響く幻惑の歌声!紫陽花の迷宮! Aパート
「行くよ、みんなっ!」
「うん!」
「ええ!」
あかり、あおい、みちるが同時にブレッシング・パクトを掲げる。
「「ブレッシング・チェンジ!!」」
舞い散る光の羽根、魔法陣、音符の煌きが三人を包み込み、瞬く間にその姿を変えていく。
「響け、祝福の音色! 一緒に紡ぐ想いのメロディ―!」
「愛の旋律、届けます! メロリィ・エンジェル!」
「瞬け、希望の星々! 想いを重ねる星座の煌めき!」
「夜空を照らす未来の光! メロリィ・エストレア!」
「灯せ、情熱の誓い! 闇夜を切り裂く暁の旭光!」
「光満ちる太陽の煌めき! メロリィ・ソラリス!」
「せーのっ!」
「「輝き奏でる祝福の調べ!ブレッシング・ノーツ!!」」
メロリィ・エンジェル。
メロリィ・エストレア。
メロリィ・ソラリス。
三人の戦士が、きらめく粒子と共に夕暮れの光の中に現れる。
その姿をアリサは眩し気に目を細め、黙って眺めていた。
エンジェルが窓を開け放ち、吹き込む風がカーテンを大きく揺らした。
「それじゃ、アリサちゃん! あおいちゃんのお母さんの事、よろしくねっ!」
「……任されました。お気を付けて」
アリサへ微笑みで応えたエンジェルは、ベランダの床を蹴って一気に身を宙へ投げ出した。
彼女に続き、エストレアとソラリスも迷いなく飛び出していく。
7階という高さから飛び降りると、身体は風を裂き、ぐんぐんと地面に近付いていく。
僅かに恐怖心が芽生えるが、ぐっと恐怖を飲み干してしっかり両足で着地する。
足を伝う痛みも痺れも無く、精々階段を五段程上から飛び降りたような衝撃で、マンション前へと降り立った。
次いで着地したエストレア達を確認してからエンジェルは跳躍し、民家の屋根へと飛び移ると、最短距離を駆け抜けて行く。
屋根から屋根へと軽やかに。
夕焼けと赤黒い霧の境界を目指して、一直線に駆けた。
その時――
「急ぐソラ~!!」
上空から、小さな影が滑り込んできた。
「ソラシー!」
「もうワルイゾーの反応がするソラ! とにかく急ぐソラぁ!」
「うんっ! 加速するから捕まってて!」
「ピッ!」
見据える遠くの空には、不気味な赤黒い雲。
その発生源へと近付いていくにつれ、ディスコードの放つ嫌な気配をひりひりと感じていくのだった。
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――赤黒い霧がスミゾラタウンに現れる少し前の事。
薄暗いホールにシャンデリアにつけられた蝋燭の炎が揺らめく異空間。
そう、ここはディスコードの拠点。転移門の設置されたホールだ。
舞台の緞帳の裏に設置されているバーには、転移門の守護を任されたクレシド卿が道楽で設置したバーカウンターがある。
そのカウンター席に、フォルティシモ男爵が頬杖をついて座っていた。
手にするグラスの中では、彼が揺らす度に琥珀色の液体が揺れている。
「はぁぁあ~~~ああああ…………」
ため息すらうるさい彼の声に、冷たく顔を顰めているのはバーの主、クレシド卿。
「喧しい、ヤケ酒ぐらい静かに飲め」
口ではそう冷たく言い放ちながらも、ツマミのナッツが入った皿を彼の前に滑らせていた。
「おぉぉ……? 悪いのぉ……」
ノロノロと酒を嚥下し、ナッツを鷲掴みにしてボリボリと音を立てて嚙み砕く。
「はぁぁぁ~~~……ワシのバクオンダーが……最高傑作が……」
ブレッシング・ノーツとの戦いの後からずっとこうなのだ。
普段なら彼へ容赦のない言葉をかけるクレシド卿も、彼の虎の子であったバクオンダーの敗北を重く受け止めており、僅かばかりの慰めもあって比較的マイルドだ。
「……最高傑作、ね」
静かなホールに、二人のモノではない別の声が落ちた。
蝋燭の炎が、ふ……と揺れる。
ホールの奥、客席の階段の上に、紫の影が立っていた。
ミーザリアだ。
細いヒールが打つ音が、やけに響く。
男爵はびくりと肩を震わせ、ゆっくりと振り向いた。
「お、おお……ミーザリア……」
「最高傑作が、あんなにも簡単に崩れたのは事実でしょう? それに……男爵自身も負けた」
淡々とした声。
そこに嘲りはない。ただ、冷たい現実だけがある。
男爵はぐぬぬ、と歯を噛みしめた。
「……少々、詰めが甘かっただけじゃ」
「少々で済むなら、今頃誰かしら勝っているわ」
ぴしゃりと言葉が突き刺さる。
クレシド卿はグラスを磨きながら、何も言わない。
だがその赤い瞳は、ミーザリアを静かに見ていた。
「ワルイゾーだけでは、もう力不足なのよ」
ミーザリアが呟く。
「ブレッシング・ノーツは、確実に成長している。……あの三重奏、侮れないわ」
男爵が舌打ちする。
「ではどうする?? 新型のミュートジェムはまだ届いておらぬぞ!」
『……まもなく届く』
舞台中央に設置された転移門からどす黒い闇の霧の渦が溢れ出て、低い声がホール全体へと響き渡り、空気そのものが重く沈んだ。
「ッ!! グラーヴェ様ッ!!」
ホールに居た全員がその場に跪き、首を垂れた。
その姿は見えない。
だが声だけで空間を支配する圧倒的カリスマを放っていた。
『既にそちらへ送る準備は進んでいる。それまでは――現行型で情報を集めろ。旧式は捨て駒にして構わぬ』
男爵が、ぴくりと眉を動かす。
「在庫処分——という訳ですなッ??」
『そうだ』
グラーヴェの言葉に、ミーザリアは小さく息を吐くと同時に微かに声を漏らした。
「……仕方ないわね」
『諸君らの健闘を祈る――さらばだ』
闇の渦が転移門へと吸い込まれるように収束し、消える。
ようやくほっと一安心したように息を漏らす三人だったが、ミーザリアがすぐに転移門へと歩み出た。
紫のドレスが揺れ、舞台の床に影を落とす。
「私が行くわ」
「情報収集、よろしく頼むぞい!」
「……ええ、せいぜい良い捨て駒になってくるわ」
振り返るその瞳には冷たい光が宿っていた。
ブレッシング・ノーツ。
これから何度も戦うであろう宿命の敵。
どうせ今回も最後には負けるのだろう、だが……その敗北を決して無駄にはしない。
ミュートジェムを手に取る。
「目障りな彩りは、奪うに限るわ」
転移門が輝き始める。
風が逆巻き、蝋燭の炎が一斉に揺れた。
「せいぜい――藻掻いて抗うが良いわ」
次の瞬間、彼女の姿は光に溶けた。
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――スミゾラ植物園。
この日は梅雨の合間の、珍しくよく晴れた午後だった。
青空の下、広い園内には色とりどりの紫陽花が咲き誇っている。
青。
紫。
淡い桃色。
小さな花弁が集まり、まるで宝石のような丸い花を作り出していた。
園内には多くの見物客が訪れている。
写真を撮る家族。
楽しそうに話すカップル。
紫陽花を背景にポーズを取る学生たち。
穏やかな笑い声が、初夏の風に乗って流れていた。
「わぁ、見て見てー! この紫陽花、すっごく大きい!」
「ほんとだ、きれいだね」
スマートフォンのシャッター音があちこちで鳴る。
その光景は、どこにでもある平和な午後だった。
その上空で、空間が波紋のように揺らぎ、おどろおどろしい色の渦が生まれる。
現れた渦の中からふわり、と紫の影が空中に浮かび上がった。
――ミーザリアだ。
長い髪が風に揺れ、紫のドレスがゆっくりと広がる。
彼女は眼下の景色を見渡し、くすりと笑った。
「……なるほどねぇ。綺麗な花園ですこと」
晴れ渡る空。
色鮮やかな紫陽花。
そして、人々の笑顔。
「素敵な彩りに満ちた場所ね」
にっこりと笑みを浮かべながらミーザリアは手の中のミュートジェムを軽く掲げた。
黒く鈍い光を放つ宝石。
「――だからこそ、奪い甲斐があるわ」
その瞬間、ミュートジェムが不気味に脈打った。
「……ッ?」
見物客の一人が胸を押さえる。
別の誰かが、ふらりとよろめいた。
笑い声が、止まる。
楽しそうだった表情が、ゆっくりと色を失っていく。
「……あれ?」
「なんだか……急に……」
胸の奥から、何かが抜き取られるような感覚。
喜び。
楽しさ。
高揚。
そのすべてが、霧のように吸い上げられていく。
ミーザリアの手の中で、ミュートジェムが脈打つように鈍く輝いた。
「ええ、この感情……とても良い音を奏でてくれそうね」
彼女は静かに歌うように呟く。
「さぁ奏でなさい、ワルイゾー……この甘やかな調和を壊して」
ミーザリアが鈍く輝くミュートジェムへと口付けし、宙へと放り投げた。
地面に落ちた闇の光が、紫陽花の花へと吸い込まれていく。
花弁が震え、茎が軋む。
そして――地響きと共に巨大な紫陽花が膨れ上がった。
花がいくつも絡み合い、ねじれ、膨張する。
蔓が地面を這い、更に多くの紫陽花を巻き込みながら成長していく。
観光客達は呆然と立ち尽くし、美しい庭園が地獄絵図へと移り変わる様子を、ただぼんやりと眺めていた。
感情を奪われた彼らは、抵抗する気力もない。
伸びてきた蔓に絡め取られ、そのまま運ばれていく。
中央で成長を続けていた巨大な花が、ゆっくりと開く。
その中心から――
「ワルイゾオォォォォォォォッ!!!!」
紫陽花を模した怪物が姿を現した。
低い唸り声。
無数の花弁が刃のように震える。
ミーザリアはその上空に浮かび、満足そうに目を細めた。
「さあ、来なさい」
遠くの空。
赤黒い霧の向こうから、確かに感じる三つの光。
「ブレッシング・ノーツ」
紫陽花の蔓が、周囲へと広がる。
道を塞ぎ、花の壁を作り、通路を曲げていく。
やがて――
紫陽花の蔓が絡み合い、花の壁が空を覆う。
植物園は、完全な迷宮へと姿を変えた。
「この紫陽花の迷宮で」
ミーザリアは静かに微笑みを浮かべた。
「あなた達の音、確かめてあげる」
* * *
風を切って家々を飛び越えた先、赤黒い霧へと迷いなく飛び込んだエンジェル達。
ズン、と胸の奥が重くなるような、気が滅入ってしまいそうな息苦しさを感じる。
まるで心そのものを押し潰されるような感覚だった。
だが――胸に輝くブレッシング・パクトが、淡く優しい光を放つ。
その温もりが、不安を打ち消すように三人を包み込んでいた。
「うぅっ……この感じ……」
それでも、エンジェルは苦し気に胸を押さえていた。
エストレアも周囲を警戒するように視線を巡らせるも、恐ろしいくらい静かで走る三人の足音しか聞こえない。
「妙に静かだね……」
ソラリスは静かに頷く。
「ええ、しかも……この霧、いつもの瘴気じゃない気がする……」
生暖かい風が吹き、赤黒い霧がゆっくりと流れ、視界が開けた。
三人の目の前に広がったのは――一面の紫陽花の壁。
「……え?」
エンジェルが思わず声を漏らす。
その紫陽花は、あまりにも巨大だったからだ。
「わぁ……大きい紫陽花……」
「いや、大きすぎるでしょっ!!」
ソラリスのツッコミの声が静かな園内へ響き渡る。
人の背丈を遥かに超える花の壁。
頑丈に絡み合う蔓。
曲がりくねった薄暗い通路。
そう、例えるならまるで――
「迷路……?」
エストレアが呟く。
その時、上空からくすりと笑う声が落ちた。
「ようこそ、ブレッシング・ノーツのお嬢さん方」
三人が顔を上げる。
空中に浮かぶのは既にスピーカーを具現化させた臨戦態勢のミーザリアだった。
「ええ、歓迎するわ。ようこそ……紫陽花の迷宮へ」
彼女の足元では、巨大な紫陽花の怪物がゆっくりと蠢いていた。
「静寂に満ちた……私の歌だけが響き渡る、私の為の舞台」
ミーザリアは優雅に手を広げる。
彼女の動きに合わせるように蔓が鞭のようにうねり、三人へと巻き付く。
「なっ……!? ソラシー! 逃げてっ!」
「しまった……!」
「ぐっ……!」
引き寄せられた先の花の壁がポッカリと口を開けた。迷宮が――生き物のように蠢いている。
「ピピッ……! ごめんソラッ!」
エンジェルの背に隠れていたソラシーが飛び立った、その僅か数秒後にはブレッシング・ノーツの三人を迷宮が飲み込んだ。
「さあ、ゲームの始まりよ」
ミーザリアが妖しげな笑みを浮かべ、手にしたマイクをそっと口元に寄せた。
「迷って、惑って、もがきなさい」
歌うような楽し気な声が、霧の中にこだまするように響いた。
後半(Bパート)へ続きます!!




