さすらいの暴食
朝の訓練を終えて休憩室に戻ると、小春が人数分のコーヒーを淹れているところだった。
「涼子さん、お疲れさまです。今日はブラックでよかったですか?」
「うん、ありがとう」
受け取って一口飲む。小春の淹れるコーヒーは、いつも変な癖がなくて飲みやすい。
茜はというと、椅子にだらしなく座っている。足まで組んで、完全にくつろぐ体勢だ。
「涼子、さっきの新人さ、筋よかったじゃん」
「まぁ、筋はいいと思う。あとは慣れね。私がもう少し面倒見てあげようかな」
「教育は涼子に任せられて助かるわー。オレはそういうの向いてないし」
茜はそう言いながら、コーヒーをすすっている。
もとより茜は体を動かすのが専門で、細かい指導は苦手なタイプだ。
教育まわりは、いつの間にか私の担当になっていた。
小春はというと、自分の分のコーヒーはそこそこに、パソコンと睨めっこしている。
この子は現場に出るより、こうして数字や書類と向き合っている方がずっと落ち着くタイプらしい。
「小春もこっちきて飲みなさいよ、休憩中なんでしょ?」
「大丈夫です、確認してるだけですから」
そう言いながらキーボードを素早く叩いていく。
しばらく他愛のない話をしていたところで、茜がふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、涼子、今週なんか予定入ってたか?」
「特にはなかったと思うけど。なんで?」
「愛知のゲートなんだけど、ちょっと視察に行ってきてくんない? ダンジョンの中に飲食店ができたってニュースになってただろ。あれの視察してきてほしいんだわ」
「ああ、話題になってたあれね」
わざわざ説明されなくても、それがどこのことかはすぐにわかった。
日本初のダンジョン内の飲食店ということで、界隈ではちょっとした有名店になっている。
「東海地区って、うちの子はまだ少ないじゃない。ちょっと頼めそうな子がいないのよ」
「それは分かってるわよ。もう少し増えてくれると拠点を作れるんだけどね」
「でしょ。ダンジョンの中で素材の売買もできるようになってきてるらしいし、今後のことを考えると名古屋辺りに支部を作ることも考えなきゃいけないしさ。だから、ダンジョンにできた店の視察も兼ねて、ちょっと見てきてほしい。って小春が言ってた」
でしょうね。茜がそこまで考えてるとはこれっぽっちも思っていなかった。
私はちらっと小春を見ると、まだ画面と睨めっこしていた。
「なるほどね、まぁ、いいわよ。誰か連れて行った方がいい?」
「涼子なら一人の方が動きやすいでしょ? 連れていきたかったら、好きなの連れて行って構わないから」
おそらく話をしたら付いていきたいというメンバーは多いだろうが、逆に私の仕事が増えそうなので断っておいた。
「あ、その件ですが、レポートは幹部共有フォルダの方に提出しておいてくださいね。できれば写真付きでお願いします。内容によっては、すぐに支部設立に向けて動かないといけないですから」
パソコンと睨めっこしていたはずの小春から面倒な仕事を任されてしまった。
茜がにやりと笑う。他人事だと思って面白がっているようだ。
すると、小春がキーボードを打つ手を止めて、こちらを見た。
「交通費はこちらで出しますので、領収書だけ忘れずにお願いします。日程に関しては、日帰りでも一週間でも、涼子さんの都合に合わせてもらって大丈夫ですよ」
「了解。じゃあ、明日にでも行ってみるわね」
「よろしく~」
「よろしくお願いします」
窓の外は、朝からよく晴れていた。久しぶりに一人で遠出をするのも、悪くないなと思った。
◇
次の日、新幹線を降りると、名古屋の空気はいやに湿度が高くて蒸し暑かった。
ホテルにチェックインして荷物だけ置くと、身軽になった私はさっそく駅前へ繰り出した。
「さて、と……早速、何から行こうかしら」
せっかく名古屋まで来たんだ。まずは美味い物を食べることも、私の仕事のうちだ。
目当ては決めていた。まずは、うなぎだ。
福岡もうなぎ屋はたくさんあるが、名古屋とは違って蒸すのがメインのお店が多くて楽しみ方が違うのだ。
私は駅から少し歩いた所にある店に入り、ひつまぶしを三つ注文する。
「お待たせしました、ひつまぶしです」
運ばれてきたお櫃が三つ並ぶと、それだけで壮観だった。
「ふふ、いい香り……最高ね」
一つ目はそのまま、二つ目は薬味を乗せて、三つ目はお茶漬けにして。三通りの食べ方を、三つの御櫃でそれぞれ味わい尽くす。これがひつまぶしへの礼儀だと、私は勝手にそう思っている。
「……はぁ、満足した」
あっという間にすべて空になったお櫃を見て、店員さんが少し驚いた顔をしていたけれど気にしない。
おいしいものは好きなだけ食べる主義なのだ。
「ごちそうさまでした。……よし、次」
うなぎ屋を出てすぐ、今度は味噌煮込みうどんの暖簾をくぐった。
硬めの麺に、赤味噌の濃いスープ。土鍋のまま出てくるので、猫舌の私はふうふうと冷ましながらも、あっという間に一鍋を平らげてしまう。
「あつい……けど、これがいいのよね」
三軒目は、あんかけスパゲッティだ。
大盛りでも一人前かと思うほどのボリュームのある店だったが、気づけば大盛りを五皿も食べてしまっていた。
あんかけスパゲッティのようなご当地グルメが大好きなので、必ず食い溜めをしていくのが自分の中のルールでもある。
福岡にも、もっとあんかけスパが流行ってもいいと思うんですけどね。このジャンクな感じがまたたまらない。
「福岡では食べられないものがこんなにあるなんて、恐ろしい街だわ……」
通りすがりの店員さんに、この細い体のどこにそれだけ入るのかと驚かれるのも、もう慣れっこだった。
探索者になってから、ある事情からいくら食べても満足できない体になってしまって、私も困っているくらいなのだから。
ただ、嫌だと思ったことはないですけどね。
その後も、味噌カツにきしめん、どて煮に手羽先など、気になる店を片っ端から巡っているうちに、気づけば夜になっていた。
「……さすがに、今日は食べすぎたかしら」
やっと満腹になったところで、ホテルに戻って一息ついた。
腹ごしらえが済んだので、あらかじめ連絡していた東海地区のメンバーと落ち合うことにした。
待ち合わせ場所に現れたのは、半年前にワルキューレに入った後輩だった。
時々福岡にも顔を出してくれる子で、私に懐いてくれているので話が早い。
「うーん、やっぱりこっちにも拠点になる支部はほしいわよね」
「そうですね。三重や滋賀のメンバーも言ってましたが、支部はあるとありがたいです。ただ、まだたったの三人だけですからねぇ。なければ活動ができないってわけでもないですし」
「それだとあなた達が同盟に入っているメリットがないでしょ。こっちでも拠点はちゃんと作ることを考えているからもう少しだけ待っててね」
「はい。ありがとうございます。でも、勧誘が無くなるだけでもありがたいと思ってますよ。魔石も融通してもらってますし」
東海地区のメンバーはいい子ばかりなだけに、早く同盟としてもっと活動の支援をしてあげたかった。しかし、なぜか東海地区は極端に女性探索者の数が少ない。その理由は分かってる。ゲート発生直後に一番犠牲者を出したのが、この東海地区だったからだ。
それも愛知は断トツで死者数を数えていた。その影響から、人口当たりの探索者の数が全国的にもかなり低いのだ。
福岡だけは、もともと女性の比率の方が多いという珍しい都市の性質上メンバーをそろえやすかった。関東も人口が多い分集めることができたし、関西も大阪を中心に集めることができた。
中国地方は福岡組が気楽に遠征ができる距離でもあった。
そこで東海組だけが割を食っている形になってしまっているのだ。
時々大阪組に遠征してもらってはいるが、過去の犠牲の影響から周囲の人から探索者自体への印象が悪いことでなかなか広がっていかない問題があった。
ここに拠点ができるまでは、東北や北海道に地盤を広げることはしないとリーダーである茜が言っているので、早く作りたい事情もあった。
だからこそ、茜も今回は本気で支部づくりを進めようと思っているのだろう。
今回は拠点の話以外にも、愛知のダンジョン事情や探索者たちの雰囲気、拠点になりそうな物件の相場まで、いろいろと教えてもらえた。
次の日、私は不動産屋を回ったり、紹介してもらった探索者仲間に会って話を聞いたりしているうちに、さらに三日が過ぎていた。
「……なんか、視察って名目で観光してるだけの気がしてきたわ」
苦笑しながら、そんな独り言がこぼれる。とはいえ、収穫はちゃんとあった。あとは目的だったタスクを片付けるだけだ。
ようやく本題である例の河川敷のゲートへ向かった。
「……お、結構賑わってるわね」
噂に聞いていた通り、公園には多くの人が行き交っていて、屋台の匂いや話し声で賑わっている。
「なるほど、これだけ大きなゲートがあれば、確かに開発し甲斐があるわね」
早速ダンジョンに入ってみると、思った以上の開発具合に驚いた。
ここまでゲート前の開発が進んでいるのは、世界的に見ても少ないだろう。
これだけの規模になると、この地域にある大企業が後押ししているのが想像できる。
すると、目の前に目を見張る人物がいた。
その子は、女性でありながら一人で自分の身長以上もあるシカメレオンを道具も使わずに運んでいたのだ。
私や茜くらいになれば、そこまで難しいことでもないけれど、これだけの熟練度を持つ女性探索者がいるのに、私たちの情報網に引っかからずに探索をしていたことに驚いた。
ある程度活躍している女性探索者なら、私たちが知らないはずがないからだ。
私は声をかけようかと思ったのだけれど、その子はすぐに解体所の方へと行ってしまった。
帰りにでも声をかけようと思い、まずはお店の視察を優先させた。
すでに行列ができている横を通って、お店の中に入っていく。
事前にお店の方には視察をすることを伝えていたので、邪魔をしないように声をかけて店の中を見て回らせてもらった。
どうやら、元料理人だった人が魔物肉の魅力に惹かれ、ダンジョン料理をミルチューブで紹介していたらしい。その人をスカウトしてきて回しているそうだ。
最初からかなり人気になってきて、今では有名ホテルのシェフなんかもスカウトしてきているらしい。
料理を見たが、どれもおいしそうで涎が止まらなかった。
今回は視察なので我慢したが、今度ちゃんと食べに来ようと心に誓った。
そして、軽く視察も終わり、解体場の方を視察をしようとお店を出た所だったが、少し離れた場所で何やら勧誘で揉めているような声が聞こえてきた。
「……ここでも迷惑な勧誘している人がいるのかしら」
全国の探索者の中で、無理な勧誘はマナー違反だという共通の意識がある。
それなのに、未だに強引な勧誘でトラブルになる話はよく聞く。
狙われやすいのは、決まって女性の探索者だ。
女の子が困っていたら放っておかない。それは、ワルキューレを結成して以来、当たり前にしてきたことだった。
「……またなのね」
また例のパターンかと、声のする方へ足を向ける。
案の定、若い女性が男性二人に挟まれるようにして困った顔をしていた。
「まったく……どうして、こう男っていうのは」
女性の方は、困った顔をしながらも、下を向かずにちゃんと相手の顔を見ている。
それだけで、芯の強い子だと分かった。
というか、さっきシカメレオンを担いで運んでいた子だった。
「同盟には所属していますか?してないですよね?」
「もしよかったらうちの同盟に入りません?」
「待遇よくするんで希望があればおっしゃってください。できるだけのことはしますので」
答える隙も与えず、交互に質問だけが重なっていく。
私は眉間にしわを寄せた。
「あの、私は――」
これ以上見ていられなかった私は割って入ることにした。
「ちょっと、あんたたち!」
二人が同時に振り返る。
「やめなさいよ。困ってるじゃない」
「いや、俺たちは別に、そんな……」
「無理な勧誘はマナー違反よ。嫌がってるのだって見ればわかるでしょ。ほら、解散解散!」
語気を強めると、二人は気まずそうに顔を見合わせてから、そそくさと離れていった。
私のことを知らないようだったが、胸に付けているワルキューレのエンブレムを見て諦めたようだ。
この手の男は、強く出れば大抵引く。慣れたものだ。
残された女性は、あっけにとられた顔でこちらを見ていた。
私は笑いかけて、軽く手を振る。
「ごめんね、いきなり。ああいうの、見てられなくて」
「あ、いえ……ありがとうございます、助かりました」
「もしかして、一人で潜ってるの?」
「はい、そうです」
「へえ。さっき見てたけど、あのシカメレオンを一人で? やるわね」
装備をよく見ると両手に魔装を付けているのがわかる。面白い武器を使っているようだ。
属性が雷の魔装。シカメレオンをソロで倒せるほどの実力者ということは、おそらく探索者歴は半年以上だろう。
それにしても、これだけの実力なのに同盟に入っていないことが不思議だった。
フリーだと先ほどのようなことは日常茶飯事のはずだが、周りもこの子を初めて見るような感じで勧誘していたし、別のエリア出身の探索者なのだろうか。
まぁ、それでも余計なお節介だったかな。きっと実力で黙らせるタイプなのだろう。
「私は涼子。今日は視察できてたんだけど、ホームはここじゃないのよ。よろしくね」
「あ、私は白瀬です。白瀬玲奈」
「玲奈ちゃん、か。……ソロでここまでやれてる女の子は珍しいわね。もしかして、その両手に嵌めてる魔装の能力のおかげかしら」
「あ、えっと。その……」
言葉に詰まる様子を見て、しまったと思う。
魔装は高価なため、あまり周りに情報を出したくない人は多い。そのため、魔装の詮索もマナー違反だった。
同盟内の身内では魔装の能力について気軽に話しているので、そのノリで聞いてしまった。通常は魔装の能力を詮索することもマナー違反だというのに、さっきの連中を悪く言えないな。と反省した。
「ああ、詮索するようなこと言っちゃったわね。無理に聞いちゃってごめんなさい」
「い、いいえ……こちらこそすみません。探索者の方と話したことがあまりないもので緊張してしまって」
その返事に、違和感を感じた
持ち物から、そこそこ長くやっている探索者に見えるが、どんな秘境のエリアで活動をしていたんだろうか。
今全国のゲートで、探索者と関わらずに探索ができるゲートはほとんどない。
それこそ自衛隊に管理されているようなゲートでなければだ。
「話したことがないって……探索者の経験はどのくらいなの?」
「えっと、まだ一週間とちょっとくらいですかね」
「一週間!?」
声が裏返るのが自分でもわかった。
一週間なんて、初心者と言っていいレベルだった。
それが、魔装を持っていて、ソロでシカメレオンを討伐している。明らかに普通じゃない。
いや、もしかしたらお金持ちのお嬢様で魔装も購入したものかもしれない。
しかし、そうだとしたら、同盟に入っていないことが納得がいかなくなる。
どうにも納得がいく理由が私は思いつかなかった。
「へ、変ですかね?」
「変というか……驚いたわね。少なくとも半年以上は潜ってるのかと思っていたわ。魔装も持ってるしね」
「この魔装は、偶然魔物から手に入れただけで、まだ探索者のこともあまりわかっていないんです」
つまり、魔装は自力で見つけたということか。
なんてことのないように言うけど、それがどれだけ運と度胸の要ることか、この子は分かっているんだろうか。
いえ、これは分かっていない顔ね。
二年前、右も左もわからないまま興味本位で潜っていた自分の姿が、少しだけ重なって見えるほどの無謀さだ。
「誰か付き添ってくれる人はいなかったの?」
「いえ、周りに探索者がいなかったので」
「そう……女の子の探索者って少ないから、周りからじろじろ見られて嫌じゃない?」
「あんまり気分のいいものではないですけど、しょうがないのかなって諦めてます」
その諦め方に、ちょっとだけ胸が痛くなる。
ダンジョンの中は無法地帯のようなものだ。女性が魔物以外で犠牲者を出したことなんて珍しくもないし、体験もしている。
こういう子は、誰かが守ってあげないと、上級者の餌食になってしまうこともよくあることだ。
まだ一週間ということは、魔装もまだ進化前のはず。
ちょっと珍しい格闘タイプのようだけど、進化前の魔装を持っているというだけで危険度は跳ね上がるのだ。
今すぐに何かがあるわけではないだろうけど、メンバーに情報共有だけはしておかないといけないわね。
できれば、うちの同盟に入れてあげたいけど、さっき勧誘を注意しておいて、私がそれをしてしまうのはよくない。
タイミングがあれば誘う。その程度に考えて置くことにした。
東海地区には、きっとこういう子はまだまだいるはずだ。そう思うと、ワルキューレの東海支部の設立を早急に進める必要がある。
私は強くそう思った。
少し歩いたところで、振り返ってみる。玲奈ちゃんは、まだこちらに小さく頭を下げていた。
「……もう少し待っててね」
思わず、独り言が漏れる。
実力も、度胸も、女の子でここまでやれる子は少ない。
すぐに勧誘するつもりはないが、次に会うその時は、もう少し踏み込んで話してみたいと思った。
◇
二日後、私は福岡の本部に戻っていた。
事務室には茜が一人だけ座っている。
小春の姿はなく、他のメンバーも訓練所か休憩所にいるのか、辺りは静かだった。
「ただいま」
「おかえり。早かったな」
茜はパソコンの画面から顔を上げると、椅子を回転させてこちらを向いた。
私は手土産に買ってきた手羽先スナックの袋を、小春の机にそっと置いた。
あの子、こういうお菓子系は絶対喜ぶタイプだしね。
「愛知のこと、大体はレポートに上げといたけど見てくれた?」
「見たぞ。大まかな流れは把握してるつもりだけど」
「向こうの探索者たち、うちとは雰囲気がちょっと違ったわね。昔より人数も多くなってたし、活気はあるけど、部活動の延長というかなんというか。緊張感が緩いという感じかしらね。あまり攻めた探索をしている人は少ない感じだったわよ」
「へえ」
「あと、あの飲食店。思ったより面白いわね。食べてきたけどおいしかったわ」
「画像で見たが、見た目は普通のカフェって感じだったな」
「店の横で、探索者から直接食材を買い付けるのはいい考えだと思ったわ。それをお店で出すってアイデアはいいと思う」
「それは読んだが、普通のシェフが料理してるんだって?」
「ええ。開店当初は元料理人の探索者だけだったみたいだけどね。周辺で獲れる魔物の素材で作れるメニューを何種類か用意して、入荷次第で出せるものを変えてるみたい。だから、目当てのメニューが売り切れてたのもあったんだけど……食べられた分は、全部食べてきたわ。あれは流行るわね」
「ダンジョンに探索者でもない人間が普通の恰好で出歩いているってのが、違和感がすごいな」
「そうね。あと、開発のスピードも想像以上だったわ。あそこまでやるとなると、たぶんそれなりの企業が絡んでるはずよ」
「まぁ、そうだろうな。最近の法改正で企業もダンジョン関係に乗り出しやすくなったのは事実だし」
「うん。今後、素材の販売ルートはもっと増えると思う。ダンジョン開発競争も、これから激しくなっていくんじゃないかしら」
「そうだろうな……うちらとしては喜ばしいことなんだが」
「そうなると、魔物の素材の価値も今よりずっと上がっていくし、同盟内での流通網をもっとしっかり作っておいた方がいいと思うんだけど。この辺は小春が何か考えてくれてるでしょ」
茜は腕を組んで、しばらく黙って考え込んでいた。
「それと、向こうの子から支部の話も聞いてきたわよ」
「ああ、どうだって? 支部を作るとなるとあいつらの協力は必須なんだが」
「東海地区のメンバー全員、やっぱり集まる場所がなくて困ってるみたい。まだ三人だけだから活動自体は支障ないとは言ってたけど、こっちに気を使ってるのもあるだろうし、早く作った方がいいのは間違いないわね」
茜は少し目を伏せて、指先で机を軽く叩いた。
「わかった。東海支部設立は本格的に動くことにする。流通網もそうだが、規模を大きくしていかないと他の同盟に飲み込まれかねないからな」
最近は、同盟の合併なども頻繁に行われ、上位の同盟に下位同盟が抗おうと必死になってきている。
同盟が大きくなれば、それだけ得られるものが増えることになり、さらに、ここに来て捨てていた魔物の素材も有用になる可能性も出てきた。そうなると、さらに、ゲートでの利益の取り合いが激化するだろう。
現在特定のゲートを独占できている同盟は少ない。
ワルキューレも例外ではなく、ゲートの独占には至っていない。
ゲートが独占できると、得られる利益も計り知れず、巨大同盟には必須の条件でもあった。
しかし、ゲートは基本的にランダムに出現するとされていて、公園や空き地などの開けた場所にしか出現しないことも独占のハードルを上げている原因でもある。なかなか、隠して置けるものでもないし、私有地に出現すると、資本を持っている同盟が土地ごと買い上げて独占してしまうのだ。
「福岡でのゲート独占にも失敗しているし、それなら、愛知のゲートにもっと力を入れてもいいと思うのだけれど。あそこなら独占はできなくとも利益はかなり上げられるはずよ」
「福岡だと、開発できそうなでかいゲートも無いからなぁ。ゲートが小さくても独占できればウチもさらに強化できるんだけどなぁ。たしかに、今は愛知に集中した方がいいのかねぇ」
「そう思うわ。だから、しばらくは私が現地に張り付いて支部設立に動こうと思うのだけどいいかしら。その方が早いと思うし」
「……涼子、なんかやけに前のめりじゃないか? 何かあったのか」
茜が、探るような目でこちらを見てくる。
こういうところは、ほんとうに鋭いんだから。
「べつに。ちょっと気になる子がいてね、その子とまた会いたいってだけよ」
「へぇ、涼子がメシ以外を気にするなんて珍しいな、男か?」
「違うわよ。女の子だから同盟に誘いたいの。それより、支部の話を進めるわよ」
深く聞かれる前に、私は話を切り上げた。
今は玲奈ちゃんのことは隠しておくことにした。茜があの子の経歴を聞いたら、面白そうだからって仕事を後回しで名古屋に行っちゃいそうだからね。
茜は少し不服そうな顔をしていたけれど、それ以上は追及してこなかった。
「またしばらくは名古屋暮らしになりそうだけど、こっちは私がいなくても大丈夫よね?」
「別にいいぞ。あ、本格的に動くことになったら小春を呼べよ。こっちはほかの子で何とかなると思うから」
「わかったわ。じゃぁ、小春には伝えておいてね。私はこれからほかに用があるから。多分一週間後くらいに向かうことになると思うからそのつもりでね」
そういうと、私は事務所を後にした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もし「面白かった」と思っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、とても励みになります。ブックマークや感想もお待ちしています。




