表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/7

検証7 運命を選んでみよう

 夕日は沈みかけていた。

 村は火に包まれていないし、村人の悲鳴もない。

 戦いの巻き添えで、建物がいくらか破壊されたぐらいだ。

 遠くで、避難した人々のざわめきが風に乗ってかすかに聞こえる。


 ユシアは、魔王の死体の上に膝をついて、剣を握ったまま、肩で息をしている。

 全身は血と泥と煤に汚れていて、くるんとした赤い巻き毛も、ところどころ焦げている。

 あどけない顔は、くしゃくしゃに歪んでいた。

 俺も、広場に座り込んだままでいた。


「……倒した。ボク、倒した、魔王を」

「すごいな」


 すごいとしか言い表せなかったが、もう少し気の利いたコメントがあったような気がする。

 身体の奥がじんじんと熱を孕んでいた。

 恐怖も疲労も残っているのに、それでも、胸のどこかが信じられないくらい高揚している。

 勇者の、完璧な勝利だった。ファンファーレが鳴りそうなぐらいには。


 ──でも、これもどうせまた戻るんだ。


 魔王を、勇者が倒した──これも前々回に検証したパターンの一つでしかない。

 (ニティカ)は、生き延びてしまった。

 これでは、ループ脱出条件を満たせない。

 この勝利を、無駄にしたくなかった。


 ──まだ、間に合うんじゃないか。


 俺は、短剣の柄を両手で握りしめる。

 見つめる先にあるのは、その剥き出しの刃。


「──駄目だよ」


 ユシアが立ち上がって、こちらを見つめていた。

 言い訳の言葉ひとつも思い浮かばない。


「……うん」

 魔王の血で濡れた短剣を、その場に放り捨て、俺は沈む夕日を見上げた。


 まもなく、夜が来て、そして朝になる。

 そうしたら、またあの木の天井が俺を迎えるのだろう。

 寝台。薪の匂い。扉の向こうの足音。

 どうしたの、顔、変だよ。

 また、そこから繰り返す。


 じゃあ、それに意味なんてなかったのか?

 全部が、無駄だったのか?


「……でも、なんだか、まるで、RPGのヒロインだったな」


 勇者が自分のために駆けつけて、魔王と戦って、勝つ。

 死ぬためのヒロインではなく。

 助けられるためのヒロイン。

 いや、助けられるだけでもなかったけど。

 隣で叫んで、短剣で足を刺して、邪魔をして。

 一緒に戦うヒロイン──というには、美化しすぎか。


 ともかく──勇者が、ユシアが、来てくれた。

 ユシアが、俺のために戦って勝つところを見られた。

 それだけで、意味があったような気がした。


(……ん? 変じゃないか)


 二回目と三回目と五回目のループで起こったことを思い出す。

 あの時はそもそも、魔王を倒してすぐ次の周回に入っていたじゃないか。

 ──じゃあ、今そうなってないのは、なんでだ。

 その疑問の答えに辿り着く前に、魔王が迫っていないことに気づいた村人たちが、恐る恐る戻ってきていた。


「──ユシア、ニティカ、無事なのか!?」


 壊された家、荒れた広場、魔王の死体、生き延びているユシアや俺に対して、めいめいの反応をしていた。

 やがて、村人が俺達に殺到して、いろいろ問い詰めようとしてきたので、俺とユシアは逃げるように走って、村の外に出た。

 森の中、川のほとり、ちょっとした花畑みたいにいろいろな花が咲く、少し開けた場所。

 ちょうどいい木陰に、俺達は腰掛けた。


「こんな場所知ってたんだ」

「最初のループで、ユシアと見つけたんだよ。ユシア、気に入ってた」

「そうなんだ。……言われてみれば、そんな気がする」


 ユシアが隣にいて、俺の手を握っている、その温もりがある。

 そのまま二人して、ごろん、と寝っ転がった。

 星空が真上にやってくる。


「なんだかいい気持ち」


 ──ニティカは戦ってたんだ! ボクの知らないところで!


 前のループのことを、ユシアは覚えていない。

 俺の告白も、信じるよという言葉も、覚えていない。

 あのセリフは、薄ぼんやりとした記憶の残滓が言わせたにすぎないのだろう。

 

 それなのに、今ここで手を握っている。


「ひょっとしたら」

「?」

「俺って別に死ぬ必要、なかったんじゃないか」

「ニティカ~?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて」


 俺はようやく、少しずつ気づき始めた。

 あの最悪な正史は、ただの手段でしかなかったのかもしれない。


 ニティカが死に、ユシアが立ち上がり、魔王を倒す。

 それが条件だと思い込んでいた。


 ──必要だったのは、死そのものではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったとしたら?


 誰かに命じられたからでは、伝説の勇者の血がそうさせたからでもなく、そう育てられたからでもなく、戦う意味を見出す必要がある、というだけのことだったのかもしれない。


 ニティカの死を無駄にしないために、魔王に立ち向かうか。

 ニティカを救うために、魔王に立ち向かうか。


 それはきっと、どちらでもよかったのだ。


「……はは」


 俺は力なく笑った。視界が滲んだ。

 死ななくてよかったのかよ。だったらもっと早く言え。

 などと内心でぼやいても、世界はわかりやすい答えを示してくれない。


 俺は何度も失敗した。

 リジーや村人を死なせ、ユシアを傷つけた。

 自分が死ななくてよいのだと知るまでに、何度も過ちを犯した。

 馬鹿みたいだ。本当に。

 でも。死ななくてよかった。

 みんな、生きていてよかった。

 俺も、ユシアも、リジーも村人も。

 世界は俺を置き去りにはせずに、続いてくれるらしい。


 結局、本当のニティカはどうなったのだろう。

 なんだかんだあったが、最終的には、俺が真・ニティカの席を押し出して、ユシアの隣で生き延びて、居座ってしまった形になる。

 なんか、悪いな。

 そんな一言で済ませていい話かは、さておき──


(呼んだ?)


 頭の中・直接・声。


「うわーーーーーーーっ!」

「ニティカ!?」

 隣のユシアが焦った様子でこっちを見た。

「大丈夫、大丈夫じゃないけど大丈夫」

「どっち!?」


(はーい。私ニティカ)


「か、軽っ!」

「に、ニティカ?」

「ごめん、今何者かが脳内に直接語りかけてきて……」

「のうない……?」


(正確には、この身体に残留していた魂の残滓……みたいなもの、かな。多分)

「あ、なんかそれっぽい」

(ご苦労さま。あなた、もう用済みだから、身体返してもらうね)

「やっ、やめろおおおおおお! さんざ頑張ってそのオチなのかよおおおおお!」


 いや、やめろとかいう権利が俺にあるのかどうかはわからないが、さすがに待ってほしかった。せめて一年ぐらい、こう。


(冗談よ。安心して。残滓ごときが身体を取り返せるわけないもの)

「安心していいのかなあ、これ」

(たぶんね。試してみる?)

「それ、俺どうリアクションすればいいんだよ」

(ていうか、あなたはすでにもう私の一部になってるの。身体が私のものだったんだから、魂もそれに引っ張られるのは普通よ)

「そういうものなんだ。なんか怖いな。……いや、俺が言うことじゃないかもだけど」

(だから、そもそも取り返すっていうのも変なのよね。私があなたに追い出されたっていうか、もう混ざり合っちゃってるわけだし)

「なんかで読んだな。コーヒーに自我があったらミルクを混ぜられた時どうなるみたいな話だ……」

(どこまでが私でどこからがあなたかなんて、今更悩んでもしょうがなくない? 死んだ後に死に方について考えるのと同じで)

「やな喩え~」


 真・ニティカの声は終始軽かった。

 恨みや怒りのようなものは感じられなかったけど、聖女みたいに許してくれている感じでもなかった。

 ただ、たまたま話しかけられそうだったからそうしてみた、くらいの軽さだった。


(たとえば、あなたがユシアのこと好きなのは、私の影響だから)


「……あははははは………………」

(でも、あなた自身の気持ちでもあるわよ。私だけだったら、ここまで来られなかったもの)

「……」

(……ごめんね。押し付けて)

「怒れないよ。俺もやったし」


 真・ニティカが笑ったような気配を感じた。


(じゃあ、おあいこね)

「それで済ませていいのか」

(済ませるしかないこともあるのよ。それとも、重くした方がよかった?)

「いや……」

(でしょ。じゃ、そういうことで。後よろしく)

「よろしくって何を」

(ユシアのこととか、この先とか)

「雑だな。任せていいのかよ、俺に……」

(あなたの方が向いてるわよ。悪あがき、得意そうだもの)

「褒めてる?」

(褒めてる。ありがとう、とは言わないわ。言ったら、許したみたいになるし。あなたって許されたくないでしょ?)

「きびし~」

(それじゃ今度こそ、後よろしく)


 それきり、本当に声は聞こえなくなった。

 真・ニティカとの交信は、それで終わった。

 去ったのか、消えたのか。真・ニティカの言葉を信じるなら、まだそこにいるのかもしれない。


「ニティカ」


 ユシアが、おそるおそる俺を呼んだ。

 不思議と、もう、名前を呼ばれることの居心地の悪さが、薄れていた。


「今の、なに?」

「真・ニティカと脳内会議してた」

「……?」


 ユシアは困り果てた顔をした。それから、少しだけ笑った。


「今のニティカも、真のニティカでしょ」

「でも俺って本当は異世界から来たナントカで……」

「もう。異世界から来たナントカさんであり、真のニティカなの、きみは」


 雑な結論だけど、まあ、ユシアが言うならそれでもいいかと思った。

 魂とかアイデンティティの論議は、テツガクシャに任せよう。

 いや、でもせめて、この美少女の中身にどのような妙なものが混じったかぐらいは、後々きちんと説明したほうがいいのかもしれないが……。


「……あ、朝日だ」


 光に照らされた、花々が揺れている。

 夜が明けつつあった。

 しばらく、ユシアと手を握ったまま座り込んで、木々の向こうに昇る太陽を見つめていた。

 不思議な気持ちだった。自分が自分じゃないものと混ざり合っているのを、受け容れるのは。

 でも、変わるってそういうことなのかもしれない。

 それにしたってちょっと急激すぎるが。

 世界はこっちの都合に合わせてくれない。

 俺ができるのは、その中で何かを選ぶことだけ。

 正史が壊れたのはさておき、魔王は倒した。

 ここでエンドロールが流れ出しても、おかしくはない。

 けれど、そんな気配はなかった。


 朝日は普通に眩しいし、村人は泣いているし、怪我人はいるし、壊れた家もある。

 魔王の死体も普通に邪魔で、あとしまつが必要だ。

 きっと、この先もいろいろ面倒なことがあるんだろう。

 村の復興。魔王を倒した勇者の扱い。正史から外れた世界。

 俺がニティカとして生きていくこと。

 ユシアとの関係。

 ここからは、筋書きのない世界で生きていかなきゃいけない。

 面倒くさいな。

 俺、フリーシナリオのRPGって、いつも投げてきたんだよな。


 まあ、いいか。

 たまには。


「なあユシア」

「なに?」

「この世界って、女の子同士でも結婚できるのかな」


 ユシアの顔が、みるみる赤くなった。


「え!? 気が早すぎるよ!!!」





【THE END】



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ