新装備
三人と別れてゲートをくぐり、私は家へ戻ってきていた。
今日は、あの一匹しか狩らなかったので、手っ取り早く解体にかかる。
もう何匹も捌いてきたおかげで、この作業にもすっかり慣れてきた。
皮を剥いで、魔石を取り出し、肉を切り分ける。
取り出した青い魔石を、これまでの分と一緒に袋へ入れておく。
一息つくと、私はノートパソコンを開いて、今日教わった探索者専用の店について調べることにした。
検索をすると、それらしいサイトがすぐに見つかった。
武器や防具の写真がずらりと並ぶ通販サイトだ。
私はさっそく、値段の欄に目を走らせた。
「……え」
思わず、声が出た。
表示されていたのは、頑丈そうな上下の鎧のような装備で、価格は80万円。見間違いかと思って何度も見返したけれど、桁は変わらなかった。
試しに、他の商品もいくつか見てみる。
ダンジョン素材で作られたという小型のナイフは120万円。同じく頑丈なブーツは50万円。
どれも、ホームセンターで買った作業着とは、比べものにならない値段だった。
ダンジョンの中で命を預けるものなのだから、それなりの値段になるのも当然なのはわかるが、高級ブランド並みの価格にびっくりした。
ふと、こんな注意書きが目に入った。
専用店で扱うのは、あくまで魔装ではなく、普通の装備品ということだった。
あらためて、画面に並んだ値段を見つめる。正直、簡単に出せる額ではない。でも、テーブルの上にはまだ売っていない青い魔石が、何個もある。
1グラム10万円という相場を思い出せば、これをぜんぶ売れば、一式揃えるくらいの金額にはなりそうだった。
「……いけるかな」
あとは、この店の店舗がいったいどこにあるのかだ。
これだけ高額な物を現物を確認せずに買う勇気は私にはなかった。
私はサイトの店舗情報のページを開いて、住所を確認する。
「……お、あった」
表示された住所は、魔石を売りに行ったあの買取所から、歩いて十五分ほどの場所だった。
それなら、魔石を売った後、その足で店にも寄ることができる。
私は急いで支度を整えると、青い魔石をまとめて巾着袋に詰め込んだ。
昼食を食べた後、電車に揺られて買取所にたどり着いた。
ガラス戸を開けると、以前対応してくれた職員がカウンターの向こうにいる。
「いらっしゃいませ。……あ、この前の」
「あ、はい。こんにちは」
前回来た事を覚えていてくれたようだ。
私は巾着袋の口を開け、中身をカウンターに広げた。
青い魔石が、次々に転がり出てくる。
「本日は、こちらの魔石の買取ということでよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
いちばん最初に狩ったウサギの魔石だけは記念に手元に残しているので、それ以外を全部持ってきたことになる。
職員は淡々とした様子で、一つずつはかりに載せていく。
「探索者証はお持ちですか」
「はい、これです」
この前と違い、もう手続きに迷うことはない。
免許証を提示すると、あとはすんなりと話が進んでいく。
書類の記入も時間のかかる本人確認もなしで、すぐに査定へ進めるのはやっぱりいい。
しばらくして、職員が電卓を叩きながら、査定金額を教えてくれる。
「全部で41グラムですね。買取価格は、410万円となります」
「……410万」
思わず声が裏返った。
頭ではわかっていたつもりだったけれど、やっぱり現実味の無い数字に頭が追い付かない。
こんな大金を一度に稼いだことなんてないのだから当然だ。
なんだか悪いことでもしている感覚になってしまう。
「こちらでよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です。お願いします」
振込先の確認を済ませ、査定証明書を受け取ると、手続きはあっけなく終わった。
会社勤めの頃、ボーナスをもらってもここまでの高揚感はなかった気がする。
「本日は、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
軽く頭を下げて、私は店をあとにした。
「よし……これだけあれば、装備もちゃんとした物を買いに行けるかな」
別に貯金に余裕がないわけではないけれど、あまり減らしたくないのでこの収入はかなり重要だった。
地図アプリを開き、専門店の場所を確認すると、その方向へ歩いて向かう。
地図の示すとおりに歩いていくと、看板を見つけた。
「探索者用品店」と、飾り気のない文字で書かれている。
ガラス張りの店内には、マネキンが着込んだ頑丈そうな服や、壁一面に並んだ武器や防具が見えている。
こんな物騒なものが外から見えていていいのだろうか。
「……よし」
少し緊張しながら扉を開けると、カウンターの奥から、白髪交じりの店主らしき男性が顔を上げた。
「いらっしゃい」
「こんにちは。あの、ウェブサイトで見た装備を実際に見てから買いたくて来たんですが」
「ああ、どうぞどうぞ。ゆっくり見ていってください」
店主は特に驚いた様子もなく、そう言って作業に戻った。
私は店の奥へ進み、ネットで見た装備を探す。
並んでいるのは、どれもカーキ色をした迷彩服のような服が多かった。
値札の下の説明書きには、自衛隊でも採用されている生地を使用、とある。なんだかすごそうだ。
ラックにかけられた実物は、写真で見るよりずっとしっかりした作りに見えた。
生地を触ってみると厚みがあって張りもあり、ホームセンターの作業着とは明らかに手触りが違う。
「これ、試着とかできますか?」
「もちろん。試着室はそちらです」
案内された試着室で袖を通してみると、思ったより体にフィットする。
厚手の服なので動きにくいかと思っていたけれど、さすがに高いだけあって腕も上げやすかった。
ただ、胸まわりと腰のあたりが、少しだけ体に合っていない気がする。
ユニセックスとはなっているが、やはり男性寄りに作られているように感じた。
ブーツのほうはサイズで分けられていたので、ちゃんと私の足に合ったのでよかった。
「どうですか?」
「うーん。着やすいんですけど、やっぱり余ってる部分が少し気になりますね」
試着室を出て、気になった部分を店主に伝えてみる。
「なるほど、拝見しますね」
店主は私の肩や腰のあたりを軽く確認しながら、うなずいた。
「探索者向けの装備は、基本的に男性向けのものが多いですからね。体格が違うと、こうして合わない部分が出てくるんですよ」
「直せますか?」
「ええ、少々お時間をいただければ。……明日のお昼ごろまでには仕上がると思いますが、いかがでしょう」
「では、それでお願いします」
私は買うことに決めた。武器は、もう自分には野獣の牙があるから必要ない。
店主がレジを打ち、合計金額を告げる。
「お会計が130万円です」
今までこんな高額な買い物をしたことがないので、少し手が震える中、カードで支払いをすることにした。
今の自分を他人が見たら、明らかに動揺している不審な女に見えていることだろう。
もし今日、魔石が売れていなかったら、こんな金額怖くて出せなかっただろう。
結局は今までどおりの安物で済ませて、帰っていたに違いない。
「……ありがとうございました。伝票にお名前をお願いします。こちらは引換券となっておりますので、明日受け取りの際にお持ちください」
「はい。わかりました」
震えそうになる指で、カードを受け取る。
支払いを済ませて伝票をもらい、明日また取りに来る約束をした。
伝票に名前を書いていると、店主がふと、こんなことを口にした。
「しかし、女性の探索者さんは本当に珍しいですね。うちに来られるのも、ほとんどが男性のお客様ばかりなので」
「……やっぱり、そうなんですね」
この前会った三人も、似たようなことを言っていた。
何度も同じことを言われると、なんだか恥ずかしくなってくる。
「頑張ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
店を出る頃にはもう四時を回っていた。
私は帰り道、駅前のホームセンターによって、大きめのブルーシートを買っておいた。
「なんだかいろいろ揃ってきて楽しくなってきたなぁ」
新しい服とブーツを身につけ、草原に立つ自分を想像するとわくわくする。
すると、突然ポケットの中でスマホが震える。
誰からだろう。とその画面を見ると、別の意味で胸の音が激しくなったのがわかった。
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