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捨てられOL、ダンジョン入って牙を研ぐ  作者: 夢乃舞家


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16/30

束の間の休息

 それから一週間ほどが経っていた。


 河川敷のゲートに通う生活も、すっかり板についてきた。ハサミガエルとシカメレオンを狩る日々。

 最初は手こずったシカメレオンにも、だいぶ慣れてきた。

 角の硬さを避けて先に足を狙う、というコツを自分なりに見つけてからは、以前ほど苦戦することもなくなっている。


 狩って、魔石を取って、肉を売って、帰る。

 その繰り返しが、いつの間にかすっかり日課になっていた。


 そんな中で気づいたことがある。

 この森には、ハサミガエルやシカメレオンだけじゃなく、もっと小さい生き物もたくさんいるのだ。

 トンボみたいな羽虫がすいすい飛んでいたり、足元をちょろちょろ走るネズミみたいな小動物を見かけたりする。


 でも、探索者たちは誰もそれらに目もくれない。

 私も最初は気になっていたけれど、そのうち慣れて素通りするようになっていた。


 あるとき、休憩がてら屋台のおじいさんに聞いてみたことがある。

 ちなみに、おじいさんの屋台では焼きそばを作っていた。

 話次いでに焼きそばを購入させてもらい、食べながらの立ち話。


「あの小さい虫とかって、魔物じゃないんですか?」

「ん? ああ、あれかい。あれも一応、魔物ではあるよ」

「じゃあ、魔石も持ってるってことですか」

「持っとるよ。持っとるが……小さすぎて取るのが大変なんじゃよ」


 おじいさんいわく、あの手の小さい魔物の魔石は本当にごくわずかな量しかなく、わざわざ倒して解体する手間のほうが大きいらしい。

 時間をかけて捕まえたところで、売っても大した金額にはならない。

 だから、大抵の探索者は無視するのだという。


「まあ、中には物好きもいるがな」

「物好きですか」

「ああ。どれだけ小型の魔物だったとしても、風や雷なんかの高値のつく魔石を持った個体なら割に合うんじゃないかってな。それを狙って、虫取り網なんぞ持ち込んどる奴を見たことがあるよ。あとは、噂だが、指輪やイヤリングの魔装を持っていた個体が居たって話も聞いたことがあるでな。それを目的にしている輩もいるらしい。あまり効率的とは思えんがな」


 そう言われて、私もふと思い出した。

 確かに一度だけ、大きな虫取り網を担いだ探索者を見かけたことがある。

 あのときは何をしているのかわからず、ただの変わった人だと思っていたけれど、ちゃんと理由があったらしい。


「あの世界って、本当にいろんな生き物がいるんですね」


 単眼ウサギやペンギンドッグしか知らなかった頃とは、見える景色がずいぶん変わったものだ。


◇


 私が部屋の掃除をしていると、スマホが震えた。

 神崎くんからのメッセージだった。


『白瀬さん、やっと落ち着いてきたので、約束通り引っ越し祝いさせてください』

『今週末とかどうですか?』


 引っ越した日に、神崎くんに連絡をしたら落ち着いたら祝おうと言われていたのを思い出した。

 ただ引っ越しただけなのに、まさか本当に祝ってくれるとは思わなかった。


『ありがとう、嬉しい』

『大丈夫だよ』


 やり取りはすぐに終わり、土曜の夕方に待ち合わせることが決まった。


 既読をつけて画面を閉じたところで、私はふと自分の格好を見下ろした。

 このところ、ずっと戦闘服とジャージを着ている生活だった。

 鏡を覗き込むと、化粧っ気のない顔と、ぼさぼさの髪が映っている。


「……これは、さすがにまずいかも」


 探索者になってから一度だって美容室に言っていなかった。

 探索者としての生活に必死で、女子力なんてすっかり後回しになってしまっていたことを反省した。

 肌にも気を使っていなかったので、エステにでも行って整えておかなければならない。

 私は慌ててスマホで検索をかけ、近くのエステサロンを予約した。


 当日、案内された個室のベッドに横になると、施術が始まった。

 エステティシャンの丁寧な手つきに身を任せていると、いつの間にかうとうとしてしまう。

 施術が終わり、鏡の前に案内されると、担当してくれた女性が笑顔で声をかけてくる。


「お客様、お肌すごくお綺麗ですね。潤いがしっかりあって、羨ましいくらいです」

「あ、ありがとうございます……」


 お世辞だろうけど、悪い気はしない。

 最近ろくに手入れもしていなかったのに、そんな風に言ってもらえるなんて。


「何か特別なケアをされてるんですか?」

「いえ、特には……むしろ全然お手入れできてなくて」


 まあ、営業トークだろうし、深く考えなくていいか。

 私は鏡に映る自分の顔を見つめながら、密かにそう思うことにした。


 エステの帰り道、私は自分の髪を指でつまんだ。

 よく見ると、毛先が傷んでいる気がしてきた。

 お手入れくらいは今後ちゃんとやろうと思った。


 このあたりも十分栄えてはいるけれど、正直、技術のいい美容師となると、やっぱり名古屋に出たほうがいい美容師がいる。

 どうせ切るなら、腕のいいところで切ってもらいたい。

 私はスマホで名古屋の美容院を検索し、評判の良さそうな一軒を探し、明日が空いていたようだったので予約した。


 当日、電車に揺られて名古屋に着くと、懐かしさを感じていた。

 少し前まで、当たり前のように歩いていた街のはずなのに。


 予約していた美容院で髪を整えてもらうと、鏡に映る自分が、心なしかすっきりして見えた。

 美容師さんにも「髪質いいですね」と褒められて、悪い気はしなかった。

 あれだけ魔物と戦ってばかりで、ケアもしていなかったのに髪質がいいとはどういうことだろうか。

 もしかすると、仕事を休んでストレスが無くなった影響かもしれないな。


「……エステといい、褒められてばかりだなぁ」


 お世辞でもうれしかった。あとは、最近外には出ているはずなのに、人と話をすることがあまりないので、施術中などの会話が楽しかったのもあった。


 せっかく名古屋まで来たのだから、このまま帰るのはもったいない。

 そう思い、私は栄のほうへ足を向け、ウィンドウショッピングを楽しむことにした。


 久しぶりに、探索者としてじゃない自分の時間。

 気になるブランドの店を覗いたり、試着したりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。


 両手に紙袋を提げて、通りを歩いていたときだった。

 視界の端に、見覚えのある背中が映った。


 一瞬、目を疑った。

 でも、間違えるはずがない。


 亮くんだった。

 その隣には、早坂さんの姿もある。

 二人は肩を寄せ合うようにして、ショーウィンドウを覗き込んでいた。


 心臓が、どくんと大きく跳ねる。

 足が、その場に縫い付けられたように動かなくなった。


 あの日のことが、頭の中で一気に巻き戻る。

 修羅場になったあの日の悪夢が。

 忘れたつもりでいた感情が、腹の底から一気にせり上がってくるのがわかった。


「……なんで」


 声にならない声が、喉の奥で引っかかる。

 なんで、こんなところで。

 なんで、あんなに幸せそうに笑っているの。


 紙袋を持つ手に、無意識に力がこもった。

 このまま声をかけるべきか、それとも気づかれる前に立ち去るべきか。

 頭の中がぐちゃぐちゃなまま、私はその場から動けずにいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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