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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける

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待ち遠しい夏休み!忍び寄る不穏な影! Bパート

 「おかえりっソラ~!」


 玄関の扉を開けた瞬間、ぱたぱたと軽やかな羽音と共に、ソラシーが一直線に飛び込んできた。


 「わっ、ただいまソラシー!」


 慌てて両手で受け止めると、そのまま胸元に収まる。

 ふわふわとした温もりがじんわりと伝わってきて、あかりは思わず頬を緩めた。


 「今日はなんだか元気ソラね?」


 「えへへ~……分かる?」


 靴を脱ぎながら、あかりは隠しきれない様子でにやける。


 「明日ね、みんなでお出かけすることになったの!」


 「ソラぁ!?」


 ソラシーがぴょこんと顔を上げた。


 「七夕だから、夜に星を見に行こうって!」


 「ピィ、お願いごともするソラ?」


 「うんうん! 短冊も書くんだよ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ソラシーのテンションが一気に跳ね上がる。


 「楽しみソラぁ!! ソラシーの分はあかりに書いてもらうソラ!」


 「うんうんっ! 任せておいて~!」


 一人と一羽は、その場でぴょんぴょんと跳ねながら、無邪気に笑い合った。

 

 「あらあかり? お帰りなさい」


 廊下が賑やかで、様子を見に来たのかリビングのドアが開き、菜月が顔を覗かせる。

 

 「あ、ママ! ただいまぁ~! 明日の夜お出かけしていいー?」


 「夜? 遅くなるの?」


 「うん、ちょっとだけ。あおいちゃんとみちるちゃんとアリサちゃんと星を見に行くんだ!」


 菜月は少し考えるように口元へ手を添えるも、すぐににっこりと笑みを浮かべて頷いた。


 「いいわよ。——ただし! 22時には家に帰ってくること。守れる?」


 無事に許可が下りた嬉しさに、あかりは顔をぱぁっと輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


 「ありがとママっ!! あ、ソラシーも一緒に連れて行くねー!」


 「ピッピ♪」


 嬉しそうにくるくると回りながらソラシーと喜びを爆発させるあかりを見て、菜月はニコニコと笑みを浮かべながらキッチンへ戻ろうとして――ふと重大な事を思い出し、振り向いた。


 「ねぇあかり。期末試験帰ってきたの?」


 

 ピタリとあかりの回転が止まり、高い高いをするように頭上に掲げていたソラシーがポテリとあかりの顔へと落ちる。



 「……う、うんー! 帰ってきたよー!」


 「あかり頑張っていたもんね、あとで見せてね」


 「は……はーい! いこ、ソラシー」


 「ピ、ピヨっ!」



 あかりはそそくさと階段を登って自室へと移動し、勉強机に鞄を置いた。


 「ふぅ……」


 小さく息を吐きながら腰を下ろすと、ソラシーがぴょこんと肩へと乗る。


 「なんかさっき、変な間があったソラ?」


 「……気のせいだよっ!」


 即答だった。

 しかしその声は、どこかぎこちない。



 「ふぅーん……ソラシーは、何も聞かないソラ~」



 じーっと見つめるソラシーから目を逸らしながら、あかりは慌てて鞄を開ける。


 中には――今日戻ってきたテストの答案用紙。

 各科目の点数を確認する。


 (……大丈夫、大丈夫。怒られる点数じゃないし……!)


 むしろ、頑張ったと言ってもらえるはずだ。

 そう自分に言い聞かせて、答案用紙を机の上へと重ねて置いた。


 「……うん、パパが帰ってきたら二人に見せるよ」


 「えらいソラ!」


 「えへへ」




*   *   *




 夕食の時間。

 テーブルには出来立ての料理が並び、いつも通りの温かな空気が広がっていた。

 今日のメインは大きなエビフライで、自家製タルタルソースがたっぷりとかかっている。

  

 「いただきまーすっ!」


 元気よく手を合わせてから、あかりはエビフライをザクリと一口。


 「ん~……おいしい~! タルタルソースもさいこ~!!」


 「ふふ、良かった」


 菜月と陽太は、あかりとソラシーが美味しそうにフライを頬張る姿を優しく見守り、笑みを浮かべていた。


 「それで? 明日は星を見に行くんだっけ?」


 「うんっ! 先に商店街で短冊書いてから澄天神社で星を見るの!」


 「いいねぇ、七夕かぁ」


 陽太が懐かしそうに頷いた。


 「短冊、もう書く事決まったのかい?」


 「ううん。何お願いしようかな~って今考えてるとこなの!」


 「ふぅん」


 陽太は少しだけ楽しそうに目を細めた。


 「あかりは昔どんなお願い事書いていたか覚えているかい?」


 「えっ?」


 急な質問に、あかりはきょとんとする。


 「えっと……うーん……」


 少し考えてから、ぽつりと答えた。


 「ケーキいっぱい食べたい、とか……?」


 「お、正解。書いて笹に吊るした後に一緒に買って帰ったなぁ」


 陽太が吹き出しながらも懐かし気に目を細める。


 「あとね! おっきなプリンが食べたいとか!」


 「それも当たりね」


 菜月がくすっと笑う。

  

 「ねぇねぇ! パパとママは、私くらいの時どんなお願いしてたの?」


 あかりが身を乗り出すようにして尋ねると、二人は少しだけ考えるように顔を見合わせた。


 「私は……そうね」


 菜月はフォークを置き、少し遠くを見るようにしてから答えた。


 「テストで100点取れますように……とかだったわね」


 「……なんか、普通かも!」


 「ふふ、そう? でもそれくらいささやかな方が叶うかもしれないわよ」 


 「うーん……せっかくお星様にお願い事するんだから、もっと夢がたっぷりな方がいいかなぁって」

 

 あかりは首を傾げ、考え込むように腕を組んだ。

 そんな彼女を見て、陽太が軽く笑いながら続けた。


 「俺はなぁ……正義のスーパーヒーローになりたい、とか書いてた気がするな」


 「えーっ!?」


 あかりは思わず吹き出した。


 「お父さん、かわいい!」


 「おいおい」


 陽太は苦笑する。


 「でもまぁ、子供の頃の願いなんて、みんなそんな感じだっただろうよ」


 「そっかぁ……」


 あかりは少しだけ考え込むように視線を落とした。

 その言葉は、さっきまでの明るさとは少し違って――ほんの少しだけ、静かだった。




 「ねぇ、パパとママは今年は何てお願いするの?」


 「うん? そうだなぁ……やっぱりパパは、家族がみんな幸せに暮らせますようにって書くかな」


 「ふふ、ママはみんなが健康で元気に毎日を過ごせますようにって、お買い物に行った時に書いてきたわ」


 (二人共、自分の事じゃなくて家族みんなの事を願うんだ……)


 両親の願いの言葉が、胸の奥に静かに残る。

 そしてぽかぽかと、温かい優しい感情が沸き立つように溢れ、自然と笑みが零れていた。


 「ありがとう! パパ! ママ!……何か、分かった気がする!」


 憑き物が落ちたようなあかりの笑顔に、陽太と菜月は微笑みで応える。


 「ま、難しく考えなくていいさ。あかりはあかりらしくお願いするといいよ」


 「そう。自分が一番しっくりくるお願いでいいのよ」


 「うん……!」


 あかりは力強く頷き、再び元気にエビフライへフォークを突き立てるのだった。





*   *   *





 すっかり夜も更け、両親へ欠伸交じりに「おやすみなさい」を告げた後、部屋に戻ったあかりはベッドに腰掛けていた。


 換気の為に開け放っている窓からは、雨の音の代わりに虫の鳴き声が聞こえてくる。

 僅かに吹き込む風がレースカーテンを揺らし、心ばかりの涼を感じさせてくれる。


 「ピ……ねむいソラ……」


 隣ではソラシーがうとうとしながら、小さく丸まっていた。


 「あは、今日は一緒にはしゃいだもんね」


 そっとふわふわの身体を撫でると、ソラシーは安心したように「ピィ」と小さく鳴き、目を閉じた。



 静かな時間。

 何も起きない、穏やかな夜。


 「……七夕、かぁ」


 ぽつりと呟く。


 頭の中に浮かぶのは、今日の会話。


 みんなと笑った時間。

 パパとママの言葉。


 そして――自分は、何を願うのか。


 

 手に感じる温かさと柔らかさを堪能しながら、あかりもゆっくりと目を閉じる。


 (楽しい事……いっぱいしたいな)


 (それに……みんなと、ずっと笑っていたい)


 それは自然に浮かぶ気持ち。


 でも――それだけじゃない気がした。


 (……もっと、ちゃんと)


 言葉にしようとするけれど、まだ形にならない。

 大事だからこそ、簡単には決められない。


 「……よしっ」


 あかりは小さく頷いた。



 「明日、ちゃんと決めよう」



 その決意と共に、布団へと潜り込む。

 枕元ではソラシーがすやすやと寝息を立てていた。


 その小さな体をそっと撫でながら、あかりもゆっくりと目を閉じる。


 「お休み、ソラシー」


 心の奥に、まだ言葉にならない願いを抱えたまま。


 静かな夜は、優しく更けていった。




———————————————————————————————————




 同じスミゾラタウンの夜空の下でも、穏やかに眠りについた者もいれば、未だに起きている者もいる。

 ――私は後者の方だ。


 ふと横を見れば、静かに寝息を立てるみちるの顔がある。私の過去を巡って以来、彼女はずっと私と床を共にしている。


 思えば、彼女と出会ってからこちらの暦で三か月が過ぎていた。

 出会った頃の彼女はどこか棘があり、私への当たりもどこか冷たい物だった。


 それが今は……依存されていると評した方が良いのだろう。

 

 ……否。

 そう、言い切ってしまうのも――少し違う気もする。


 「ん……ぅ……」


 みちるが寝返りを打つと、ずっと握っていた私の手を離した。 

 今も手に残るこの温もりと柔らかさを手放すのは……惜しいと思う自分がいる事に、苦笑せざるを得ない。


 ——どの面を下げて、この血や罪で汚れぬ手を握っていたいと思うのか。

 

 ……滑稽だ。

 守るべき側に立つ資格など、とうに失っているはずなのに。


 それでも心と身体は裏腹で、離された手から温もりが逃げていくのを少しでも遅らせようと、ぎゅっと手を握り込んだ。


 (……さて、行こう)


 みちるを起こさぬよう、細心の注意を払いベッドから抜け出すと、消音魔法を発動しながら階下へと降りる折り畳み梯子を下ろしていく。

 

 向かう先はリビング。マダムへの近況報告と情報交換を約束していたのだ。


 


 「……すいませんマダム、遅くなりました」


 最低限の灯りが落とされたリビングのダイニングテーブルで、パジャマ姿のマダムが待っていた。

 私が来たのを見て、小さい音量で流していたテレビを消し、対面の席へ座る用に促した。


 「ごめんなさいね、アリサちゃん。こんな遅い時間に」

 

 「いえ、最悪睡眠をとらなくても五日間は問題ありませんので」


 「ちゃんと寝なきゃダメよ? ……じゃあ、手早くお話しましょう」


 

 ——マダムからは、星詠みで見えた不穏な未来。この夏の間に大きな波が二度来ると。

 その詳細は見ようとしても霞がかっていて、詳しく見る事は叶わなかったらしい。

 

 私は口元へ手を添え、思考を巡らせていた。


 マダムの星詠み――未来視はかなり強力かつ信用できる実績がある。

 彼女が見た未来を疑う余地はない――が、それ故に彼女ですらはっきりと見通せぬ存在。そのイレギュラーがあったからこそ、マダムは私に情報を流してくれたのだろう。


 「……そうですか。少なくてもこの二か月の間に起こると」


 「えぇ。前まではそんな星は見えなかったはずなのに、突然寒気と共に流れてきて……」


 「……場合によっては、私が出ます」


 「えぇ、ありがとう。でもアリサちゃんも無理をしてはダメよ」


 気遣いの言葉に、僅かばかりに口角を上げて応える。

 

 マダムは……否、このスミゾラタウンの人々は、こんな私にさえ優しい。 

 

 戦う事しかできない役立たずなのに……今もまだこの場所にいる事を許してくれている。

 だからこそ私は、できる限りの恩を返さねばならない。


 



 「……ねぇアリサちゃん。明日みちるちゃんと一緒に七夕の短冊、書きに行くのよね?」


 ふとマダムが話題を変えた。それに対し私は簡潔に返答する。


 「はい。明日の下校後、喫茶の勤務並び夕食を補給した後に、スミゾラ商店街の大笹前で集合とのことです」


 「ふふ……アリサちゃんがいるならみちるちゃんも安心ね。……そうそう! アリサちゃんは何をお願いするのかしら?」


 


 「……マダム」


 私は、少しだけ言葉を選びながら口を開いた。


 「願いというものは……何だと思いますか」


 マダムは幾度か目を瞬かせてから、柔らかく微笑んだ。


 「あらあら、急に難しいことを聞くのね」


 「いえ……ただ、考える機会がありまして」


 少しだけ間を置く。

 その間に、脳裏にはあかり達の笑顔が浮かんでいた。



 「……私のいた場所では、叶わぬ事を願うのは現実逃避であり……ノイズとして扱われました」


 静かに言い切る。


 そこには、何の感情も乗せない。

 ただの事実を語るだけなのだ。


 「こうあれば良い、ああなれば良い。そう希望を抱くのは誰にも止められません。しかし……願いが届かぬと悟った時、著しい効率低下を招きます」


 「……そう、なの」


 マダムは否定せず、ただ静かに頷いた。


 「でも、もうここは皇国じゃないのよ。みんなが自由に夢を抱いて良いの。例え叶わぬと分かっていても、夢に向かって頑張ろうって、それで星へ願い事を捧げるのよ」


 少しだけ言葉が詰まる。

 確かにその通りだ。もう今は……私を縛るものも、飛び交う魔法もないのだ。



 「……今、ここで死に付き纏われずに静かに生きている。これが……私が抱いた夢でした」


 ぽつりと、答えた。


 「私の願いは、もう叶っているのです。だから……これ以上願うのは、欲張りになってしまいます」


 私の言葉を聞き、マダムは少しだけ痛ましそうに目を伏せた。


 「……そうね。確かに、もう叶っている願いもあるわ」


 コクリと、私は静かに頷く。

 そして、これ以上長くなってしまってもマダムに悪いと、椅子から立ち上がろうとした時だった。



 「……でもね、アリサちゃん」


 マダムは優しい声色で、言葉を重ねた。


 「七夕のお願い事って、欲張ってしまっていいのよ」


 「……そうなのですか?」


 「えぇ」


 マダムは微笑む。


 「今の幸せが続きますように、でもいいし……誰かが笑っていられますように、でもいいの」


 「……」


 「誰もあなたを責めないし、誰もあなたを怒らないわ」


 その言葉に僅かに目を伏せる。


 誰かの為に、損得を度外視した無条件の優しさを施す。

 その概念は、私にはまだ少し遠い。


 ——だが、その概念もそろそろアップデートしなければならない。

 

 ここは……皇国ではない。ニホンなのだから。




 「それにね、七夕のお願いなんだから絶対叶わないかもしれないお願い事だって書いて良いのよ」


 「……どんな滑稽な物でも、ですか?」


 「ええ。王様になりたいだって、大金持ちになりたいだっていいのよ。そんなに真剣に迷わなくていいの」


 「……そうですか」


 私は小さく返事をする。それ以上は何も言わなかった。

 ——いや、言えなかったというべきだろうか。



 「明日、みちるちゃんと一緒に書くんでしょう?」


 「……はい」


 「なら、あんまり考え過ぎずに書いてみたらどうかしら?」


 「……」


 その言葉は、決して強制されたものではなかった。

 ただ、そっと提案として差し出されただけのもの。


 「……分かりました」


 私は自然と頷いていた。


 それは願う事を許されたからだろうか。

 それとも、誰かの為に祈るという在り方に……意味を見出してしまったからだろうか。


 ——でも、悪い気はしなかった。


 


 「マダム、ありがとうございます」


 「ふふ、こちらこそ遅くまでありがとう。そろそろ寝ましょうか」


 席を立ち、リビングを消灯してマダムと階段を登っていく。

 彼女の寝室の扉の前に着いた時、私は小声でマダムへと声をかけた。


 「……マダム」


 「うん……? どうしたの?」


 「……お休みなさい」

 

 「……ふふ、お休みなさい。良い夢を見てね」



 静まり返った廊下を足音を殺して歩き、静かに梯子を登っていく。

 屋根裏部屋へと戻った私を包むのは、最早慣れ親しんだ木の香りと、どこか甘いシャンプーの香り。


 ベッドには私が出る前と変わらぬ姿勢で眠るみちるの姿がある。


 (……守るべきもの、か)


 小さく息を吐く。

 まだ、その全てを理解したわけではない。


 だが、この時間を……壊させたくない。……そう思った。


 みちるを起こさないように慎重にベッドへ戻り、そっと横になる。

 そのまま無意識のうちに、先ほど離れた手を探すように伸ばしていた。

 


 指先に触れた温もりに、ほっとした気分になるのは何故だろうか。


 「……お休みなさい、みちる」


 返事はない。

 ただ、彼女の寝息と確かにそこにある温かさだけが応えていた。


 私は目を瞑り、深く息を吐いた。

 戦地でも使っていた素早く睡眠状態に入る為の呼吸法。すぐに意識が遠退いていき、深い眠りの世界へと落ちていった。 


~~次回予告~~


笹の葉さーらさらー♪

無事に晴れた七夕の夜!

願いを乗せた短冊が、夜空に揺れてとっても綺麗……!


でも、突如現れる六体のワルイゾー!

男爵がまた悪巧みしているみたい……。


みんなの願いを守るため、ブレッシングノーツ――出動しますっ!


次回『七夕の決戦! 六重奏の不協和音』


新しいハーモニー、始まるよっ♪


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