新たなる拠点
灯里さんとのパーティ探索は、あれから数日間、みっちりと続いていた。
毎日のように白浜ゲートへ通い、ハサミガエルやシカメレオンを狩り、灯里さんに教わりながら少しずつダンジョンでの立ち回りを覚えていく。おかげで、探索者としての知識も体力も、着実に積み上がっていっている実感があった。
「玲奈ちゃん、明日はさすがに休もっか。根詰めすぎるとよくないし」
五日目の夜、灯里さんからそう提案され、翌日は久しぶりの休息日になった。
倒した魔物の素材は、これまですべて同盟へ売却してきた。おかげで、通帳の残高はとんでもない額になっている。
それでも、私には解決できない悩みがあった。
魔装を、育てられていないことだ。
野獣の牙を成長させるには雷魔石が要る。
でも、手に入るのは水と土ばかりだった。
やっぱり実家のゲートじゃないとダメかな。そう思っていた時に、そのことを灯里さんに相談してみると、意外な答えが返ってきた。
「あ、それなら同盟のサイトで買えばいいよ。メンバー限定のやつがあるんだ」
「メンバー限定、ですか?」
「うん。同盟内で魔石とか魔装を直接売買できるサイトがあってさ。玲奈ちゃんもうメンバーだから、見れるはずだよ」
そんなものがあったなんて、初耳だった。
休みの日にでも見てみるといい、と教えてもらっていたので、さっそく見てみることにした。
ログインすると、思っていたよりずっとしっかりしたショッピングサイトが出てきた。
魔石の一覧には、色ごとに分かれた在庫と、グラム単価が並んでいる。
水魔石は1グラム15万円から。土は25万円、風は40万円、火は150万円、雷は260万円、そして闇にいたっては2500万円する。
「……たかっ」
思わず声が出た。
高すぎる。
この価格だと、灯里さんと数日間かけて稼いだ分が一瞬で吹き飛んでしまう計算になる。
探索者は稼げるけれど、出ていくお金も相応に大きいらしい。
いっそ、このまま弱い魔物だけを相手にしていくのも悪くないのかもしれない。そんな考えが一瞬よぎった。
でも、それはなんだか逃げるみたいでいやだった。
ここで立ち止まりたくはない。
とはいえ、今の稼ぎで雷魔石を少し買ったところで、大した成長には繋がらないだろう。
だったら、無理に魔石を買うより、他に何かないか見てみることにした。
魔石の一覧の下には、魔装のコーナーがあった。武器と防具に分かれている。
まずは武器から覗いてみると、出品されているのはたったの一つだけだった。
鞭のような形をした魔装で、価格を見て、私は思わず二度見した。
2億4500万円。
見たこともない桁の数字に、目眩がしそうになる。買えるかどうかを考えるまでもなかった。
気を取り直して、防具の欄に移る。
こちらは三点、出品されていた。ブーツが二つと、グローブが一つ。
グローブと聞いて、自分の魔装と同じような形を想像したけれど、開いてみると剣道の小手のような防具だった。
これでは攻撃には使えないだろうし、あくまで防具専用の装備なんだと思う。
それでも、値段は軽く5000万円を超えている。武器ほどではないにしても、十分すぎるくらいの高額だった。
これだけ見せられると、魔装がどれだけ貴重なものなのか、嫌でもわかる。
私が野獣の牙を手に入れられたのは、本当にただの運がよかっただけなんだろうな。
サイトを一通り見終えて、私はそのままメニューをいろいろ覗いてみることにした。
どうやらここには、魔石や魔装の売買だけでなく、ゲート関連の情報や、イベント・行事の告知なんかも載っているらしい。
福岡や大阪のページを開くと、体験会や交流イベントのお知らせがずらりと並んでいた。東海エリアのページを覗いてみると、そちらはまだ真っ白なままだった。
東海はこれからってことか。
ページを眺めていくうちに、ひとつの記事が目に留まった。
「同盟ランキング……?」
メンバー同士の順位でも付けているのかと思って開いてみると、そこにあったのは日本国内、トップ三十までの同盟一覧だった。
上から名前を追っていくと、二十五番目のところに、見慣れた名前を見つけた。
「ワルキューレは二十五番かぁ」
これがどれだけすごいことなのかピンとこなかった。
現在登録されている同盟は四千件あると書かれている所を見ると、その中で二十五位ならかなりすごいのではないだろうか。少なくとも低いことはまずないだろう。
涼子さんたちは、この順位を一位まで押し上げようとしているんだ。
そう思うと、あらためてすごい目標に挑んでいるんだなと実感する。
興味が湧いて、ワルキューレについて私は何も知らないので、他にも調べてみることにした。
しかし、女性だけの同盟という珍しさからか、気持ち悪いコメントが付いていたり、見るに堪えない書き込みがいくつも並んでいた。
ネットなんてそんなものだとわかってはいても、あまり気分のいいものではない。
でも、それを見ているうちに、私の中にはむしろ変な闘志が湧いてきた。
こんな風に言われっぱなしなのは、悔しい。
この同盟を、もっと上に押し上げる手伝いがしたい。
そう思えるくらいには、私はもうこの場所を、大切なものだと感じ始めているみたいだった。
もう少しだけ、ランキングのページに戻ってみる。
一位に君臨しているのは、聞いたこともない名前だった。
「……バベルの騎士団、か」
変な名前だなぁ。今の時代に騎士団って。と思ったが、他の同盟も似たり寄ったりだったので特殊というわけではないようだ。
神話の神様の名前を基にした名前が多い印象を受けるが、よく考えるとワルキューレもその一つだった。
一位とどのくらいの差があるのかわからないけど、少しでも役に立てるように頑張るのが私の今の立場だと思う。
まだ時間もあったので、ついでにサイトの中の他のページも覗いてみることにした。
「同盟ニュース」という項目を見つけて、なんとなく開いてみる。
並んでいる記事のタイトルに、目が止まった。
『自衛隊、ダンジョン内で知的生命体との接触・交戦により多数の被害あり』
「……知的生命体?」
ダンジョンで喋る魔物でも出てきたのかな?
私は「宇宙人を発見した」レベルの、都市伝説めいた感覚でそれを読んでいた。
記事をよく見ると、上部に赤い文字でこう書かれていた。
『重要案件のため極秘。拡散禁止』
……極秘。
これ、私が読んでよかった情報なんだろうか。
少し不安になりながらも、そのまま最後まで目を通してみる。
内容は詳しく書かれているわけではなく、断片的な情報が並んでいるだけだった。
人間じゃない、何か。
それが、ダンジョンにいるのか。
あまりに現実味のない話に、私は付いていける気がしなかった。
◇
次の日、涼子さんから電話があった。
「玲奈ちゃん、今日みんなで集まりたいんだけど、支部に来てもらってもいい?」
「はい。大丈夫です」
言われるままに実家だった場所に向かった。
その後、何か進展でもあったのだろうか。
私がそんなことを考えながら実家に着くと、その家を見て、私は言葉を失った。
「……え、うそ。もうここまで?」
まだ数日しか経っていないはずなのに、家の大部分がすっかり建て替わっていた。
もともとそこまで広い家ではなかったのに、なぜか両隣の家まで、うちと一体化するようにひと続きの建物になっている。
恐る恐る入って行くと、涼子さんと茜さんの話す声が聞こえてきた。
「おはようございます」
「玲奈ちゃん、おはよう」
「おう、おはよう。早かったな」
「あの、これって……」
私は、家がなんだか大きくなっているし、立て直すのにも早すぎるのでは?と聞いてみた。
「ああ、両隣も買い取らせてもらったのよ。じゃないと手狭になっちゃうでしょ?」
涼子さんは、なんでもないことのようにそう言った。
建物を作ったのは、ワルキューレお抱えの職人さん達らしい。同盟関連の建物なんかは機密情報の宝庫なので、同盟が大きくなってくるとそういう組織を作るんだとか。
家は、まだ細部までは完璧じゃないみたいだけど、もうほとんど出来上がっていると言っていい状態だった。
「今回は急ぎだったから、突貫工事だったのよ。これからも、守りを固めるために少しずつ手を入れていく予定だから」
案内された一室には、灯里さんと小春さんがすでに集まっていた。私もその輪に加わる。
「みんな揃ったから、話を進めるわね」
涼子さんが切り出した。
「東海支部も一通り形になったから、今日からはこのゲートで活動してもらって大丈夫よ。ただし、白浜ゲートも定期的に使ってね。ほかの同盟に怪しまれても困るから。それと、これからはダンジョン側の開発も進めていくつもりだから覚えておいて。職人が出入りするけど気にしなくていいからね。あと、残りの二人ももう少ししたら呼び寄せるからね。灯里、その辺はよろしく」
「了解です!めぐちゃんとみこちゃんには私から連絡しときますね。リーダーがいるって言ったら二人共怖がって来ないかもですけど」
そう言うと、けらけらと笑う灯里さん。
めぐちゃんとみこちゃんというのは、他のゲートに潜っている東海エリアの人だろうか。
東海のメンバーは人数が少ないと言っていたし、仲良くなれるように私も頑張らないと。
そう気合を入れていると、茜さんが声を上げた。
「あぁ、灯里。悪いが明日からオレは留守にするからな。その辺ちゃんとやっとけよ」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「同盟会議に呼ばれてるんだよ。急遽な」
茜さんは、そう言ってから少し声を落とした。
「これは、今回呼ばれた同盟にだけ伝えられてる話なんだが……同盟ニュースは流しておいたんだが、自衛隊の件はちゃんと把握してるか?」
「はい。なんか宇宙人みたいなの見つけたんですよね?」
「あ、私も見ました」
昨日読んだ、あの記事のことだ。
記事を読んだときの感想が灯里さんと同じだったことに気づき、私は一瞬吹き出しそうになったが、そんな雰囲気じゃなかったのでなんとか踏みとどまった。
「何が宇宙人だよ。詳しいことはまだはっきりとしてないが、魔物ではあるらしい。ただ、他の魔物と明らかに違っていたってことだ。知的だとか言ってるくらいだし独自の言語くらいは持ってるかもしれねぇけどな」
茜さんはそう言って笑っていたが、突然まじめな話し方へ変わった。
「まだここだけの話だがな、奴ら魔装まで使ってたと報告が上がってきている。かなり強いって話でな、自衛隊でも死傷者が相当出たって話だ」
それを聞いて思わず、背筋が伸びる。
「……人間、じゃないんですよね?」
「ああ。オレも最初はどっかの部隊と間違えてやり合ったんじゃないかと思ったんだけどな。まぁ、そういうことだから、明日の会議は、たぶんその話がメインだと思う」
茜さんは、そこで表情を引き締めた。
「この話まだ極秘扱いだ。あんまりメンバー内でも言いふらすなよ。そのうち公になるとは思うけどな」
「茜の言ったことが本当だとしたら、こちらでも遭遇する可能性がゼロじゃないわ。みんな気を付けてね」
涼子さんも厳しい顔をしている所を見ると、事態は深刻なのかもしれない。
茜さんもいつもの豪快さは鳴りを潜め、真剣な声だった。
私は、静かに頷くことしかできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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