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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
前日譚
37/38

染まる蒼へ:恋の嘘(中編-②)

中編その2です。

歌恋ちゃんのために、私は休憩できる場所を探すことにした。

食堂辺りが丁度良いかなと思いながら歩いていると、向こうから誰かが歩いてきた。

その人影を見た瞬間、私は引き返そうとした。しかし、引き返す前に気づかれたようで、こちらに走って向かって来てしまった。


「歌恋さん大丈夫!?びしょ濡れじゃない!!」


嫌な偶然というのは、こういうことを言うのだろう。

よりによって、今回の事件で一番因縁深い柳葉さんに遭遇し、声をかけられることになるとは。

遭遇したのは本当に偶然だろうが、取り巻きがやらせたくせにしらじらしいと怒りが湧き、睨みつけた。

しかし、柳葉さんは私の存在などまるでいないものかのように、歌恋ちゃんにばかり声をかけ続ける。

「何があったの?もし何かできることがあれば協力するから!」

まあ随分と優しいこと、と言えるものなら言ってやりたい。何が何でも自分は無関係を貫くためなら、自ら協力関係を結んで味方のフリをし、今度は直接牽制するつもりに決まっている。

「授業前にトイレにいたら…水をかけられたの」

「ええっ!?誰にやられたの!?」

「誰かは名前が分からないから言えないけど……その子達から水瀬先輩とは絶対関わるなって言ってたの」

水瀬先輩の名前を出した途端、柳葉さんは驚いた顔を見せた。全部仕組んでいるくせにと思っていたが、その驚き様にはあまり嘘を感じられない。

本当に柳葉さんは、今回の件は何も知らなかったのだろうか。

「ッ!?もしかして私の友達かも…あの子達そんなことしてたなんて…!ごめんなさい!後で注意しておくから…!」

「莉愛ちゃんがそんなことしなくても良いんだよ!きっと友達が莉愛ちゃんに気を使ったんだと思う。そうでなくても、水瀬先輩とよく話してるから私に取られるかもしれないってずっと不安だったよね?だとしたら、ごめんね」

歌恋ちゃんは恐らく、柳葉さんのために身を引こうとしている。

小さいものから度を超えた嫌がらせまで幅広くされたというのに、やられた側が身を引いて泣き寝入りなんてあんまりだ。

「私は別にそんなこと思ってないのに….あの子達の思い込みに巻き込んで本当にごめんなさい!」「もう謝らなくても良いよ。とりあえず、友達には水瀬先輩のことは何とも思ってないから大丈夫とだけ言っておいて」

それにしても、歌恋ちゃんのこの落ち着きぶりは不思議だ。私が声をかけた時は落ち込んだ様子だったのに、柳葉さんに遭遇してからは少なくとも沈んだ雰囲気は無くなっている。

「勿論言っておく…!今度は絶対させないようにするから!」

結局柳葉さんが仕組んだのか、本当に取り巻きが勝手にやったのことなのかはっきりしないまま、柳葉さんは実行犯に注意しに帰って行った。


私は、横にいたのに柳葉さんに何も言えなかった。本人が何も知らなかったとしても、元を辿れば水瀬先輩のことで虐められたのは柳葉さんのせいだ。

それぐらい言ってやれば良かったという後悔だけが、胸の内に広がっていく。


「歌恋ちゃん…あの子に気を遣う必要なんて無いよ。もっとはっきり言えば良かったのに…」

今更こんなことを言ったって、仕方ないのは分かっている。歌恋ちゃんは何も悪くないのだから、はっきり言ってやれと言うのは間違っていることも。

「…………そうだね、もうはっきり言った方が良いかもね。後で莉愛ちゃんにも言うけど、まず雪那ちゃんに言っておこうかな」

「うん…聞くよ」

ああ、歌恋ちゃんは本当に無理をしていたのだろう。

嫌がらせをされた上に、好きな水瀬先輩のために身を引くのは辛かったはずだ今回のことで我慢の限界を迎えていたのなら、私にできるのは話を聞くことだけだ。

「私はね、水瀬先輩のこと……」

「うん…どう、思ってたの?」


本当の気持ちを言ったら、その瞬間に歌恋ちゃんが泣いてしまう。

そう思っていると、歌恋ちゃんは意を決したように口を開いた。



「正直言って全然タイプじゃないの」

「あ〜〜、全然タイプじゃないなら仕方ないか………………え?」



てっきり私は、

「本当は水瀬先輩のことが好きだったの」

という答えが返ってくると思い込んでいた。


なんなら、ただの尊敬する先輩とか、友達みたいなものだとという答えの方がまだマシだった。

歌恋ちゃんの告白は予想の斜め上過ぎて、私は大声すら出ないほどの驚きを覚えた。


「もしかして雪那ちゃん…私が水瀬先輩と莉愛ちゃんのために身を引いたと思ってるの?」

「え…いや、そのそういうわけじゃ……っていうか、水瀬先輩のことは男性として意識したことは…」

「ごめんね雪那ちゃん、全く無いの。先輩として相談するにはとても頼りにはなるんだけど、異性としては格好良い時点で心配な要素があるのに、人たらしな所まであるから無いなって」

期待を裏切るようで申し訳ないという表情だが、あの水瀬先輩がこんなにダメ出しされるとは思わず、思わず吹き出しそうになった。

「ああでも、最初は頼りになる格好良い先輩とは思ってたの。でも今は枝垂れ柳に騙された哀れな人でしかないから…」

私だけは、何故枝垂れ柳というワードが出てきたのかが理解できず、頭の中が「?」でいっぱいになる。

そんな私を察知してか、歌恋ちゃんは説明をし始めた。

「枝垂れ柳っていうのは、イギリス国王チャールズ2世の愛妾のネル・グヴィンが同じ愛妾のルイーズ・ケルアイユのことを皮肉の効いた言葉でよく揶揄ってたうちの一つだよ」

「なんで枝垂れ柳って言ったの?」

「ルイーズが普段は取り澄ましていながら、女好きのチャールズ2世が美女の涙に弱いことを知った上でわざと涙を流して見せるからなの」

説明を聞いて改めて水瀬先輩と柳葉さんに当てはめると、水瀬先輩は健気で純粋な女の子に弱くて、柳葉さんはそのことを知った上でわざと演じているということになる。

女好きの国王に水瀬先輩を当てはめたくはないが、考えれば考えるほど何故か合点が行く。

「歌恋ちゃんって意外と痛い所を突くタイプなんだね…」

「え?そうかな?勉強になるから例えであの二人を使ってみただけだよ」

笑顔でシラを着る歌恋ちゃんを見て、とりあえず可憐な女の子で終わるような子じゃないってことが理解できた。

「最後にもう一回聞くけど、もう大丈夫なの?」

「うん。まあ…雪那ちゃんが来てくれるまでは何でこんな目に?って思ってたけど、さっきの莉愛ちゃんを見たらその気持ちは無くなったかな」

「え?どういうこと?」

「あの子は結局、周囲を操って自分を健気な良い子に見せて水瀬先輩の気を引きたいんだよ。周囲を操ってる自覚まではなくても、いちいち落ち込んだら莉愛ちゃんは味を占めてまた他の誰かに同じことをするかもしれないって思ったの。それに、本人には止めさせるよう遠回しでも言えたし、もう良いかなって」

確かに、歌恋ちゃんは柳葉さんに対して落ち込む様子を見せず、大人の対応で直接水瀬先輩に対する気持ちを話し、取り巻き達に止めてもらえるように言えた。

そのおかげで、今後はもう虐められるようなことはなくなった。


しかし、これは運やタイミングが良かっただけだ。

もし落ち込んでいる所を見られてしまっていたら、柳葉さんは無意識にまた別の水瀬先輩に近づく女子に対して同じことをしていただろう。

それこそ、取り巻き達の同情を引くという形で無意識に操った上で。


「そっか…正直私はあの子達を許せないけど、歌恋ちゃんが立ち直れたならそれが一番だよ」

「ありがとう、雪那ちゃん。無自覚に同情を誘うオーラを出す人が存在してるってことも分かったのも良かったなって」


先程まで暗い顔を見せていたが、今では少し毒が混ざった会話をする余裕まで見せている。

そんな歌恋ちゃんを見て、私はやっと一安心したのだった。




     ーーーーーーーーーーー


数日後、柳葉さんの取り巻き達には停学処分が下りた。

掲示板では名前は伏せてあったものの、そこに書かれていた原因が歌恋ちゃんに対して行われたものと一致していた。

その証拠は、私が思っていた以上に詳細だった。破損があった歌恋ちゃんの私物、水をかけられた時に使用された掃除中の看板に付いていた指紋、トイレから出てくる取り巻きの様子が映っていた監視カメラ。

それらの証拠の提示については、以前水瀬先輩から教えてもらっていたおかげで上手く行ったらしい。

取り巻き達は、柳葉さんから不安を打ち明けられたことで、なんとかしてやらねばと考えて実行したと白状した。

こうして、友達の恋敵を排除しようとしたら友達の彼氏に当たる水瀬先輩の知識によって罰せられたという、皮肉な結末を迎えた。


しかし、私にはまだ納得出来ていないことがある。


まず、証拠を出したのは歌恋ちゃん本人ではない。私も、これ以上関わらない方が良いと止められていたため、証拠は出せない。

また、証拠の内容から導き出される犯人の特定が、あまりにもスムーズだった。

なんらかの罰を与えるなら、聞き取りをされた歌恋ちゃんが出した破損のある私物と、掃除中の表示看板に付いた指紋だけで十分だ。だが、それだけでは看板を動かした人しか特定されない。そこで芋づる式か自白で実行犯が判明して、罪のなすり付け合いで時間がかかる可能性もある。

だからこそ、監視カメラの映像が必要になるが、実行犯全員を特定できた監視カメラは新規だった上にかなり分かりづらい所にあった。カメラ導入の知らせもなかったため、私達新入生は勿論のこと、在籍している学生は皆知るはずがない。

実行犯を全員特定するには、念入りに大学の隅々まで監視カメラの位置を把握する必要がある。


最初から全部仕組んでいない限り、新たに導入された監視カメラの位置から証拠を導き出すなんて思い付けるわけがない。



「夜舟さん?どうかしたの?」


そうだ。


何もかも全部、仕組まれていたのだ。


目の前にいる、この悪魔に。



「皆停学になったのに、よく平気な顔していられるよね」


柳葉莉愛。


この女は、自分の欲のためなら、友達さえも利用し、最後には罪を全てなすり付けて排除する。

笑顔で話しかけてきた柳葉さんだったが、次第にその表情は不気味さを帯び始める。


「もうあの子達のことなんて考えなくても良いじゃない。友達を虐めた人間にちゃんと処分が下されて、処分が解けて戻ってきても二度としないように言ってある。これ以上何か求めるものでもあるの?それとも…私だけお咎め無しなのが気に食わないって言うの?」

「は…?いや…そんなこと思ってないし……」

仮にも友達が全員停学になったにも関わらず、柳葉さんは皆どうでも良いと言いたげだ。むしろ、さっさと忘れたいのかいつものか弱そうな口調は、ヒスを起こしそうな人間のそれに近づいている。

「夜舟さん。言っておくけど、蒼真さんとは学生恋愛なんかで終わらせるつもりなんてないの。あんな見た目も良い上に文武両道で実家も太くて、性格も優しくて男らしい人…付き合えたからには絶対手放したくない。将来の約束を得られるまで、私だけは綺麗なままでいたい。なにもかもね」

「そっ……そんな理由で水瀬先輩と…?」


私は今まで、柳葉さんは水瀬先輩を本気で好きなのだと思っていた。

歌恋ちゃんに酷いことばかりしたのはその恋心が暴走したから、今回の事件を全て仕組んで引き起こしたのだとも。

あるいは、取り巻き達が本当に勝手にしたことだと、少しばかりは柳葉さんを信じていたかった。


しかし、そうではなかった。


歌恋ちゃんが前に言っていたように、同情を誘う等で取り巻き達に歌恋ちゃんへの虐めを自ら実行させるように心を操っていた。それも無自覚ではなく、全部柳葉さんの計算通りだった。

少しでも信じていたのが馬鹿だったと思う以上に、一番信じがたかったは、水瀬先輩に対する柳葉さんの想いだ。

柳葉さんは、水瀬先輩を心から愛していない。愛しているのは、表向きのスペックだけだった。


水瀬先輩は、柳葉さんに騙されている。


そう思った瞬間、柳葉さんからは不気味な笑顔さえもするりと抜け落ち、恐ろしいほど冷め切った目をしていた。そのまま、私の至近距離まで来ると、耳に顔を近づけた。


「邪魔しないでね。もしまたあの女だけでなくアンタまで蒼真さんに近づいたら……今度はあれぐらいじゃ済まさないから」


柳葉さんの、普段からは想像の付かないほどの低い声と、激しい憎悪の混じった鋭い眼差し。それを目の当たりにした瞬間、逃げたいのに身体が動かず、背筋が凍り付くぐらいに恐ろしかった。


また水瀬先輩に近づいたら、今回歌恋ちゃんがされた虐めより恐ろしいことが待っている。

混乱と恐怖に陥る中、それだけは絶対に避けねばと本能的に思っていた。


「それじゃあ、また講義が被ったらよろしくね。夜舟さん」


柳葉さんは、いつものお淑やかな雰囲気に戻り、私の前から去っていく。


あの女は悪魔だ。

自分の欲望を叶えるために、純粋な恋心を弄び、邪魔者は人を使って排除する。それも自分には害が及ばないように。


柳葉莉愛だけではない。


水瀬先輩でさえも、愚かに感じる。

あんな悪魔に騙され、一途に愛してしまっているのだから。


私の中から、何かが消えていく。



「………推しってなんだよ………ほんと馬鹿みたい」



こうして見ると、ほんと蒼真さんは女運無いですね。女運の無さがどんな結末になるかはお察しの通りですが、最後までお楽しみください。

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