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土産話と共に休息を(前編)

久しぶりの真佑サイドの話の番外編です。

アーサー視点となっております。

時系列としては、真佑とルシフェル(ライヤ)が和解した後です。


 俺は騎士団に所属する騎士、アーサー・ローレントである。

 今日は休日ということで、様子見のためにライヤに会う約束をしている。そのついでとして、俺はある土産話とその特産物を持っているため、話と共にライヤに渡すつもりだ。


(まあ、こんなもん普通は人にあげるどころか手にしたくもないけどな…でも、ライヤにはちゃんと言っておくべきことだし…)


 特産物が出来た…というか出来上がってしまった理由と、その過程はライヤにどうしても話したい。

 なぜなら、それはミーシャに非常に関わりのある話だからだ。


 串焼き店の前で待っていると、ライヤが走ってこちらに向かって来ている。以前のような、騎士団の中でもずば抜けて素速い走りとは程遠いへなちょこ走りで。

「おっ、ライヤ!こっちだこっち!」

「あ、アーサー…!お待たせっ…!」

 この一年で、ライヤは急激に変化した。騎士に昇格し、順調に騎士団長に出世すると思っていたが、今ではカルミアとかいう魔女みたいな医者の助手をやっている。

 見た目の割に脳筋で勉強できないライヤに医者の助手など夢のまた夢だと思っていたが、案外上手くやれているらしい。

 いや、あいつが上手くやれているのは分かっていたことだ。ライヤは、どんな困難があろうと絶対に諦めない奴だ。だからこそ、勉強がどれだけ苦手でも必死にやっているのだろう。

 というのを腕を組みながら言いたい所だが、今のライヤは前よりやたらと賢く、訳のわからない答えが返って来ることがないため、最早別人としか言いようがないぐらい変わったとしか思えない。

 その上、このへなちょこ走りは元騎士団に所属していた爺さんよりも遅い。


 やはり、ライヤはあのジルコニアの公爵子息にシメられすぎておかしくなったのだろう。

 グレイ・ジルコニア、以前の宮廷騒動の時と言い、改めて恐ろしい男だ。一人の騎士をここまで変えてしまうとは。


「そっちの調子はどうだ?」

「助手とはいえまだ雑用はたくさんやることあるけど、いつかはちゃんと職業として名乗れるようには頑張ってるよ。アーサーは?」

「あー…最近は結構バタバタだったんだよな…」

 それこそ、ライヤに話すつもりだった土産話が、そこに含まれている。

 あの時は、本当に色々と大変だった。

「もしかして…なんかあったのか?」

あのライヤが、らしくなく空気を読んで聞いてくれた。あの宮廷で起きた騒動を、全て話すことにした。

「実は宮廷で…」



     ーーーーーーーーーーーー


 ミーシャの急逝後、ここぞとばかりに湧いて出たアメリ・ガルシアら不届き貴族たちが、ミーシャへの中傷から始まり、ありもしない醜聞まで流していた。


『ミーシャ・グレイスは亡きグレイス侯爵への恩を仇で返した親不孝者』

『野蛮な転生者に取り憑かれて悪魔と化した化け物』

『罪のない男を誑かし貪る淫売』

『王を狂わせた淫魔』


 主に、このような酷い内容ばかりだ。ミーシャは勿論だが、亡きグレイス公爵にも無礼に当たる上に、ましてや国王に関しては不敬と裁かれてもおかしくない。

 不届き者の貴族達は、ただ中傷するだけでは済まず、これらの出鱈目な中傷を事細かに描写し、あろうことか卑猥な挿絵まで入れた醜聞伝が小説として出版しようとしていたのだ。

 これに対して、グレイ様を筆頭に、ミーシャの友人ユリアナの実家とその夫であるクロード、セルレウス様らは動き出した。

 元凶である貴族の抱える罪を全て洗い出し、家ごと取り潰した。男性は地位も取り上げられ、人手がなくて困っている貴族の使用人にならなければ職を与えずに路頭に迷わせているらしい。一方で、女性は使用人として働くか、教会への永久奉仕かの二択にして猶予を与えていた。

 当時引きこもっていた国王アレキサンドラ様は、中傷があったことや、醜聞伝のことを一切知らないそうだ。もし当時の宮廷の状況と醜聞伝を知っていたら、国王の手であの愚かな連中は真っ先に処罰されていただろう。


 俺は、グレイ様とクロードが代表として制裁を行う際に、二人の護衛兼罪人の見張りとして呼び出され、全てを見聞きしていたのだ。

 醜聞伝を書いた理由と問い詰めるグレイ様の恐ろしい眼差しとドスの効いた声を受けた貴族のバカ共は、震えて泣きながら白状するか、逆ギレして更に詰められ、色んな体液を流して結局は自白していた。


 しかし、本当に恐ろしいのはここからだった。


 押収した醜聞伝の下書きの束から、誰が書いたのかを洗い出し始めた時のことだ。

 まずグレイ様は、卑猥な挿絵だらけの醜聞伝をゴミでも見るような目で見ながら、地の這うような冷徹な声で一人一人に聞いて回った。

「おい、これ書いた不届き者はどいつだ?」

 死神のように恐ろしいグレイ様に問い詰められ、小太りの成金貴族野郎がビクッと震えた。それを見逃さなかったグレイ様は、その小太り野郎ことアブ・ラギールに顔を近づけた。

「……へぇ、お前か。こんな小っ恥ずかしい妄想の数々、よくもまあ大真面目にペン握って書けたな?? 要はミーシャが自分のものじゃなくて国王の愛妾になったのが気に入らねぇだけじゃねぇか。はっ、お前みたいなのを処女厨っていうらしいな。本当に惨めな性欲剥き出し野郎だなお前は」

 アブ・ラギールは、グレイにプライドを木っ端微塵に粉砕され、完全に恐怖と恥で赤いのか青いのか分からない顔で涙をボロボロと流し、「すみませんでした」と消え入る声でぶつぶつと呟いていた。

 これで肉体的な拷問が始まるわけでもなく、読んだ上で「お前の書いた性癖、最高に寒くて滑稽だぞ」と精神を抉りまくるらしい。

 そこからも、次々に醜聞伝パート2、3…と続けて、作者を炙り出されてはグレイに内容と性癖を侮辱され、その度に作者たちはブチ切れたり泣いたり喚いたりと、多種多様な反応を見せていた。


 その作者達の中にはガルシアのジジ…侯爵と小娘アメリも含まれていた。

 アメリのは主に「あのクソ女が国王を誑かした!許せない!!」と喚くタイプの醜聞伝だった。しかし、ガルシア侯爵のはミーシャに対して「これだから東洋人の混血は」と差別的なことばかり書き連ねるだけでなく、あろうことか自分を権力者として登場させ、淫魔であるミーシャに身体で分からせてやると言う武勇伝気取りの下劣な内容だった。

 父親の書いた醜聞伝に対して、アメリは「グレイ様が内容を説明してるだけなのに前屈みになって気持ち悪いのよ!」とブチ切れ、いつの間にか親子喧嘩に発展していた。


 こうして、芋づる形式で醜聞伝の作者をすべて炙り出されていく…と考えていた俺が甘かった。


 なんと、横で話を聞いていたクロードが、眼鏡をくいっと上げながら徐ろに紙とペンを取り出した。

「グレイ様、少し宜しいでしょうか?」

「あ?どうした?」

「差し出がましい願いにはなりますが、この醜聞伝には少し手を加えたい所がございます」

「……!!わかった。お手並み拝見といこうか」

「ありがとうございます。では…まずこの一冊目の醜聞伝から行きます」

 クロードが、一番最初に炙り出されたアブ・ラギールが書いた醜聞伝を取り出し、一通り目を通し始める。

 何が行われるのだろうかと気になって見てみると、読み終えたクロードがある1ページをアブ・ラギールに見せつけた。

「ラギールさん。ここの性描写の部分についてですが、この『一糸纏わぬ姿』と『淫らな喘ぎ』の綴り、根本的に間違いだらけですよ? 語彙力も非常に貧相ですし、僕の妻の大切な友人に対する解釈はあまりに独り善がりで、読んでいてこちらが恥ずかしくなります」

 いきなり何を喋り始めたんだこの男は!!と、俺は本気でクロードを二度見した。

 あの恥ずかしい一文をなんの感情もなく、目の奥の笑いゼロな涼しい顔で口にしただけでも、十分恐ろしい。だが、それ以上にアブ・ラギールに文学の才がないとばかりにボロクソな評価を下しており、アブ・ラギールは間抜けに「はぇ…?」と涙目で困惑している。

「それでは、私が正しい『大人の教養としての文法』で、この間違いだらけかつ悍ましく貧相な文章を、全て美しく添削し直してあげます」

 ある意味グレイ様以上に恐ろしい宣告と共に、クロードはアブ・ラギールの書いた渾身(笑)の性描写を一節ずつ丁寧に添削し始めた。

 ここまで屈辱的な公開処刑を、これから自分もされるかとしれないと気づいてしまった馬鹿貴族共は、一斉に汗をダラダラ流しながらガタガタと震え出した。

 こいつらからすれば、添削などどうでも良いので指をさっさと折られた方がさぞかしマシだろう。まあ、俺としては流石に添削までは思いつかずとも、「お前の書いた小説はクソ」とわざわざ指摘されるぐらいは当然の報いだとは思っているため、恨むなら我が身を恨めと言ってやりたい。


 醜聞伝という中の下卑た恥ずかしい妄想小説をよりによって頭脳明晰な宰相子息クロードに論破される上に文章を添削される上に、グレイ様からは都度都度「うわきっつ」だの「夢見んのも大概にしろよ」と嘲笑されながらディスられる。

 ライヤが愛した女性を、この馬鹿貴族共は侮辱したのだ。こうやって侮辱されても、こいつらに文句を言う筋合いはない。



「そんじゃあ次の醜聞伝を書いたのは…………おいクロード、なんか一冊だけただの頭のおかしいアバズレの『オカズ用ノート』が混ざってんだけど…」

 グレイ様の吐き捨てるようなこの言動を聞いた途端、俺は「なんて?」と言いそうになった。

 一応振り向いて確認してみると、一人だけギクリとした青い顔で俯いているピンク色の髪の令嬢がいる。


(ああ…あれはマティルダ・フローレスか…あの女一体何書いたんだよ…)


 グレイ様にゴミでもみるような目で見られながら、マティルダは「違う私はただアレキサンドラとの愛を…」と、訳のわからないことを呟いている。

 クロードがマティルダ作のヤバそうなノートをグレイ様から受け取ると、目の奥が笑っていない上に汚物でも見るような眼差しをマティルダに向けた。

「なんですかこれは?ああ…本当に酷い。陛下への侮辱という罪以前に、人の女性としてのプライドすら感じられない、ただの品性の欠片もない性欲の垂れ流しです」

「な?これミーシャから奪ったらただひたすらアレキサンドラに色んな手法で激しく抱かれてるだけのきっしょい妄想小説だろ?しかもまた綴り間違ってる所があるなんてな。マティルダ、正直言ってお前が気持ち悪がってたこの男共と変わらねぇレベルだぞ」

 マティルダが書いた小説は、ミーシャへの侮辱ですらなく、ただの国王陛下の官能小説だった。

 しかも、この女もまた他の奴らと同じく綴りを間違えてるらしい。何故文章力の無い人間に限ってこんな馬鹿みたいな妄想小説を書きたがるのだろう。 醜聞伝の中では単純に「ミーシャムカつく!」的な主張ばかりだったアメリのは、逆に綴りに間違いがなかったようだ。

 内心では見下しているアメリより自分の方がまともに文を書けないことを突きつけられ、マティルダは顔を真っ青にしつつも悔しそうに拳を握りしめていた。

 しかし、そんなマティルダに対して、クロードは容赦しない。

「マティルダ嬢、貴女の脳内では陛下がこんな下品な言葉を囁くことになっているのですか? 陛下の高貴なお姿を利用して自分の安い劣情を満たすのはおやめなさい。あまりに汚らわしすぎていっそ吐き気がします」

 クロードが見せる一文には、あの国王陛下が絶対に言いそうも無い卑猥な責め文句ばかり並んでいる。目が良い俺は、見たくも無いのにそれを認識できてしまい、心底げんなりさせられた。

 マティルダの隣にいるアメリは、腰巾着だった存在の生々しい妄想の数々を目にして流石に引き気味だった。

「ちょっとマティルダ…ミーシャへの中傷を書くって約束してたのに何であんたの性癖ばっかり書いてんの…?約束違うし普通に気持ち悪すぎるんだけど……」

「っ〜〜〜!!うるさいわねっ…!アンタなんかに協力する訳ないでしょ!!私はただアレキサンドラ様に愛される想像を書き込んでいただけなのに…アンタが巻き込んだから無関係の私までこんな目に遭ったのよどうしてくれんのよ!!!!」

「はぁあああっ!?あたしのせいにしないでよ!!」

 薄っぺらい友情は、いとも容易く壊される。

 マティルダとアメリがヒステリックに叫びながら罵り合い始め、もう何が何だか分からない。

 あまりうるさい上に話が進まないことに苛立ちを覚えたグレイが、バンッ!!!と机が割れそうな勢いで拳を叩きつけた。

「おいうるせぇぞクソ女共。お前らのせいで話が進まねぇだろ」

「グレイ様、仮にも令嬢相手にそのように脅すのはいかがなものかと。マティルダ嬢の件も私が対応いたします」

「チッ…わーったよ」

 もうクロードが何かしようとしている時点で嫌な予感しかしない。庇っている割に、目の奥に光はなかったのだから。


 しかし、この時の俺は正直楽しみな気持ちが芽生えていた。

 気色悪い妄想小説を書いたマティルダと醜聞伝の作者達に、ある意味物理的な拷問以上に大きな制裁が加えられるであろうことを。


後編に続きます

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