後日譚:逃げ続ける人生
莉愛視点での、真佑が現世で亡くなって以降の話。
ひたすら開き直ってるだけのクソ親なので、短めです。
「は?あいつ死んだの?」
『莉愛!貴女ってばなんて言い方するのよ!自分の息子のことなのに…!』
もう数年以上も言葉を交わしていなかった母から、突然電話がかかってきた。
今更何の用だと思って疎ましげに応答したら、息子の真佑が事故で亡くなったと知らされた。今日でその日から一ヶ月経っているらしい。
「だってあいつとはもう大体1年前から縁切ってるし」
『っ………それでも生みの親であることには変わりはないでしょう?それに蒼真さんが亡くなる前は愛情も少しぐらい…」
「あるわけないでしょ。生まれた時からずっと大嫌い」
煩わしい母の言葉をバッサリと切り捨て、電話口から漏れる責める声を即座に切った。
(せっかく忘れてたのに思い出させやがって…あのババア)
ババア…母に言ったように、あたしは息子に対して母親らしい愛情なんか持ったことはない。
真佑は、夫の蒼真さんと結婚する前に別れるはずだったセフレとの間に出来てしまった息子だった。
妊娠を知った瞬間はすぐに堕ろすことを考えたが、そんな費用も無く、その経緯で蒼真さんに知られて離れて行ってしまうことを、当時は恐れていた。
大学時代に出会い、一目惚れして何度も何度もアタックして交際し続けた末に、お互い結婚まで考えていた。だから、どうしても離したくなかった。
蒼真さんを愛しているのは勿論だが、そこには打算も存在していた。男女共にモテるほど格好良くて、実家もうちとは違って太くて、仕事だけでなく何でも出来るし、おまけに優しくて男らしい。そんな蒼真さんが相手ならその妻としての優越感を得られる上に、将来も安泰だ。
だからあたしは、蒼真さんの子供だと偽って、予定より早く結婚に持ち込んだ。
向こうの親は、子供は授かり物だから仕方ないことだと結婚を認めてくれていたが、親戚の方はかなり猛反対していたらしく、最後まであたしと真佑の存在を認めようとしなかった。
それでも、あたしは蒼真さんが亡くなるまでの間は見た目だけでも清楚に振る舞い、取り繕ってはいた。
"良い母親"であり"良い妻"として、セフレとの関係の末に真佑が出来たことを隠すように。たとえ真佑が母親似な上に蒼真さんに何一つ似ていない子供になり、そんな真佑に何一つ愛情を感じられなくても。
蒼真さんに怪しまれたくない。蒼真さんに見捨てられたくない。
そんな思いでいっぱいだった。
それでも、真佑が成長する度に、あたしの不安は増していった。幼稚園に入った頃から、それは始まった。
その頃から、真佑はその辺の男の子よりもやたらと綺麗だった。顔はあたしに似ているのに、同じ頃のあたしよりも垢抜けていて、儚げな透明感があった。
そのせいで、あたしはこんな不安が生じていた。
自分と蒼真さんは血が繋がっていないと気づいた真佑が、いつか蒼真さんを誘惑して、一線を越えてしまうに違いないと。
なぜなら、その当時から真佑はやたらと蒼真さんの側にいたがるだけでなく、蒼真さんに剣とか木の棒を見せてくる親戚の子供とは違い、花で作った指輪まで渡すような子だった。
その様子を見るだけで、抱いた不安は増し、同時に嫉妬心まで湧き出した。
蒼真さんは、真佑が生まれてからは一度もあたしに触れなくなり、愛してるとも言ってくれなくなった。
『真佑もまだ小さいから、少なくとも真佑が小学校に慣れるまでは当分やめておこう』
なんていう、最もらしい理由で。
それなのに、何故真佑は触れてもらえるのか。何故大好きだと言ってもらえるのか。
そうやってあたしのことを心の中では疑ってるくせに、疑惑の子供である真佑は愛情を注がれている。
真佑は、いよいよあたしの蒼真さんを奪うかもしれない。
そう予感した途端、私はもう真佑に対して憎悪しか抱けなくなった。そして、蒼真さんを事故で亡くした瞬間に、それが爆発した。
愛する蒼真さんは死んで、疑惑の子供だけが残ってしまったから。
蒼真さんがいなくなってから、日々の苛立ちをぶつけるように真佑を殴るようになった。それでも真佑はあたしを嫌わなかったし、泣いても怒るまではしなかった。
こいつはちゃんと自分の罪を分かっている。だから気に入らない時には殴っても良い。
ただ、流石に衣食住を与えなければ虐待として通報されてしまうから、それだけはどうにか取り繕い、見えそうなところは絶対殴らないようにしていた。もう一つの理由は、顔だけは綺麗だから、実家の支援を切られた頃合いを見て、変態野郎に売り飛ばしてやろうと思っていたからだ。もし抵抗しようものなら、恨むなら生まれてきたお前が悪いと、言ってやるつもりだった。
その未来を実現させてくれるかのように、成長した真佑はあたしが連れ込む男に色目を使われるようになった。
連れ込んだ男どもは、皆口を揃えて真佑のことをこう言っていた。
『女の子みたいで可愛い』
『思春期を迎える前に色々教えたい』
『女のお前よりずっと綺麗』
どいつもこいつもあたしではなく真佑を選ぶ。真佑の方が良いと言う。変態に売り飛ばす未来が実現されそうでも、嫉妬心は激しく増すばかりだった。
その度に嫌がらせをしては難癖をつけて殴ったが、真佑はか弱い女のように泣いて謝るばっかりだった。その姿は私が一番嫌いなタイプの女に似ていたため、ますます蒼真さんに似ない気の弱さを実感して憎悪は燃え上がった。
中学生になった真佑は、あたしが連れ込んだ男にベッドに忍び込まれて性的な悪戯をされるようになった。それだけでなく、学校でも何やら虐められるようになったらしい。
また蒼真さんと似ていない事実を突きつけられたように感じて、傷をつけて帰ってくる度にあたしは真佑をひたすら罵り続けた。
そんな日々の中で、体育館倉庫で裸に制服を被せた状態で倒れていたと、学校の担任から面倒くさそうな態度の連絡が来た時は、一瞬キレかけた。態度の悪い担任よりも、真佑が傷物になったことに。
だが、これはこれで変態は喜びそうだと思い直し、その日は母に引き取りを押し付け、売り飛ばす未来を夢見て悠長に構えていた。
しかし、変態に売れそうだったはずの真佑は、高校入学を期に段々と変わってしまった。
女と間違えられるぐらいの綺麗な顔と華奢な体型は、まだ中性的とは言えるものの、男の中に混ざった時の違和感が無くなっていった。
それだけではなかった。真佑はあたしの暴力を受けてもメソメソ泣いて謝ることはなくなり、なんなら避けられる数の方が増えた。女々しかった言葉遣いも、本来の性別に相応しいものに変わっていた。真佑のその変化は、まるで蒼真さんに寄せているかのようだった。
その変わり様に、お前なんかが蒼真さんになれるわけがないと一度は憤ったものの、真佑への憎悪はほとんど失せ果てた。
心底大嫌いなのは変わらないが、男を取られる嫉妬の心配がなくなったせいで、最早無関心になっていた。
真佑が傷物になった瞬間にさっさと売り飛ばしておけば、邪魔な疑惑の子供はあたしの側から消えて快適になっていたはずだった。
ほんの少しの油断だけで、あたしは自分の罪から解放されることはなくなってしまった。
そのうち、真佑は大学に通うと言って一人暮らしを始め、社会人になった頃には縁を切られた。
正確には、真佑と縁を切った後に復氏届を出させられたことで、今のあたしは柳葉莉愛に戻っている。
同時に、私と蒼真さんそれぞれの親が同時に見限りやがったことで支援も完全に切られた。真佑が出て行った頃に仕事はクビになったため、バイトでなんとか働きながら生活はしている。
もう若くないため、男に声をかけられることはなく、以前のようにお金をもらって生活の足しにすることはできない。
何も満たされず、希望もクソもない中で、もう生きるのをやめてしまおうかと考える日々は終わることを知らない。
(ただセフレの子供を偶然妊娠しただけで…こんなことになるとは思わなかったじゃない…)
あたしは、真佑が生まれた時から何度か思っていたことがある。
もし真佑がたまたま蒼真さんに似ていたら、こんなことにはならなかっただろうか、と。
それはそれで、真佑に"蒼真さん"を求めてしまい、もっと別の暴力を強いた可能性はある。
だからこそ、あたしがセフレとの子を孕んだことがそもそもの過ちだと改めて突きつけるものでしかない。
結局あたしは、どう足掻いてもあの"真佑"を愛することは出来ない。
あたしの罪を何度も実感させ、蒼真さんとの繋がりが何もない存在である限り愛せないし、愛してやらない。
この命が尽きて全てから解放され、終わりのない地獄に落とされたとしても、絶対に。
次回は、莉愛と蒼真さんの出会いとその顛末までを、周辺にいた人目線で語る前日譚です。




