検証3 勇者に倒させてみよう
窓から差し込む朝の光は、俺の気分とは裏腹に爽やかなものだった。
ため息すら出ない。
レベル1の村娘が魔王を殺すという大金星を挙げて、ユシアにあんな目で見られて。
それでもだめだっていうのかよ。クソっ。
「ニティカ? 起きてる?」
赤い巻き毛の少女が、扉を開けた。
前と同じように、俺の顔を覗き込んでくる。
「どうしたの? 顔、変だよ」
ユシアの顔色には怯えなどない。俺だけが変だった。
魔王を殺した。村は襲われなかった。
ユシアは死んでいない。俺も死んでいない。
それでも、世界は俺に、これが過ちであるという。
何が足りない。何を間違えた?
──魔王を倒したのが、俺だったからか?
イベントバトルで、虐殺されるはずのNPCにボスを倒させたらどうなるのか?
そんな検証動画を前世で見たことがあるが、ほとんどの場合、進行不能、あるいは敗北した扱いになっていた。
俺による魔王の暗殺は、そういった扱いになったのかもしれない。
俺はゆっくり息を吸って、気持ちを落ち着けようとする。
「ユシア。今日は、俺の言うことをよく聞け」
「また俺って言った」
「方言」
「そんな方言あるの~?」
ユシアは困ったように笑った。俺も笑おうとして少し失敗した。
*
昼の広場。
ユシアに剣の稽古をつける、村の大人たち。
そして、旅人に変装した魔王。
ここまでは同じだ。
魔王が広場に入ってくるはずのタイミングの少し前、俺はユシアの腕を掴んだ。
「ユシア、聞いて。今から無駄にイケメンな旅人が来る。で、そいつが『君が勇者か』って言う」
「なにそれ、占い? 予言?」
「いいから聞け。そいつがそのあと、魔王の正体を現してこの村を襲う」
「まおう」
ユシアはぱちぱちと瞬きした。
「で、正体を現したら、肩のうしろの二本のツノのまんなかのトサカの下のウロコの右を突いて」
「え!?」
そうだ。今度はユシアに倒させる。
最終的にはそうなる筋書きだというのなら、前倒しにしてもいいはずだ。
「そこが弱点だから!」
「何言ってるのニティカ!?」
「俺だって言ってておかしいと思ってるよ!」
「じゃあ言わないで!」
「言わないと死ぬんだよ!」
ユシアが目を見開いて固まった。
「死ぬ?」
しまった。余計なことを言った。
しかし、取り繕う時間はもうない。
旅人はすでに、広場の端に現れていた。
銀色の髪。人のよさそうな笑み。くたびれた外套。背負い袋。杖。
旅人がこちらに近づき、そして、その紅色の目がユシアへ向けられる。
俺は呼吸を忘れていた。
「君が勇者か」
俺の“予言”通りの旅人の言葉に、ユシアの顔から血の気が引いた。
「……ま、魔王?」
「!」
ユシアの喉から声が漏れた瞬間、旅人の姿が裂けた。
黒い鱗。二本の角。赤黒いトサカ。外套が破れ、魔王の真の姿が広場に現れる。
「ほう。まさか、見破られるとはな」
大人たちが悲鳴を上げる。ユシアは固まっている。
魔王の巨腕が振り上げられた。
「ならば今ここで、殺すのみ!」
「ユシア! よけて!」
「……!」
俺の叫びに、ユシアは地面を蹴って、後ろに飛ぶ。空を切る魔王の爪。
すごい。あれをとっさにかわせるのか。俺だったら三枚に下ろされてた。
「剣!」
「え、えっ」
「抜いて!」
ユシアは腰の剣を抜いた。
稽古用の木剣ではない。村の大人たちが、護身用として持たせていた小さな真剣だ。
「ねえ、説明してよニティカ!」
「そんな暇ない! ユシア、右!」
「右ってどっちの右!?」
「魔王から見て右! いや待て、攻略本の挿絵は背面だったから、こっちから見て左かも!」
「ニティカぁ!?」
キィン! 金属音が鳴る。
振るわれる魔王の爪を、ユシアは剣で受けていた。
小さな身体が吹き飛ばされかける。だが、踏みとどまった。砂埃が足元に立つ。
震えながらもまだ立っている。
「肩のうしろ! 二本のツノのまんなか! トサカの下!」
「トサカってどれ!?」
「赤黒くてぴらぴらしてるやつ!」
「なんか嫌な言い方!」
ユシアは泣きそうな顔で、それでも魔王の攻撃を避けつづけた。
原作はターン制だからコマンド選択画面で、落ち着いて「たたかう」だの「アイテム」だのを選べたはずなのに。現実戦闘というアクションRPG、忙しすぎる。いやターン制バトルだったら多分純粋なレベル差で死んでた。パリィとドッジができるアクションRPGで助かった。
「ウロコの右!」
「だから右って──」
ユシアの目の色が変わった。俺の指示を理解したわけではない。
魔王は攻撃の時も、防御の時も、肩の後ろを守るように身体を捻っている。無意識にかばっている場所があるのが、ユシアには見えたのだ。
振り下ろされる魔王の腕を、身を沈めてユシアはかいくぐり、踏み込み、回り込み、跳ぶ。その先にあるのは、肩のうしろの二本のゴボウのまんなかにあるスネ毛の下のロココ調の右、じゃなくて──
「──肩のうしろの二本のツノのまんなかのトサカの下のウロコの右っ!」
小さな剣が、黒い鱗の隙間へ吸い込まれた。
「うぼああああぁっ!!」
断末魔が響く。
ユシアの剣が、弱点を貫いていた。MAOU EXECUTION.
魔王の身体が崩れ、黒い血が広場に広がる。
ユシアは、魔王に突き立つ剣を握ったまま、膝をついて、肩で息をしていた。
大人たちは声も出せずに、呆然と眺めていた。
膝から力が抜ける。勝った。今度こそ。
今度は、勇者が魔王を倒した。
ちょっとどころではなくスキップしたが、大枠は正史通りだ。
「ニティカ」
刺さっていた剣から、ユシアの指が剥がれる。
振り向いたその顔は青い。頬に、魔王の黒い返り血が散っているのが見えた。
「ボク、今、何を倒したの」
「……魔王」
「どうして、ニティカがそれを知ってるの。どうして、ボクが倒せるって知ってたの」
「……」
また、その問いに答えられない。
俺はユシアに、再び、幼馴染の姿をした何かを見る目を向けられている。
当然だ。
ユシアから見れば、俺は急に未来を言い当て、魔王の弱点を叫び、自分を戦わせた誰かだ。
怖いに決まっている。
でも。
「……勇者だから」
俺がそう口にすると、ユシアは首を横に振った。
「ボクは、そんなの知らない」
それは、魔王を倒した勇者の声ではなかった。
何も知らないまま勇者にされた少女の、小さく震えた声に、胸が押しつぶされそうになる。
こうするしかなかったんだ、と俺は言いたかったが、それで納得してくれるはずもない。
何も知らないユシアを勇者に仕立て上げた勝手な村の大人たち。
村を滅ぼすことで勇者を完成させようとする世界。
それと俺は、何も違わない。
意識が途絶えた。




