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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける

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響く幻惑の歌声!紫陽花の迷宮! Bパート

 薄暗い迷宮の中。


 頼りになる灯りは、時折紫陽花の隙間から差し込む夕日だけだった。


 赤黒い霧に霞んだ光は弱く、通路の奥までは届かない。


 風も無いはずなのに、どこからともなくゴウゴウと低い音が響いている。


 それはまるで――巨大な何かが、ゆっくりと息をしているようだった。


 


 「なにこれ……迷路?」


 エンジェルが辺りを見回し、軽く壁の蔓を叩いてソラリスへと顔を向けた。


 「これ、植物だしソラリスの魔法で焼いちゃう?」


 「生花だから燃えにくいかもしれないけど……。やってみる価値はありそうね! はぁぁ……!」


 ソラリスが両手を構え、炎の魔力を集め始めたその瞬間――


 「ッ!! 待って! 駄目!!」


 エストレアの鋭い声が響く。


 「ッ!?」


 ソラリスの炎が止まる。


 見れば狙っていた花の壁の隙間から、ぬるりと人影が現れていたのだ。


 顔色が悪く、感情を失ったような表情の観光客。

 彼らは紫陽花の蔓に絡め取られ、まるで操り人形のように動かされていた。


 「くっ……人質って訳ね……あくどい事を……ッ!!」


 エストレアが歯を噛みしめ考え込むように顎に手を添えた。


 その瞬間だった。



 ――ビュンッ!!


 エンジェルの背後から紫の蔓が鞭のように振るわれた。


 「エンジェル危ないっ!」


 エンジェルが咄嗟に飛び退き、標的を失った蔓は石畳を叩き、重い音を響かせた。


 さらに――


 シャッ!! 


 無数の紫陽花の花弁が、空を裂く音を立てながら飛来する。


 一見ただの花びらのはずなのに、サイズが大きいと鋭い刃のように見えた。


 


 「素手で弾いちゃダメ!! 手裏剣みたいになってる!」


 ソラリスが槍で弾きながら叫ぶ。


 「ま、待って! 通路が動いてるよ……!?」


 エンジェルが振り向きながら、どこが入口だったのかを探すも常に変化を続ける迷路に答えを見つけるのは困難を極めていた。


 迷宮そのものが、生きているのだ。



 「……こっち!」


 三人は通路を駆け抜ける。

 度重なる蔓の鞭を避け、鋭い花びらの嵐をかいくぐりながら、迷宮の奥へと進んでいく。



 


 ――ふふふ……


 


 迷宮の奥から、柔らかな歌声が流れ始めた。


 

 甘く。

 優しく。

 耳に心地よく響く旋律。


 「……あ」


 エンジェルの足が止まりそうになる。


 「この声……」


 エストレアの瞳が揺れた。



 それは心の奥へとじんわり染み込んでくるような歌声だった。

 孤独な狼の遠吠えのように、どこか哀愁を漂わせるも、力強い響き。

 独りでも、私はここに居る。 独りでも、私は立てるんだと証明するような――



 「二人とも、駄目!」


 ソラリスが叫ぶ。

 

 「これはミーザリアの幻惑の歌よ!」


 唯一、ソラリスだけはその歌に飲み込まれていなかった。


 「私が援護する――!」


 だがその瞬間。 


 ゴゴゴゴ……

 

 地面が盛り上がり、勢いよく紫陽花の根が地中から突き上がり、巨大な壁を作り出した。


 


 「なっ……!?」


 


 「ソラリス!!」


 


 「二人とも下がって――」



 ズドン!!



 根の壁によって通路が断ち切られた。

 それと同時に――

 

 「エストレア! ソラリス!!」

 

 ——三人は、完全に別々の場所へと引き離されていた。 


 エンジェルが力なく根の壁を叩くも、返答はない。


 


 迷宮はそんな彼女を嘲笑うように蠢く。

 通路が変わり、紫陽花の壁が伸びていく。


 そして――


 不安を覚えた心に染み込むように、ミーザリアの歌声が迷宮の中に甘く響き続けていた。





 「ふふ……いいわ」


 

 迷宮の上空。


 ミーザリアが楽しそうに目を細める。



 「まずは、音を乱しましょうか」



 


 それは優しく耳に溶け込む旋律だった。

 不安で乾いた大地に、恵みの雨が染み込んでいくかのように。

  

 意図して聞かぬようにしていたが、一度耳を傾けてしまえばその旋律は脳裏をぐるぐると回り続け、中々外へと流れ出てくれない。

 次第に蓄積した歌は、着実にエンジェルの正気を奪っていた。


 「……あれ……?」


 真っすぐ歩いているはずなのに、足がふらつく。

 立ち止まっているのに、ブランコに乗っているかのように視界が揺れる。

 迫る紫陽花の壁。

 無意識のうちに不安を呼び起こす薄暗い通路。


 襲い来る蔓の鞭や花びらの手裏剣を転がって避けるも、地面や壁に当たった瞬間に消えてしまう幻覚も混ざっている。

 かといって避けない訳にも行かず、何度も何度も回避行動をとらされてしまう。



 「はぁっ……はぁっ……!」


 ――進まなきゃ。


 その心を胸に、酔いそうな揺れる視界を頼りに迷路を駆け抜けて行く。

 幾度となく攻撃を避け、時に頬や腕を掠らせながらも大ダメージは負わずに走り抜けた先――まっすぐな道へと出た時だった。  


 『ワルイゾォォー!!』


 「い、いたっ! ワルイゾー!!」


 行く手を立ち塞がるように両腕を広げ、こちらへ襲い掛かってくる赤い靄を纏ったワルイゾーへ、エンジェルは両手を強く握り締めて地面を強く蹴った。


 

*   *   *


 

 ――少し前。

 

 「もうっ……何なのよ……この迷路……ッ!」


 分断されてからソラリスは早い段階でエストレアとは合流を果たした。

 頭を抱え込んで蹲っていた彼女を迷宮の罠から守り、正気に戻らせてからエンジェルを探していた。


 しかし悪意を持った紫陽花の迷宮は、簡単にはエンジェルとはめぐり合わせてくれなかった。


 幻惑の歌への耐性があるとはいえ、無効化出来ているわけではないソラリスも、脳裏がチリチリと焼かれるような嫌な感覚を覚えていた。

 

 ――早くこの歌を止めなきゃ。


 焦りは塞いだ心に隙間を作る。

 

 互いに声を掛け合って正気を保てる自分達は良いが、猶更一人のままのエンジェルが心配になっていた。


 妙に進む道を何度も塞がれるのを見て、そろそろゴールが近いと読んだエストレアは、一つ決心をした。


 「……ソラリス。ここからは私が先に行く。ソラリスはエンジェルを探して!」


 「……でも、一人じゃ」


 「大丈夫! 次に私がおかしくなっちゃう前に、この耳障りな歌――止めてみせるからさ!」


 にっと笑ったエストレアの不敵な笑みを見て、ソラリスも笑顔を返し、踵を返した。



 二人が分かれた瞬間、待っていましたと言わんばかりに天井の蔦が幾重にも突き刺さり、道を塞いだ。

 

 もう後戻りはできない。

 

 「……急ぎましょう」


 

 ブレッシング・リンクの反応を頼りにがむしゃらに迷宮を進むも、迷宮主もエンジェルとの合流を阻止したいのか道を塞ぎ苛烈な罠を張り巡らしてくる。


 ――だが所詮は草花。

 炎……否、太陽の名を持つソラリスの前に、人質の心配のない蔓や花びらなど敵ではないのだ。


 そして妙にまっすぐ伸びた道へと差し掛かった時。

 

 「ッ!! 見つけたっ!! エンジェルっ!!」


 遠目から見ても正気ではなさそうな彼女へ駆け寄るソラリス。

 

 先に確かに届いたはずのソラリスの声。

 だがその声への返答は、虚ろな目で両手を握り締めて臨戦態勢を取ったエンジェルの姿だった。



 「ワルイゾー……倒さなきゃ……」


 「違う、私よ! 歌に惑わされてるの!」


 ソラリスの言葉も虚しく、次の瞬間にはエンジェルが地を蹴り飛び出していた。



 「やあああっ!」


 拳が振り抜かれる。


 「くッ!」


 ソラリスが咄嗟に両腕を交差させてエンジェルの一撃を受け止める――が。

 

 (重っ……!?)

 

 受け止めきれない衝撃で、ソラリスは蔦の壁へと叩きつけられた。


 「いったぁ……何なのこの馬鹿力……。エンジェル、しっかりして!」


 「まだまだっ!」


 一瞬で間合いを詰めたエンジェルの容赦ない攻撃が続く。


 蹴り、拳を組み合わせた連続の打撃。


 そのすべてが、迷いなく仲間へ向けられていた。


 「ぐぅっ……!」


 まともに受け止めたらダメージを負うと、ソラリスは避けながら歯を噛みしめる。


 「完全に幻惑されてる……!」


 次第に再び壁際へと追い詰められていくソラリス。

 逃げ場を塞いだと、エンジェルの渾身の力を込めた拳が再び振り上げられた。


 「やああああっ!!」


 「仕方ないわねッ!!」

 

 ――バシンッ!!




 鋭い音が響いた。


 

 ソラリスの平手が、カウンター気味にエンジェルの頬を打ったのだ。


 「目を覚まして、エンジェル!!」



 *   *   *


 


 「……あ……れ……?」 


 頬から感じるピリピリした痛みに追い出されるように、揺れた世界がゆっくりと元の形に戻っていく。


 目の前には荒い息を吐くソラリスの姿。


 「私……今……」


 「……良かった、戻ったみたいね」


 ソラリスがほっと息を吐きながら壁へと背を預けた。




 だがその瞬間。 

 再び、歌声が響いた。

 


 頭の奥が揺れる。 


 「うぅっ……!」



 エンジェルが頭を押さえる。 


 「この歌……止めなきゃ……!」


 ソラリスが顔を上げる。


 「エストレアが……耐えながら先に進んでるはず」


 「……うん」


 「ここから先は、私がいるわ。お互い声を掛け合っていればきっと大丈夫よ!」


 「……うんっ!!」



 再び地面が震えた。


 


 「っ!?」


 


 紫陽花の根が地面を突き破り、巨大な壁となって立ち上がる。

 


 「エンジェル!!」



 「ソラリス!!」 



 ようやく再会した二人を嘲笑うように、根の壁が再び二人の間を断ち切った。

 

 


 「噓でしょっ……!?」


 通路が閉じ、迷宮が再び動き出した。

 立ち止まっていても仕方ないと、腫れて痛む頬を押さえながらエンジェルは歩き出す。

 この頬の痛みがある限りは、決してあの歌には飲まれまいと。

 


 それでも、視界が揺れる。

 

 シュンッ!!


 花びらの刃が飛ぶ。


 「うわっ!?」


 横へ転がって避ける。

 だが着弾地点からは何の音もしない。


 「……え?」


 今度は蔓が迫る。


 「わわっ!!」


 また転がる。

 今度は本物だ。 


 「あ~もうっ!! どっちなのぉぉ!?」


 エンジェルが混乱して叫ぶ。


 

 幻覚なのか。

 本物の攻撃なのか。


 もう判別がつかない。


 


 その様子を――

 迷宮の上空から、ミーザリアが見下ろしていた。紫陽花の天井に小さな穴を空け、そこから覗き込んでいる。

 彼女も目視で位置を確認しなければ、中の様子は分からないのだ。



 「ふふふ……可愛いものねぇ。どれが本物かも分からず転がるなんて」



 ミーザリアが高笑いを上げた――その時だった。 


 ――ギュンッ!!


 二筋の光が、空気を裂いた。


 

 ミーザリアの瞳が見開かれる。


 

 「なっ!?」



 バキィン!!


 次いで聞こえたのは、彼女の背後に浮かぶスピーカーが、真っ二つに切り裂かれた音だった。



 ミーザリアが振り向くと、切断されたスピーカーの片割れが、くるくると回転しながら迷宮の奥へ落ちていくところだった。

 


 ギュンッと二つの光が、再びミーザリアの背後へと戻ってくる。

 二度目は食らわぬと襲い掛かってきたソレを躱し、飛び去っていく軌道を目で追うと、流星の軌跡のような残光を引きながら弧を描き――紫陽花の天井に開いた穴の縁へと立つ少女の手へ、吸い込まれるように収まった。


 ミーザリアの瞳が細められる。


 「……あなた」


 そこに立っていたのは、メロリィ・エストレアだった。

 夕日の逆光を背に、静かに輝くチャクラムを構えている。


 「穴開けてくれたおかげでさ、ズル出来ちゃったよ。ありがとね」


 淡々とした声で毒を吐く。

 その瞳は鋭く光っていた。


 

 ミーザリアが小さくため息を吐いた。


 「なるほど……迂闊だったわね」


 切り裂かれたスピーカーの残骸を見下ろし、くすりと笑った。


 「迷宮の中を迷いながら、よくここまで辿り着いたわね」


 「別に」


 エストレアは肩をすくめる。


 「歌がうるさかったから、止めに来ただけだよ」


 更なるエストレアからの挑発に、ミーザリアの目がさらに細められる。


 「……強がりな子ね」


 「そう?」


 エストレアは軽く指先でチャクラムを回した。

 僅かな軌道が、夕日にきらりと光る。


 「少なくとも――もう、あの歌は歌わせないよ!」

 


 *   *   *


 

 「……あれ?」



 一方迷宮の中。

 エンジェルが、ふと立ち止まる。

 さっきまで頭の奥をぐるぐる回っていた旋律が、消えていた。

 それと同時に悩まされていた視界の揺れも収まっている。


 「……歌……止まった?」 


 エンジェルが顔を上げる。


 ズゴォォォォン!!


 迷宮の上から轟音が響き、紫陽花の壁が大きく揺れる。


 「……! もしかしてっ!」


 エンジェルの目が輝いた。


 「エストレアだ!」


 拳をぎゅっと握る。何だか不思議と力が湧いてきた。


 「よーしっ……! 待っててね、今行くよっ!」


 エンジェルは軽くなった身体で全速力で走り出した。



 *   *   *


 

 ――迷宮の外。


 上空に浮遊したままのミーザリアが、ゆっくりと手を上げる。


 その下では、巨大な紫陽花の怪物が蠢いていた。


 「ワルイゾオォォォォォ!!」


 低く唸るワルイゾーは、迷宮の中心から立ち上がり花弁の塊のような巨体でミーザリアを守るように立ち塞がった。


 「ふふ……そうね。私を守りなさい。あなたの役目は、それだけで十分よ」


 そして、エストレアへと冷たい目を向けた。


 「いいわ。私の歌は止められたとしても――」


 ミーザリアは、静かに微笑む。


 「舞台はまだ、私のものよ」 



 振り下ろされた彼女の腕の動きに合わせ、ワルイゾーから伸びた無数の蔓が、エストレアへ向けて襲い掛かっていく。


 「来たね……!」


 エストレアがチャクラムを構える。


 「望むところっ! さぁっ!!」


 一番星が輝き出す夕日の下。

 星の軌跡が、再び空を彩った。





 この時、迷宮の至る所で蔓の動きが鈍くなった。

 意地悪く通路を塞いでいた紫陽花の壁が、ゆっくりとほどけていく。


 迷宮の管理が疎かになったのだ。


 *   *   *



 「……あれ?」


 迷宮の通路を走っていたエンジェルが、ふと顔を上げる。


 さっきまで激しく蠢いていた蔓が、ほとんど動かない。


 「妨害が……減ってる?」



 別の通路から駆け込んできた影と鉢合わせし、危うくぶつかりそうになるがギリギリで立ち止まった。


 


 「え、エンジェル!」


 「わっ! ソラリス!」


 

 「「……行こうっ!!」」



 二人は同時に走り出した。


 

 「どうやら迷宮の制御が弱くなってるみたい!」


 「チャンスだね!」


 拳を握り、エンジェルが頷く。


 「エストレアのところまで――全力で行こう! きっと一人で戦っているんだ!」


 「ええっ!!」


 紫陽花の通路を、一直線に駆け抜けていく。 

 早く、一秒でも早く。

 


 *   *   *



 迷宮の外。


 無数の蔓が、嵐のようにエストレアへ襲い掛かっていた。


 「くっ……! さすがに! 多すぎるかなぁっ!」


 チャクラムが光り、次々と蔓を切り裂く。

 だが量が多すぎる。


 「キリがない……!」


 四方から迫る蔓の波。 

 チャクラムの引き戻しは――間に合わない。


 「っ!!」

 

 視界が蔓の色で染まっていく、圧し潰され――


 「エストレアーーー!!」


 友人の声に瞑りかけていた目をしっかりと開き、両腕で顔を守るように防御姿勢を取った。


 「ソル――フレアノヴァ!!」


 ソラリスの槍の穂先に太陽のような輝きと熱が集中し――轟音と共に、炎の槍が天高く一直線に突き抜けていく。

 その軌道上にある蔓の大群はもちろん。焼き切れた端から延焼し、エストレアを狙う蔓は全て焼き払われた。


 「やった! さすがソラリス!」


 パラパラと雨のように落ちる火の粉の中からエンジェルが飛び出した。


 「そしてぇ――私の番だよっ!」


 燃え残った蔦や迷宮の天井を蹴り、高く高く跳躍すると空中で身体をひねる。


 「プリズム――」


 振り上げた足を光輪が包み込む。


 「シャイニングキィィック!!」 


 七色に輝く閃光となって、エンジェルの蹴りがワルイゾーの胸へ叩き込まれた。



 虹色の光の粒子と共に巨大な衝撃音が響く。


 エンジェルの一撃は巨体のワルイゾーですら大きくのけぞらせ、数歩後退させた。



 「ワ、ワルイゾォォォ……!」


 

 苦しげな唸り声と共に、膝をつくようにその身を地に着けた。


 その前に対峙するように――ようやく集った三人の影が並んだ。



 「やっと揃ったね!」


 エンジェルが笑い、拳を握る。


 「うん、もう負けない」


 エストレアがチャクラムを軽く回す。


 「私達は最強――でしょ? エンジェル?」

 

 ソラリスが槍を構えた。



 ミーザリアはその光景を見て、静かに目を細めた。


 「……潮時ね」


 紫のドレスをふわりと揺らし、後方へと離れていく。


 「ワルイゾー、最後の役目よ。全力であの子達を倒しなさい」


 「ワルイゾオオオオオオオッ!!!」

 

 ワルイゾーが任せろとばかりに咆哮を上げた。


 

 だが――勝敗は既に決していた。


 ブレッシング・パクトの光が共鳴し合い、三人の手の中へそれぞれの楽器が現れた。


 祝福の光を宿したライアー。

 太陽の輝きを映すバイオリン。

 星のきらめきを秘めたフルート。


 


 「「三人の想いを一つに!」」


 


 ライアーの弦が優しく弾かれ、澄んだ和音が空へと広がり、天から降り注ぐ光のように無数の輝きを生み出した。

 柔らかな光が迷宮の上空へと舞い上がり、巨大な光の五線譜を描き出していく。


 

 ソラリスのバイオリンが鳴り響く。

 燃え上がる太陽のような旋律が黄金の光となり、五線譜の上を駆け抜けた。

 熱を帯びた光が迷宮の空を染め、周囲の紫陽花を大きく揺らす。



 そして最後に――エストレアのフルート。

 高く透き通った音色が夜空を切り裂き、無数の星となって弾けた。

 きらめく星々が五線譜の上に舞い降り、流星のように走り抜けていく。

 


 三つの音色が重なった。



 優しさ。

 情熱。

 希望。


 三人の想いが一つの旋律となり、巨大なハーモニーへと変わる。

 


 無数の光の音符が三人の足元から噴き上がった。

 虹色の音符が空へ舞い上がり、巨大な光の渦となって回転を始める。

 

 迷宮の上空に、輝く音楽の銀河が生まれていた。



 「「響け、祝福の旋律!」」


 三人の声が重なる。

 

 その瞬間――三人の楽器が、まばゆい光を放った。


 


 ライアーの弦が輝き、天から降り注ぐ光の粒を生み出す。

 バイオリンの旋律が黄金の炎となり、力強い軌跡を描く。

 フルートの高音が星の粒となり、夜空いっぱいに広がった。


 


 三つの光が、空の中央で重なっていく。


 眩い光の中から、巨大な楽譜の紋章が浮かび上がった。

 五線譜が円を描き、音符がその上を流星のように走る。


 その紋章の中心に、三人の楽器のシルエットが重なった。


 それはまるで――世界そのものが奏でる祝福の楽章。



 三人が同時に楽器を振り上げる。

 

 「「これが私達の奇跡のハーモニー!!」」


 光の紋章が回転を始めた。

 音符の渦が巨大な光の奔流へと変わり、ワルイゾーへと収束していく。



 「「―――ハーモニック・グローリア!!」」




 放たれた瞬間――祝福の旋律が、空を震わせた。


 


 虹色の音の波がワルイゾーを包み込み、紫陽花の迷宮ごと光に染め上げていく。

 無数の音符が弾け、流星の雨となって降り注ぐ。


 その中心で、闇は静かに崩れ、光へと溶けていった。


 祝福のハーモニーが、世界を優しく包み込む。


 それは――


 三人で奏でた、奇跡の旋律だった。

 



 「ワ……ルイ……ゾォォ……」


 ワルイゾーの目の辺りからひとすじの涙のような光が漏れ、空気中に溶けるように薄くなり消えていく。


 浄化されたあとに小さな、透き通るような宝石………ハーモニック・ジュエルが静かに浮かんでいた。



 ふわりと落ちてきたジュエルを、エンジェルがそっと両手で包み込み、やわらかくほほえむ。


 「ドレミって、笑って、つながって……! これが、私達のハーモニーだよ!」



 虹色の光の旋律が迷宮を覆っていた紫陽花の壁や荒れ果てた道を包み込み、光が消えた時には全てが元通りの姿になっていた。

 巨大にねじ曲がっていた紫陽花も、元の可憐な花へと戻っている。


 色とりどりの花が、初夏の夕風に揺れる。


 まるで何事もなかったかのように――

 庭園は元の姿を取り戻していた。


 蔓に絡め取られていた人々も、ベンチや道端に座り込んでおり、もう間もなく目覚めるだろう。


 

 「……いいデータが手に入ったわ。また会いましょう、ブレッシング・ノーツ」


 浄化の光から逃げていたミーザリアが空間に穴を作り出し、異次元へと姿を消した。

 

 それを見送って、ようやくエンジェル達はほっと息をついた。


 「や……やったソラ!エンジェル達が勝ったソラぁー!!!!」



 ぱたぱたとソラシーが空から舞い降りてきて喜びの舞いを舞う中、少し疲れを見せる笑顔でソラリスがバイオリンを構え直した。


 「ほら、ちゃんと……みんなの記憶も癒してあげないと」


 「あはは……そうだった。ソラリスお願い!」


 きゅっと表情を真剣なものへ戻すと、静かに弦の上に弓を当てた。


 「——メモリア・エンブレイス」




 彼女の足元から光の円環が広がり、まるで陽だまりのカーテンのように周囲を包み込む。


 奏でられる旋律に、人々の記憶に残っていた怪物の影や恐怖の痕跡が穏やかな眠りの中で、ゆっくりとほどけていく。


 エンジェルとエストレアも、その音色にうっとりと聞き惚れていて、ソラリスが最後の一音を弾き終わるとパチパチと拍手を送った。


 「ちょ、ちょっと……見世物じゃないわよ?」


 「でもすっごく素敵だった! さすがソラリス!」


 「ね、アリサにも聞かせてあげたか……って、そうだ!! 帰らなきゃ!!」


 すっかり薄暗くなっている空を見て思ったより長時間戦っていた事に気付いた三人は、変身を解除する事なく帰り道を急ぐのだった。


 

 三人が立ち去った庭園には、夕焼けに染まった紫陽花が、静かに風に揺れていた。



Cパート


壁を蹴り、ベランダを目指して最後の跳躍を決めた三人は、スミゾラマンション七階――あおいの部屋のベランダへ辿り着き、ようやく変身を解除した。


「はぁぁぁ……疲れたぁ……」


あかりがその場にぺたんと座り込む。


「今回は迷路だったから余計にね……」


あおいもみちると苦笑する。


――その時だった。


「……おかえりなさい」


ベランダの大窓が開いた。


そこに立っていたのは――アリサだった。

腕を組み、いつもの無表情で三人を見ている。


「ただいまアリサちゃん~……疲れたよぉ~……クッキーぃ……」


よろよろと倒れ込むように抱き着いてくるあかりをしっかりと抱き留め、軽々と横抱きにすると部屋へ運ぶ。


「わーい! アリサちゃん力持ち~!」


「いやいやいや……」


「あおい、相手はアリサよ。細かい事は気にしちゃダメ」



慌てて飛び出していった時に開きっぱなしにしていた教科書や文具類は、それぞれが座っていた場所に丁寧に片付けられ、後は鞄へ詰めるだけの状態にされていた。


お菓子類も埃が被らないようにラップが被せられ、アリサの几帳面さが表れていた。


「……そうだ! アリサ、途中お母さん来なかった? お茶の交換とかで……」


確かに、とあかりとみちるもアリサへ視線を向けるも、アリサは僅かに視線を反らした。


「……いいえ。来ませんでした」


「そ、そう?……いや、大丈夫ならいいのよ。時間も時間だし……」


「……問題ありません」



*   *   *


――1時間前。


「ニャン」


「……にゃん」


「ニャニャニャ」


「……にゃにゃにゃ」


ネコと交信を図っていた時の事。


(――気配、移動先はこの部屋)


ネコ……くろみつ氏に軽く会釈し、部屋のドアがノックされると同時にドアを開けた。


「あら、えっと……お茶、冷めてしまってないかしら?」


「……問題ありません、皆集中しておりますので」


軽い認識阻害と記憶改変魔法を浴びせておく。


「……みんな偉いわね、何かあったら声かけてね」


「はい、ありがとうございます」


パタンとドアが閉じる。


(――効果は持って1時間、それまでに帰ってきて下さいね……みちる、あかり、あおい)


*   *   *



「じゃあちょっとこのクッキーだけお母さんと袋入れてもらってくるね! ちょっと待ってて!」


「「はーい」」



こうして、楽しくて大変だった勉強会の日は、無事に終わったのでした!




~~次回予告~~



6月30日!今日は澄天神社で夏越の大祓ってお祭りがあるらしいんだ!


ふむふむ……半年分の穢れを祓う、大切な神事。


お祭りなら屋台とかも出るのかな~? なんて思ってたら爆音と一緒に男爵がまた現れたー!?


しかも明日はテストなのにぃぃぃ!!


勉強も、神社も、街のみんなも大事だから、私達が守らなきゃ!



次回! 穢れ祓え!鳴り響く爆音の大祓!


新しいハーモニー、はじまるよっ♪

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