が一礼し、マイクの前に立つ。
「本日は、急な招集にもかかわらずお集まりいただき、感謝申し上げます」
淡々とした挨拶から始まったが、会場の空気は一段と張り詰めていく。
「早速本題に入らせていただきます。すでに皆さんへはお伝えしておりましたが、先日ダンジョン内において、これまで確認されていない新種の存在と接触いたしました」
壇上のスクリーンに、映像が映し出される。
二足歩行で、狼のような風貌をしている魔物が、体に装備を纏って歩いている。手には、槍のようなものを握っていた。
「……ほう、これが新種か」
思わず声が漏れ出る。
今まで見てきたどの魔物とも明らかに違っている。
「この種は、道具を扱う知能を持ち、中には魔装を使用する個体も確認されています。当省では、この存在を『魔族』と呼称し、対応を進めております。魔族は独自の言語を扱い、集団で連携を取ることが確認されました」
魔族、か。
なかなか面白そうなのが出てきたな。そう思うと、どうにも顔がにやけてしまっていた。
「そして、今回この会議を開かせていただいた理由なのですが……」
防衛大臣は、そこで一度、言葉を切った。
「魔族の集団との交戦により、自衛隊の部隊二つが……壊滅いたしました」
会場が、大きくどよめいた。
「派遣していた隊員は、魔装を支給された精鋭部隊。その部隊が、壊滅したのです」
その一言に、周りの空気が一気に変わるのがわかった。
自衛隊のダンジョン部隊といえば、ほとんどが魔装持ちだというのは有名だった。それが、魔族の集団相手に、二部隊もやられた。
これは、同盟トップが壊滅することよりも信じられない情報だった。
「そこで、皆様にご協力をお願いしたいのです」
陸上幕僚長が、代わって口を開いた。
「現在、自衛隊は羽田のゲートを中心に探索を進めております。今回、その探索に、皆様方の同盟にもご協力いただきたい」
会場が、また一段とざわつく。
自衛隊が民間に協力を要請したことは今まで一度もなかった。今回はそれほどのことだということだ。
すると、誰かが手を挙げた。
「協力するにあたって、こちらにはどんなメリットがあるんでしょうか?」
単刀直入な質問に、防衛大臣が頷く。
「協力していただける同盟には、魔装の優先販売権、魔石の融通、そのほかダンジョンアイテムの貸与をお約束いたします。さらに、成果に応じて、ある一定の範囲内でダンジョンアイテムの販売も考えております」
自衛隊は、探索の進み具合でいえば国内でも群を抜いているはずだ。だからこそ、一般には出回っていないアイテムを数多く所有していることは、探索者の間でも半ば常識のように語られていた。
それを解放するとなれば、かなり魅力的に感じる案件ではある。
おそらく麻衣の目的もこれだろう。
会場を見渡せば、乗り気な様子を見せる同盟のリーダーたちが、あちこちにいた。
ただ、上位の同盟ほど、そう簡単には食いついていないようにも見える。
慎重な連中が多いのは、それだけ守るものが大きいからだろう。
鷹野のじいさんがどうするのかわからないが、オレの答えは決まっている。
「魔族については、私からもう少し詳しくご説明させていただきます」
陸上幕僚長が、淡々と続きを話し始めた。
「今回接敵した魔族の総数は、およそ1000。そのうちの半数以上は、銃火器によって撃退することに成功しています」
やはり、自衛隊だけは銃火器が使えることは相当なアドバンテージがあるな。
正直、オレたちも銃を使えるなら、もっと楽に討伐が進むはずなんだが。
そう思ったのも束の間、幕僚長の声のトーンが変わる。
「しかし、魔装を所持する個体に対しては、ほとんどが無力化されてしまいました。そのため、こちらも魔装による迎撃に切り替えました。ですが、一部の魔族は、こちらの練度を明らかに超えた力をもっていたため、結果として、多くの死傷者を出しています」
幕僚長は、そこで一度言葉を切った。
「今回の作戦には、約250名が参加していましたが……生還したのは、わずか十三名。二個中隊が壊滅し、生存者も重傷を負っており、現在も治療を続けています」
会場が一瞬にしてざわめきだす。
自衛隊がここまでの被害を出したのは、ダンジョンが現れてから初めてのことだったからだ。
その数字がどれだけ異常なものか、この場にいる誰もが理解できているはずだった。
オレは、周りをちらりと見渡した。
顔を青くして俯く奴がちらほらいるが、少数ではあるが、下位の同盟リーダーの中にも動揺せず、なんなら楽しそうに笑っている奴さえいた。おおかた、報酬に目がくらんだ手合いだろう。
上位の連中がどう出るつもりなのかわからないが、数人の同盟リーダーがやる気満々の顔になっていた。
その後、詳しい状況説明などが続くが、どれも状況は芳しくないようだった。
「要請を受けてくれる同盟は、明日改めてこの場へお越しください。その際に、参加人数など報告いただけたらと思います。本日はありがとうございました」
そう言って、防衛大臣が頭を下げると、会議は終わりを告げた。
◇
「思ったより早く終わったな」
建物を出たところで、鷹野が伸びをしながらそう言った。
「あぁ。それにしても、自衛隊があそこまでやられるなんて、新種はどんなバケモンなんだろうなぁ。戦ってみたいわ」
「まったく、お前はいつも通りだな。そうだ、このまま食事でもどうだ。少し話さないか」
「いいぞ。美味い所に連れて行ってくれ」
オレは頷いて、鷹野についていくことにした。
連れて行かれたのは、個室のあるこぢんまりとしたレストランだった。
「へえ、なかなかいい店じゃないか。さすがにいい場所を知ってるな」
「紳士にとって、店の把握はエチケットみたいなものなのさ」
「涼子が知ったら連れて行けってどやされそうだ」
「ああ、冬木さんか。彼女も食通だし、俺よりも詳しそうだけどな」
鷹野は笑いながら、店員に案内されるまま席についた。
料理を待つ間、自然と話は今回の件に移っていく。
「で、鷹野。お前んとこは、この話受けるのか?」
「いや、うちは断るつもりだ」
「理由は?」
「単純だよ。今のうちのメンバーで、自衛隊が壊滅させられるような相手をどうにかできるとは到底思えない」
鷹野は、真面目な顔でそう言い切った。
「……だな。オレも、同じ考えだ」
「ほう。お前なら率先して立候補しそうだと思ったんだけどな。随分大人になったな」
正直、興味がなかったわけじゃない。だが、今のワルキューレの戦力で挑んで、無事に帰ってこられる保証はどこにもなかった。
オレのわがままでメンバーを犠牲にはできない。
「ただ、いつどこで俺たちも奴らと出くわすか分からないしな。ダンジョンに入れば接敵の可能性はゼロじゃないんだから」
「ああ。何も対策しないってのは、それはそれで危ねえよな。うちは魔物だけじゃなく男にも気をつけなきゃならないんだ。これ以上面倒な奴が増えると困るんだがねぇ」
「情報だけは、お互い共有しようじゃないか。こっちが何かわかったら教えるし、そっちも何かあったら知らせてくれ。今回ばかりは情報を独占するメリットはほとんどないしな」
「あぁ、それでいい」
オレは、素直に頷いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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