活動方針の策定
鏡の前で、新しい装備に袖を通す。
「……おお、いい感じだね。着心地もよし!」
仕立て直したばかりなのに、もう体の一部みたいにしっくりくる。
「……なんか、本当に探索者っぽくなってきたなぁ」
姿見に映る自分を見て、今までにこんな服を着た事がなかったので、不思議な感じがした。
生地自体はしっかりしているのに、柔らかくて動きやすい。
大切に使わないと、何度も買い直せるような物じゃないからね。
「よし、行くぞぅ!」
私は野獣の牙を両手に嵌めると、ダンジョンへと向かった。
もう何度も通った景色のはずなのに、新しい格好で立つと、なんだか少し新鮮に感じられる。
足元の草を踏みしめると、ブーツの底がしっかりと地面をつかんでくれる。
「確かに、全然違うわ……」
今までの安物のスニーカーは、踏ん張ろうとすると少し滑ることがあった。
これなら、着地でよろけることもなさそうだし走りやすい。
そんなことを考えながら歩いていると、近くに魔物の気配がした。
その方角へ歩いていくと、少し離れた茂みから単眼ウサギが飛び出してきた。
大きく跳んで、こちらに突っ込んでくる。
もう何度も見た動きだ。
私は落ち着いて体をずらして避け、すかさず胴体へ右ストレートをぶち込んだ。
骨の折れる音が響いて、ウサギの体が地面に転がっていく。
動きが止まったのを確認して、私は詰めていた息を吐いた。
「……やっぱり高い靴って意味があるんだね。以前よりも踏み込みがしやすくなった気がする」
新しいブーツのおかげか、足の裏がブレずにしっかりと踏ん張ることができた。
装備一つでこんなに変わるなんて、思わなかった。
私は倒したウサギを袋に入れ、さらに奥へと進んでいく。
草原の端まで来たところで、今度は別の足音が近づいてくる。
振り返ると、ペンギンドッグが一直線に駆けてきていた。
「やった!ラッキー」
私は、すれ違いざまに腹に蹴りを叩き込んだ。
鈍い音がして、ペンギンドッグの体が横倒しに転がる。
最初は殴るだけだったけれど、蹴りでも倒せることがわかってからは、すこし楽になった。
ただ、作業のように単調になってきていて、最近刺激が足りない気がしていた。
「はぁ……もうそろそろ別の魔物を倒したいなぁ」
飽きたわけではないが、この世界にはもっといろんな魔物がいるのに、ずっと同じものばかりももったいない気がしていた。
私はペンギンドッグを解体して黄色い魔石だけを取り出し、いつものように野獣の牙の水晶体に押し当てる。
石が溶けるように吸い込まれていく感触は、何度経験しても気持ちよかった。
「それに、もっと魔石がほしい」
魔装に変化らしい変化はまだ感じない。
もっと効率的に魔石を集める方法はないんだろうか。
そう思いながら、死体をまとめて背負い袋に詰め込み、私はゲートへと引き返した。
◇
それから二日間、私は魔物狩りを続けていた。
「このお肉たち……どうしよ」
朝起きてゲートをくぐり、ウサギとペンギンを狩っては解体する毎日。
新しい装備にもすっかり慣れて、動きに迷いがなくなった分、狩りにかかる時間もどんどん短くなっていった。
「今日は……ウサギ八匹、ペンギン二匹、か」
台所のテーブルに並べた獲物を数えながら、私はそうつぶやいた。
この二日間で狩れたのは、単眼ウサギが二十一匹、ペンギンドッグが五匹。
自分でもちょっと引くくらいの数になっていた。
解体を終え、肉を切り分けると冷蔵庫に入れて、私は手を止めた。
もう、肉を入れる隙間がない。
「……さすがにもう入らないよ」
扉を閉めながら、思わずため息が出る。
単眼ウサギもペンギンドッグも、肉自体はおいしいから食べる分には全く困らない。
問題は、一人分の食事で消費できる量なんて、たかが知れているということだ。
冷凍庫にもびっしり詰まっている。
動くようになったからか、食事の量は増えて来ているが、それでも消費が追い付かない。
女が一人で毎日十キロも二十キロも食べられるわけないのだから。
こういう時、女の子で大食いをしている子を羨ましく思う。
「……なんか、色々と限界かも」
肉のこともそうだが、今の生活でいろいろ思うところがある。
私はキッチンの椅子に座り込んで、しばらくぼんやりと天井を見上げていた。
「このままじゃ……だめだよね」
今の物足りなさが何なのか、自分ではわかっているつもりだ。
一番の問題は、家のゲートだけで活動を続けていることだった。
ここでゲートに入っていても誰とも会わないし、誰からも情報が入ってこない。あの三人組ともあれ以来会えていない。
同盟やポーターのことも、河川敷まで足を運ばなければ、きっと何も知らないままだったと思う。
このまま一人でこもっていたら、いつまで経っても現状から変化がないままになってしまう。
強くなるにも、稼ぐにも、他の探索者と接点を持たないと話にならない気がする。
「……でも、パーティって言われてもなぁ」
誰かと組むとなったら、当然、家のゲートを使うようになると思う。
そうなると、信頼できる相手ならまだいいけど、その場限りの臨時パーティを招き入れるのは気が引ける。
別に嫌というわけではないが、探索者の大多数が男性である現状、男を家に入れることは確実。
神崎くんだって、この前玄関までしか入ってきていないのだ。
なぜ、よく知らない男性を受け入れなければならないのか。
それなら、まず神崎くんを家に入れてから……。
「って、神崎くんとは何もないのに……私何考えてるのよ」
そうなると、別のゲートで活動するのがいいという結論になってしまう。
じゃあ、この家のゲートは今後どうするのか。
考えて見ると、魔物はそもそもゲートの外に出てこられない。つまり家に勝手に踏み込んでくることもない。
だったら、しばらく放っておいても実害はないんじゃないだろうか。
もう一つ、気になっていたのは肉のことだ。
冷蔵庫がいっぱいになった今、これ以上は捨てるしかなくなってしまう。
できることなら、売ってしまいたい。
河川敷のゲート内にできた、あの買取施設のことを思い出した。
少し調べてみると、買取対象は、他ゲートからの持ち込みを除いた魔物素材となっている。
「……え、そんなルールあるの?これじゃ売れないじゃない」
どうやら、あの施設で買い取ってもらえるのは、あくまで河川敷のゲート内で狩った獲物の肉だけらしい。
別のゲートで獲れた分は対象外。
理由を調べてみると、鮮度や個体の状態を保証できないから、ということだった。
言われてみれば当然かもしれないけど、正直、ちょっとがっかり。
「今ある分は自分で食べるしかないってことかな。あとは神崎くんに頑張ってもらうしか……」
今冷蔵庫に詰まっている分は、売ることは諦めて少しずつ消費していくしかなさそうだ。
そして、しばらくは河川敷のゲートに活動拠点を移すことにしようかな。
そこで狩った分は、そこで売る。
なら、一層のこと引っ越してしまうか。
あまりこの家から離れるのも嫌だけど、河川敷のゲートの近くに住んだ方が動きやすい。
たぶん賃貸物件もあの周辺なら多く出てるだろうし、それほど遠いわけでもないから、たまには帰ることもできる。
資金も魔石を売ればきっと大丈夫だし、賃貸ならなんとかなるんじゃないかな。
「……うん、それがいいかもしれない」
あの場に何度も通っていれば、自然と情報も入ってくるだろうし、もっと違う魔物と戦えるようにもなりたいんだよね。
そろそろ、閉じこもったままでいるのはもうやめようと思う。
今は時間を自由に使えるのだから、思いついたことをやったらいいんだよね。
私はそう自分に言い聞かせるように、行動に移すことにした。
◇
次の日、私は青い魔石を巾着袋に詰め込んで、電車に揺られていた。
今回はこんなに大量の魔石を一度に持ち込むことになるが、以前の金額を考えると、今いくらになるものを手に持っているのか。考えただけで怖くなってきた。
買取所に着くと、カウンターの奥にはあの職員がいた。
「いらっしゃいませ。……あ、また来てくださったんですね」
「はい、今日はちょっと量が多くて」
巾着袋の口を開けて、中身をカウンターに出すと、青い魔石がいくつも転がり出てくる。
職員は特に反応せず、いつものことのように一つずつはかりに載せていく。
このくらいの量を持ってくる人は普通にいるってことなのかな。
しばらく計量が続いた後、職員が電卓を叩いた。
「全部で123グラムですね。買取価格は、1230万円になります」
「……うへぇ」
思わず、間の抜けた声が出た。
前回もそれなりの金額だったけれど、今回はさらにその上をいっている。
たった三日でこんな数字になるなんて、自分でも信じられなかった。
私の年収を数日で超えてしまうなんて。探索者恐るべし。
というか、探索者がこれだけ稼げるなら、どうしてみんなやらないのだろうか。
無理をしなければ安全に稼げそうなのに。
「振込先は前回と同じ口座でよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
査定証明書を受け取って、私は買取所を後にした。
引っ越す計画も資金的にどうかと考えていたけれど、心配する必要はなさそうだ。
「……これだけあれば、十分余裕をもってこっちで暮らせそうね」
駅へ向かう道すがら、私はスマホを取り出して、不動産情報のアプリを開いた。
画面をスクロールしながら、私は一つ一つの間取りと写真を眺めていく。
ゲートまで徒歩圏内の物件もいくつかあったが、すべてワンルームだった。
必要ない荷物は今の家に置いておけばいいし、ワンルームで我慢できるかな。
「……あんまりこだわる必要もないもんね」
時間もないし、すぐに借りれる場所を探したいけど、ネットでは限界があった。
なので、近くの不動産会社へ入って見ることにした。
できるなら、今日、明日からでも使える物件があればうれしいんだけれどね。
「……確か駅前に不動産会社があったはずよね。そこに入ってみようかな」
その不動産会社は、ガラス張りの明るい店構えだった。
入り口の自動ドアをくぐると、すぐに男性の営業マンが声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。本日はどのようなご用件ですか?」
「あ、はい。河川敷のゲート近くで、できるだけ早く入れる部屋を探してて」
「河川敷ですね、かしこまりました。…… ゲートということは、探索を目的としていますか? 今はこの辺りで探索者向けの物件はかなり少なくなっているんですよ」
「探索者向けの物件なんてあるんですか」
「はい。ここ最近、探索者をされる方がすごく増えているのですが、あまり探索者をされる方には貸したがらないオーナーもいらっしゃいますからね」
探索者なら普通の人と家の使い方が違うので嫌がるのも理解できる。
私は小さくうなずいた。
「探索者さんは荷物が多いらしくて、収納が多い部屋やロフト付きの部屋から真っ先に埋まっていくんです。ファミリー向けの広い部屋も、パーティで住むって理由で借りられちゃうことが多いんですよ」
「なるほど……」
自分の冷凍庫の惨状を思い出して、思わず苦笑いが出る。
収穫物が多いと、それを置いておく場所が必要だったりするしね。装備品も多くなっていくだろうし、しょうがないことだと思った。
「あとは、単純に人気のエリアになったっていうのもありますね。白浜公園が今すごい賑わってるじゃないですか。あそこ目当てで引っ越してくる方も、探索者に限らず結構いるんですよ」
「え、探索者じゃない人もですか?」
「観光地みたいになってますからね。カフェなどのお店も多くなってきて住みやすくなってきているので。雰囲気を気に入って移住される方も多いですよ」
なるほど。たしかに、数年前と比べたら、この駅周辺だけでもものすごく人が増えた感じはしていた。
一種のダンジョンブームみたいのが来ているのだろうか。
「もし探索者の方がお部屋を借りられる場合、通常の契約書とは少し違う特約が付くことになっているんですが、ご存じですか?」
「特約、ですか」
「はい。契約の更新は一年となり、半年以上の家賃の滞納があった場合や、更新時にご本人と連絡が取れない場合に、お部屋の荷物をすべて引き取っていただくための保証人を付けていただくか、すべてこちらで処分することに同意していただく必要があるんです」
「保証人、ですか……」
頭に浮かんだのは、両親の顔だった。
でも、もう二人ともいない。
今の家に荷物を引き取ることはできるけれど、私が死ねば結局それもできないので意味がないか。
「……処分の方で、お願いします」
それ以外に、選べる答えがなかった。
「かしこまりました。その場合、処分費用が発生する可能性があるため、敷金がプラス半年分となりますがよろしいでしょうか」
「わかりました……」
「家賃が支払われない可能性が出てくるため、最近ではこういうテナントのような契約形態になってきてるんですよ」
彼はあっさりとそう言って、パソコンに何かを打ち込んでいく。
私が死ぬことを前提にした物騒な話のはずなのに、拍子抜けするくらい事務的なやり取りで終わってしまう。
「実際に探索者の方で亡くなられた人は最近出ていますか?」
「一年前に比べればかなり減ったと思いますが、今でも時々聞きますね」
やはり、今でも亡くなっている人がいるのか。
私も気を付けないと。と気を引き締めた。
「今空いてるのは、ワンルームか1Kが中心ですね。それ以上に広い物件だと、来月以降になってしまうかと」
来月以降。
できればすぐに動きたいのに、そんなに待っていられない。
「あの、今日か明日に急ぎで借りられる場所はありませんか。ワンルームでも構いませんので」
思い切って聞いてみると、彼は少し考え込むような顔をした。
「少々お待ちいただけますか。確認してみます」
そう言って、彼はまたパソコンとにらめっこし始めた。
「お待たせしました。明日からお住まいいただける物件がいくつか見つかりました」
「本当ですか」
「その中でもゲートに一番近い場所に、弊社が持っている物件があるので、鍵は本日お渡しできると思いますよ。……ただ、正直に言いますと、部屋の大きさは家賃に比べて大きいのですが、少し古い建物で、駐車場もないです。それでも大丈夫でしょうか」
「あ、車は使わないので、それは大丈夫です」
「わかりました。現在空室なので、今からでも内見されますか?」
断る理由はなかったのでお願いした。
案内されて連れてこられた部屋は、駅から十五分ほど歩いた場所。河川敷まで歩いて二分という立地で静かな場所だった。
建物は想像していたよりずっと簡素で古い物件。
ただ、中は思ったよりも広く感じた。ワンルームではあるが一部屋が大きく、おそらく十二畳ほどはある。
壁紙も床も年季が入っていて、正直なところ綺麗とは言いがたいが、中に洗濯機置き場もあるし、一人暮らしには十分だろう。
私は部屋の奥にある戸が気になったので開けてみた。
中は、思っていたより大きな押入れになっているようだ。
「……収納も結構入りそうね」
探索者の活動をするだけなら問題ない物件だと思う。
「ここにします。いい物件だと思うのですが、やはり古いから空いてたんですか?」
「いえ、どちらかといえば駐車場がないことが原因ですね。この辺はだいぶ便利にはなっていますが、やはりまだ車がないと不便ですので」
「あぁ、なるほど」
契約は明日ということになっているらしいけど、事務所に戻って必要な書類にいくつか記入すると、その場で鍵を先に渡してもらえることになった。
「水道は使えますが、電気やガスは明日から使えるようになります。お荷物は今日からでも入れていただいて結構ですので」
「はい、ありがとうございました」
鍵を受け取って店を出ると、もう空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
布団も、食器も、何もない部屋だ。
今日できるところまで準備してしまおうと思う。
「……先に、駅前のモールで色々買っていこうかな」
鍵を握りしめたまま、私は駅前のショッピングモールへと足を向けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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