愛した人への祈り
前半は真佑視点、後半がライヤ視点
交通事故に遭い、乙女ゲーム『花園の天使』の世界の攻略対象であるライヤ・ラズライト転生してから、三年の月日が経った。
いきなりライヤになったかと思えば、悪魔ルシフェルに取り憑かれ、乙女ゲームの主人公ミーシャに転生していた美加理を襲おうとして刑務所に入れられたり、精神疾患で病院生活になったりと、色々なことがあった。
時には、ライヤが属していた騎士団の人間に暴行されかけたり、邪魔をしてくるルシフェルによって、この身体に残された残酷な呪いの原因にショックを受けたり、自分が父親に愛されていないと勘違いさせられたりと、辛いこともあった。
だが、グレイやカルミア、アーサー、ミーシャの姿を借りた美加理のおかげで、その苦しみを乗り越えることができた。
今の俺は、精神疾患から回復したと判断された後に受けた刑罰の一環で、貴族としての地位を失った。そのままラズライト家とは縁を切ることになり、俺はただのライヤになった。今後のラズライト家は、今後の浮気を認める上でライヤの姉ソフィアに婿を取らせることにしたらしい。
今世でも親と縁を切ることになったものの、転生してもあまり関わりがなかった家族なので、引きずる気は全くない。
その代わりに、カルミアの病院で医師として独立するために学びながら働いている。大変なことはたくさんあるが、前世でしていた仕事よりはずっと楽しいものだ。
そして、俺に何度も苦痛を与えようとしてきたルシフェルの正体は、タイムリープが起こる前の世界のライヤだったことも知った。
タイムリープ前の人生で犯した罪に苦しみ、天界の神ユピターから自ら死ぬことができない呪いを与えられ、元いた世界で愛し合ったはずのミーシャが、何度タイムリープしても自分を選ばないため、もう愛される資格はないのだと苦しみ、悪魔ルシフェルへと変わり果ててしまったそうだ。
その経緯を知って、ルシフェルもといライヤと和解できたが、当の本人は中々天界には帰ろうとしなかった。
俺の成長を見届けたい、神様に会いたくないという理由で(多分後者が本心)、俺の守護霊になると言い出した。
聞かされた時は非常に驚きつつも、流石に一度帰らないとまずいのではと思った俺は、ライヤと帰れ帰らないの言い争いになりかけた。
それでも帰りたがらなかったので、帰らなければライヤ本人にとっては黒歴史である女装姿で街を歩くと言ったら、それだけはやめてくれと珍しく取り乱し、そのまま大人しく一度帰って行った。
そして、帰ってきたライヤは、無事神ユピターに守護霊となる許しを貰ったと言っていた。
しかし、神ユピターから、
『守護霊になるならもう二度と天界に帰ってくるな。その後もし天界に戻りたければ10年間地獄で過ごしてからにしろ』
と激怒した様子で言われてしまったらしく、それにムカついていたのかしばらく邪悪なオーラを撒き散らしていた。
色々吹っ切れた途端に感情を剥き出しにしたり本音を隠さなくなったことで、ライヤは当分邪悪なオーラを制御できないらしく、あくまで守護霊として振る舞っているがいつか周囲にも悪魔なのがバレそうな気がしている。
ただ、それだけ自分や恐らくカルミアにも心を開いてくれたのだろうと思い、結局は情が湧いてるのもあって側にいることを許している。
そうは言っても、一緒にいるにあたってライヤにはやめて欲しいことはどうしてもある。
「だぁからよぉ〜!さっさとあの胃腸薬寄越せっつってんだろ!!こちとら腹が痛くて痛くて仕方ねぇんだよ!!」
「あの…そう仰いますが、貴方がこの前その胃腸薬を大量に摂取した上にお酒で胃に流しているとお聞きしたもので…」
「あ"ぁ"っ!?誰から聞いたんだよ!!さては騎士団のアーサーの仕業か!?」
「そ、そういうことはお答えできません…」
「クソがっ!!澄ました顔で生意気な……ひっ!!うううううう後ろに何かいるっ…怖い顔で俺を見て……うわぁああああああっ!!!!」
「えっ?………はぁ、睨みつけて妙なオーラ出すのやめろよ…」
今のように、やめて欲しいのは俺が変な客に怒鳴られていると、大抵背後から睨みを利かせて追い払おうとすることだ。
しかも見た目と声は結局ルシフェルのままで、悪魔時代に備わった邪悪なオーラを抑えられていない。そのせいで人間に化けていてもなんとなく背後霊っぽいため、相手に恐ろしさを味わせてしまうのだ。
「何故だ?あの男は真佑に怒鳴るだけでなく妙な視線を向けていたんだ…ああいう男はまた憂さ晴らしにここに来るに決まってる。だから睨みつけたんだ。今回は睨むだけで許したが、次また同じことをすれば絶対に呪い殺してやる…!」
「落ち着けって!!お前がそんなんじゃお客さんが逃げちゃうだろ!!」
「お前…まさかあの客を庇うのか…!?大体お前が俺を相手してる時のような毅然とした態度でいればあの男がつけ上がってくることもなかったんだ!こうなったら直々にその女々しい根性を叩き直してやる…!!」
「っ…気にしてるんだから言うな!!お前の場合は逆に容赦なさ過ぎるんだよ!!」
ライヤが悪魔から守護霊(一応)になったところで、結局はこの関係は変わらないらしい。
否、変わっても口喧嘩が増えただけだ。嫌な相手が現れればとにかく威圧して追い払うライヤと、嫌な相手でもできるだけ丁寧に接しようと考える俺は、一緒にいたら喧嘩ばかりしている。
推しだから仲良くなれると思っていたが、意外とそう簡単には行かないものだ。
「貴方達は相変わらず仲良しね、ふふ」
「え!?どこがですか!?」
「あら、喧嘩するほどなんとやらってよく言うじゃない」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜!!!この魔女め…!!」
「だからそういう言い方するのやめろ!!」
俺が否定して、ライヤが言い返せなくてキレても、カルミアは全く相手にしないとばかりにくすくすと笑っている。
俺もライヤも、結局カルミアには敵わないようだ。
そう思っていると、カルミアが外出用の格好で何やら大きい荷物を持っているのが目に入った。
「ところで、カルミアさんどこかに出かけるんですか?」
「ええ、今日は宮廷に呼ばれてるの。もうかなり限界が近いらしいけど、最後の最後まで力を尽くしたいからと、その人手のためにね」
「っ………その人ってまさか…」
「ええ、そのまさかよ」
カルミアの話を聞いて、俺は最近よく耳にする噂を思い出した。そして、名前を聞かされていなくても、カルミアが診る相手が誰なのかが分かってしまった。
『国王アレキサンドラは、もうベッドから離れることが出来ない状態だ』
たしかアレキサンドラは、まだ30歳にもなっていないはずだ。
一年前から突然重い病に侵されたと聞いていたが、それでもアレキサンドラなら病に勝てると思っていた。しかし、もうそんな状態になっているなんて信じられないと、噂を聞くたびに思っていた。
嘘だと思っていたかった。
美加理が最後に本来の自分で心から愛することができた相手だったから、内心悔しいところはあっても生きていて欲しかった。
だからこそ、アレキサンドラはもう助かる見込みが薄いことが本当だと知った今、ショックが大きい。
「私に出来ることは何もないけど、やれるだけのことはやるつもりよ」
「頑張って下さい…カルミアさん」
「………最後まで手を尽くせ」
カルミアでさえ難しいと判断してるのなら、アレキサンドラの病が回復する可能性は、本当に低いのかもしれない。
それでも、俺は祈りたい。
美加理にとって一番大事な存在であるアレキサンドラが、また元気な姿を皆に見せられることを。
ーーーーーーーーーーーー
病院に戻っていく真佑を見送り、俺は国王アレキサンドラがいる城を見つめていた。
(アレキサンドラ様がいなかったら…この世界はミカエラによってまたタイムリープが起こったんだろうな)
国王アレキサンドラ・サッピールスは、この世界でのライヤ・ラズライトの人生を大きく変えた人間だ。
もしミーシャが襲われる前に救うことができていたら、この世界でのミーシャとアレキサンドラ様が愛し合うこと自体、あり得ないものとして終わるはずだった。そして、この世界のライヤは騎士の称号を剥奪されず、医師になるために頑張るという、夢のまた夢とも言える道へ進むことはなかった。
神ユピターは、世界を正すために、愛によって更生させる対象の五人を決めた。
国王の弟グランディエ様、サイネリア宰相子息クロード、ミーシャの執事グレイ、騎士候補ライヤ。そして、一番更生が難しいとされる王と対立するルベウス家当主レイヴァン。
本当はその五人に加えて、アレキサンドラ様も対象になるはずだった。
だが、考え直した神ユピター曰く、
『アレキサンドラは、対象にした五人と違って間違いを犯すような人間ではない。その上、神にも等しい国王の地位に就くこと自体、最高の幸せに決まっている』
と、アレキサンドラ様の人間性や幸せを決めつけた上で、対象から外された。
アレキサンドラ様だって一人の人間だ。真佑の記憶を覗いた限り、ゲームの世界ではミーシャに対して取り返しのつかない過ちを働き、不幸に導く存在だった。
なのに、神ユピターはその可能性に対して見て見ぬフリをし、器であるミーシャの中身となる転生者の魂に、俺を含めた五人の対象者を更生することだけを期待した。
その結果、一人の愚かな転生者からミカエラを生み出し、タイムリープを繰り返して後の転生者達の負の感情を集め、復讐によって世界が破滅する危機を迎えかけたのだ。
世界を正すためなら、ミーシャ・グレイスの中身となる転生者を平気で利用しては犠牲を作ったり、俺や他の四人の対象者を駒のように扱う。それに加えて、その傍に居る人々の苦しみは存在しないものとしてしまう。
だからこそ、かつては神ユピターを憎んだこともあった。しかし、今ではそういう存在だと思うしかないのだと、諦めの姿勢に落ち着いている。
天界に戻った時、一度俺の知っているミーシャらしき女性を見かけた。見た目は別人だが、見た瞬間に懐かしさと恋しさを覚えた。
だが、この世界の本来のライヤを含め、タイムリープした分だけライヤの負の感情も混ざっているとはいえ、俺はあの女性に恐怖を与えてしまった存在だ。俺が話しかければ、恐ろしい思いをしたことを思い出させてしまう。
俺のことは完全に忘れて、やっと平穏を迎えた天界で今度こそ幸せでいて欲しい。そう願い、声はかけずに去った。
しかし、その直前に俺の知るミーシャではない方の転生者達に見つかってしまい、美加理の死後の話を俺に教えてくれた。
神ユピターは、美加理が幸せな結末を迎えたことで、破滅の危機を生んだ元凶のミカエラを封印し、タイムリープの力を取り戻すことができた。
再び世界を正すためにまたその力が使われるのかと転生者達は恐れたが、神ユピターはこの世界は正されたと判断したらしく、タイムリープの力を自ら手放すことにした。
その理由は、俺を含めた五人の対象者が愛によるものでなくても、結局ミーシャ・グレイスか、その他の人間によって更生できたからだそうだ。
身勝手に人を振り回したくせに、結局世界が正されれば愛の力などあろうとなかろうとどうでも良いらしい。
それでも、美加理がミカエラと契約するきっかけを生み出し、世界を破滅に導きかけたとして、アレキサンドラのことは許さないと、憤っていたとのことだ。
(……貴方は、アレキサンドラ様が美加理と愛し合ったことで結果的に世界を正すことに繋がったとしても、最後には王としてあるべき姿から何度も外れた罰として、容赦なく死を与えるのだな…本当にどこまでも正しくて…残酷だ)
否、むしろ感謝の意として、死によってすぐに美加理に会わせてやろうとしているのかもしれない。
そんな優しさがあの神にあるとは思えない。だとしても、それがミーシャの幸せに繋がるのなら、俺は何もせず黙って見守ることにしよう。
(アレキサンドラ国王陛下…俺も真佑も愚かな騎士ではありましたが、何度も苦しんできた貴方が安らかな時を迎えられることをどうか祈らせて下さい)
次回はアレキサンドラ視点です




