第十五話 問い:知りたい情報と知ってしまった情報の取捨選択権は誰の責任か?
隔絶された広い部屋でプレートメイルを着用した容姿端麗な銀髪ロングエルフと高校生位まで若返った、ボロボロのスーツを着用している27歳独身男性は住んでいる世界、種族、服装などの垣根を越え、両者は興味(エルフは見たこともない種族の人間と服に知的好奇心と探究心を抱き、独身男性は童貞心に突き刺さる欲情と味わったこともない青春の甘酸っぱさと分かり合えた承認欲求などの期待感を高鳴らせている。)を持ち、互いに刺激し合いながら意思疎通を図っていた。
この有意義な時間に俺はとてつもない程に感動している。何故かって?
たんのしいいィイんだわよ!!!
この時間、幸せすぎるよ。もう、俺、此処で死んだって良いかもしれない。だって彼女は容姿完璧!笑顔は天使!漂ってくる薔薇の香水は最高に唆られる!くう〜、異世界交流半端ねぇ!
ニーシャは神妙な面持ちで不意に触れてきた。彼女の指はネクタイをなぞったり、引っ張ったりしている。その度に俺は「おぅふ」となってしまう。これが異世界交流って奴ですかい?
え、何?ここって、そういう如何わしい店か何かに見えるってぐふふ。
異世界キャバレー、巨乳銀髪ロングエルフの接待、ここに開店ってやつですかい?
気付けばニーシャは、座り込んで俺のボロボロの革靴をツンツンして、指で匂いを嗅ぎうっと、喰らっていた。
そんなことも露知れずって感じで、俺は妄想を拡大させていた。
ニーシャがボディコン姿でキャバレー嬢として接客している姿を妄想し、彼女が日本語で『お客様、まだイケるよ……ね♡』とソファで隣同士に並んだ彼女が斜め四十五度で上目遣いをしている。チラリと見える豊かなその双丘に顔を埋めたくなるのを必至に堪え、持っているグラスの中にお酒を注ぐ彼女を見る。おっちょこちょいの彼女はグラスからお酒をお漏らしさせてしまい、俺の下半身へとびちゃりと掛かってしまう。『あ、あのお客様、すみません!』と彼女は下半身に掛かったお酒を拭くため、テーブルから取ったおしぼりで下半身をゴシゴシと拭き始めた。そして、俺のアレが不可抗力で段々とテントを張ってしまい『もう♡お客様のエッチなんだからぁ…』と、テントの先っぽをちょんと人差し指で突かれて、我に帰る。
ハッ、ナニをなにして、ぉォウふ!モヤモヤと映りこむ彼女の姿を手でパタパタと払った。
いかん、いかん、うつつを抜かし過ぎた。
まったく、異世界交流ここに極まれり、だな!
そして、前を向くと現実では、ニーシャは俺から離れていた。とりあえずの知的好奇心が収まったのだろう。
そして、
ニーシャは急に目を見開き、何かを思い出したかのように、小走りで部屋の端に山積みになっていた骨やら衣類などの残骸の方へと走っていった。
え、もう、終わりなの?異世界交流、もっと俺は交流したいけどな〜。
彼女は残骸を手で掻き分けて何かを探しているようだった。
顔色が先程と打って変わり何やら焦ってる様子だった。
心配になった俺は少し大きめの声で
「どうしたんだ!」
そう言って、彼女の近くまで走って行く。
言語は通じなくても、俺の声色でニーシャは察してくれたらしい。
「ᛞᚪᛁᛄᛟᚢᛒᚢ…」
走ってくる俺を大丈夫だよ、と言いたげに、残骸を見ていた視線を一瞥した後、瞼がふっと閉じて、こちらを見る時に目はゆっくりと開かれ真っ直ぐな瞳と目が合う。そして、緩やかな動作で両手を前に差し出し俺を静止させた。その顔は誰かを探しているような顔だった、そして、悲しげな顔でもあった。
そこには、言語はない。憶測、身体の動作、振る舞い、表情や声色から推測される情報のやり取りで瞬間的に意思の疎通が完全に出来ていた。両者は分かり合えていたのだった。
クソッ!何となく察することはできる。この洞窟内で誰かを探しているんだ。彼女が困っているじゃないか、どうすれば解決できる?
その場を彷徨って考える。
ジェスチャーから更なる情報伝達手段を閃いた。それは絵を描くことである、地面に。
原始的すぎるって?仕方ないだろ、言語も使えなきゃ、ボディーランゲージで表現出来る情報も、たかが知れてんだ、最終手段は絵なんだよ、絵!絵心ねえけど。
書く物がなかったから、端に落ちている骨を拾って物騒だが邪鬼の血で描いてもらった。
彼女は少し躊躇っていたが、俺が先に丸を書いたことで意図が伝わったらしい。
そして、ニーシャが地面に描いたのは女性の姿だった。長い髪の毛だ。直近、顔の面影に見覚えが……
心臓がドクンっと、跳ね上がる。まさかな…俺が見た女性と言えば、餓鬼に散々な目にあった一人を思い浮かべる。その人しか異世界で今まで出会ったことしかないからだ、ニーシャの知り合いな訳ないと思いつつ、
俺は彼女が描いた絵の頭の部分を指差して、彼女に聞いた。
「どんな髪色をしていた?」
髪の毛の長さではなく色を知りたいため、俺の真っ黒な髪を指差す、そして絵へと戻りまた、ニーシャのような髪色かと指差す。
彼女は意図が伝わったのか、自身の腕に付けていたアクセサリーを一つ取り外した。腕輪だ。
腕輪の色は金色だった。
「ウっっ……」
まただ、急に吐き気を催す。俺はその場で座り込む。
こんな所で吐いてはいけない。
だけど、トラウマのように思い出してしまう。
初めて人が死んだのを見て、それも魔物が凌辱し、あまつさえ食料として食べていたのだ。
死んだ者の目。
生気を失った、あの目。
こんな、残酷なことがあるっていうのか。
彼女にどう伝えたらいいんだ。
ニーシャは心配して、その場に座り込む俺に大丈夫と言ってるように見えた。
そんな訳ないよな、思い違いだ。まだ彼女が思っている探し人だと決まった訳じゃない。とりあえず、亡くなったあの人の所には連れて行こう。彼女の顔を覗いて決心する。
俺は絵を描いた。
転移陣から泉、通路を抜けた少し広い間の中にドーム状の部屋がある、そこに棒人間を描いて、人が居たことを教える。
彼女は感激し、俺の肩を両手で掴んでぴょんぴょんしありがとうと言っている様子だった。
そうして、俺は来た道を彼女を案内しながら戻るのであった。
◇
いくばかりか歩いて時間が経った。
ニーシャへの案内が終わり絵に描いた場所、あの部屋の前へとやってきた。どうか、彼女の知り合いではないように、そう願い俺は部屋の扉を開けた。
餓鬼や口壺が死んでいる。
部屋の中央には、俺が刃物で突き刺したお墓が祀ってある。そこには衣服も掛けてあった。
ニーシャはそれを見て、目が血走り駆け出した。衣服を手に取り彼女は何かを呟く。何を言ってるのかは分からない。そして、焦燥からくるものなのか、慌てて墓に突き刺した刃物と衣服をどかし、土を手で掻き分けていく。
ブロンドの女性の上半身が露わになった。内臓がダラリと飛び出ている。呆然としていた、険しい顔でもある。そして、まだ疑念を持ち眉を顰めている顔だった。
更に土を掘って、ブロンドの女性の顔が露わになる。多分、合点があってしまったのだろうか。秒針と時針が追いつき丁度12時の鐘が鳴る合図だった。彼女の変わり果てた姿を見て、また、秒針が時針を追い抜き、時を刻み始めるように抗えないものに対してニーシャは叫び出す。やめてと言うように咽び泣く。それは誰しもが発声できる原初からくる単純な音であった。
「あ…ああっ!! うあああああっっ!!!」
彼女は欠損した残骸を強く抱きしめ手を握る、そしてソレの胴体に顔をうずめた。
「ングッ……」
鼻声になった彼女は頬を伝う涙も拭かないままソレを抱きしめている。
言語とも呼べない悲痛な叫び、俺にはどうしようも出来なかった。呼び掛けることすらもままならなかった。励ます言葉も持ち合わせてないし、言語すら知らなかった。ただ、彼女を見守っていることしか出来なかった。知らない方がよかったんじゃないかとも思った。あの時、知らないふりをしていれば、彼女のこの姿を見なくても済んだんじゃないかとも思った。なんでこんなに選択させられるのか、何が正解だったのか、不条理に突きつけられたこの感情は俺のせいなのか?
そして、やるせない思いがその場に残った。
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