第十話 擬態するもの
口から放物線を描きながら、餓鬼へ飛び出した胃液は、虹色にキラキラ光りながら餓鬼の顔面へと迫る。
ここで、ショパン、ノクターン第2番が掛かり始める。ピアノの穏やかな伴奏の上に優雅な戦慄が奏でられる。
こんな美しい旋律がないと、餓鬼の声と俺の嘔吐で汚い音だけを見てる人達にお届けするのは、流石に洒落にならないからな。
え?誰が見てるって、そんなの別にいいだろ。それより、な?素敵なサプライズだろ?
カメラアングルでいうと、俺と餓鬼を横方向から見た映像はまるで、人間と餓鬼との異種族を超えた虹色の橋のようになっていた。素敵じゃあないか、まあ、俺からの一方的な橋渡しだがな。
餓鬼側からみたアングルでは、透明に見える胃液は、マグマのように沸々と揮発しながら白いモヤが掛かっている。そして、強烈な臭いを放ちながら、餓鬼の視界を覆い尽くそうとしていた。
ちなみに、俺からの目線では口から放たれた胃酸をジェットスピードで餓鬼2体に正確にリリースしている。ショパンの美しい旋律と共に、この汚い濁音を乗せて、なんてなw
ふっ、俺くらいになると、嘔吐のリリースポイントなんて楽勝さ。何度飲み会でしこたま潰されかけたことか。その度に、酔いを覚すための処世術を学んだことか。こんな所で生かされるとはな。そんなことを思いつつ、胃酸の刺激的な臭いが鼻をついてくる。
胃酸は餓鬼の顔面に掛かった、容赦なくシューッと音を立てながら顔面が溶けていく。
2体は手に持っていた武器を捨て顔を抑える。しかし、抑えども腐食は進んでいき、やがて餓鬼は苦悶に満ちた顔で膝をつきその場に倒れた。シュワシュワと溶けていく姿を見て、お前らがやったのはもっと酷いことをしたのだと思って、見届ける。そして、2体の餓鬼は頭が無くなるほど腐食され完全に絶命していた。
やっぱ、俺の胃酸強すぎねえか?だが、流石にこんなのが必殺の技なんてあまりにもダサすぎるな。もっと、かっこいいことしてえよ、どうせなら。
ふと、奥にいる壺を漁ってる餓鬼をみる。こいつ、何をそんなに壺を漁ってるんだ?
じっと、透視を発動させる。
餓鬼は漁ってるように見えていたが壺の中に何やら口のような形をしているのが見えた。そして、壺の中で餓鬼の頭を齧っていたのだ。漁ってるのではない、壺が餓鬼を喰らっていたのだ。
更に目を凝らす、魔素で名前が浮かび上がる。
【口壺】と表示される。なんてことない、茶色びた壺、なるほど、物に擬態するような魔物もいるわけね、面白いじゃないの。
餓鬼の体は次第に骨が折れ、肉が裂かれる音と共に口壺の中に収まっていく。
しかし、こいつは、一体どうやって戦えばいいんだろうか?
口壺は、「ゲプッ」と言って、舌を地面に垂らした。この魔物は、擬態する気ないのか?あんなに大っぴらげに舌を出してるとは。
壺は餓鬼の味をしがむように、コトコト横に揺れている。気持ちが悪いやつだ。
次第に揺れは収まり、舌で壺を持ち上げ、地面を押し上げてこちらへ近づいてくる。
こいつ、俺の気配を察知していたのか。というか、擬態する気がさらさらないのは、俺を雑魚だと思っての行動なんだろうな。
「なめやがって…」
餓鬼が持っていた、刃物を拾って構える。
とりあえず、こいつを倒せばひと段落する。奴の動きはさっきの餓鬼より遅い。思うに、移動するのはあの舌で、殆どは壺を覗いた時に、獲物を捕えるスタイルでいるから、素早い動作には特化していないと予想した。
しかし、それは違ったようだ。
口壺は、一定の距離を保って静止した。舌で移動していたのをやめて、壺として機能するよう、口を上向きに壺の底を下向きに、本来の置き方として戻ったのだ。
なんだ、まだ舐めプするつもりか、こいつは?魔素が壺内部に集まっている気配を感じた。なんだっーー
口壺は《伸びる舌》を発動した。
ーー!?
直感で右手で持っていた、刃物を咄嗟に前方へと押し出すように差し出す。
壺の中から、長い舌が鞭のようにしなりながら、凄まじい勢いで俺目掛けて伸びてきたのだ。
舌を刃物で切り裂き押し返した。
あっぶねえ、右手を伸ばしていなかったら、首を掴まれ、締め殺されていたに違いない。
奴は、どうやら待ち構えるスタイルと遠距離で舌で攻撃する二つのスタイルで攻撃するようだ。やり辛い相手だ。
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