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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける

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みんなで勉強会っ! Bパート

 教科書やノートで重くなった鞄を抱え、四人はじゃれあいながら通学路を歩いていた。 

 吹き抜ける風は日中よりもほんのりと涼しくて、でもどこかしっとりと肌に纏わりつくような、梅雨の名残を感じる風だった。


 「なんか……ちょっとだけ涼しいね」


 あかりが空を見上げながら言う。


 「夕方の風だからじゃない?」


 みちるは風で乱れた髪を直しながら目を細めた。


 「……気温は確かに下がっています。早朝に比べれば0.7度程高いですが、過ごしやすい状態です」


 「アリサちゃん、気象予報士さんみたい」


 「確かに、天気予報聞いてる気分」


 キラキラした笑い声が、やさしく広がる。


 あおいの家までは、歩いて十分ほど。

 慣れた道を並んで歩く時間も、四人にとってはもう大切な日常の一部だった。


 「あ、そうだ。お菓子ちゃんと用意してあるからねー。昨日私が作ったクッキーとか」


 あおいが少しだけ胸を張り、誇らしげに笑った。


 「えっ! やったぁ! じゃあお菓子パーティだねっ!」


 「……勉強会よね?」


 「お菓子は大事なの!」


 「……クッキー、お菓子……」


 また小さな笑い。


 それだけで、放課後の疲れも少しずつやわらいでいく。



 

 やがて見えてきた、見慣れたマンションの入り口。

 あおいを見送る度に、遠目から見えていたマンションだが、エントランスまで足を運ぶのは初めてで、あかりは自動ドアの前で立ち止まり、遥か上を見上げた。

 

 ガラス扉に反射して映る自分の姿が何故かちっぽけに見えていて、どこか可笑しくって笑みが零れてしまう。


 「……なんか、ちょっとだけ緊張するね」


 あかりがぽつりと呟く。


 「ただの勉強会でしょ?」


 みちるはそう言いながらも、どこか楽しそうに微笑んでいた。


 「はい。ですが――」


 アリサは少しだけ言葉を選ぶ。


 「……良い時間になる気がします」


 その一言に三人は顔を見合わせて――同時に、笑った。


 

 「じゃ、いくよー?」


 ロビーインターホンに鍵を差し込み、自動ドアが静かに開く。

 それはまるで新しい世界へ続く扉が、そっと開いたみたいだった。


 

 初めてお呼ばれになるあおいの家、その一歩目をあかりは確かに踏み出した。




*   *   *



 「ただいまー。さ、上がって上がって?」

 

 「おかえりなさい、あおい! それと……いらっしゃい、あおいの母です」


 すぐに出迎えるように玄関の奥から現れた女性は、あおいとそっくりな見た目で、どこかおっとりした雰囲気を纏っていた。

 穏やかな微笑みと、落ち着いた声。

 それだけで、この家の空気がどこか安心できるものだと伝わってくる。



 「は、はじめまして! お邪魔します!」


 あかりはぺこりと大きく頭を下げる。

 続けてみちるとアリサも挨拶し、丁寧に会釈した。


 「ふふ、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」


 優しい言葉に、肩の力が少し抜ける。




 手洗いうがいを済ませてから案内されたあおいの部屋は、大きな窓から夕方の光が差し込む、明るく落ち着いた部屋だった。


 勉強机の隣には立派な天体望遠鏡が置かれ、机の上には星の本と大きな双眼鏡。

 壁際に置かれた大きな本棚にはぎっしりと大量の本が並ぶも、しっかりと整理整頓されていた。

 

 そしてふわふわなラグマットの上に設置されたテーブルの上には、すでに用意されたお皿と――

 白黒のマーブルと、市松模様のクッキーが綺麗に並べられていた。


 ほんのり甘い香りが、部屋いっぱいに広がっている。


 

 「わぁ……美味しそう……っ!」


 思わずあかりの声が弾む。


 「ちょっと頑張ってみたんだ。家族以外に食べてもらうの……初めてだからさ」


 あおいが少し照れくさそうに笑う。


 「すごい……お店みたい……!」


 「……はい、完成度が高いです。素材の違う生地で模様を描く芸術性もありながら、二つの味わいを同時に楽しむ事が出来る菓子……実に興味深い……」


 「評価が専門家っぽいのよ、アリサは~」


 皆からくすっと笑いがこぼれた。


 四人がテーブルを囲んで座ろうとして、ピクリとアリサがあおいのベッドの下へ鋭い視線を向けた。


 「……何かいる」


 「んー? くろみつー? また下にいるの?」


 「……くろみつ?」


 あおいの言葉にあかりは目を輝かせた。


 「くろみつちゃんって、前にあおいちゃんが言ってた子!?」


 「そうだよー。ほらほらくろみつー、お客様にご挨拶してー?」


 

 あおいが床に転がっていた猫じゃらしを、ベッドの下へ向けて動かすと――


 「にゃっ」


 短い鳴き声と共に、ベッドの下から真っ黒な猫が猫じゃらしに飛びつくように飛び出してきた。


 挿絵(By みてみん)


 「きゃーっ!可愛い~っ!!」


 「ネコちゃん……!」


 一気に表情をとろけさせ、猫なで声になったあかりとみちるに対し、アリサは珍しい物を見たとばかりに真剣な目でくろみつを見つめていた。 



 くろみつは黒い毛並みをふわりと揺らしながら、まるで自分がこの部屋の主役だと言わんばかりに、堂々と歩み出てきた。


 瞳がきらりと光り、四人の姿を順番に確かめるように見つめている。


 「わぁ……毛並みつやつや……」


 あかりは思わずその場にしゃがみこみ、そっと手を差し出した。


 くろみつは少しだけ鼻を近付けて匂いを確かめると、すり……とあかりの指先に頬をすり寄せた。


 「きゃぁ……なでていいの……!?」


 「うん、くろみつ人懐っこいから」


 あおいがくすっと笑う。


 みちるも膝をつき、やさしく背中を撫でた。


 「……あったかい」


 ぽつりと零れたその言葉に、部屋の空気がさらにやわらぐ。


 ワイワイとくろみつを囲む三人から少し離れた場所から、アリサは変わらず真剣な観察眼でその様子を見つめていた。


 撫でに来ない一人の人間が気になったのか、くろみつはするりとみちるの手から抜け出し、アリサの膝前までやってきた。


 「ナァー」


 「……なー」


 撫でろと言わんばかりに、くろみつは前足でアリサの膝をぺちぺちと叩く。


 「……ニャー」


 「……にゃー」


 しかしアリサは手を伸ばす事をせず、何故か鳴きまねを返していた。


 ――真顔で。


 

 「ぶふっ」


 笑うのを堪えていたあおいがついに吹き出し、つられてあかりとみちるも口を押さえて肩を震わせている。

 

 「……ふ、ふふ……っ」


 みちるがとうとう堪えきれず、小さく笑い声を漏らした。


 「アリサ……なにしてるの……!」


 「……意思疎通を試みています」


 真顔のまま答えるアリサに、三人の笑いはさらに大きくなる。


 「それ、絶対ちがう……っ!」


 「にゃーって返す人、初めて見た……!」


 あおいは目尻に浮かんだ涙を指でぬぐいながら、あかりは笑い過ぎてお腹が痛そうに手を添えて身を丸めている。


 その間も、くろみつは不満そうにアリサの足元へ体をすり寄せていた。

 早く撫でろ、そう言っているかのように。


 「……触れても、問題ありませんか」


 「もちろんだよ」


 あおいがやさしく頷く。


 アリサは、ほんの少しだけ迷うように手を止めて――。

 それから、そっと指先を伸ばした。


 黒い毛並みに触れた瞬間、ふわりとした温もりが掌に広がる。


 「……あたたかい」


 小さく零れたその言葉には、ネコという動物と初めて触れた感動と好奇の色が滲んでいた。



 しばらく撫でられてくろみつは満足したのか、くるりと向きを変えてラグの上に丸くなった。


 その姿を見て、四人の間に同時に小さな笑いがこぼれる。


 「……なんかさ」


 あかりがぽつりと呟いた。


 「ここ、すっごく落ち着くね」


 仲の良い友達。

 甘いクッキーの香り。

 静かに寝息を立てはじめたくろみつ。


 全部が重なって、

 胸の奥をやさしくほどいていく。


 「うん。私も好きだよ……この時間」


 あおいが少し照れくさそうに笑った。


 みちるは静かに頷き、アリサも僅かに口角を上げた。


 傾いてきた陽の光がカーテン越しに部屋へ差し込んでいる。

 さっきまでの笑い声の余韻が、心地よい静けさに変わっていく。



 「……はい、和んでるところ悪いけど」


 みちるが鞄から教科書を取り出してテーブルに置いた。


 「勉強会、始めるわよ」


 その一言で、空気がシン……と違う意味でも静まる。

 そして――


 「うぇぇぇぇ……」


 対照的にあかりが情けない声を上げながら机に項垂れたのを、くろみつがあくび交じりに見ていた。



*   *   *



 「ふぐぐ……ぐぐ……」


 あかりは机に突っ伏したまま、情けない声を漏らし続けながらもノートと教科書を鞄から引っ張り出した。


 「ちょっと、まだ何も始まってないわよ」


 「始まる前からもう無理なの……」


 「……現時刻より無理は禁止とします」


 淡々と告げながら、アリサは教科書を開いた。


 「……本日の目標は一次関数を基礎理解から応用までを完璧に覚える事です」


 「鬼教官だぁ……!」


 「効率を重視しているだけです」


 その顔は真顔。

 一片の容赦なし。



 みちるとあおいが、思わず顔を見合わせて小さく笑う。


 「じゃ、私達もやろっか」


 「そうね、何から始める?」


 「んー……私達も数学かなぁ」



 やがて机の上にはそれぞれのノートや問題集や参考書、教科書が整然と並んだ。


 「まずはここから。……傾きの意味、説明できますか」


 「えっと……坂の急さ……?」


 「概ね正解です。続けて式との関係を」


 「む、むり……!」


 「無理は禁止と言ったはずです、一無理ごとにあかりのクッキーは私が頂きます」


 「厳しいよぉぉ……っ!?」


 一方で――


 「この問題、別解ある?」


 みちるがさらりと別ページを指す。


 「あるね。……でもその解き方だと途中式長くならない?」


 あおいが静かに返す。


 二人の会話は落ち着いていて、尚且つ高度なレベルをスラスラと解き進めていた。


 シャーペンがノートの上を滑る音。

 ページをめくる小さな音。

 消しゴムを擦る音。


 一つ一つは小さい音だが、不思議と耳に響いていく。

 その音に導かれるように、真剣さがゆっくりと部屋に満ちていく。



 「……できた」


 ぽつりと、あかりが呟いた。


 三人の視線が集まる。


 「ここ……合ってる?」


 差し出されたノートを、アリサが静かに確認する。


 ――数秒の沈黙。


 「……はい。正解です」


 「やったぁ……!」


 その一言だけで、あかりの顔がぱっと明るくなる。

 小さな成功。しかしそれは自信と結果を伴う確かな前進だった。


 「……ではその意気で、次に進みましょう。……今私が生成した問題ですが、今のあかりなら解けるはずです」


 「はいっ! アリサ先生っ!」


 

 そこからあかりは、ゾーンに入ったかのように高い集中力を見せ、何度か躓きつつも着実に前に進んでいた。 

 その成長に、アリサも真顔ながら小さく頷く素振りを見せた。



 集中した静かな時間が、ゆるやかに流れていく。

 時を忘れるように目の前の問題に集中していた四人は、いつしか窓から差す陽の光がいつの間にか少しだけ色を深めていた事に気付いていなかった。




 ――コン、コン。


 控えめなノックの音。


 「入るわね」


 扉が開き、あおいの母――詩織がやさしい笑みと一緒に姿を見せた。


 手には湯気の立つティーポットと、人数分のカップが乗ったトレイ。

 そして追加の市販のお菓子が添えられていた。


 「少し休憩にしましょう? 温かい紅茶もどうぞ」


 その言葉だけで、部屋の緊張した真剣な空気がふっとほどける。


 「わぁ……いい香り……」


 あかりが目を輝かせた。


 ふわりと広がる、やさしく甘い茶葉の匂い。


 カップに紅茶が注がれる音。

 静かに立ちのぼる湯気。


 それはまるで、頑張った時間へのご褒美みたいだった。


 「……じゃあ」


 あおいが少しだけ照れたように、クッキーのお皿をそっと中央へ寄せる。


 「今度こそ、食べよっか」



 三人の視線が一斉にクッキーへと集まった。

 ようやくご褒美として触れていい時間が来たのだと、自然と笑みがこぼれていく。


 「い、いただきます……!」


 あかりは待ちきれない様子で手を伸ばし、白と黒の模様が綺麗な唐草模様を描いたクッキーをそっと摘まんだ。


 ――さくっ。


 軽やかな音と共に、ほんのりと苦いココアと香ばしい小麦の香り、そしてバターの甘い香りがふわりと口の中に広がっていく。

 食感も軽く、噛めばすぐにほろりと崩れる柔らかさ。

 


 「……おいしい……っ!」


 思わず零れた声は、驚きと感動がそのまま形になったみたいだった。


 「ほんと……すごく優しい味」


 みちるも表情を和らげながら二口めを齧っていた。


 「ココアのおかげで甘すぎなくて、でもちゃんとバターと……バニラオイルも使ってるのかしら? 最後にバニラの風味が鼻を抜けて行って……バランスがすごく良いわね」


 あおいは照れくさそうに頬をかき、少しだけ視線を逸らした。


 「えへへ……ありがとう。……何か、恥ずかしいけど……みんなに食べて貰えて私も嬉しいな」



 二人が食べるのを見届けてから、アリサも渦巻き模様のクッキーを手に取った。

 数秒、観察するように表裏を見つめてから、ゆっくりと口に運ぶ。



 ――さくり。



 わずかな沈黙。

 

 どこかここではない遠くを眺めているような目をした後、小さな口元には僅かな笑みが浮かんでいた。


 「……とても、美味しいです」


 その一言に、あおいの表情がぱっと明るくなる。


 「……よかった!」


 紅茶の湯気が、ふわふわと踊るように空気へ溶けていく。

 この口下手な少女の感情を代弁しているかのように。



 「えへへ……何だか幸せだなぁ~!」


 あかりが、カップを両手で包みながら呟いた。

 いつものような漠然とした言葉ではあったが、あかりの確かな本音であり、それ以上の言葉は必要なかった。


 みちるが笑みを浮かべて静かに頷き、あおいも小さく微笑む。

 アリサは何も言わなかったが、その視線はどこか穏やかだった。


 守りたいと、そう思える時間が――ここにあった。





 ――だが、その時間を打ち砕くように、アリサを除く三人の腕から同じ電子音が鳴り響いた。



 四人の視線が同時に動く。

 三人は自分の腕で淡い光を漏らすブレッシング・リンクを。

 |

 一人アリサは窓から見える空を素早く見やった。

 夕焼けに染まり始めた空。その一部が赤黒く染まり、時空が歪んでいくのを観測したのだ。



 

 「行かなきゃ! ……もうっ! こんな時にぃっ!!」


 あかりが勢いよく立ち上がり、その衝撃でカップの中の紅茶が微かに揺れた。


 「空気読まないのがディスコードでしょ? クッキーは明日それぞれ包んで持っていくから!」


 「わぁい! ——って、違くて!! ど、どうしよう……何も言わずに帰る訳にも……!」


 慌てて目をぐるぐるとまわしそうになっているあかりの隣で、みちるは小さく咳払いをしてから、徐にブレッシング・パクトを取り出した。


 「パパっと倒して、パパっと戻れば良いのよ。……メロリィになればここから飛び降りても……大丈夫よね?」


 さらっとみちるがとんでもない事を言い、あかりとあおいは顔を見合わせ――


 「う~ん……いける……?」


 「多分……?」


 ――と首を傾げた。


 「……行ってください、三人共」


 放たれた静かな声に、三人の動きが止まる。

 声の主であるアリサは、落ち着いたまま続けた。


 「……こちらは私が上手く対応します。どうぞご武運を」


 「……ありがと、アリサちゃん」


 あかりが小さく笑う。

 それはつい先程までのクッキーを頬張って緩んでいた顔とは違う、どこか凛々しくも力強い輝きに満ちた笑みだった。


 「すぐ戻るからね!」



 三人は、ブレッシング・パクトを握りしめた。

~~次回予告~~


ねぇねぇ聞いてーっ!

せっかくみんなでクッキー食べてたのに、またディスコードが現れちゃったの!


向かった先は、紫陽花がいーっぱい咲いてる庭園!


ミーザリアの歌とワルイゾーの仕業で、とっても綺麗な紫陽花がどんどん大きくなって……まるで迷路みたいになっちゃった!?


えぇぇぇ!? どっちが出口ーっ!?


でも、みんなで力を合わせればどんな迷宮だって、どんな敵だって、何とかなるよっ!


次回!「響く幻惑の歌声! 紫陽花の迷宮!」


新しいハーモニー、始まるよっ♪

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