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土産話と共に休息を(後編)

前回の続き

 アメリとマティルダが静まり返ると、クロードは咳払いし、添削済みのはずのマティルダの妄想小説を再び広げた。そのまま、黙々とペンを走らせ、次々にページを捲っていく。

 その場にいる人間達は、皆訳がわからず首を傾げたり、嫌な予感がしてヒヤヒヤしたりと、さまざまな反応を示している。


 走らせていたペンを置き、妄想小説を閉じたクロードは、マティルダの方に向き直った。

「マティルダ、貴女のこのおぞましい文章ですが、『ミーシャ』という名前は適当に『女性Aさん』、『アレキサンドラ陛下』という名前は、そこで啜り泣いている『アブ・ラギール』に全て書き換えておきました」

「っ!?何勝手に変えてんのよ!!なんでこの私がよりによってこんな汚い男と夜伽をっ……いやぁあああ!!!!!」

 醜い品性が顔に滲み出ていて若いご令嬢からことごとく嫌悪されるアブ・ラギールが、まさかの相手役に大抜擢されてしまった。男でさえも惚れ惚れするほどの美しく高貴な国王陛下との夜伽を望んでいたマティルダにとっては、絶望に等しい結果だろう。

「おいおい、クロード…アレキサンドラとの熱烈な愛(笑)物語が汚されたいだけのマゾヒスト小説に変身しちまったじゃねぇか…」

「ええ…本来であればヒロインの役はマティルダのままにしておきたかった所ですが…いたいけな令嬢相手にそれは心が痛みますので、ここはマティルダの父君に()()になっていただきました」

『………え?』

 ここの場にいる俺以外の馬鹿貴族共とグレイ様が、全員クロードの方を見て声を揃わせた。

「皆様のお察しの通り…ヒロイン役は『フローレス伯爵』に差し替えています」

「は????お、お父…様に………?」

俺も、マティルダと同じ第一声を発しそうになった。

 一応は令嬢だからと慈悲を与えたのだろうが、まさかマティルダの父親が犠牲になるとは思ってもいなかった。

「これで貴女の書いた物語は、ご自分の父親とアブ・ラギールさんと睦み合う物語となりました。貴女の父君は自分だけ罪から逃れようと真っ先に娘を見捨て、自分が書いた醜聞伝も友人であるはずのガルシア侯爵が全部書いたことにした…まあいずれ捕らえますが、貴方達がこれから受ける罰と同等では納得がいきませんよね?」

「っ………!!ま、まさか…!?」

「おめでとうございます、マティルダ。貴女の小説は醜聞伝の中から一番最初に地上に広められる記念すべき作品になります!」

 クロードの目の奥は、かつてないほど輝き始める。清々しいほどの良い笑顔で、公開処刑パート2を突きつけられ、マティルダは戦慄したように「ヒュッ…!」と声を漏らした。

「ははははっ!!!酷えなクロード、見事に人の精神を極限まで抉り倒す拷問だなぁ。宰相子息でさえなければ是非とも雇いたい所だ」

「そのお気持ちだけ受け取っておきます、グレイ様。さて…この記念すべき作品を、せっかくなので原作者であるマティルダさんに皆様の前で音読していただきましょう」

 自分の最高傑作(笑)を添削され、キャラクターをおっさん二人に変えられた挙句、性描写はそのままの状態になった作品を、この場にいる老若男女問わない全員の前で読まされる。もうこの腹黒拷問官と鬼畜眼鏡は徹底的にやるつもりなのだろうと俺は察した。

 公開処刑をパート3にまで進められたマティルダは、魔改造された自身の小説を押し付けられ、ふらふらとした足取りで立ち上がらされる。震える手のマティルダに対し、クロードは容赦無く告げた。

「マティルダさん、貴女が熱烈に描写した『汗ばむ肉体と、ねっとりとした愛の囁き』を、ご自身が最も嫌悪する男と父親の名前で、もう一度最初から音読するのです。さあ、恥ずかしがらずにどうぞお読みください」

 マティルダにとっては、最大級の恥辱だろう。

 自分の愛と欲望の詰まった性描写が「ただの汚いおっさんと父親の生々しい絡み」に強制変換され、皆の前で音読させられることは。

 全身を震わせながら、マティルダは絞り出すような声で音読を始めた。

「っ……アブ・ラギールは……ダニエル・フローレスの両脚を…も、持ち上げて………自身の…その………っ」

 馬鹿貴族共の中には、性描写の序盤中の序盤から想像しただけであまりに悍ましいためか、嗚咽する者や吐き気を催す者がおり、もう我慢できず嘔吐してしまう者までいる。その中で、ガルシア侯爵は友人のはずのフローレス伯爵が抱かれる役になっているのを嘲笑うことで、なんとか壊れそうな正気を保とうとしている。

 娘達だけでなく、その親同士まで薄っぺらい友情とは、いっそこちらの方が傑作だ。

 マティルダが一生懸命読み上げているのをグレイが小説を覗き込むと、吹き出したように笑い始めた。

「っ!あっはははっ!!この小説、主語が変わっただけでただの『汚物の押し付け合い』になってんじゃねぇか。ほらマティルダ、お前が書いた渾身の濡れ場なのに声が小さくて全然聞こえねぇな。もっと感情を込めてそのおっさん同士の愛の営みを読み上げろよ。お前が望んだ()()()()だろ?」

 かつてないほど悪い顔をしたグレイは、もっと声を出せと言うだけでは済まさず、マティルダに向けて最恐最悪の皮肉を放った。

「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!もういやぁああああああああああっ!!!!!」

 今までなんとか耐えて耐えて耐えてきたマティルダだったが、グレイの言葉に完全に限界を迎えた。

 音読をさせようとしても、もうまともに喋ることも出来ない。それぐらいの壊れっぷりに、グレイはこれ以上の恥辱を与えるのはもう無理だと察し、真の拷問部屋までマティルダを引きずっていった。

 その拷問部屋から、骨がバキバキと折られる音と、再びマティルダの悲鳴が聞こえてきたのは言うまでもない。

「やれやれ…音読から逃れたところでこの本は絶対ばら撒かれるんですけどね」

 音読は完全にただの前フリだったようで、あの妄想小説から魔改造された絵面の汚いBL小説は出版されてしまうらしい。まあ、俺は一冊につき銅貨一枚分の値段でなければ買わないが。


 全ての恥を晒し、精神的苦痛を受けたマティルダが拷問された。これで自分たちは公開処刑を受けることなく、ある意味さっさと拷問を済まされる。

 などと考えているであろう残りの馬鹿貴族共の儚い希望を、どうせクロードは見抜いているのだろう。

 クロードは馬鹿貴族共に向き直り、また目の奥が笑っていない顔で口を開いた。

「敢えて言っておきますが、これで終わったとは思わないでくださいね。貴方達がミーシャ嬢を貶めるために書いた『罪のない男を誑かし貪る淫売』の物語の数々ですが、これらについても『ミーシャ』からご自身の名前に変更され、地下地上問わず全使用人の間で娯楽として回し読みされることになります。貴方達が望んで作った設定なのですから、喜んでその辱めを受け入れるように」

 マティルダだけがその類の犠牲になると思っていたのに、自分達も同じ罰を受ける。

 その最悪な宣告を受けた馬鹿貴族共から、阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。


 こうして、社会的にも精神的にもプライドを粉々にすり潰された馬鹿貴族共は、グレイの拷問部屋まで次々と連行されていった。

 行き先が決まるまでの間、拘置所でこれから自分自身が受ける辱めを恐れながら過ごしたのだった。


 この公開処刑はディアナ王国の歴史上で一番恐ろしかったと後に語られるだろうと、俺は護衛をしながら思った。




     ーーーーーーーーーーー



「………ってなわけで、ミーシャ嬢の醜聞伝をこの世から消し去るために宮廷では色々とやったわけなんだよ」

「そんなことがあったんだ…セルレウス様やアイリス家の協力もあったんだろうけど…何よりクロードさんとグレイさんがそれだけミーシャのために頑張ってくれたから今も平和でいられてるんだろうな」

 まあ、良いように言えばそういう事にはなる。

 グレイ様とクロードに対しては、護衛の最中ずっとえげつねぇことするなとは思った。しかし、正直マティルダの小説が絵面の汚いおっさんのBL小説に変身したと分かってからは笑いを堪えるのに必死だった。


 ちなみに、ミーシャを亡くして生気を失っていた国王陛下が復活された時も、俺は挨拶に行くグレイの護衛をしていた。

 その時国王陛下は、

「俺がいない間に何か問題は起きていなかったか?」

 と尋ねていた。

 愛するミーシャの醜聞伝を作者ごと精神的かつ社会的に抹殺していたとは言えないだろうなと思っていたら、グレイ様はこう答えていた。

「ああ、その頃は貴族の間で文学が流行っていたからその授業を受けていた。ちなみに講師はサイネリア家の宰相子息だ」

 綺麗な言い方をすればそうなるが、流石にその報告では醜聞伝のことは誤魔化せないだろうと思った。ミーシャ嬢を侮辱された怒りで宮廷ごと抹消されかねない…という恐れもあったが、なによりなんだかんだで純粋な国王にあの悍ましい性描写まみれの小説や醜聞伝を見せたくない気がしていた。

 しかし、国王は完全に信じたのか空気を読んだのか、「楽しそうだな、今度俺も教えを乞う事にしよう」と答えていた。

 絶対にやめておいた方が良いと言いたかったが、恐ろしい拷問を与えたグレイ様の前では言えるわけがなく、その時の俺は沈黙を選んだのだった。



「ところで…その醜聞伝と変な小説って結局どうなったんだ?」

「あー…地上と地下問わず使用人に広められるとはなったんだが、何やらその使用人の中で金になるって判断したやつがいてな…娼館に銅貨5枚で売り出したんだよ」

「えっ…一冊500円ぐらいとはいえ勝手に売っちゃって大丈夫なのか!?」

「500えん…ってのはわかんねぇけど、クロード曰く原作者に権利がないから許可取る必要もないし、卑猥な挿絵を完全に消した上で内容も国王陛下やミーシャとは全く無関係のものになったから売るなり焼くなり好きにしろってことらしい」


 あの醜聞伝と小説は、使用人達のささやかな娯楽(?)として無料で提供されて終わるはずだった。

 その使用人の中から主に絵面の汚いおっさんBL小説を商売に利用し、その本を買った娼館に通うお客さんに見せた所、まさかの話題作りとして相応しいギャグ小説としてウケたようだ。

 こうした経緯から、そのおっさんBLを中心に、娼館に通うお客さんから商人、さらには暇を持て余す一般人にまで『元・醜聞伝』は大流行していったのだ。


「俺はそんなもん買うつもりはなかったんだが…ひょんなことから騎士団の仲間からマティルダが原作者のおっさんBL小説をもらっちまって…一応読んだからお前の感想をちょっと聞きたい…」

「その騎士団の人はなんで買ったんだろ…とりあえず読んでみるよ」

「えっ、マジで読むのか」


 感想が欲しいとは言ったが、この小説ははっきり言って面白くはない。

 クロードがいくら文章を美しく添削したからと言っても、所詮は何ページもだらだらと続く愛の営みだ。その内容の時点で面白くないところを、睦み合う二人をおっさん同士に変えたことでなんとかギャグとして成立しているだけだ。

 エルドリック団長は、「こんな足の上げ方をしたらフローレス殿の骨が折れる」と真面目な顔をしながら物理的な意味でツッコミを入れていた。

 以前なら、ライヤも同じような反応を示していただろう。しかし、今のライヤはどんな反応を示すのかが気になっている。


 ライヤは一通り読み終え、口を開いた。


「………あのさ、この小説って略奪が前提なんだよね?」

「え?まあそうだが…それがどうかし…」

「略奪した上で愛し合うって流れにしたいなら、略奪の過程はもっとしっかり書くべきだと思う。今は登場人物が全員別人になってるとはいえ、そもそも国王陛下はそんな簡単にミーシャから奪われるような人じゃないし…どちらにせよおじさん二人になってギャグにしたところで略奪の過程がとにかく雑な時点でこれは駄作だよ」


 俺は思った。

 今のライヤは、別人以外の何者でも無いとしか思えないほど変わったと。


 話が面白くなくても「おっさん同士で何やってんだ」という感じでギャグ小説として捉えればまだなんとか読めていたのを、ライヤはその前提にある略奪の描写に文句をつけてきたからだ。

 以前のライヤなら、そんな所には目もくれず、「なぜ中年の男同士が愛し合っているのだろうか」とぼんやり呟くか、エルドリック団長のように物理の面でツッコミを入れていただろう。

 にしても、まさかこんなにマティルダ原作の妄想小説(クロード:監修)がボロクソかつ真っ当な批判をされた挙句、駄作扱いになるとは思ってもいなかった。

「はっきり言って、この話よりも子供の空想話の方がよほど聞き応えがあって面白いってぐらいだよ」

「ま、まあ…そこはあくまで元が官能小説だからってことで…それより、お前このおっさん同士の描写を見ても何も思わないのか?」

 おっさん同士の描写は、面白いと捉える者は多かったが、中には気持ち悪いと嗚咽する者も少なくなかった。

「え?あー……それに関してはそういう性癖の人もいるだろうし、特に何も思わなかったかな…」

「マジか。お前意外と心臓強いな」

「そうかな?その手の話の知識があるってだけだと思うんだけど…」

 面白いだとか、気持ち悪いと言うかと思ったら、まさかの何も感じないという答え。

 しかも、また小説をペラペラと捲り、「略奪するならアレキサンドラの孤独に寄り添う所から始めないと…」なととぶつぶつ批評を繰り返している。


 そういう意味だけで言えば、ライヤは変わっていないなと感じた。


「ライヤ、口直しに串焼き食えよ。頑張ってるお前に今日は俺の奢りだ」

「えっ!?この前奢れって…」

「あれは勢いで言っただけだ。酒奢るのは俺が騎士団長になったらその就任祝いってことでよろしくな、ライヤくん?」

「っ!!分かった、楽しみにしてる!ありがとうアーサー!」


 いつになるかわからない約束を交わし、俺はライヤと飲み続けた。

 飲み慣れていないライヤが、強いかもしれないと油断してアホみたいに飲んで突然寝落ちてしまい、カルミアから雷が落ちたのは、言うまでも無い。


次回は、そんな真佑達を見守る天界サイドの話の予定です

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