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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
前日譚
36/38

染まる蒼へ:雨来る(中編-①)

中編はその1とその2で分けています


「……歌恋ちゃん、なんか最近元気無いけどどうしたの?」

「……………えっ?あ、大丈夫…ちょっと夜更かししちゃって…」


四学期中の二学期の始まりである六月に突入した頃、歌恋ちゃんは以前のような明るい笑顔を見せることが少なくなっていた。


柳葉さんと対面して以来、歌恋ちゃんの溜め息が増えていた気はしていた。どうしたのか聞いた時は、体調が悪いせいだと本人から言われて、私はそれを信じて早く治って元気になって欲しいと願うだけだった。

しかし、溜め息が増えると共に笑顔も少なくなり、今も食堂に着いてから私が話しかけて我に帰るまでの間、ずっとぼーとしていた。

その時の顔は、虚ろと言ってもおかしく無いぐらいだった。

「歌恋ちゃん、本当に大丈夫?何かあったら相談してね?」

「……ありがとう、雪那ちゃん。本当に…大丈夫だから」

大丈夫なわけない。どう考えても無理をしているように見える。

こんな時に凪砂がいたら元気付けてくれるだろうに、今は留学中でしばらく戻って来ないため、私がどうにかして元気付けるしかない。

「歌恋ちゃん、講義終わったら遊びに行こう!どこでも付き合うから、ね?」

「良いの?」

「勿論だよ!私に出来ることはこれぐらいしかないし、何より歌恋ちゃんと遊びたいしさ」

「……っ!!ありがとう、雪那ちゃん」

良かった。少しだけ前みたいな笑顔が戻ってきている。

やはり大学の試験等でストレスが溜まっていたのだろう。発散して少しでも歌恋ちゃんのリフレッシュになって欲しい。

そう思っていた時、私はある人物が目に入った。

「あっ、先輩………………え?」

水瀬先輩を見かけて喜ぶのも束の間で、私は目の前の光景に激しく動揺を覚えた。


「な、なんで……あの子が…?」


水瀬先輩のすぐ隣に、あの"柳葉莉愛"がいる。

それだけでなく、親しげに腕を絡めていて、恋人同士のようにしか見えない距離感だ。

水瀬先輩に馴れ馴れしくベタベタするなと憤りたかった。凪砂のようにぼそっと呟くことはないが、少々舌打ちしたくなる。

視線に気がついたらしい水瀬先輩が、柳葉さんと共に私達に近付いてきた。

「桜庭さんと夜舟さんも空き時間?近くの席座って良いかな?」

「え、あっ…はい!どうぞ!!」

条件反射で先輩を近くに座らせてしまった。先輩だけなら喜ばしいが、一緒にいた柳葉さんもいるせいで気まずくて仕方ない。

しかし、私はともかくとして歌恋ちゃんもぎこちない表情になっているのは何故だろうか。柳葉さんの背後をチラチラと見て、警戒の表情を崩せないでいる。

このままだと、歌恋ちゃんの精神に悪影響を与えかねない。

「あの…水瀬先輩」

意を決して、何故一緒なのかを聞いてみた。どんな理由が返ってこようと、用事を作って逃げるタイミングはここしかないと思ったからだ。

「ん?どうした?」

「あの…柳葉さんと一緒にいるのは…?」

「ああ、実は二週間前ぐらいに()()()()ことになったんだ。この食堂で昼ご飯を一緒に食べようかと思って」


目の前が真っ暗になるかと思った。


何故、水瀬先輩が柳葉さんと付き合うことになったのだろうか。

失恋しただけなら、ここまでショックは受けない。推しに彼女が出来てますます手の届かない存在になって寂しいぐらいに思えた。

推しの彼女がよりによって柳葉さんであることが、私にとっては衝撃かつ最悪だった。


「へぇ〜〜…そ、そうなんですね。じゃあ私達お邪魔みたいなので帰りますね〜」

「え?別に気を使わなくても良いよ!」

「いやいやそういうわけにはいかないので!それでは〜!!」


もう、この場にはいたくなかった。一刻も早く、水瀬先輩達から離れたかった。

あのままいたら、柳葉さんのことで最低な一言を口にしてしまいそうだったからだ。

『なんで柳葉さんなんですか?』

と、問い詰めることだけはしたくない。


「あーあ、なんでよりによってあの女と?」

「どんな汚い手使ったんだか」

「水瀬先輩のこと洗脳してるんじゃない?」


水瀬先輩のファンらしき女子達が、一瞬抱いた私の気持ちを代弁するかのように、遠巻きに柳葉さんを睨みながら陰口を叩き出した。

私だけでなく、他の子達も水瀬先輩が柳葉さんと付き合っていることに不満を抱いている。ただ一つ気になるのは、汚い手を使うだとか、洗脳だとか物騒な言葉が聞こえてくることだ。

柳葉さんは見ていて恥ずかしい健気なドジっ子アピールはしているが、それだけで汚い手を使ってるとは言い難い。

流石に物騒な陰口については、嫉妬が混ざっているが故だろう。


「………歌恋ちゃん、もう行こう」

「あ、その前にちょっとお手洗いに寄っても良いかな?」

「分かった。教室で待ってるね」


私は先に次の講義が始まる教室に向かい、歌恋ちゃんを待つことになった。

この講義が終わったら、歌恋ちゃんと遊びに行ける。それを楽しみにすることで、教授の長い雑談で眠くなろうと頑張れる。

そう思うことで、私は水瀬先輩へのショックも切り替えようとしていた。



しかし、講義が終わるまで歌恋ちゃんは戻って来なかった。


時間はかなり経ったはずなのに、戻って来ないなんて流石におかしい。

心配になって、私は歌恋ちゃんを探しに行くことにした。

食堂、歌恋ちゃんが所属するサークルの部室、図書館と行きそうな所を探して回る。歌恋ちゃん経由で仲良くなった人にも、どこにいるか聞いてみたが、誰も姿を見ていないらしい。


嫌な予感は、どんどん強まっていく。


せめて、無事であって欲しい。


そう思っていた時、柳葉さんの取り巻き達の姿が見えて、思わず隠れてしまった。

「さっきのマジで笑ったよね〜!」

「今頃水浸しで一人で掃除してんのかなぁ〜?」

嫌な笑い声と、バカにするような口調。

聞いているだけで不愉快になり、不安にも感じてくる。

この女達は一体何をしていたんだろう。せめて歌恋ちゃんと関係ないよう祈っていると、取り巻き達は話を続ける。

「ていうか莉愛が隣にいるのに自分の近くの席座らせるとかほんとあいつらクソ女だよね〜!」

「水瀬先輩の近くにいたいだけだろ!身の程を弁えろよ!!」

「まああの一緒にいたインキャはほっといても害ないけどさぁ、やっぱあの女だけは油断ならないっていうか〜」

取り巻きの話の内容は、休憩中の私達と水瀬先輩の話に変わっていく。私をディスるだけならまだしも、歌恋ちゃんをクソ女だなんて言わないで欲しい。

そう憤りたいが、今出てきては絶対駄目だという勘が働きまくって、足が動かない。


心臓が鳴り止まない。

呼吸もどんどん荒くなっていく。


未だに戻って来ない歌恋ちゃん。

水瀬先輩から来たとはいえ近くの席にいた私達。

柳葉さんの取り巻き達の"油断ならない女"という言葉。

そして、水浸しで一人で掃除。


考えたくない可能性は、一度頭に浮かぶと掻き消すことが出来なくなる。

取り巻き達が遠ざかった隙に、私は歌恋ちゃんと別れた食堂付近のトイレを探した。人気が無く、水浸しになっても掃除と誤魔化せてしまう場所はそこしかない。

探している間は、歌恋ちゃんが単にトイレが長引いたせいで何となく講義中の教室に入る勇気が出ず、その辺の自習用デスクで自習していたという結末であれと、本気で願っていた。

だが、どうしても歌恋ちゃんの姿は見えない。もう既に帰ってしまったのかと、遊ぶ約束をドタキャンされた悲しさはありつつ、その結論で安心しようとして探すのを諦めかけた時、掃除中の看板が置かれていたトイレのことが気になってしまった。


私は、掃除中看板が置かれていたトイレに戻り、看板を無視して入った。



「っ………………歌恋…ちゃん?」



その辺で自習していたという結末でないのなら、講義終わりに遊ぶ約束をドタキャンされた方が、どれだけマシだったことか。


水浸しの床にへたり込んで座り、びしょ濡れの歌恋ちゃんは、虚な目で私を見つめている。


誰がやったのかなんて、もう明白だった。


「柳葉さんの友達がやったの…?」

「………莉愛さんと付き合ってるから水瀬先輩には二度と近づくなって言われて…」


なんて最低な連中なんだろう。


友情などと聞こえの良いただの身勝手な正義感で歌恋ちゃんを傷つける、卑劣で性根の腐ったクズの集まりだ。あんな人達と仲の良い柳葉さんも、同類に思えて仕方ない。

そんな柳葉さんと付き合っている水瀬先輩さえも、人間性を疑いそうになってしまう。


「仕方ないよね…いくら同じサークルだからって水瀬先輩が人気者なのは分かってたのに…勉強で聞きたいことを相談するのも控えようって考えられなかったんだから…自業自得だよ…」

「違っ……そんなのあの人達のただの思い込みで…!!」

凪砂がいれば、今すぐ取り巻き達に怒鳴り込んで学生課まで引きずって行くのだろう。しかし、私には学生課に訴えることが出来ても、怒鳴り込む勇気は出ない。

友達が傷つけられたのに、何も出来なくて本気で悔しい。

「そ、それより服が…!このままだと風邪引いちゃうよ!」

「あ、服は大丈夫。ちょうど持って帰ろうとしてた体操着はなんとか無事だったから、着替えてくるね」

「っ………分かった。終わるまで見張ってる」


歌恋ちゃんは、絶対無理をしている。

私は、なんて声をかければ良いんだろう。


大丈夫、なんて安易に言えない。


取り巻き達が次からは何もしない保証などないのだから。


「お待たせ、雪那ちゃん」

「………とりあえず、どこかで休もう」


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