追求と驚愕
スマホが鳴ったのは、涼子さんとゲートで再会した日から数日後のことだった。
画面に表示された名前を見て、驚きながら通話に出る。
「玲奈ちゃん、元気にしてる? あれから体調はどう」
「あ、涼子さん。はい、おかげさまで元通りです。あの後もちゃんと反省して、無茶はしないようにしてます」
電話越しでも、心配してくれているのが伝わってくる声だった。
あの日、血相を変えて叱られたことを思い出す。
「それならよかった。懲りない子だったら叱るところだったわ」
「あはは……すみません」
冗談交じりの優しい口調だが、その時は本当に怒るんだろうな。
涼子さんの雰囲気からそう感じられた。
「反省しているならいいのよ。今度、玲奈ちゃんと一緒にダンジョンに潜る時の打ち合わせをしたいんだけど、時間もらえたりする?」
「はい! ぜひお願いします」
「ふふ、そんなに喜んでもらえると誘った甲斐があるわね。二日後の土曜日、ランチでもどう?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「じゃあ、お店決めておくから、また連絡するわね」
電話を切ったあと、数十分もしないうちに、涼子さんから店の名前と地図のリンクがメッセージで届いた。開いてみると、聞いたことのないフレンチレストランだった。写真を見る限り、白いテーブルクロスの掛かった、静かで品のいい店構えをしている。
メニューのページを見つけて、ランチコースの値段を確認した瞬間、変な声が出た。
「コースで……5000円?」
一番安いコースでその値段だった。ディナーならいくらするんだろう。気になったが怖くて見れなかった。
こんなお店、今まで一度も入ったことがない。
仕事をしていた時は、打ち上げだったりの飲み会で居酒屋に行くくらいしかなかった。
そういえば、神崎くんと食事したお店もここまでとは言わないけれどいいお店だったな。
思い返せば、亮くんとのデートでそんな場所に連れて行ってもらったことなかった。
別れる時もチェーン店のカフェだったし。
「ほんと、ふざけてるわよね」
なんだか思い出すだけでも腹が立ってきた。
私は、記憶を消すためにシャワーを浴びて気分転換することにした。
約束の日までの二日間、私は柄にもなくそわそわしていた。
打ち合わせと言っていたけど、何を話し合うんだろうか。
初心者で一人の私は、パーティのいろはについて何も知らない。
そのことは伝えてあるはずなので、どう動けばいいのか教えてくれるとかかな。
そんなことばかり考えていた。
問題は、着ていく服だった。
調べてみたけど、特にドレスコードがあるようなお店ではないようだけど、周りから浮かないレベルの服装はしていかないといけないだろう。
結局決まらなかったので、神崎くんと食事に行ったときに着ていた服で行くことにした。
当日の朝、私は早めに起きて身支度を整えた。
いつもより時間をかけてメイクをして、髪も丁寧に巻く。
鏡に映る自分を見て気合いを入れる。
「うん、これならたぶん大丈夫でしょ」
家を出る前、もう一度スマホでお店の場所を確認する。
時間には余裕を持って、私は家を出た。
お店に着いたのは、待ち合わせの十五分前だった。
早く来すぎてしまったかもしれない。そう思いながら店の前で待っていると、後ろから声をかけられた。
「玲奈ちゃん、お待たせ」
振り返って、思わず息を呑んだ。
ダンジョンで会った時に着ていた動きやすそうな服とは全然違い、上品なワンピースに身を包んだ涼子さんが立っていた。髪もきちんとセットされていて、化粧は控えめだけど華やかだった。
「涼子さん……なんか、印象が全然違いますね。すごく綺麗です」
「あら、そう? たまにはこういう格好もするのよ。ありがとう。そういう玲奈ちゃんもかわいいわね」
涼子さんはそう言って軽く笑うと、私を連れてお店の中に入っていった。
案内された席に着くと、店員さんがメニューを持ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「一番下のコースを二つでお願い」
涼子さんが迷いなくそう告げたので、私は慌てて口を挟んだ。それって一番高いコースじゃない。
「え、待ってください、それって……」
「あ、苦手なものとかある? もしあったら言ってね。支払いは気にしなくていいから。今日は私が呼んだんだし」
断ろうとしたが、涼子さんは「大丈夫よ」と、軽く手を振って取り合ってくれなかった。
結局、そのまま押し切られる形で、一番高いコースを二人分頼むことになった。
飲み物を聞かれた涼子さんは、迷わず炭酸水を選んでいた。一応私もそれに合わせておくことにする。
てっきりお酒を飲むのかと思ったが、もしかすると苦手だったりするのだろうか。
「涼子さんはお酒飲めなかったりするんですか?」
「この後仕事なのよ。だから飲めないの」
やっぱり忙しい人なんだな。
そう言ってメニューを閉じると思ったら、涼子さんは追加でアラカルトのページを開き始めた。
「あ、これも美味しそうね。追加しちゃいましょう。これとこれ、あと、これも」
「え、コース頼んでますよね!? そんなに食べるんですか?」
驚いて聞くと、涼子さんはにっこり笑って答えた。
「二人なら余裕よ」
もしかして、私が大食いだと思われてるのだろうか。私はドキドキしながら黙って、注文を次々にしていく涼子さんを眺めていた。
そして目の前には、次々に運ばれてくる料理を難なく食べていく涼子さんがいた。
私はあっけに取られつつも、近況をあれこれ質問されたので答えていく。
「最近はどう? ちゃんと稼げてる?」
「はい、なんとか。この前、シカメレオンを一日で二体仕留められたので、魔石以外の収入だけでもやっていけるかなって」
「へぇ、すごいじゃない。あいつ見つけるの大変じゃない……どうやって倒してるの?」
私は、シカメレオンの動きの速さや角の硬さ、それに何度も避けられて苦戦していることを話し、それでも何度も殴るか側頭部を強打することで沈めていることを説明していった。
「なかなかやるわね。魔装もちゃんと育ててるんでしょ?」
「はい、少しですけど。ただ……」
言いかけて、私は少し言葉を濁した。
「ただ、何?」
「実は、雷属性の魔石が全然手に入らなくて。白浜ゲートだと、ハチの魔物くらいしか落とさないらしいんです。でも、危なくて手が出せないんですよ」
涼子さんは箸を止め、少し考え込むような顔をした。
「魔石かぁ……なるほどね、それならいい解決方法があるわよ」
涼子さんは、悪戯っぽくにやりと笑った。
「私の同盟に入ればいいのよ」
「え、同盟、ですか?」
同盟には入りたいと思っていた。けれど、今まで誘いを受けた同盟に女性がいなかった。
ワルキューレのような女性が多い場所がいいとは思っていたけれど、涼子さんがいる同盟ならいいかな、と思った。
それにしても、なぜ魔石と同盟が関係するのだろうか。
「そう。うちの同盟に入れば魔石の融通もできるし、いろいろな支援をすることができるわ」
涼子さんはそう言うと、バッグから一枚のカードを取り出して、テーブルの上に滑らせた。
名刺だった。
白地にシンプルな紋章が入ったそれには、こう書かれている。
――ワルキューレ所属 サブリーダー 冬木 涼子――
「え……」
そこに乗っている文字と涼子さんの顔を、交互に見比べる。
すべてが突っ込みどころ満載だった。
全国唯一の女性だけの同盟。福岡に拠点を持つと聞いていた、あのワルキューレ。
そして、あの掲示板に書かれていた、あの二つ名。
「涼子さんって、もしかして……『暴食の冬木』って呼ばれてたりします?」
恐る恐る聞くと、涼子さんは片眉を上げて、悪戯っぽく笑った。
「あら、その呼び方、誰に聞いたのかしら」
あ、これは聞いちゃダメな奴だ。つまり、もう一つの名前は声に出してもいけない。そう私の脳内に警告音が鳴り響く。
なんとか誤魔化さなければ……
「……い、いいえ。ちょっと掲示板で見かけたもので。それより、ワルキューレの方だったんですね。その同盟はずっと気になってたんですよ」
「あら、ワルキューレのことは知ってたのね。リーダーの獅子堂茜と私で立ち上げた同盟なんだけど、女性探索者の支援を目的とした同盟よ。きっと玲奈ちゃんも気に入ってもらえると思うんだけど。どうかしら」
そろそろどこかに所属しないといけないと思っていたし、ワルキューレがいいと思っていた。
渡りに船なので、断る理由はなかった。
それにしても、サブリーダーだなんて。そんなに偉い人だとは思っていなかった。
「ありがとうございます。はい、私でよかったら入らせてもらいたいです。ただ、同盟って何をすればいいのかもわかっていないんですが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫よ。その辺はほかにもメンバーがいるから少しずつ教えてもらえば問題はないわ。と言っても、まだ東海エリアの支部が完成してないから、まともに機能し始めるのはもう少し先になりそうだけどね。それまでは私がこっちに居られるからいろいろ教えてあげられると思うわ」
正式に同盟に入会するのは、支部設立後という話になった。
それまでは、仮入会という形で、支援は受けられないがメンバーとパーティを組む許可が下りるらしい。
パーティを組むのに許可がいるとは思わなかったので驚いた。
「東海支部のメンバーは追々紹介するとして、一人だけ先に会わせておきたい子がいるのよ」
「え、どんな人なんですか?」
「桐谷灯里っていう子でね。今回の東海支部が立ち上がったら、その子に任せるつもりだから、玲奈ちゃんの上司的な感じかしら。同盟は会社とは少し違うから上司とはまた違うんだけどね。玲奈ちゃんより歳は下だけど、気さくな子だからすぐ仲良くなれると思うわ」
どんな人なんだろう。想像もつかないけど、少し楽しみになってきた。
「今度、一緒にダンジョンに行くときに、その子も連れていこうと思うんだけど、いい?」
「はい、ぜひお願いします」
「まだ玲奈ちゃんがどれくらい動けるのか、ちゃんと見たことなかったからちょうどいいわ。それを見つつ、パーティでの動き方とか、探索の基本的なところも、灯里と二人で教えられたらと思ってるの」
「よろしくお願いします」
なんだか、初のパーティで緊張するけど、涼子さん達とダンジョンに行くのがすごく楽しみになってきていた。
デザートの皿がテーブルに並ぶ頃には、話題はすっかり世間話に戻っていた。
「そういえば、玲奈ちゃんの出身ってどこなの?」
「あ、実家は名古屋市なんです。今回、人生で初めての引っ越しでこっちに来たんです。まぁ、ほとんど距離的には離れてないんですけど」
何気なく答えると、涼子さんは一瞬、フォークを持つ手を止めた。
「名古屋……」
考え込むような顔で、視線が宙をさまよう。
「名古屋在住なら、通える範囲のゲートって、白浜ゲートか、岐阜市のゲートくらいのはずよね。岐阜市は灯里のホームでもあるから、場所はよく知ってるけど、距離的には白浜の方が近いわよね。なら普通なら白浜に通うのはおかしくないわよね?」
独り言のような呟きに、私は首をかしげた。
「あの、それが何か?」
「ん……ちょっと待って」
涼子さんは眉を寄せたまま、こちらをじっと見つめてきた。
「玲奈ちゃんのその魔装、どこで見つけたの?」
唐突な質問に、答えようとして、自分が言ったことの意味を理解し、心臓が跳ねた。
「え、えっと……」
「話を聞く限り、白浜ゲートじゃドロップしないと思うのよね」
魔装の属性は、ドロップした魔物の属性と同じになる。もしくは宝箱でしか手に入らない。そう涼子さんは説明した。
でも、さっき私は、白浜ゲート周辺には雷属性の魔石を持つ魔物がほとんどいないと嘆いたばかりだった。それに、この魔装を手に入れたのは、白浜ゲートに通い始める前のことだと以前話してもいる。
……あ。
だとすると、宝箱で見つけたか、買ったか、それとも別のゲートで手に入れたことになる。
もし、岐阜市のゲートで取得していたとしても、女の子があそこで活動したら、必ず灯里さんのホームだから目に留まらないはずがない。しかし、そんな報告はなかったから岐阜のゲートではないとのことだった。
「もし買ったのだとしても、魔装は基本、定期開催のオークションに出るものなのよ。あそこに出てくる品は、一通り目を通してるつもりなんだけど……玲奈ちゃんのは見た記憶がないのよ」
「う……」
「それに、その超近接タイプの魔装。すごく珍しいのよね。人気があるわけではないけどオークションで出ていたら逆に目立つと思うし。見たら忘れないと思うんだけど……」
「ぅい……」
「他の同盟経由で手に入れられないこともないけど、その場合は一度同盟に入らないといけないから、この短期間じゃ不可能だと思うのよね。それに、以前魔物から偶然手に入れたって言ってなかったかしら……」
「うぇ……」
涼子さんの目が、探るように私を見つめてくる。
まずい。
どうしよう。
このままだと、家にゲートがあることがばれてしまう。
誤魔化そうか、それとも――
考え込んで黙り込んでしまった私を見て、涼子さんの表情が変わった。
「……もしかして、何か言えない事情でもあるの?」
心配そうな、でも少し探るような視線。
涼子さんに、嘘はつきたくなかった。
覚悟を決めて、私は本当のことを教えることにした。
「あの……あまり人に言わないでほしいんですけど」
「大丈夫よ、どんな理由だったとしても、言いふらしたりしないから」
涼子さんは、安心させるように笑ってくれた。
その顔を見て、私は小さく息を吸ってから、打ち明けた。
「実は……私の家に、ゲートがあるんです。それがきっかけで探索者になった感じで……そこに出るペンギンドッグから入手しました」
涼子さんの顔が固まった。
「……ん?」
涼子さんは、笑顔が張り付いたように表情が固まったまま、ぎこちない感じで話し始めた。
「家に……ゲート?玲奈ちゃんは何を言っているの?ん?聞き間違いかしら。ごめんなさいね。私ちゃんと聞き取れてなかったみたい。もう一度教えてくれるかしら」
だんだんと顔の表情が消えてきている。怖い。
「あ、あの。だから家にゲートがあって、そこから……」
「そんなバカな!」
私がすべて説明をする前に、急に立ち上がって大声を上げる涼子さん。
その顔からは既に余裕がなくなっているように見えた。
周りの席から視線が集まるのがわかったが、涼子さんはそれどころではないようだった。
厳しい目つきになり、にらめつけるように私を見ていた。
怖い。
やっぱり話さない方がよかったのかしら。
「そんな…… 家にゲート? そんなことが……あり得るの?――いや、待って、落ち着きなさい私!」
両手で頭を抱えて独り言を言い始めた。
すると、お店の人が「どうかされましたか?」と心配そうに伺いに来ていた。
気づいていないのか、涼子さんはそれどころではないようで、ずっとぶつぶつと何かをつぶやいている。
私は、店員さんに「すみません。ちょっとびっくりして声が出ちゃったみたいで」と説明して下がってもらった。
「玲奈ちゃん。そのゲートってまだ家にあるの?」
「は、はい……あると思いますけど」
涼子さんは片手で額を押さえて、深く息を吐いた。
しばらくそのまま黙り込んでいたが、やがて何かを堪えるように、テーブルの下でぐっと拳を握るのが見えた。
「……ごめんなさい、取り乱したわ」
深呼吸を一つ挟んで、涼子さんはさっきよりも落ち着いた声で言った。それでも、まだ目の奥に興奮の色が残っている。
「一つ、確認させて。そのゲート、今はどうなってるの?」
「特に何もしていないので、たぶん変わらず部屋にあるかと……」
「最後に入ったのは、いつ?」
いつもと違う、真剣な声だった。
「えっと……こっちに来てからは入っていないので、もう一月くらい入ってないと思います」
涼子さんは、目を閉じてしばらく考え込んだ。
「一月……なら、まだ猶予はあるはずね」
「猶予、ですか?」
聞き返すと、涼子さんは少し声を落として、周りを気にするように顔を近づけてきた。
「ここだけの話だけどね」
涼子さんは周囲を気にしながら、私にだけ聞こえる程度の声で話し始めた。
「ゲートって、長い間誰も入らないままだと、消えるって言われてるの。以前から、いくつもゲートが消えていることはニュースになったりもしているから知ってると思うんだけど、その理由は諸説あってね。確証はないんだけど、うちの同盟では時間が原因だと考えているの」
「え……ゲートって放置すると消えるんですか」
初めて聞く話に、私は息を呑んだ。
「そう。だから、玲奈ちゃんの家のゲートも、あんまり長く放っておくと、消えちゃうかもしれないってこと」
ゲートが消えるかもしれない。
そう聞いても、私の頭に浮かんだのは、もったいないな、という間の抜けた感想だけだった。
これがどれだけの意味を持つことなのか、その時の私は、まだちゃんとわかっていなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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