第二話 走れっ俺!!
規則的なリズムで呼吸をして走っていた。
「スゥー、ハアー、スゥー、ハア」
全然余裕だ。口から大きく息を吸い込み喉元を過ぎて気管支、肺へと空気が行き渡る。肺胞から酸素は血液中に流れ全身へと循環していく。呼吸のリズムはペースを崩さずメトロノームのように働く。決まったリズムが続くのはとても心地が良く、肺や、持病のような心臓の痛みも全く出てこない。
ふと、追われている立場だということを思い出す。後ろを振り返った。
巨大な猪は体力が切れてきているのか、次第に呼吸が荒くなっている事を確認した。
走りながら気がついたことがある。
身体状態を確認したいと念じると、どうやら透視で、体の中で何が起きているのか調べることが出来るみたいだ。
今の体で起きてるのは、走るための循環器系、つまり心臓や肺がフル稼働していることだと透視で分かる。薄く明滅する心臓や肺。これもスキルの効果なのだろうか?
躍動する血管と鼓動する臓器がスケルトンのように見える。送られていくエネルギーは各々の臓器、経路に沿って循環する。人間の神秘だな、見ていてそう思った。
そんなことを考える折、平然と追いかけっこをしているが、猪は怒った様相で、けたたましく鳴きながら追いかけてくる。
意に介さず、自分に起きていることを走りながら自己分析しつつ確認していた。
かつて、こんなに走ることができただろうか? しかも、トップスピードを保ったまま。景色自体は森林で変わり映えはしないが、躍動する空間に体を意のままに操り、大地を駆け巡る楽しさを俺は素直に喜んでいた。
あっ、これって――ランナーズハイってやつ?
ふ、まあ、知らねーが。感動モンだわー。後ろのでかい猪さえいなけりゃ、もっとこの感動をゆっくり噛み締めていたのにな。
猪の声が輪唱するかの如くこだました。
「「フガ、フガ、ブヒー」」
て、うぉい、なんか増えているんだが!!
出会った猪を先頭に、群れをなして後ろをついてきている。巨大な猪が草木を薙ぎ倒し、大地が踏み締められる度に土煙が浮き立っていく。
後ろを振り返りながら叫ぶ。
「走れ、もっと走るんだ、俺ええええ!!」
くっそ、息切れこそしないが、これだけの数に囲まれたらひとたまりもない。
だが、先頭の猪は呼吸が荒くなっており、俺にずっと追いつけず苛立っている様子だ。
様子を窺う。追手はきているものの、違和感を感じた。
猪の群れのペースが遅れているようだった。
なるほどな。先頭の猪が必死だからこそ、後ろの群れもペースが乱れて引き離されているんだな。多分、俺を見つけた、あの猪はこの群れのボスなんだろう。
なら、まだ安心か。
安堵したため息をついてぼやいた。
「はあー、元の世界から来ていきなり猪に追われるとか、マジでついてないだろ、俺の異世界転移。」
余裕があるからこそ、走りながら手で宙をヒラヒラとやってらんねと、猪を煽るかのようにしてみせる。
それでも、足は交互に地面を踏みしめていた。
感傷に浸る中、元の世界で思い出したことに悪態をつく。
「それに、どうせ異世界転移するんだったら、営業部長に中指立てて会社辞めたかったぜ、まったく。」
流石にスーツで走るのも疲れてきたし、革靴の底も摩耗してきている。
うーん……あ、ふと思ったが、
そうか、別に中指立てなくても、俺が異世界転移したら今月の採算が合わなくなって、営業部長が責任取るんじゃねえか。
そう思うと、晴れやかな気分と頬が引き上がる。
「うっは! こりゃ、サイコーだ!」
営業部長の顔が、憤りと責任を取るためのしゅんとした顔になるのを想像し、テンションがぶち上がった。
そして、心と体がすこぶるやる気に満ち溢れた俺は、猪を一瞥した。
「じゃーな、馬鹿猪共!! 追いかけっこはもう終わりだ、アデュー!!!」
台詞を吐き捨て、足に更なる力を込めて前進すると、俺の期待に応えるかのように、体からエネルギーが湧くような感覚を覚えた。
うぉ、なんだこれ、アドレナリンとも違う。エネルギーで満ち溢れるこの感覚、すげえ、凄えぞこれ!
トップアスリートがゾーン状態に入るように、ランナーがランナーズハイになるように、それらとはまた違ったエネルギーの生産と効率化が、今まさに体の中で起きていた。
元の世界だったら今頃トップアスリートだな、こりゃ。まあ、こっち来たからにゃ、その分楽しませてもらうぜっ、と!
地面を蹴る。
土煙が舞い、俺は更に加速して走る。
アドレナリンから滾ってきた感情を全面に出して、人生をまさに今、謳歌するかのように叫んだ。
「ぬおおおおおおおお!!!燃えてきたっ!!!!」
そんな俺をよそに、猪は涎を垂らして息切れしている。次第に距離が開いていき、猪共はキョトンとした顔になり、各々が「何だ、あいつ?」と顔を見合わせているのだった。
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