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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
本編
29/38

水瀬真佑と"ライヤ"


「お前が今いる世界に降り立った時には、俺はもうルシフェルに成り果てていた。俺がミーシャに抱いた一瞬の醜い心に支配されて、本来の俺の人格は完全に乗っ取られていたんだ」

「そんなことが…あったのか…」


ライヤが何故ルシフェルになってしまったのか。その経緯の話に対して、俺はなんて言葉を返せば良いのか分からなかった。


「この世界のライヤには今度こそミーシャと結ばれて欲しいあまり、俺はライヤの夢の中に現れてはミーシャと交流を持つまで何度も誑かし続けた。お前がライヤの身体に転生した時も、ミーシャの身体に転生した美加理と関係があったのを良いことに、前より支配しやすくなったとまで考えていたんだ」

「っ……だから俺が転生した直後に取り憑いたのか…」


ライヤは自分が叶わなかった想いを、同じでもほぼ他人の人間を誑かしてまで成し遂げたかったのだろう。だからと言って、俺を扱いやすい人間と判断して、取り憑いて美加理を傷つける真似までしでかして良いわけがない。

俺のことはどれだけ雑に扱っても良いが、美加理を傷つけたことは許せない。そう思って黙って睨みつけていると、ライヤは申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「真佑…!自分のためにお前が愛していた美加理のことを傷つけて、本当にすまなかった…!美加理だけじゃない…真佑のことも何度も傷つけてしまった…謝って済むことではないが、改めて謝罪させて欲しい…!!」

「もう俺のことは良いよ…君が悪魔化していたせいだってのも分かっている。でも美加理が転生していたミーシャも、中身は違えど君の愛していた人と同じだ。君が何度もミーシャを傷つけたことはちゃんと理解して欲しい」

「ああ、分かっている…ライヤを受け入れないミーシャの姿を見て、罪を犯したライヤがミーシャに受け入れてもらえることはもうないと絶望してしまった俺が悪いんだ…ルシフェルとして苛立ったせいで…それで……っ」

頭を抱え、苦しそうに話すライヤを見て、俺はこれ以上睨む気になれなかった。

ライヤ自身が、一番強く反省し、罪の意識に苛まれているのかもしれない。

ミーシャを傷つけた連中を、我を失ってまで殺してしまい、心の中にある醜い部分をミカエルに利用されてしまった自分の弱さを。

「真佑…自分のことは良いとは言ってたが、お前にはどうしても謝りたい…さっきも言っていただろう?俺と友達になりたいと。俺にそんな資格がないのはわかっている。それでも美加理や父親のことで傷つけたことだけは…」

「………分かったよ。ちゃんと聞くから」

本当に、ライヤはどこまで律儀で生真面目で、騎士道精神に溢れているのだろうか。

そういう男だと知ってるからこそ推しになり、今では仲良くなりたいと願ったのだから、そんな資格はないなんて言わないで欲しい。

それなら、本人の気の済むまで謝罪させてあげよう。そうすれば、ライヤの考えも変わるかもしれない。

「ルシフェルだった時の俺は…お前のことを臆病な奴だと思って見下していた。だから簡単に支配できると思っていたし、幸せになることも許せなかった。よりによってミーシャを間接的に殺したカルミアの元で立ち直る姿も…見ていて本当に気に入らなかった…」

「っ………」

俺のことをそう思っていたのはライヤ本人じゃないとしても、面と向かって言われるとやはり胸が痛い。


『幸せになることが許せない』

『気に入らない』


かつて俺も無意識に自分に対してそう思うこともあった。

美加理を傷つけた自分は幸せになる資格などない、カルミアの元で昔の夢を取り戻して未来に進もうとするなんて身の程知らずだと、自分に言ってやりたくなっていた。

だが、今は何故そう考えていたのかが少しだけ理解できる。

「俺も…この世界で得た幸せなんて身に余るものだと思ってた…ライヤもただでさえ俺みたいな奴に取り憑かれて腑抜けになってるのに、それ以上に"ライヤ・ラズライト"が幸せになるのが怖かったんだろ…?」

「っ………"ライヤ・ラズライト"は幸せになるべきじゃないと思っていた。何度タイムリープしても、ライヤはミーシャと結ばれることもなければ、好意を向けてもらえることもなかった…俺はそれほどの罪を犯した。なのにカルミアの元で幸せになっていく"ライヤ"の姿を見るのが…怖かった……っ」

ライヤは、タイムリープを繰り返しても、ミーシャと結ばれることがないのを、自分のせいだと考えているようだ。

元はと言えば、タイムリープ前の世界でミーシャに手を出した奴らが悪いのに、ライヤは人殺しをしてしまった事実にだけ囚われている。

だが、そうなってしまうのも無理はないと思う。ライヤはあの事件の後、両親から勘当され、追い出されたと言っていた。家族だけでなく騎士団からも失望の目を向けられ、騎士候補に格下げされ、更には愛するミーシャを失ってしまった。

そうして本当に悪いのは何なのかさえも考えられなくなり、今のように自分だけを責め続けてきたのだろう。

「俺は…その恐怖に勝つことが出来なかった…そのせいで…ついには真佑の両親の秘密まで暴いてまで…お前のことを深く傷つけて……」

「えっ、親のことは全然良いんだよ…!むしろ父さんが俺のことをどう思ってるかちゃんと理解できたから…」

「だとしてもっ…!!両親に見捨てられて苦しんだことがあって、俺が一番その辛さを知っていたはずなのに…俺は本当に真佑に対して最低なことをしてしまった……っ…本当に……ごめ……ッ…」

ライヤの謝罪の言葉は、涙で掻き消された。

いつもの謝り方は、まるで友達や親しい人間に対するそれに変わっていた。

静かに泣き崩れているライヤに、俺はゆっくりと近づき、目線を合わせられるようにしゃがむ体勢をとった。

「………真佑…?」

「俺は…本当の君は人を傷つけるのを嫌うことを知ってる。最初に罪のことを聞かされた時は驚いたし失望したけど、今はミーシャを傷つけられたから黙っていられなかったんだって理解できるよ」

「でも…他にもやり方はあったはずなのに俺はっ……」

「まあ…確かに殺しは良くなかっただろうけど、ああいう奴らはそこまでしないと分からないだろうし…それに俺も、美加理が同じように傷つけられたとしたら…ライヤと同じことをしてたと思う」

自分の愛する人が傷つけられたら、その後に取る方法は違えど誰だって怒りで我を忘れるものだ。

それを自覚できないほど、ライヤはミーシャを大切に想い、愛していたのだろう。

俺も同じだった。俺の家庭環境を聞いて泣いてくれた美加理を愛しているからこそ、傷つけようとする輩から何としても守りたかった。


俺もライヤも、人を愛する気持ちの強さは同じなのに、守り方が本当に下手くそだ。


「あのさ…ライヤ。俺と君は守り方を理解できていたら、愛する人と幸せにはなれたかもしれない。ただ、その代わりに俺達がこうして巡り会うことは絶対になかった。だからこんな未来でも悪くないって思うけど、君はどう思う?」

「っ………ああ……俺も…っ…お前に会えて…良かった……」


また、ライヤは涙を流し始めた。そして、俺の肩にしがみつき、自身の肩を震わせて啜り泣いている。

今のライヤは、俺が憧れた騎士の姿とはかけ離れている。しかし、俺はそれを憂うなんて絶対にしない。

そういうライヤだからこそ、推しとして憧れるだけ終わるのではなく、叶うことなら仲良くなりたいと願ったのだから。


「真佑…こんな俺で良かったら、これからも友達でいて欲しい…」

「ッ!!これからもよろしく、ライヤ!」



眩しい光に包まれる。


その瞬間、意識はブラックアウトした。




     ーーーーーーーーーーーー



「…………!!………ヤ…!!ライヤ!!いつまで寝てるの?」

「ッ……はっ…!!俺…いつの間に寝て……?」


目を覚ますと、カルミアが俺を見下ろしていた。

ルシフェル…否、ライヤと話していただけなのに、なんだか長い眠りの中にいたような気がする。


「もう何日も寝てたわよ?そこの悪魔さんと一緒に仲良く寄り添ってね」

「え?悪魔さんって…………えぇえぇええええええ!?!?」


カルミアが指差す方を見てみると、俺の隣でルシフェル(の見た目をしたライヤ)が気持ち良さそうに眠っていた。

俺の大声に起こされたのか、ルシフェル改めライヤは眠そうに目をこすりながら起き上がってきた。

「んんっ……何故…俺は眠って………っ!?」

「あら、ようやくお目覚めね。悪魔さん」

「ッ〜〜〜〜!!魔女め…!」

ライヤは天敵扱いしていたカルミアを見たことで頭が覚醒したようだ。

まだ魔女扱いしているみたいだが、前とは違って殺気は出ておらず、どちらかというと気まずそうにも見えた。

「そんなに気まずいなら、魔女なんて二度と言わないことね」

「痛っ!!くっ……不覚だ…!魔女に一発喰らわされるとは…」

俺と同じように気まずさを察知したカルミアは、ライヤの頭に容赦なくチョップを喰らわせた。

完全に油断していたライヤは、悔しそうにカルミアを睨みつけた。しかし、カルミア本人には全く響いていないどころか、むしろ手のかかる猫程度にしか思ってなさそうだ。

その光景を見て、カルミアに勝てる人間などいないのだろうと改めて思った。


「まあ、ひとまず悪魔さんのことは放っておいて…真佑、貴方の問題が解決したら話したいことっていうのは何?」

そうだった。カルミアに約束していたのに、ライヤとのごたごたで忘れそうになっていた。

「……………俺の将来と、そこにいるルシフェル…じゃなくてライヤのことです」

当初の予定では、将来のことだけ話すつもりだった。

しかし、ルシフェルの正体がライヤであることと、本人の抱えて続けていた苦しみを知ったことで、もう一つ話したいことが増えた。


「俺は貴女の元で手伝いをしているうちに、自分の本当の夢を思い出しました。俺は…今度こそ医師になる夢を叶えたいんです」

「っ…!!それは良いことだけど…医師ってのはそんな簡単になれるものじゃないし、特に貴方の場合はかなり大変な道のりになるわよ」

「分かっています。今の俺では医師になるなんて夢のまた夢で、厳しいことがたくさん待ち受けていることも…」


犯罪者の上に精神疾患を発症した俺を、全員が全員受け入れてくれるなんてあり得ない。医師として身につけるべき知識も、小中学生以来学ぶのをやめてしまったため、正直かなり浅い。


「それでも…俺は前世の父のような人を生みたくない…万が一叶わなかったとしても、残されて苦しむその家族や大切な人を救いたい。医師になるまで何年、何十年とかかろうと…俺はもう二度とその夢を諦めたくないです」

「真佑…」

「カルミアさん、退院出来たら改めて貴女の元で学ばせて下さい。今後も迷惑を掛け続けるかもしれませんが、精一杯頑張りますのでどうかお願いします」


もう周囲の目を気にして、取り繕うことはしない。夢を叶えるためなら、いくらでも頭を下げたり土下座だってする。

血は繋がっていなくても愛してくれた父さんに、何度も傷つけたのにミーシャの姿を借りて助けてくれた美加理。絶望しておかしくなりかけた俺に生きる意味をくれたグレイ、夢を思い出させてくれたカルミア、罪を犯しても俺を友達だと言ってくれたアーサー。

そして、悪魔ルシフェルとして何度も苦しみを与えて傷つけられ、時には争った時もあったが、最後には友達になってくれたライヤ。


その人達の恩に、今度こそちゃんと報いたい。


「……分かったわ。今の貴方にならいくらでも協力する。でも、やるからには厳しく指導するからね」

「ッ!!!あ、ありがとうございます!!」


カルミアから了承を得られたのなら、なおのことこれから一層頑張らなければならない。俺はそう強く思った。


「じゃあ…あとは悪魔さんのことね」

「は、はい!えっとライヤは……」

「俺は真佑の守護霊になる」

「そうなんです、俺の守護霊に……………………え????」

今、隣でライヤがとんでもない発言をした気がする。

友達として受け入れることを報告して、本人には天に帰ってもらうつもりだったが、ライヤはまるで帰るつもりがなさそうだ。

「少なくとも真佑が医師として自立するまでの間はここにいるつもりだ」

「えっ!?いやいや…仮に守護霊になるとしてもちゃんと天に帰って説明しないと流石に神様が怒るんじゃ…!?」

「俺の身体を借りている真佑の未来を見届けなければ、未練が残って守護霊どころか怨霊になってしまう。それと嫌いな神ユピターのそばにいたくない」

「最後のが本音だろ!!まずは一旦帰ってちゃんと説明だけしてきなさい!!」

かつて信仰心はあったはずなのに神様を嫌いと言い切ってしまうほど、今のライヤは吹っ切れているらしい。良いことなのかもしれないが、それはそれとしてそんな理由であの神様を怒らせたら、また呪いをかけられたりと面倒ごとに巻き込まれてしまうのではないか。

流石にもう呪いをかけられるのは懲り懲りだ。

「真佑…お前は友達に対して無理やり嫌いな奴の所に帰らせようとするのか…!?」

「まあ酷い。お友達なのに冷たいこと」

「魔女…!初めてお前と意見が合ったな」

「カルミアさん絶対適当に言ってますよね!?ライヤ!友達だからこそちゃんとけじめ付けて欲しいんだよ!!」


その後も揉めに揉めたが、結局ライヤが折れて一旦天に帰ることになった。だが、多分すぐに戻って来そうなので、俺の病室には二人分のベッドが用意された。


夢への道のりを進むにしても、これからもまだまだ先が思いやられる展開になりそうだ。

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