白浜公園ゲート
翌朝は、これといって予定もなかったので、お昼までだらだらと過ごしていた。
布団の中で、録画していたドラマをまとめて観たり、久々にゆっくりと休んだ気がする。
お昼を過ぎたころ、そろそろ装備を受け取りに行こうと思って専門店へ向かうことにした。
店に入ると、昨日とは違って、店内にはお客さんが数名いた。
若い男性の三人組と、一人で武器を物色している年配の男性。
店主とは、みんな顔なじみらしく、気安い雰囲気でやり取りをしている。
新顔なのは、どうやら私だけのようだった。
「すみません、昨日お直しをお願いしていたんですけど」
「ああ、はい。少々お待ちください」
引換券を渡すと、店主が奥へ品物を取りに行く。その間、私は手持ち無沙汰に店内を眺めていた。
すると、近くにいた三人組が、世間話をしているのが、なんとなく耳に入ってくる。
「そういえば、ダンジョンの中に建ててた建物なんですけど、今日開店したらしいですよ」
「ああ、あれか。結局あれはなんなんだ?」
「解体所とレストランって噂で聞きましたよ。解体所の隣に、そこで買い取った素材を使った料理を出す店をやるって書いてありました。市営らしいんで、あんまり期待はしてないですけどね」
「魔物の素材の買取もしてくれるらしいですね。食材に限るって書いてありましたけど」
「ほう、やっと食材が売れるようになるのか。俺たちにはありがたいな」
「先日検疫やら法整備がなんちゃらってニュースでやってましたからね。みんな喜んでましたよ」
思わず、聞き耳を立ててしまった。
まずダンジョンの中に建物が立っている状態とはどんな状況だろうか。
別に不思議ではないのに、勝手にダンジョンにはそういうことができないと思い込んでいた。
さらに聞き逃せないのが、食材が売れる場所を市が用意してくれたということだった。
正直、肉が売れるならものすごくありがたい。
どうやって売るのかわからないが、これは確認をしておく必要がありそうだ。
以前ニュースで、ダンジョン内の開発を進めているような話は聞いた記憶があるが、本当に開発が始まっていたことに驚いた。
「お待たせしました。確認していただけますか」
店主に声をかけられて、私は我に返った。
渡された装備をその場で試着させてもらう。
何度か腕を上げ下げしたり屈んだりしてみても、昨日感じていた窮屈さはもうどこにもなく、しっくりと体に馴染んでいた。
「ありがとうございます。バッチリです」
「それはよかった。またのご利用をお待ちしております」
店を出ると、私は荷物を抱えたままスマホを取り出した。
さっきの三人組の話が頭から離れず、この近くのゲートに行ってみることにした。
私はまだ家にあるゲート以外のことを全く知らないので興味がある。
調べてみると、すぐ近くの河川敷にある広い公園にゲートがあることが分かった。白浜公園というらしい。
どうやらここのゲートは結構大きいゲートのようで、ゲートの周りに出店なんかが出ていると書かれていた。
「……ここから、歩いて十分くらいかな」
荷物もあるから戦うつもりはないけど、ダンジョンの中にある建物はこの目で確かめておきたいと思った。
スマホの地図を頼りに歩いていくと、案内の通り、公園までは十分程度で着いた。
近づくにつれて、なんだか賑やかな雰囲気が伝わってくる。
人通りも多く、屋台らしきものがずらりと並んでいるのが見えてきた。
「……うわ、思ってたよりずっと賑わってる」
公園には想像以上の光景が広がっていた。
焼きそばやたこ焼きといった、お祭りでよく見るような屋台に混じって、見慣れない出店もいくつかある。
「ダンジョン観光案内所」と書かれた幟を立てたテントや、探索者向けらしい装備を並べたブースまであった。
公園の中央には、思っていたよりずっと大きなゲートが浮いている。
私の家にあるものとは比べものにならない大きさで、これならトラックでも入れそうだと思うほどの大きさだった。
その周りには、人だかりができていて、装備を身につけた探索者らしき人たちが、絶えず出入りしているのが見えた。
「なんだかお祭り会場に来たような気分ね……」
思わず、独り言がこぼれる。
ダンジョンといえば、危険な場所というイメージしかなかったから、この賑わいには面食らってしまった。
近くにいた屋台のおじいさんに、ちょっとした興味から声をかけてみる。
「あの、すみません。ここって、いつもこんなに人がいるんですか?」
「ああ、ここはね、ゲートが大きかったからダンジョン内の開発が進むのが早くてね。最近は観光客でにぎわってるんじゃよ。ゲートから入った場所が開発されて安全な場所になったんじゃ。こうして観光気分で探索者以外の人が中に入れる珍しいゲートとして有名になったんじゃよ。」
「なるほど、そうなんですね……」
「ちょっと覗いてみるくらいなら誰でもできるしねぇ、ゲートの周りは柵で囲われてるから安全じゃよ。お嬢ちゃんも探索者かい?」
「あ、はい、一応」
「へえ、女の子で珍しいね。頑張ってな」
軽い調子でそう言われて、私は苦笑いを返した。
もうお嬢ちゃんと言われる年齢でもないのだが。
私は屋台の匂いや、行き交う人々の熱気に押されるように、ゲートのほうへと歩を進める。
せっかくここまで来たのだから、しっかりと中まで見ていかないとね。
私は荷物をしっかり抱え直すと、ゲートへ足を踏み入れた。
ゲートを抜けた瞬間、目に飛び込んできた光景に、私は思わず立ち止まった。
空が赤く染まっているのは、家のゲートと同じだった。でも、周囲の様子はまるで違う。
かなりの広さを囲うように柵が巡らされていて、その内側はきれいに整地されている。
柵の外側には、見上げるほど大きな樹木がびっしりと立ち並んでいて、まるでここだけが、深い森の中にぽっかりと空いた広場のようになっていた。
私の家のゲートも、草原の先に森があるけど、あそこもこんな感じなんだろうか。
ダンジョンの中にこれほど切り開かれて整地された場所があるなんて、ダンジョンの世界じゃないみたいに感じる。
柵の外に広がる木々の暗さが、この開けた区画の明るさを、余計に際立たせているようだ。
柵の内側へ視線を戻すと、あちこちにトラックやショベルカーが停まっているのが見えた。
作業員らしき人たちが、忙しそうに働いている。
「……なにこれ。ここ、本当にダンジョンの中なの?」
思わず、声が出た。
エンジン音や、資材を運ぶ音、作業員同士の掛け声が飛び交っていて、まるで普通の工事現場そのものだった。
あんな大きな車両をダンジョンに入れようと考えた人もどうかしている。
このゲートの大きさなら、確かに車の一台や二台は入れるだろうが、思いついてもやるだろうか。
柵の外へ続く道は、アスファルトでしっかりと舗装されていた。
ダンジョンの中に、舗装された道路まであるなんて、頭の中の「ダンジョン」というイメージが、どんどん塗り替えられていく。
区画整理まで済んでいるらしく、あちこちに建物が建設中だった。
道の先、柵の外へ出られる場所には、門のような構造物が設置されている。
その近くに人だかりができていて、みんな一軒の建物へ吸い込まれるように入っていくのが見えた。
骨組みだけのものや、足場が組まれたままのものが多い中、完成されている建物がその一軒だけのようだ。
おそらく、あの時の三人組が話していた場所がここの事だろう。
近づいてみると、それはカフェのような佇まいの建物だった。
テラス席まで用意されていて、中はかなり広い。
それなのに、もう満席らしく外には順番待ちができている。
並んでいる人たちを見て、私はまた違う驚きを覚えた。
装備を身につけた探索者ではなく、ジーンズにスニーカー、普段着のワンピースといった、ごく普通の格好の人ばかりが並んでいたからだ。
「探索者じゃない人が、こんなに……」
あらためて、区画全体を見回してみる。
行列のそばでは、若いカップルらしき二人が、看板に書かれたメニューを覗き込んで、あれこれ相談していた。
少し離れた場所では、家族連れが赤い空を背景にスマホで写真を撮っている。
子供が「ダンジョンだー!」とはしゃいで駆け回るのを、お母さんらしき人が慌てて追いかけていた。
柵があるからといって、ここまで平和になるものなのか。
その先を見ると、店と門との間には広い屋根だけがかかった建物があった。
バーベキュー施設のような場所で、何人かの探索者が魔物を解体しているようだ。
単眼ウサギやペンギンドッグとはまた違う、見たことのない魔物を解体しているのが見えた。
どうやら、ここで自分の獲物を解体してもいいみたいだ。特に料金が発生するようなことはどこにも書かれていない。無料解体場といった所か。
しかも、解体した素材は、隣のお店にそのまま売ることもできるらしい。
買取のカウンターのような場所もお店に設置されていて、ついさっき狩られたばかりの新鮮な魔物の素材を使った料理が食べられる店。
それが、あんなにも人を集めている原因というわけか。
「魔物を使った料理を出すお店なんて、今まで聞いたこと無かったなぁ」
解体施設の周りにも、見物人が集まっているようだ。
外側に張られたロープの向こうから、興味津々といった様子で解体の様子を眺めている観光客らしき人たちがいる。
中には、スマホのカメラを向けている人もいた。
「わ、本物の魔物だ……」
私のすぐ横で、若い女性の二人組がそんな声をあげているのが聞こえた。
連れの一人が「魔物って血がないのね。なんだか逆に気色悪くない?」と言いながら笑っている。
物騒なはずの光景が、ここではちょっとしたアトラクションみたいに扱われているのが、なんだか不思議に見える。
門に視線を移すと、そこから先は明らかに空気が違った。
装備を整えた探索者たちが、緊張した面持ちで通り抜けていく。
柵の内側の、のんびりとした空気とはまるで別世界だ。
境界線一つ挟んだだけで、こんなにも変わるものか。。
「……すごい所に来ちゃったな」
市営で作っているという話は聞いていたけれど、まさか、ここまで本格的な施設だとは思っていなかった。
確かにここまで大規模なものになると一企業レベルじゃ難しいと思う。
私はしばらく、その光景に見入っていた。
しばらく見物していると、少し離れた場所で、何やら人が集まって騒がしくしていた。
近づいてみると、それはどうやら、勧誘をしている人たちのようだった。
「同盟メンバー募集中! 初心者歓迎、経験者優遇!」
手作りらしい看板を掲げた男性が、道行く探索者に声をかけている。
パーティメンバーではなく、同盟メンバーとなっているが、パーティと何か違うんだろうか。と疑問に思った。
その隣では、別のグループがチラシのようなものを広げて、興味を持った人に説明をしている。
「うちは週三くらいのペースで潜ってるメンバーが多いですよ。ポーターでの参加も募集中です」
「今、五人パーティなんですけど、あと二人欲しくて。魔石の取り分は均等にしています」
声をかける側も、声をかけられる側も、思いのほか真剣な様子だった。
就活の合同説明会みたいだ、とふと思った。
パーティを組むというのも、こうして人を集めたりしないといけないのか。みんながみんな友達同士で組んだりしているわけではないのは安心した。
これなら知り合いのいない私でも、どこかのパーティに入れるチャンスはあるかもしれない。
ただ、できれば女の子のいるパーティに入りたいな。
興味本位で少し眺めていると、声をかけていた男性と視線が合ってしまった。
「あ、そこの――」
「あ、すみません、見てただけなので」
私は慌てて首を振ったけれど、その人は構わず近づいてきた。
「もしかして、探索者の方ですか? その荷物、専門店の袋ですよね」
しまった。買ったばかりの装備の入った袋を、そのまま提げていたことをすっかり忘れていた。
「あ、はい、一応」
「よかったら、うちの同盟に入りませんか? 女性のメンバーはいませんが、みんな優しく教えてくれますよ」
思っていたより早口で、勢いのある勧誘だった。
断る間もなく、別の方向からも声がかかる。
「あ、俺らのほうが待遇いいですよ! ゆるくやってるんで好きな時に参加してもらえればいいですから」
「いやいや、お前んとこはまだ同盟と認められてないじゃないか」
いつの間にか、何人かの男性に囲まれるような形になっていた。
みんな、悪気があるわけではなさそうだけれど、目が血走っている人もいたりと、この勢いにはさすがに面食らってしまう。
「あ、あの、すみません。今日はちょっと、見に来ただけで」
「そうなんですか? じゃあ、連絡先だけでも」
「すみません、急いでるので」
私はそう言って、なんとかその場を離れた。
少し早足でゲートまで戻り、すぐにダンジョンから出ることにした。
「……女ってだけで、あんなに声かけられたのかな」
神崎くんが心配していた「ソロは危ない」という話とは、また違う意味で危険を感じた瞬間だった。
公園を出て、家に帰る道すがら、私はさっきの言葉が頭から離れなかった。
同盟。ポーター。聞き慣れない単語と、勧誘の勢いに気圧されるばかりで、結局意味を聞き返す余裕もなかった。
家に着くと、荷物を置くのもそこそこに、私はノートパソコンを開いた。
「同盟、って、なんなんだろ」
今までも何度か聞いた言葉だが、どういうものなのか知らなかった。
検索してみると、それらしい説明が見つかった。
パーティというのは、その都度メンバーを組んで動くものだけれど、いつも都合よく人数が揃うとは限らない。
そこで、あらかじめ大きなコミュニティを作っておいて、その中から都合のいい人同士で、その日ごとにパーティを組む。
それが、同盟という仕組みらしい。
大学のサークルみたいなものだと、あるサイトには書かれていた。なるほど。
ただし、全国にある同盟の中でも、上位の大型同盟は企業のような形態で運営されるようになってきているらしく、探索者はそこへ所属することで、いろいろな優遇措置を受けられるようになるらしい。
続けて、ポーターについても調べてみる。
てっきり、荷物持ちの役割なんだろうと思っていたけれど、どうやら少し違うようだ。
探索者のほとんどは日帰りで活動しているから、個人の荷物自体はそれほど多くない。
だから、単純な荷物持ちという役割には、あまり需要がないらしい。
その代わり、魔物を倒すたびにゲートへ戻っていては、大きく稼ぐことが困難になってしまう。
そこで大人数のパーティや同盟になると、倒した魔物の素材の運搬や保管、解体、換金までを、探索中でも随時こなしていく別働部隊を作るようになった。ポーターというのは、その部隊のことを指すのだという。
「荷物持ちというよりは、運び屋みたいなものなのかな」
探索者は魔物を倒すだけが仕事じゃないってことなんだね。
そう考えると、パーティというのは、私が思っていたよりずっと組織立った仕組みで動いてるのかもしれない。
確かに私一人だと、持ちきれない魔物は倒すたびに決まった場所へ運んでおく必要があって面倒に感じた事を思い出した。
同盟のメリットについても、いくつか記事を読んでみた。
まとまった人数で活動できるぶん、収入が安定し、安全に狩りができる。
メンバーが多いほど、交代しながら長時間の活動が続けられるから、報酬も良くなる。
さらに、メンバー内で魔石や魔装の融通も利くから便利だという。
専業で探索者をしている人は、同盟に所属するメリットが高いので、ほとんどが同盟に所属することになるらしい。
「……なんか、私だけ浮いてる気がしてきた」
思わず、苦笑いが漏れる。
まだ始めたばかりではあるが、ソロで潜っている自分が如何に非効率なのか、また一つ思い知らされた気がした。
ふと、気になって、女性の多い同盟がないか、検索してみることにした。
「……あ、あった」
全国で、たった一つだけ。
女性のみで構成された同盟が実在していた。
同盟の名は「ワルキューレ」。拠点は、福岡にあるらしい。
福岡なんて、簡単に行ける距離ではないけれど、そんな同盟があるというだけで、なんだか少し、心強い気持ちになった。
もし同盟に入るならワルキューレのような場所がいいなと素直に思った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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