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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
前日譚
35/38

染まる蒼へ:枝垂れ柳(前編)

蒼真さんと莉愛が出会った大学にいた、蒼真ファンだった女性目線の話。


大学に入学してすぐ、法学部の懇親会である人に目を奪われた。


整った精悍な顔立ちに、180cm以上は確実な高身長、切長二重のはっきりとした目元、右センター分けのサラサラな黒髪、大人の色気を感じさせる口元の黒子。おまけに、その人からは見た人を魅了する不思議なオーラがある。

最早恋をすることさえも恐れ多いほどの美しい男性を見て、私だけでなく他の女子生徒は勿論のこと、一部の男性までも見惚れてしまっていた。


「おやおや〜?雪那ってばもしかしてあのかっこいい先輩に惚れちゃった?」

ぼーっとその先輩を見ていると、後ろから友人の明永凪砂がいきなり声をかけてきた。私の様子をずっと見ていたからか、揶揄い甲斐があるとばかりにニヤニヤしていた。

「凪砂!?べ、別に惚れたというわけじゃなくて推しになったってだけ…」

「本当に〜?折角なら知り合いの先輩から聞いた先輩のこと教えてあげよっか?」

「そんなの別に………聞きたいです推しの情報提供ありがとうございます」

「素直でよろしい」

惚れてはいないがオタク気質が疼くあまり、先輩の情報を知りたくて仕方ない私は、観念して凪砂に感謝の表明で頭を下げた。


先輩の名前は、水瀬蒼真。見た目だけでなく、名前まで格好良い。

懇親会の幹事を任されたのは、法学部の二年の代表として推薦されたからだそうだ。また、一年生の始めのうちから優秀な成績を修めており、グループ課題や活動では毎回リーダーとして皆をまとめていた。しかも当時の先輩が逆に頼ってしまうほどのしっかり者で、幹事を任されるのも納得するスペックである。

だからこそ、私のような女性ファンは勿論のこと、一部では男性ファンも存在しており、いわゆる男女ともに好かれるイケメンってやつだ。

「まあでも…水瀬先輩はどっちかっていうと崇めたい感じだよねぇ。付き合うのは恐れ多いし、万が一彼女が出来たらファンが大荒れするのは間違い無いよ」

「もうアイドルの域じゃん…まあ、我々は陰ながら推していこう…」

「そうねー、とにかく目立たず騒がずを徹底だな」

いくら水瀬先輩が格好良くて憧れる存在でも、私にとっては神様同然の存在だ。少女漫画のように都合良くそんな存在の人と付き合えるなんて夢のまた夢である。むしろ、そんな人とお似合いの女の子がいたら逆に見てみたいし、応援したい。

そう思いながら、私と凪砂は水瀬先輩を陰ながら推しつつ大学生活を送ることになった。


そう。ただ見守っていられるだけで、私達は良かったのだ。


()()()さえ現れることがなければ。



     ーーーーーーーーーーーー


「ねぇ知ってる?水瀬先輩って最近良い感じになってる女の子がいるらしいよ」

「は!?その女って誰!?」

「いやそんなに怒らないでよ(笑)水瀬先輩とは結構お似合いな感じだからアンタも納得するはずだよ。そんなに気になるなら後で観に行こうよ」

「え〜〜〜…?別に良いけどぉ…」


教室内では、水瀬先輩に彼女らしき人が出来たという噂が蔓延している。

女子たちはその噂を聞いて彼女に嫉妬はするものの、お似合いだと聞けば納得するか、自信を納得させるための見に行く人が多い。


だが、私はその彼女らしき人の正体を知っている。

なぜなら、私は一度だけ水瀬先輩が兼部している法律学研究会というサークルで一年生らしき女の子と仲良さげに話しているのを見た上に、その子と仲良くなったからだ。


「雪那ちゃん、凪砂ちゃん!同じ科目だなんて嬉しい!隣座っても良い?」

今話しかけてきたのは、文学部所属の桜庭歌恋ちゃんと言って、それこそ水瀬先輩と最近良い感じの女の子である。

「あ、歌恋ちゃん!良いよー」

「てかさ、次から待ち合わせして一緒に行かない?」

「良いね、そうしよう!」

歌恋ちゃんとは、前期の講義で一度凪砂と共に同じグループになって課題に取り組んだことがあり、講義が被る度に話すようになって仲良くなっていった。

歌恋ちゃんは名前の通り可憐な美少女なためか、案の定男子達からは「あの可愛い子だれだ!?」と騒がれており、女子達からは「あの子が水瀬先輩の…」と囁き合っている。

歌恋ちゃんは可愛い上に、サラサラストレートの黒髪ロングを太陽の光に透かすと茶色く見えるのが印象的だ。だからこそ女子も悪く言えず、むしろ惹かれてしまうのだろう。おまけに、私のようなインキャにも分け隔てなく話しかけてくれる優しい女の子だ。


まだ歌恋ちゃんを知る前の頃に、水瀬先輩と二人で仲良く話しているのを見た時は、全くショックではなかったと言えば嘘になる。しかし、それ以上にお似合いだと本気で思った。ただサークル活動について相談し合っているだけなのに、二人の世界は絵画にしたいほど美しいものだったからだ。

話すようになってからは、水瀬先輩の情報を凪砂以外からも知りつつ、二人の関係を見守っている。実際に付き合えば周囲も落ち着くだろうに、まだその段階に至るどころか、未だにサークルの先輩後輩の関係から進んでもいないらしい。


(本人達の意思もあるしお互い望んでなかったらそれも当然…って本当なら先に思うんだけどね)


「おはよう!桜庭さんもこの授業受けるなんて偶然だな」


背後から男性の声が聞こえてきて、誰かと思って振り向くと、そこには衝撃の人物が立っていた。


(み……みみみ水瀬先輩ぃいいいいい!?な、なぜここにっていうか私の後ろにいるぅううううっ!!!)


なんと信じ難いことに、推しとして陰ながら見ていただけの水瀬先輩が、私の背後から歌恋ちゃんに話しかけていた。不覚にも間に挟まる形になってしまった私を誰か抹殺してくれと切に願う。

「水瀬先輩、おはようございます!受けてみたいってずっと気になってたので…」

「そうなんだ、俺は法学部だからこの授業は必須で取らないといけないんだよね。あ、お友達も一緒?」

「はい!夜舟(よふね)雪那ちゃんと明永(あきなが)凪砂ちゃんです」

「っ!?はっ、ははは初めましてっ、夜舟雪那ですっ!」

「あ、明永凪砂…です!」

突然歌恋ちゃんから水瀬先輩に紹介されて、私だけでなく凪砂まで緊張で吃ってしまい、推しの前で間抜けな姿を晒してしまった。それでも水瀬先輩は歌恋ちゃんの時と変わらない笑顔で聞いてくれて、「よろしくな」と優しく声をかけてくださった。

「確か君達は同じ法学部の子だよね?慣れないこともたくさんあるし、試験は正直大変だけどさ、先輩達も優しいしわからないことがあったらいつでも聞いてよ」

「は、はいっ!」

「じゃあ三人とも、お互い頑張ろうな!」

嗚呼、私は今日が命日だろうか。水瀬先輩に顔を覚えられていただけでなく、慣れない生活に気を遣ってくれて、最後にはエールと共に手を振っていただいた。

隣にいた凪砂に至っては、静かに涙を流しながら拝むポーズを取っていた。尊死というヤツを感じているのが非常に分かりやすくて相変わらず面白い子だ。

凪砂がどうして泣いているのかわからず、おろおろしてしまっている歌恋ちゃんも本気で可愛い。

尊死状態を乗り越えた凪砂は、我に帰って歌恋にテンション高めの小声で話しかけ始めた。

「ねぇ歌恋!結局水瀬先輩のことはどうなの!?」

「えっ?ま、まあ…優しくて良い人だなとは思うけど…」

「じゃあ付き合いたいってのは!?」

「うーん…水瀬先輩はあくまで憧れのカッコいい先輩って感じだし、それに……」

「それに?」

歌恋ちゃんが付き合いたいと考えられない理由を話そうとした時、ドサッ!!という物音が教室内にある階段上の通路から聞こえてきた。


(うげ……またか…)


その物音の方向を見た瞬間、私だけでなく凪砂もげんなりとした表情をしただろう。

なぜなら、歌恋ちゃんと水瀬先輩が恋に進展しない原因がそこにいたからだ。


「ご、ごめんなさい…私いつもこういうところで転んじゃって…」

「柳葉さん大丈夫?立てる?」

「あ、ありがとうございます!水瀬先輩って本当に優しいんですね…」


この光景は、法学部に属していれば講義前もしくは終了後に度々見かけるものだ。

柳葉莉愛という私達の同級生が、水瀬先輩の前でだけ転んだり、プリントをばら撒いて手伝ってもらうという二番煎じのようなアピールをする様は、本当に見てて恥ずかしい。

柳葉さんという人は、顔は結構可愛くて、歌恋ちゃんと同じ黒髪ストレートロングだが、歌恋ちゃんほど惹かれる個性は見られない。

一見すると守ってあげたくなる清楚系のため、男子からの人気は歌恋に次いで高い。だが、水瀬先輩の前であざとい真似ばかりするせいで、友人という名の取り巻き以外の女子からはすこぶる嫌われている。

柳葉さんより背も小さいことで一層守ってあげたい雰囲気はありつつも、計算を感じさせない純粋な優しい歌恋ちゃんが女子からも悪く言われない理由は、こういう違いもあるのだろう。


「なーにが『優しいんですね…』だよ!水瀬先輩は女だろうが男だろうが関係なくちゃんと手で起こすっつーの」

隣で見ていた凪砂は、あからさまに柳葉さんを冷めた目で見ながら嫌味を呟く。私も同意見ではあるが、ぼそっとでも言うのすら恐ろしくて、黙って見るしか出来ない。

その理由は、柳葉さんの側にいつも付いてくるアレの存在だ。


「ちょっと!そこ莉愛のお気に入りの席なのに座れないじゃない!!アンタ達他のところ行きなさいよ!!」


最悪な予感に限って、何故的中してしまうのだろう。

凪砂の呟きが聞こえたのか知らないが、柳葉さんの取り巻き達に睨まれ、退けと脅されることになってしまった。どうせ柳葉さんのお気に入りの席というのは嘘で、何らかの難癖を付けて私達を追い払いたいだけだ。

割と血の気の多い凪砂は、取り巻き達を睨み返して「知らねぇし諦めろよ」とまで言い返していて、私は良いぞもっとやれという気持ちよりも一触即発な状況から一刻も早く逃げたかった。

「何口答えしてんの?うちらのが優先に決まってんじゃん」

「だったら無謀だろうと『柳葉莉愛の優先席です』の張り紙付けるぐらいしろよ。それぐらい頭回るだろ馬鹿なの?つーかアンタらみたいなのこそ前の席にいろよ。講義被るたびに後ろでボソボソ喋るの響いてて正直煩いんだよ。教授の間近で永遠に目ぇ合わせとけよ、柳葉さんに引っ付くしか能のない勘違い騒音ブス共が」

「はぁあ!?何こいつ!!インキャのくせにごちゃごちゃうるさいんだけど!!」

「そっちこそ金魚のフンのくせに何偉そうにしてんだよ。良い加減身の程を弁えろ恥知らず」

取り巻きと凪砂が揉める横で、私と歌恋ちゃんはもう移動した方がマシだと考えて荷物をまとめていた。

すると、水瀬先輩にドジっ子アピールをしていた柳葉さんが、私達の騒ぎを聞いて駆けつけてきた。

「みんなどうしたの!?私はどこでも良いから揉めないで!」

誰のせいでこうなったと思ってんだと言いたいが、正直助かったと思ってしまった。

「聞いてよ!こいつら全然席どかなくてさぁ」

「そんなこと言わないの!後から来たんだから他の場所に行けば良いだけじゃない」

「…………ごめん、そうだよね。席探すね」

柳葉さんの一声だけで、あんなに血の気の多かった取り巻き達は、一斉に聞き入れて大人しく移動し始めた。平和が戻ったようでいて、その光景は少し不気味にも感じた。


「あ、莉愛ちゃん…だっけ?さっきは大丈夫だった?」

「え?」

「転んでたけど怪我はない?」

取り巻きが去った後、後ろで聞いてた歌恋ちゃんはなんと、柳葉さんに心配の声をかけた。

ライバルにもなりうる女になんて慈悲深い子なんだろうと、先ほどが殺伐とした空気だったこともあって余計に感動を覚える。

「大丈夫…水瀬先輩が助けてくれたから」

柳葉さんはマウントでも取ってるつもりだろうか。頬を赤らめた顔には若干自慢が見え隠れしている気がする。

まあ、実際もっと水瀬先輩と交流のある歌恋ちゃんには何も響かないとは思うが。

「それなら良かった!そういえば莉愛ちゃんもここの講義受けるの?」

「う、うん。必修だから取らないとダメなの」

「そっかぁ、お互い頑張ろうね。私は桜庭歌恋。よろしくね

「…………お互い頑張ろう、()()()()


この日がきっかけだった。

私達の平穏な推し活が、終わりへと向かって行き始めたのは。


中編、後編で分けて書きます

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