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冷酷の騎士  作者: 川咲鋏
本編
28/38

憎悪に転がり堕ちる

引き続き、タイムリープ前のライヤ視点


「………ん?この瓶、なんかついてね?紙か?」


アーサーが、拾い上げた瓶に紙がくっついているのを発見したらしい。

何重にも小さく折られた紙には、字が書かれていた。ミーシャが何か言い残すために書いたのだろうかと、俺は後ろからその中身を確認した。



『私は、これからもこのまま絶望の中で生きていくなんて耐えられない。どこに居ても結局不幸になるのなら、死んだ方がマシ。


ちゃんと身体は清めた。だから見た目だけはライヤ様が愛していた真っ白な頃の私に戻れた。でも、またあの人達みたいな男のせいで汚れるのはもう嫌。その恐怖で怯え続けたくない。


宮廷医師のカルミアからいただいたこの薬で、私は今度こそ本当に幸せになる。


さようなら、ライヤ・ラズライト様』



ミーシャの、毎日苦しんで苦しんで泣き続けて、死ぬことでしか希望を得られなくなるほどの悲痛な想いが、手紙には綴られていた。


「ッ…………ミーシャ……」


俺は、ぽつりと愛する人の名を呟くしかできなかった。

何を言えば良いのか分からなかった。何を言っても、ミーシャは帰ってくることはない。

それを痛いほど理解しているから、俺は他の言葉を失っていた。

すると、同じく手紙を見ていたアーサーもまた、涙を流し始めていた。


「っ……こんなことがあって良いのかっ…ライヤは…ミーシャとやっと幸せになれると思ってたのに……」

「アーサー…」

「っ…この子が何をしたって言うんだっ!!何であんな奴らのために何の罪もない子が犠牲にならなくちゃならないんだ!!神様は…ミーシャも…ライヤも幸せになっちゃダメだって言うのか…!?ふざけるな…っ!!ふざけんなよクソがっ!!」


神に対して怒りをぶつけると、アーサーは限界を迎えたように床に突っ伏し、声を上げて泣きじゃくり出した。

泣くアーサーの横で、俺は慰めるでもなくただ手紙を拾い上げ、また読み始めていた。

最初に見た時は、ミーシャの想いの悲痛さを感じただけだった。だが、『見た目だけはライヤ様が愛していた真っ白な頃の私』という文を改めて見た途端、俺は声を大にして否定したくなった。


俺はミーシャが真っ白で綺麗だったから、愛したわけじゃない。孤独に向き合ってくれて、そんな俺でも好きだと言ってくれた純粋で優しい心に惹かれたから、ミーシャを愛していた。


しかし、ミーシャにその想いは伝わっていなかった。

愛していると何度伝えても、最期の瞬間までミーシャの誤解は解けることはなかった。

俺は、孤独を溶かしてくれた喜びと、愛することの幸せばかりで、ミーシャ自身の苦しみを理解出来ていなかった。

理解出来ていれば、ミーシャを失わずに済んだ。失うどころか、苦しみを長引かせることなんてなかったはずだった。



ミーシャが死んだのは、俺のせいだ。



俺は、絶望のあまり頭を抱える。

次第に、目の前がぐにゃぐにゃとし始めるのを感じていた。



「っ……あ、ぁあ…ぁあああぁああっ…!!!!あぁああああぁああああああ!!!!」


その時の俺に、正常な判断力など最早皆無だった。

精神は崩壊していて、錯乱して周りのことなど考えられない。その時頬を伝っていたのは汗だったのか、それとも涙だったのかは、当時も今も分からない。

何もかも壊れたかのように声を上げながら、俺は勢いよく剣を抜き、喉に向けて刺そうとした。


「おいやめろ!!馬鹿なことは考えるな!!」

「馬鹿でも何でも良い!!!今すぐ死なせてくれ!!!こうすればミーシャに会える!!幸せになる方法はこれしかないんだ!!!!」


アーサーに止められようが、その言葉が耳に届くことはない。

最後の叫びと共に、俺は剣で喉を貫いた。

血飛沫と共に大量の血が吹き出す中、俺は僅かな意識を残して、ミーシャの元まで這いずった。

だらんと垂れ下がったミーシャの手を掴むと、俺はそのまま目を瞑った。


もう、誰にもミーシャを触らせない。

誰にも邪魔はさせない。ミーシャと共に死んで、幸せになることを。



(ミーシャ……このまま…ずっと一緒に………………)



意識が途切れる瞬間まで、俺はミーシャの手を握っていた。



      ーーーーーーーーーーーー


握っていた手が離れた時には、俺は天界に来ていた。


死ぬことができたと喜ぶのも束の間で、自分の姿が生きていた頃とは違い、人型ではなく黒いモヤモヤとした何かに変わり果てていたことに気づいた。

人を殺した罰として、元の姿でいることは許されなかったのだろうと、俺は悲しむよりもとにかく仕方ないという気持ちだった。

それよりもミーシャはどこに行ったのだと、辺りを見回していると、地上の様子が映し出されている場所を発見した。

そこに近づくと、死んだはずのミーシャが、元気そうに過ごしている様子が映っていた。


(なっ……なんでミーシャが生きてるんだ!?それに…なんか雰囲気がいつもと違うような…)


俺の知っているミーシャは、純粋で優しく、孤児出身とは思えないような上品さも備わっていた。しかし、目の前で映し出されているミーシャは、純粋であることに違いないが、どちらかと言うと明るくお茶目な雰囲気だ。

そのミーシャが楽しげに話している相手は、サイネリア宰相子息であるクロードだった。死ぬ前のミーシャとは全く関わりがなく、俺がいた世界ではユリアナ・アイリスと結婚したはずだ。

そんなクロードが、何故ミーシャと親しげに、まるで恋でもしているかのような眼差しを向けながら話しているのか。俺がいた世界でユリアナと愛し合っていたのは嘘だったのか。

ミーシャは、本当は俺ではなく、真面目なだけではなく、物腰も柔らかくて紳士的なクロードと一緒にいたかったのだろうか。

そう思った途端、心の奥が痛み、同時にじりじりと燃え始める不快な何かを感じた。


クロードではなく、俺を見て欲しい。


親しげに話さないでくれ。


ミーシャをクロードに取られたくない。


元々は、俺と一緒になるはずだったんだ。だからミーシャに触れるな。




"騎士候補の二人に襲われる前に、ミーシャを━━━━━しておけば良かった"




「っ………だめだ…こんなこと考えるなっ……ミーシャの意思を無視して自分のものにするなんて悍ましいことはしたくない…」


クロードへの嫉妬で思わず非道的な考えを抱きそうになってしまった。

こんな騎士道精神に反するどころか、人として最低なことを思うなんて、俺は天界ではなく、地獄に堕ちるべき人間だ。



《何良い子ぶってんの?今思ったことが本音のくせに。()()()のライヤ・ラズライト様?》

「っ!?だっ…誰…………だ………?」


背後から突然少女の声が聞こえてきて、俺は危機感からすぐに振り返って、身体がない状態で手元にない剣を抜く準備までした。


だが、俺はその少女を見た途端、言葉を失った。


「…………君は……ミーシャ?」


なぜなら、髪色や瞳の色は違えど、その少女の顔や姿形はミーシャとまるっきり同じだったからだ。

ならば、先程映像で見たミーシャはやはり幻なのだろうか。


《あたしはミカエラ。あそこに映ってるミーシャはちゃんと生きてるよ。中身は貴方が知ってるミーシャとは別人だけど、同じように他の世界から来た転生者》

「転生者…!?そんな存在が本当にあったのか…?それに俺の知ってるミーシャも…?」


転生者という存在は、言葉としては聞いたことがあっても、所詮はただの作り話か御伽話のように空想上の存在だと思っていた。

本当に存在していたことよりも、自分が愛していたミーシャの中身は、本当は異世界から来た人間だったことに、俺は驚きを隠せない。


《嘘みたいだろうけど、本当の話。神様は貴方が生きていた世界を正すために、ミーシャ・グレイスを創り出した。その器に転生者の魂を移してるんだよ》


世界を正す?

神がミーシャ・グレイスを創り出した?


あまりに非現実的なせいで、上手く頭に入らない。理解できるのは、ミーシャはただの人間ではなく、特別な存在であることだけだった。


《それで、貴方の知ってるミーシャが世界を正すことができずに死んだから、神様はタイムリープの力を使って、世界をやり直したの。その後はやっと神様が望んだ世界になるはずだったんだけど、あたしは納得いかなかった》

「っ………なぜ、納得がいかなかったんだ…?」

先程までにやりと笑っていた顔が突如不機嫌に変わったミカエラに、俺は背筋が凍りついた。

そんな俺を無視して、ミカエラは「だってさぁ」と不満そうな口調のまま、話を続ける。

《その世界ではあたしは冷遇されて不幸な結末を迎えたんだもん。他の奴らはハッピーエンド迎えたのに自分だけってマジでムカつくし、ほんっっっと殺してやりたい》

「ッ〜〜〜〜!!ぅっ………!!」


自分の実体はもう存在していないはずなのに、胃の辺りがゾワっとし、不快感のあまりえずきそうになった。

ミカエラの内面は、あまりにも醜く、汚れている。

それを本能的に感じ取ってしまったせいで、俺はミカエラから今すぐ離れたくなった。しかし、ミカエラの話を聞かなければ、ミーシャのことを知ることは出来ない。

そして、何故ミーシャによって世界を正す必要があるのかを知る必要がある。

俺は、我慢して話を聞くことにした。


《だからそのタイムリープの力を奪った。それで次から次へとミーシャの中身になる転生者達を不幸に導いて負の感情を集めるために、あたしは何度もあの世界をタイムリープさせてるってわけ》

「そんなことのために…?お前のその身勝手な理由だけで、今映ってる転生者も不幸にするつもりなのか…?」

《そんなの当たり前じゃん?あたしだけ不幸な上に誰からも愛されずに終わるなんて許さない》


なんて醜悪で、自分勝手で、悪意に満ちた存在なんだろう。

この悪魔が早く生まれていたら、俺の知っているミーシャはもっと恐ろしい目に遭っていたかもしれない。


《まあ、あたしの復讐の理由は他にもあるけどね。その対象は、この世界を正すためにミーシャを創った天界の創造神『ユピター』だよ》

「っ!?お前は何の罪もない転生者達だけでなく、神に対しても復讐を考えているのか!?そんな重罪が許されるとでも思って……っ」


俺の世界では、自分達を生み出した神に対して憎悪の感情を抱くのは禁忌とされている。それを平気で犯そうとするミカエラに、俺は我慢の限界を覚え、掴みかかりたかった。

しかし、ミカエラは俺の方に顔を近づけ、気味の悪い笑顔を浮かべていたため、恐怖のあまり言葉を失った。


《重罪??貴方もおんなじでしょ。ユピターが生み出したミーシャをろくに守れず、世界が正されずに終わってしまった一番の元凶じゃん》

「っ……そんなことはわかっている…だがお前のしようとしていることは最も許し難いことでっ…」

《その元凶に対する罰として、ユピターは貴方の身体に"自ら死ぬことが出来ない呪い"をかけたんだよ?ミーシャの純潔が穢されるのを止められず、世界を正すことを邪魔した貴方は、ユピターにとっては重罪人なの》

「そのさっきから言う世界を正すとは何なんだ…!?ミーシャにそんな責務を負わせてまで神は一体何がしたいんだ…!?」


神に対して、疑念の気持ちなど抱くのも重罪なのは分かっている。だが、ミーシャをまるで道具のように扱い、世界のためなら何度も使い捨てているだけなのではと、疑い出したら止まらなくなっていく。


《ユピターは、貴方を含めた五人を、愛によって更生させれば、あの世界は平和になると思っていた。そのために、ミーシャ・グレイスという純粋で素直で可愛らしい存在を創り出した。でも、貴方はミーシャを汚い存在から守れないどころか、その後を追って死んでしまった。愛を知って更生した貴方だけでもあのまま生きていれば、神様もタイムリープなんて使わなかったみたいだよ》

「………要するに神は…俺が愛する人を失おうと、自ら死ぬことも許されず悲しみを抱えたまま生き続けていれば良かったと…?」

《そうだよ。貴方が死んだせいで、あたしが生まれ

て、転生者達が何人も犠牲になるようなことが起きた。だから神様は貴方を許せないんだよ》


神ユピターというのは、俺や他の四人が更生することで世界が正されるためなら、ミーシャのその後などどうでも良いとでも言うのか。

そして、俺たち五人がそのせいで深い悲しみを追うことになろうと、平和のために自然死するまで生き続けろという、残酷な天命を与えるのか。


否、こんな世界になってしまったのは、俺のせいだ。

俺があの時アーサーの言葉に耳を貸し、あのまま生き続けていれば、ミカエラは生まれることなどなかった。後々また現れるであろう転生者達がミカエラの餌食になり、不幸な結末を迎えるたびに負の感情を回収され、神への復讐に繋がることもなかった。

「………………全部……俺が……悪いんだ………」

《そうだよ、ぜーんぶ貴方のせい。でも大丈夫。あたしの力を使えば、その苦しみから解放されるよ》

ミカエラが、優しげだがねっとりした声で、囁いてくる。

その瞬間、頭の中がぼんやりとして、判断力が鈍るのを感じた。

「……っ……だめ…だ……俺は……罪を償わないと………」

《そんなことしなくていいんだよ。本当の元凶は、神ユピターにあるから》

「…………神に……復讐など………そんなことは……」

意識が遠のいていく。

心の内側が、どんどん黒く染まっていくのを感じる。

神さえいなければ、俺は深い悲しみを背負うことはなく、ミーシャや他の対象になる四人、ミーシャの中身になる転生者達が苦しむことはなかった。

俺があのまま生きていれば、ミーシャがクロードに奪われるかもしれない不安や嫉妬など覚えずに済んだ。


クロードだけじゃない。

俺以外の男に、ミーシャを奪われずに済んだのに。



憎い…。


憎い、憎い。


憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!



あんな世界、消えてなくなれば良い。





『…………ねぇ、ライヤ様』










『私を、貴方のものにして下さい』








深く長い眠りの中から意識を取り戻した時には、俺は5回目のタイムリープが起きた世界に、降り立っていた。


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