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検証6 せめて立ち向かってみよう

 目を覚ました。見慣れたいつもの木の天井。

 鏡に映るニティカの姿。

 俺は起き上がり、すぐに服を着替えた。

 扉の向こうから足音が近づいてくる。


「ニティカ? 起きてる?」


 扉が開き、赤い巻き毛の少女が顔を覗かせた。


「どうしたの? 顔、変だよ」


 いつもの、何度も聞いた言葉。

 昨日、俺の話を聞いてくれたユシアではない。

 俺がニティカではないことも、ループのことも、リジーを身代わりにしたことも、何も知らないユシアだ。

 でも、何度忘れても、何度最初に戻っても、手を伸ばせばそこにいる、ユシアでもある。


「ユシア、今日は俺の言うことを聞いてくれ」

「また俺って言った」

「方言」


 ユシアは少し首をかしげた。


「その方言、ちょっと慣れてきたかも」


 呼吸が止まる思いをした。


「お、覚えてるのか……?」

「? ううん。なんのこと?」

「ああ……だよな」


 咳払いをする。

 覚えてるわけがない。もし覚えているのだとしたら、なおさら、終わらせなければならない。


「ユシア、逃げてくれ。夜に魔王が来る」

「まおう」

「信じてくれ。頼む」

「ええ……」


 そんなわけで。

 俺は、村の人間たちを逃がすことにした。

 天才美少女らしく土下座をしたり、泣き落としをしたり、ユシアに手伝ってもらったり、いろいろした。村の大人たちはユシアを伝説の勇者の子だと知っているので、ユシアに言わせるのが一番効いた。

 別に全員を村から出す必要はなかったし、それは無理だった。

 最低限、事が起こった瞬間に、それを理解して、逃げられる準備をさせておく必要があった。

 ユシアをなんとか説き伏せて、村の人間たちの避難を先導させた。


「なあユシア。俺がいなくてもユシアは生きてくれよ」

「え!? 急に重いんだけど」

「冗談だよ、冗談。俺、反対側の人たちを逃がすから」


 もちろん嘘だ。


 *


 赤い夕日に照らされて、誰もいなくなった広場に立つ。

 銀髪の旅人が、予定通りに村の入り口から歩いてくる。ずいぶんと人の減った、周囲を見渡した。これは予定通りではないらしい。


「おや、妙に静かですね」

「みんなは逃がした。今夜のイベントは中止です。お引き取りください」


 震えた声でそう宣う俺に、旅人は視線を向けた。

 柔和そうな顔のまま、目だけが紅に光った。


「貴様。なぜ知っている」

「何度も見たからだよ」

「何者だ。勇者はどこだ」

「勇者の幼馴染、ニティカ……たぶん。勇者も、逃がした」

「愚かな」


 旅人の身体が裂けるように変じる。

 黒い鱗を備えた魔王の姿が、夕暮れの中、膨れ上がる。


「勇者を逃がして、貴様ひとりが残るとは、何のつもりだ」

「時間稼ぎ、かな……」


 前に魔王を刺したものと同じ、皮剥ぎ用の短剣を抜いた。

 手足が震え、今すぐ逃げたいと訴えている。


「ではその勇気を評して、この魔王直々に血祭りに上げてやろう!」

「まあ、そうなるよな」


 死にたくない。

 全身がそう叫んでいる。

 でも、俺は短剣を握りしめていた。多分、全然さまになってない。

 ユシアはもっと自然に、剣を構えていた。


「案ずるな。一瞬で終わる」


 振り上げられる魔王の腕に、いつのまにか大剣が握られていた。

 夕影を受けて、黒く鈍く光るのを見上げて、悟る。

 いや無理。時間稼ぎにすらならないかも。

 真正面から向けられる怪物の殺意、怖すぎ。

 背中から不意打ちするか、ユシアの影に隠れてしか向かい合ったことがなかった魔王。

 それに正面から殺意を向けられるのは、怖いという言葉で済ませられるようなもんじゃない。

 膝が震えてる。

 おしっこ漏れそう。

 前々々回はこれを真正面から受け止めてたのか、ユシアは。


「死ぬのか、俺は」

「そうだ」


 まあ、いい。

 順番が来ただけだ。

 俺が死ぬパターンを試すのは、これが初めて。

 そして、きっと最初で最後のパターンになる。

 どうせ死に戻りなんて起こらない。

 俺の命は検証プレイに使えない一回きりの消耗品。クソがよ。

 ループは終わり、俺を置き去りにして、世界は続いていくんだろう。

 でも完全な負けじゃない。

 正史と違って、村人を助けた。

 ユシアも逃がした。

 意味がある行為だ。俺が選んだ。選んだから、意味が生まれた。


 要は、(ニティカ)が死んで、ユシアが旅立てばいいんだろ。

 ──なら、()()()()()()()()()()()()、ってことだ。


 それでいい。でも。


「怖い」


 いやだ。死にたくねえ。

 美少女ライフ、1ミリもエンジョイできてねえよ。

 ユシアとお風呂イベントとか経験したかったよ。

 助けてくれよ、誰か──いや、だめだ。

 ユシアは来るな。来たら何の意味もない。

 逃げて、俺がいなくても、ちゃんと生きてくれ。

 いや、(ニティカ)がいなくなるからこそ、ちゃんと勇者になるんだけど。

 ていうか、これでもループ続いたらどうしよう。

 ──ブブー、村人が全滅するのも条件です。残念でした~。

 それは本当に勘弁してくれ。マジで終わりだ。


 そんな俺の懊悩など全く知らない魔王の剣が、振り下ろされる。


「────!」


 はずだった。金属音が鳴った。

 黒い刃が、俺の頭上で止まっていた。

 違う。誰かの剣が受け止めている。

 小さな剣。震える腕。赤い巻き毛。

 俺の目の前に、ユシアの背があった。


「なんで来たんだよ!!」


 俺は叫ばずにはいられなかった。

 ユシアは魔王の剣を受け止めたまま、こちらを見ずに叫び返した。


「来ないと思ってたの、ニティカは!?」


 声が腕が、泣きそうに震えている。きっとその顔は青ざめているのだろう。

 それでも、その脚は下がろうとする気配を見せない。


「逃げろって言っただろ!」

「ニティカが戻ってこないから来たんだよ!」


 ユシアは魔王の剣を押し返した。

 小さな身体が、信じられない力を出していた。


「ニティカ、君は勝手なことを言ったよね! なら、ボクにも言わせて!」


 ユシアは魔王と対峙したまま、俺に叫ぶ。


「君がいなくても生きろなんて、勝手に決めないで!」


 俺は、何も言い返せなかった。


「勇者よ。自ら死にに戻ったか。無価値な命を救うために!」

「無価値なんかじゃない! ボクの大事な友達だ!」


 牙を剥き出しに嘲り笑う魔王に、ユシアは怒る。


 ──ああ、ユシアは、勇者なんだ。


 伝説の血を引いているからでも、剣の才能があるからでも、世界を救うことを運命づけられているからでもない。

 勇者を称える壮麗なオーケストラ楽曲なんて、別に響いてない。

 怖いのに、震えているのに、俺を助けるために戻ってきたから。

 ユシアは、勇者だった。


「ユシア、勝って!」

「誰に向かって言ってるんだよ!」


 俺は、何もかも忘れて叫んでいた。

 俺が生き残りたいからじゃない。

 負けないでほしい。勝ってほしい。ただ純粋にその願いだけがある。

 その結果として、再びループしてしまうかもしれないとしても。


「あっユシア! そいつの弱点は肩のうしろの二本のツノのまんなかのトサカの下のウロコの右だから!」

「ワハハハハ勇者よ! そう簡単に私を倒せると思うなよ! その弱点は今回は対策済みだ!」

「え!?」


 ほんとだ。よく見たら肩を見覚えのない殻が覆ってるじゃん。


「おまえもループ知識引き継いでんじゃねーよ!!」

「ねえどういうこと!?」

「説明してる暇はない!」

「毎回それ!」

「ごめん!」


 ユシアが踏み込み、魔王の剣が、それを迎え撃つ。

 黄昏の下で、勇者と魔王がぶつかった。

 キンキンキンキンキンキンキンキン!

 文字にすると急に安っぽいが、実際には壮絶な剣戟だった。俺はそれを眺めることしかできない。

 キンキンキンキンキンキンキンキン!

 嘘だ。一人(ソロ)で戦うのを眺めるだけでは駄目だ!


「ユシア、右! 弱点!」

「右!?」

「魔王から見て右! いや、だから、今はこっちから見て左!」

「どっち!?」

「すまん、俺もわかんなくなってきた!」

「ニティカぁ!」


 魔王も馬鹿ではない。正面から、弱点をそう簡単に突かれるようなことはない。

 だが、俺だってユシアと魔王が戦うのを初めて見たわけではない。


「ユシア! そいつ、弱点を守る時、左足が半歩遅れる!」

「なんで知ってるの!」

「前々々回見た!」

「前々々回って何!?」

 半泣き半笑いのユシア。


「戯れるな!」

 魔王が咆哮する。

 空気が震え、広場の端の窓が割れた。


「自分が何者かも知らぬ雛鳥が! 何を背負わされるかも知らぬまま、この魔王に刃を向けるか!」

「知らないよ! 知らないけど! ニティカが死にそうだったから来たんだ!」


 キィン! 魔王の剣が、ユシアの剣とぶつかる。

 彼女の靴が地面を削る。


「ボクが勇者かどうかなんて知らない!」


 もう一撃。ユシアは受け流す。


「勇者の血とか、魔王とか、世界とか、そんなの知らない!」


 魔王の爪が迫る。ユシアは身を沈めた。

 赤い巻き毛が、爪の下を抜ける。


「けど、ニティカを助けたいって思った!」


 ユシアが踏み込む。魔王が肩の後ろ──対策済みの弱点を庇う。

 だが、ユシアが狙うのはそこではない。

 魔王が弱点を守るために身体をひねり、そのせいでがら空きになった脇腹。

 そこへ、ユシアの剣が入った。


「うぐおおおっ!」


 魔王は怒りに任せて大振りに剣を凪ぐ。

 弱点を守るために、背中側を見せないように動く。

 右肩が上がり、左足が遅れる。攻撃の軌道が偏る。

 ユシアはそれをすべて見切り、カウンターを入れていく。

 小さな剣が、魔王の鱗に傷を増やしていく。


「なぜだ!」


 魔王が吠え、黒い刃が振り下ろされる。

 ユシアは半歩下がり、刃の側面を叩いた。

 魔王の剣筋が逸れ、進路上にある家屋が粉々になる。


「なぜ勇者が、村娘ひとりのためにそこまで戦う!」

「ニティカは戦ってたんだ!」


 ユシアの剣が、魔王の腕を弾いた。


「ボクの友達が! ボクの知らないところで! 必死に! ひとりで! だから!」


 魔王は弱点を庇いながら、剣を振るう。ユシアがいなす。


「勇者かどうかなんて関係ない! ボクも戦わなきゃ駄目なんだ!」


 ユシアは刃の下を潜った。

 小さな身体が、魔王の懐に入る。

 魔王が笑った。罠だ。胸の鱗が開いて、その奥から、黒い炎が噴き出す。

 知ってる。HPが半減したときのパターン。

 ユシアは、それを避けられない。


「うおおおおおおッ!」


 俺は短剣を握りしめて走り、魔王の足へ突っ込む。

 足首の鱗の隙間に、短剣を突き立てた。


「がっ」


 魔王の姿勢が崩れ、黒い炎が逸れた。

 熱がユシアの頬を焼き、赤毛を少し焦げさせる。

 でも、直撃はしなかった。


「ニティカ!」

「前!」

 ユシアが剣を握り直した。


 魔王は、足首を刺されたせいで、体勢が崩れて、守りの形が歪んでいた。

 弱点攻撃対策の甲殻が、ほんの少しだけずれている。

 そこにユシアは踏み込んだ。


「ボクは!」


 赤い巻き毛が夕映えに跳ねる。


「ニティカを!」


 小さな剣が、黒い甲殻の隙間へ滑り込む。


 肩のうしろ。

 二本のツノのまんなか。

 トサカの下。

 ウロコの右。

 魔王が守り続けた──逆に顕となってしまった場所。


「助ける!」


 刃が、魔王の弱点を貫いた。


「……敗れたのか。私は」


 魔王は、紅の目を見開かせる。

 黒い血が噴き出し、巨体が、ゆっくり崩れる。

 地面が揺れた。


 魔王の身体が、広場に横たえられていた。


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