穢れ祓え!鳴り響く爆音の大祓! Aパート
六月三十日。
この日はただの六月最後の日……だけではない。
――期末試験前日でもあるのだ。
そういう事情もあって、快晴学園の空気はいつもより少しだけ張り詰めていた。
授業は午前中で終了し、早々に下校する生徒と、校舎内で最後の追い込みをかける生徒で別れ、残った生徒達はそれぞれの場所で自習を進めていた。
教室のあちこちで教科書とノートを広げる生徒達。
問題を出し合う声。
焦りの混じったため息。
いつもの賑やかさは少し影を潜め、どこか落ち着かない雰囲気が漂っている。
それは……あかり達のクラス、2-Aも例外ではなかった。
そしてその一角。机を四つ、向かい合うようにくっ付けた即席の大机。
そこにあかり・あおい・みちる・アリサの四人の姿があった。
「ああぁぁ~……もうダメぇ……」
あかりは呻きながら、この世の終わりのような顔をして机に突っ伏した。
「頭真っ白になっちゃうよぉぉ……」
「ほら、まだ諦めるには早いわよ。ちゃんと勉強会で頑張ったでしょ?」
彼女の正面でノートをまとめながら、みちるが落ち着いた声で言う。
「あと一日あるんだから」
「その一日が怖いんだよぉぉぉ!!!」
ガバッと起き上がって頭を抱えたと思えば、再び力無くぐでっと机に伸びる。
「あかりって地頭いいのに、勉強には自信ないんだから~。えいえいっ」
「うぐぐ……ぐぐぐぅ……」
あおいが指先であかりの頬をツンツンとつつくもあかりはされるがままに唸っていた。
「……無様」
「ちょっ……アリサちゃんっ!?」
あかりが机から顔を上げ、非難めいた眼でアリサを見やるも、彼女は特に悪びれた様子もなく、教科書をめくりながら続けた。
「事実」
「ぐっぬぬぅぅ~……!」
言い返せず、あかりは再び机へ沈む。
その様子を見て、みちるとあおいが小さく笑った。
その時だった。
「……そういえば」
みちるがふと顔を上げる。
「今日って六月三十日……よね」
「うん?」
あおいが首を傾げる。
「それがどうかした?」
みちるは少し嬉しそうに言った。
「澄天神社でね、夏越の大祓がある日なの」
「なごしの……おおはらえ?」
あかりがゆっくり顔を上げる。
「そう。半年分の穢れを祓う神事で、境内に茅の輪っていう大きな輪が作られて、それをくぐるの」
「へぇ……」
あかりが腕を組む。
そして、ぽつりと言った。
「……テストの穢れも祓えたりする?」
「穢れじゃないでしょ、それは」
みちるが即座にツッコみ、あおいがくすっと笑った。
「でも、気分転換にはいいかもね。屋台も出てると思うし」
その瞬間、あかりの目がきらりと光った。
「屋台!? お祭りっ!?」
「寄って帰る?」
「行く行くっ!!」
あかりは勢いよく立ち上がった。
「これは! テスト前の必勝祈願だよ!」
「絶対違う理由でしょそれ……」
みちるが呆れたように笑いながら言った。
騒ぐあかりの隣で、アリサが徐に教科書を閉じた。
「……息抜きは必要。集中力が落ちた状態で勉強しても効率が悪い」
「え」
あかりが目を丸くする。
「アリサちゃんが味方してくれた!?」
アリサは無表情のまま言った。
「……ただし」
「ただし……?」
「……三十分だけ」
「短っ!?」
教室の一角で、小さな笑い声が広がった。
———————————————————————————————————
「お待たせ! じゃあ澄天神社へしゅっぱーつ!」
下駄箱でそれぞれ靴を履き替え、昇降口で集合した四人は肩を並べて歩き始めた。
単語帳や教科書に目を落とし、皆が下を向いて歩く中、あかり達は上を向いて、流れる雲がタコ焼きみたいだ、かき氷みたいだと、はしゃいで歩いていた。
何を浮かれているんだと冷ややかな目を向ける生徒もいたが、未知の料理への期待に微笑むアリサの顔を見て、何も言わぬまま再び手元へと視線を落とすのだった。
「ねえねえ、みちるちゃん! 澄天神社ってどんなところなの?」
「え? ……そ、そうね……私もそんなに詳しいわけじゃないからはっきりとは言えないけれど……」
みちるが祖父母から聞いた昔話だと、大昔は雨が続く場所で、洪水や土砂崩れに悩む人々を、天から降りてきた神様が救い、暗い厚い曇り空を、たちまち澄んだ青空に変えてくれた。
それから澄天神社を建ててその神様を祀り、感謝を捧げるお祭りがずっと続いている――らしい。
澄天神社はかつてあかりがソラシーと出会い、初めてメロリィ・エンジェルへと変身した場所でもあった。
ランニングルートでいつも通っていたのに、ちゃんと名前も由来も聞いた事が無かったと反省しながらみちるの話に耳を傾けていた。
「ほえぇ……」
あかりが感心したように頷いた。
いつも見ている神社でも、こうして話を聞くと少しだけ違って見える気がする。
ふと空を見上げる。
青く高く、澄んだ青空。
みちるの話を聞いた直後だからか、あかりは小さく笑った。
「ほんとだ……今日は澄んでるね」
「……そうね」
みちるも空を見上げる。
その隣で、あおいが前を指差した。
「ほら、見えてきたよ!」
住宅街の向こう。
石の鳥居が見え始めていた。
* * *
普段は静かな神社だが、今日は多くの人が階段を行き交っており、神社の名前の入った紙袋を下げた人が大勢いた。
階段の上の境内からは和楽器の音色が聞こえて来ていて、どこか非日常感を感じさせてくれる。
「鳥居の前は一礼、よ」
みちるに合わせ、軽くペコリと頭を下げ、鳥居をくぐる。
鳥居をくぐると、空気がふっと変わった気がした。
石段を一歩一歩登っていくと、ゆっくりと手すりを伝い登っているおばあさんの姿があった。
ふらついたおばあさんの背を、あかりがさっと支え、もう一方の手でおばあさんの手を取った。
「おばあちゃん! お手伝いします!」
「あぁ、ありがとうねぇ」
おばあさんの歩幅に合わせ、ゆっくりと石段を登っていく。
途中で足を止めながら、少しずつ。
「今日は人が多いですね」
おばあさんが息を整えながら笑った。
「大祓の日だからねぇ」
おばあさんはそう言って、階段の上を指差した。
「もうちょっと行けば見えて来る、茅の輪をくぐると、もう半年元気でいられるって言われてるんだ」
視線の先にはまだまだ階段が続いていて見えないが、きっと立派な茅の輪があるのだろう。
ゆっくりゆっくりと、あおい達がすぐ動けるように背後を見守りながら階段を登っていった。
やがて階段を登り切って、真っ直ぐ続く石畳の先にある境内の中央には、大きな輪が立てられていた。
青々とした茅で編まれた、巨大な輪。
「へぇぇ……」
あかりが感心したように声を漏らしていると、おばあさんは何度も頭を下げた。
「ありがとうねぇ、優しいお嬢さんたち」
「いえいえ! おばあちゃんも元気で過ごしてくださいね!」
あかりが手を振り、続く三人も笑顔で会釈すると、おばあさんは嬉しそうに笑い、ゆっくりと境内の方へ歩いていった。
「……あかりらしい」
アリサがぽつりと呟く。
「え?」
それ以上、アリサは何も言わなかった。
しかし、そのまなざしは柔らかく、どこかあかりを讃えているような色が浮かんでいた。
「ねえ、みちる」
あおいが輪を指差す。
「あれがさっき言ってた茅の輪?」
「ええ」
みちるが頷いた。
「さっきのおばあさんも言っていたけれど、半年の穢れを祓うために、あの輪をくぐるの」
「へぇぇー!」
あかりが感心したように輪を見上げる。
みちるは続けた。
「くぐり方にも作法があるの。
まず左に回って、次は右、それからもう一度左――」
「あ、八の字に回るんだよね」
横からあおいが軽く補足する。
「そうそう!」
みちるが頷いた。
「そうやって穢れを祓ってからお参りするの」
「なるほどぉ……」
あかりが感心しながら周りを見回し――そして。
「……あれ?」
「どうしたの?」
あおいが首を傾げた。
あかりは少しだけ肩を落とした。
「屋台……少なくない?」
境内の端には、小さな屋台がいくつか並んでいた。
焼き団子。
かき氷。
縁起物のお守り屋台。
だが、夏祭りのようにずらりと並ぶ屋台ではない。
みちるが少し困ったように笑う。
「大祓は神事が中心だから、お祭りっていうより、神社の行事なのよ」
「えええぇぇぇ……」
あかりが露骨に肩を落とした。
「焼きそば……たこ焼き……」
「それは夏休みの澄天祭かな」
あおいが笑う。
「その時はちゃんとお祭りになるよ。ほら、花火とか毎年上がってるでしょ?」
「そうだよっ! いつもあのお囃子の音と花火の音で家を飛び出して遊びに来てたんだっ!」
「あはは、じゃあ今年はみんなで浴衣とか着て遊びにきちゃう?」
「よしっ!」
あかりが拳を握る。
「それは絶対来る! みんなも絶対に一緒に行こうね!!!」
「「うんっ!」」
初夏の風が吹き抜け、茅の輪の青い葉がさらさらと揺れていた。
「……さ、さてと!! 私達も進みましょうか!」
自分達へ参拝者の人々が生暖かい笑みを向けているのに気付き、顔を少し上気させてみちるが歩き始め、三人も足早に後に続いた。
途中手水舎で手を清め、石畳を進んでいると、隣を歩くあかりへアリサが小声で囁いた。
「……団子はある」
「あ」
あかりが顔を上げた。
「お団子……!」
「かき氷もあるよ」
あおいが笑う。
「軽いおやつくらいなら大丈夫じゃないかな!」
「……よぉーしっ!」
あかりが拳を握った。
「まずはお団子!」
「その前に茅の輪くぐりでしょ」
みちるがくすっと笑う。
「ちゃんと順番があるのよ」
「えっ、順番あるの!?」
澄んだ空気の中、四人は茅の輪の前へと歩いていった。
大人の背丈ほどもある青い輪は、近くで見るとさらに大きく感じられる。
「わぁ……思ったより大きいね」
あかりが見上げて思わず声を漏らした。
みちるは茅の輪の前に立つと、くるりと振り返った。
「それじゃ、ちゃんと作法通りにね!」
「「はーい」」
「まず左に回って――」
そう言いながら、みちるが一歩踏み出す。
「それから右」
ゆっくりと八の字を描くように歩く。
「最後にもう一度、左」
茅の輪をくぐり終え、振り返った。
「ね、簡単でしょ。これで半年の穢れは祓われたわ」
「なるほどぉ……」
あかりが腕を組む。
――そして
「よーし!」
気合いを入れて一歩踏み出した。
「テストの穢れも祓えますようにっ!」
「だからそれは違う」
「ええー!?」
そんなやり取りをしながら、四人も順番に茅の輪をくぐった。
くぐり終えたあかりが、満足そうに息を吐いた。
「なんかスッキリした気がする!」
「ね、不思議な感じ」
あおいがくすっと笑い、ポンポンと胸を叩く。
そのまま四人は社殿へと向かった。
そして静かに賽銭箱の前へ立つ。
それぞれ賽銭を入れ、鈴を鳴らす音が、境内に澄んだ音色を響かせた。
カラン、と。
四人は軽く頭を下げ、柏手を打ち、手を合わせる。
それぞれの願いを胸の中でそっと唱えた。
やがて参拝を終え、石段の横へ歩いていく。
そこには、ささやかな屋台がいくつか並んでいた。
「……さぁ! 待ってました屋台ターイム!!」
あかりの目が輝く。
「まずはお団子だっ!」
あかりは真っ先に団子屋台へ駆け寄った。
長い串を藁に刺し、じんわりと炭火で表面をカリっと焼き、その上に塗られた味噌や醤油の焦げる香ばしい匂いが漂ってくる。
「へいらっしゃい!!」
「ふっふっふ、やっぱりお醤油だよね……!」
四人は屋台の前に並び、それぞれ団子を受け取った。
あかりは醤油、あおいは磯部、みちるとアリサは味噌をチョイスした。
「「いただきまーす!」」
あかりが大きく一口。
「あふっ、熱いけどっおいしいぃぃぃ……!」
思わず頬を押さえる。
こんがり焼いた団子に醤油を塗り、さらに軽く炙ったそれは、噛めば香ばしい匂いが一気に口の中に広がった。
もっちりしたお餅のような食べ応えのある団子、ほのかに甘いお米の風味が醤油のほろ苦くしょっぱい大人の味わいを引き立ててくれる。
その隣で、あおいも静かに一口かじった。
ベースは同じ醤油団子だが、そこに海苔を撒く事で、よりリッチな仕上がりになっている。
「これ……凄いボリュームだね……、これ一本でお腹いっぱいになりそう」
一方、味噌ダレを選んだみちるとアリサは、漂う甘いしょっぱい香りに目を輝かせていた。
一口上品に齧ると、パリ……と心地よい柔らかいおせんべいを齧ったような食感の後に、もっちり柔らかいお団子の食感、そして何より甘味噌の甘じょっぱさが、お団子の甘みを存分に引き立てている。
「……これ、美味しいかも!」
みちるがぽつりと呟く。
その隣でアリサは、目をカッと見開くと、すぐに鋭い目へ移り変わり、最後には穏やかに目を閉じて静かに息を吐いていた。
「美味しい?」
あおいが聞くと、
「……美味しい」
アリサは少しだけ頷いていた。
その言葉に、あおいとみちるがくすっと笑った。
「ねぇねぇ、せっかく3つあるし一口交換しない??」
「賛成! といっても、私とあかりは海苔ありかなしかだけどねー」
「ふふ、私とアリサは二人同じ味だから、それぞれ交換しましょ!」
その後も、お腹がいっぱいながらもかき氷も一つ頼み、四人で分け合う事に。
「つめたっ!」
あかりが頭を押さえた。
「う~! キーンってなった!」
「もう、一気に食べるからよ」
みちるが呆れ、あおいが笑い、アリサが微笑む。
境内には、穏やかな午後の空気が流れていた。
ほんの少しの息抜き。
けれどそれだけで、心は少し軽くなる。
「よし!」
かき氷もすっかりなくなってから、あかりが手をポンと打って、くるりとみんなを振り返る。
「さぁ勉強だぁ!」
「切り替え早いよーあかりー」
あおいがけらけらと笑う。
「だってテスト前だもん!」
あかりは拳を握った。
「さっき穢れも祓ったし!」
「だからそれ違うってば」
四人は笑顔で石段を下りながら、帰り道を歩き始めた。
まだ明るい高い高い青空の下。
空を横切る飛行機が、キラリと光を反射させていた。
———————————————————————————————————
どこか別の異次元に存在する、闇に包まれた洋館。
その中にある、蝋燭のシャンデリアの光に照らされたコンサートホール。
その舞台袖に設置されたバーカウンターに、今日もあの男が酒を片手に突っ伏していた。
「はぁぁぁぁぁぁあああ~~~~…………」
ため息すらうるさいこの男は、フォルティシモ男爵。
未だにバクオンダーでの敗北を引き摺り、立ち直れていないのだ。
いつも厳しく容赦のないクレシド卿が妙に優しい事もあり、酒に浸りツマミを平らげ大いびきをかいて夜遅くに帰っていく。
今日も今日とて酒とツマミを満喫していると――
「いい加減にせんかッ!!!!」
クレシド卿の雷のような怒声がホールに響いた。
ガタンッ!
フォルティシモ男爵の体がびくんと跳ねる。
「おひょっ!?」
グラスを落としそうになりながら、慌てて顔を上げた。
そこには――腕を組み、こめかみに青筋を浮かべたクレシド卿が立っていた。
「貴様はいつまで酒浸りでいるつもりだ」
低く、冷たい声。
男爵は椅子の上で背筋を伸ばした。
「い、いやぁ……ほら、その……」
視線が泳ぐ。
「ワシ、あれで最後にした方がカッコよく終われるかと」
「ぁあ?」
クレシド卿の眉がぴくりと動く。
「いや、奇遇だなッ!!! そろそろワシも外の空気が吸いたいと思っていたんじゃいッ!!!」
取り繕うように立ち上がり、いつもの高笑いを始めた男爵から舌打ちと共に視線を外し、カウンターの上の空き酒瓶を一瞥した。
「それより」
静かに言う。
「そろそろ働け」
「ぐぬぬ……」
男爵が露骨に顔をしかめる。
「まだちょっと心の整理が――」
「明日から出禁にするぞ」
「そんな殺生な!」
泣き叫ぶ男爵へ、あっちへ行けとジェスチャーをして、空き瓶を片付け始めたクレシド卿。
もう取り付く島もない。
男爵は渋々とミュートジェムを取り出すと、転移門へと歩き出していた。
「すぅー……ふぅー……。すぅー…………ふははははッ!」
覚悟の高笑いがホールに響く。
「待っておれブレッシングノーツの娘っ子共ッ!!」
ダンッと大きく足を踏み鳴らし、自らを奮い立たせるように天を仰ぎ、両手を掲げる。
「今日はこの爆音のマエストロが再びッ!! 貴様らに爆音の芸術を叩き込んでやるわいッ!!!」
転移門が開き、異空間への道が姿を現す。
いつも通り騒々しく異空間へ飛び込んでいく男爵。その背中を――
舞台袖の深い闇の中から見つめる視線があった事に、誰も気付いていなかった。
* * *
男爵が澄天神社の上空へ姿を現したのは、もうすぐ夕方に差し掛かろうとしている16時半過ぎ頃。
人の往来も午前中や昼過ぎに比べ、大分緩やかになった境内を男爵は空中から見下ろし、鼻腔をくすぐる団子の香ばしい香りに、ヒクッと鼻を動かした。
「ほぉう?? 美味そうな匂いがするじゃないかッ! どれ……ツマミにも飽きた所だ、楽しませてもらおうじゃないかッ!!!」
下手に騒ぎ立てられるのも厄介だと、男爵は参道から少し離れた空き地を選び、静かに降下した。
「……ム?」
何とはなしに感じるいや~な感じ。
それもそのはず、彼がメロディーバードを追ってこの日本に初めてやってきて、現れたメロリィ・エンジェルにやられた場所だったのだ。
——だが、彼は気付かずに足早にこの場所を離れ、参道へとやってきていた。
「ほほぉう? ……数こそ少ないが、中々どうして。不思議と胸を躍らせる出店じゃあないかッ!」
じろりと一店一店の売り物を品定めするように、じっくりと一周を終えた男爵が最終的に立ち止まったのは――奇しくも団子屋の前だった。
「主人ッ!!! 一番の人気は何かねッ!!!」
相変わらず良く通る大声で尋ねる男爵に、屋台のおじさんも若干困惑気味ではあったが――
「み、味噌味が人気だよ! おっちゃんも一本どうだい?」
「んんーんッ!! おっちゃんではなぁーいッ!! 我が名はァッ!! フォルティッシモ男爵ッ!!! 覚えておけぇぇいッ!!!」
「は、はぁ……」
「全味頂こうではないかッ!!!」
「……まいどッ!!」
少し待った後に焼き団子を受け取った男爵は、その場で大口を開け、贅沢に三種の団子を同時に一口噛り付いた。
しばらく咀嚼し、カッと目を見開いたかと思えば、突然団子を天へ掲げた。
「……んまいッッ!!!!!」
ただでさえ目立つ長身の外国人が、バカでかい声で団子を掲げて美味いと叫ぶ。
このカオスな光景に参拝者も屋台の人々も呆気に取られていた。
そして皆ここで同じ事を思っただろう。
『うるせぇ』と。
あっという間に三本の団子を平らげると、団子屋の主人へ礼を言い、何となく本殿の方へとぶらつき始めた男爵。
そこで皆がくるくると、何度も同じ大きな輪を回る異様な光景が目に付いた。
「ほぉ~う? こりゃまたおかしな文化があるもんじゃのう?」
近付いてみると、それは干した草で編まれた巨大な輪だった。
それを妙にありがたがって拝みながら歩くのだから実に滑稽だ。
「えー何々? 順番に通り抜ける事で罪穢れを祓う……じゃと?? 穢れを祓う輪とな」
男爵は今一度輪を見上げ、叩いたり撫でたりして、その性質を探ろうとするも、何の変哲もない輪でしかなかった。
「ふむ。これだけだとつまらんじゃろて、ならば――」
男爵は悪い笑みを浮かべつつ、懐からミュートジェムを取り出した。
「耳障りな音楽も聞こえるしのぅ、こいつをワシの芸術品にしてくれようではないかッ!!」
男爵はどこからか抜き取った指揮棒を振り上げ、ミュートジェムを掲げて二度叩いた。
「奏でよ、沈黙のカデンツァ! ミュートジェム、開演の時だァァァ!!」
ミュートジェムが黒く脈動する。
その瞬間――
境内の空気が、ぐにゃりと歪んだ。
ザァァァァァ……。
茅の輪の青い葉が、不気味にざわめく。
まるで何かを吸い込むように、境内を漂っていた人々の穢れが、黒い靄となって輪の中心へと流れ込み始めた。
「むぉっ?」
男爵が目を丸くする。
「ほぉう……? これはこれは……」
輪の中心が暗く濁り、黒い渦が生まれる。
その渦が、さらに大きく膨れ上がった。
ズズズズズズ……。
茅の葉が黒く染まり、ねじれ、うねり始める。
巨大な輪は、ゆっくりと地面から浮かび上がり――
バキィッ!!
枝が裂けるような音と共に形を変えた。
円の中央が大きく裂け、そこから瘴気が溢れ出す。
まるで巨大な口のように。
「ワルイゾォォォォォッ!!」
爆音と共に、茅の輪が完全に怪物へと変貌した。
巨大な円形の体。
その中央にはぽっかりと開いた黒い穴。
穴の奥からは、ぐつぐつと煮えたぎるような穢れの霧が溢れている。
怪物はゆっくりと体を揺らし、空へ向かって咆哮した。
「ワルイゾォォォォォ!!!!」
男爵はその様子を見上げ、満足そうに顎を撫でた。
「ほぉう……」
にやり、と口元が歪む。
「ただの輪かと思えば……中々どうして」
ワルイゾーの口が大きく開く。
そして――
ドバァァァァァッ!!
黒い瘴気を境内へと吐き出した。
触れた地面が、じわりと黒く染まる。
「ふははははッ!!」
男爵の高笑いが、夕暮れの神社に響き渡った。
「祓う輪が穢れを吐き出すとは、実に愉快ではないかッ!!」
指揮棒を振り上げ、怪物を見上げる。
「さぁ踊れ人間どもッ!」
「罪穢れの交響曲を――思う存分浴びるがいいッ!!!」
ワルイゾーが再び咆哮する。
「ワルイゾォォォォォ!!!」
黒い瘴気が夕焼け空へと噴き上がった――。




