第二十話 虚無感に呑まれた者、監獄に残された物
獄中生活三日目〜十日目
三日目から色は消え景色がモノクロに見え始めていた。朝、昼、晩決まったタイミングで必ず出される食べ物の色さえも分からない。十日目に至るまで、そのモノクロの世界は馴染み、当たり前のように振る舞う。
ブラウン缶テレビの中で給仕されたトレイの上にある白黒のソーセージが映像として流れていた。
有機物、無機物、人の目では見えない原子が集まり、分子となりやがてそれらは結合し、それぞれの役割を持ち始め、機能や枠組みやらを存在させる。始めは小さなプラスやマイナスの動きを持つ極小の球なのに、やがてそれらが集まって形取られていく。それは意思もないのに、くっついたり離れたり動き回り、時には集団のように振る舞い、近づいたら個として存在を観察出来る。科学はそれらがどうやってそのように振る舞うのかの証明を実証してきた。
現実でそれを意識して生活する人はどれほどいるだろう。
人間の目には限りがある。いくら目を凝らそうがマイクロメートルの世界など見えない。原子一個なんてもっと見えない。原子どころか放射線や電磁波のような周波数でさえ見ることができないのだ。私達は表面上でしか確認と存在を認知することしか出来ないのだ。無機質な細胞の一つ一つを観察することなど不可能なのだ。此処でいう無機質は決して細胞が無機物と言っている意味ではない。細胞一つ一つに感情が宿っているのか、そういうことである。
実験室でよくある機器、光学顕微鏡。倍率レンズをタレットを回して10倍、50倍、100倍というように倍率を切り替えて覗くことができる。ではその機器の台に置かれたプレパラート上の脳オルガノイドを観察したとき、その脳細胞は意識は宿っているのか。実験としての意味はあるだろう。だが脳オルガノイド本体になったこともない我々が意識のことなど述べることもできないだろう。脳として機能されるようにデザインされているのに、微塵の意識も宿っていないのは甚だ疑問である。無意味な生き物、いや生き物として定義出来ない存在とかわりないものはこの世界において物としての価値でしか見られない。つまり、もし脳オルガノイドに意識があったらそれ即ち地獄であるということだ。勝手に作られ、身体の自由も効かない場所で散々観察と実験を繰り返されるからだ。
顕微鏡の上にある脳オルガノイドは、この獄中生活における五行六腑と看守の関係性そのものだった。看守は覗く見張りのために。見る側には観察する役割が与えられている。見られる囚人は何も与えられていない。与えられているのは粗末な残飯のみ。果たしてそれは人間としてよべるだけの人権を有しているのか。
俺はその白黒のソーセージ、それを見るだけだった。何も感情はそこにはなかった。
獄中生活二十二日目
気付けばどれくらい経ったかも忘れていた。同じ景色をひたすら繰り返し、ずっと天井をボーッとみている。
白黒の天井をみて瞬きは一つもしない。
胃に強烈な痛みを覚える。身体は食べ物を訴えかけているようだ。だが、心はまともではなかった。食欲が無かったのだ。日に日に体重が減少していくのが身体に血管が浮き出てきているサインでわかった。
眠りのつきも浅くなっていた。前までは考えることを放棄しても眠れてはいたが、身体が異常を発し強制的にスリープさせないと眠れないようになっていた。
その日の夜も深くなり看守もうたた寝していた。
寝床となる、い草の匂いが微かに香るござに違和感を覚えた。久々に寝返りを打って見ると、何やらござの下に物が敷いてある感覚を覚えた。
何気なくござを退かして、敷いてあるものを拾うと、、
………………………………!?
それはこの世界のものではなかった。元の世界のものであった。表紙に『メモ帳』と日本語で書かれてある。社会人なら誰しも持つであろう、本屋や雑貨屋に売ってある、胸ポケットにスッポリ収まるサイズ感の物がそこにあったのだ。
思わぬ角度から衝撃を受けるが、その衝撃はブラウン菅に砂嵐が一瞬映る程度だった。
ペラッ
書かれている中身を確認するためメモ帳の表紙を捲る。
内容は日本語で書かれてあった。そして、何かメモ帳に違和感を感じた。凄まじいオーラを感じた。
題名は[獄中生活の徒然日記]と書いてある。
メモ帳が妖しく光り、スキル《音声付与》が発動した。
……!!
『オーッス、こんっちわ、んばんは、はよーの諸君、俺様の名前は孫西勇記だ。何で俺様がこの牢屋にいるかって?聞くも涙、話せば押し寄せる感動の雨嵐、語らぬものなどいないほどって、言い過ぎたか?ケケケケッッ、、まあそんな感じで、俺様がこっちの世界にきた話をしよう。アアッ?何で声が聞こえんだって、そら俺様のスキル《音声付与》をこのメモ帳に施してるからよ。まあ、このメモ帳を聞いてる奴なんざいないと思うが、せっかくのよしみだ、俺様のこと教えてやるぜ、まあ、見てるお前が同じ日本人だったらいいんだがな、、ププッーー』
それは、日本人の声だった。人を煽るようなおちょくるそんな声。だが、彼の声は同じこの場にいるとは思えない程、明るくて太陽のように照らす光のような暖かさを放っていた。今の俺とは真逆のような存在だが、そんなことも受け入れられる器は揃っておらず、本来ならこの奇跡にもっと胸を高鳴らせ喜んでいただろう。表情は変わらず無表情のまま、メモ帳から発生される声を途切らせるようにそっとメモ帳を閉じた。
何かを考えなければならないのだろうが、そんな余裕もなく、そのまま淀みの中微睡んだ。
ここまで、お読み下さりありがとうございます。評価して下さるととても嬉しいです!
【面白い!】★四つか五つ
【まあまあじゃね】★三つ
【いまいち】★一つか二つ




